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第68話:選ばれた者たち

last update Last Updated: 2025-07-14 20:59:21
地下執務室。

リリウスの「潜入宣言」を受けて、少人数での緊急会議が招集された。

顔をそろえたのは、ヴェイル、マリアン、魔塔の護衛兵、クラウディアからの補佐官──そして、カイル。

「僕が行きます。あの国に、もう一度。……自分の意志で」

はじめにそう言ったのは、リリウスだった。

「無謀だ」と誰かが口にしようとした瞬間、ヴェイルが口を開いた。

「──止めたいとは思う。しかし、彼があの国に何を置いてきたか、私は知ってる」

「私はリリウス様の指示に従います。……あの国を、あのままにはしておけません。同士が殺されているのです。不当な理由で、ただ“信じた”というだけで」

マリアンの言葉に、場が静まる。

それでも懸念の声は消えない。

「安全が保証できない」

「外交使節の立場が──」

そんなやり取りが続いたあと、最後に口を開いたのはカイルだった。

「……この件、元首に通さずに動くわけにはいかない」

全員の視線が彼に向く。

「ヴァルドとしての公式な“黙認”がなければ、リリウスを“ただの暴走者”にしてしまう」

「例外処理で進めるのは……やはり無理です、か」

リリウスが言うと、カイルはわずかに肩をすくめた。

「国を動かすということは、“国が責任を持つ”ということだ。例外で動けば、切られるのは君になる」

リリウスは息を飲む。

「だから、俺が通す。“ヴァルドとして、この件に一定の支援を行う”と、元首に言わせる。それが……お前を守る“公の盾”になる」

「……ありがとう。でも、それ、絶対に大変ですよね」

「ああ、大変だ。……だから、君も明日、覚悟して来い。──父に、“国家”じゃなく、“人間”として語れ」

全員が黙る。

その言葉の重さが、室内の空気を変えていた。

リリウスは、まっすぐにカイルを見て頷いた。

「……ええ。僕が始めたことだから、責任を持って、届けます」

夜の静寂の中、ただ一つ、決意だけが熱を持っていた。

翌朝。

王宮本棟の奥、元首執務室。

石造りの扉が開く音とともに、カイルとリリウスが通された。

そこにいたのは、ヴァルド連邦元首──ゼノ・ヴァルド。

窓から差し込む光を背に、彼は椅子に腰を下ろしたまま、手元の書状を閉じた。

「……特使殿。再び君に会う理由が、どうやら必要になったようだな」

声に棘はなかった。だが、“試す者”の口調だった。

リリウスは進み出て、深く一礼する。

「この度は、
めがねあざらし

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