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第2話:太陽の王子は触媒(カタリスト)を求める

ผู้เขียน: 花柳響
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-10-23 02:40:04

 乃亜のあの言葉は、一体何だったのだろう。

 あれから数日が経っても、私の頭の片隅には、彼女の真剣な眼差しがこびりついていた。「やたらイケメンに見つめられてる」なんて、そんなことあるわけがない。きっと、乃亜が見たイケメンは、彼女の隣にいた私ではなく、その背後のショーウィンドウに映った自分自身に見惚れていたに違いない。うん、そうに決まっている。自己肯定感の高い美男子は、たまにそういうことがあるのだ。

 私は一人で納得して、いつものように大教室の後方の席に陣取っていた。今日の講義は社会心理学。教授の話はそれなりに面白いけれど、やはり私の脳の大部分は、来たる『Fallen Covenant』の次回イベント、「聖夜に誓う永遠の愛(エターナル・ラブ)」の考察に費やされている。

「今回の報酬は、ジークの限定SSR……絶対に手に入れなければ……」

 誰にも聞こえない声で決意を固め、バッグの中でそっとスマホを握りしめた、その時だった。

 ざわっ、と教室の空気が揺れた。

 入口のドアから、一人、また一人と学生が入ってくるだけの光景。それなのに、さっきまで気怠い空気に満たされていた空間が、まるで色鮮やかなフィルターでもかかったかのように、急に華やいで見えた。

 その原因は、すぐに分かった。

「あ、天王寺くんだ」「今日もかっこいい……」「隣の氷室くんもヤバくない?」

 ひそひそと交わされる女子学生たちの甘い溜息。その視線の先には、あまりにも現実離れした二人の男子学生が立っていた。

 一人は、天王寺てんのうじ あきら

 キラキラと光を反射する、明るい茶色の髪。誰に対しても分け隔てなく向けられる、爽やかで人好きのする笑顔。非の打ち所がない顔立ちに、モデルのように長い手足。彼が歩くだけで、そこだけスポットライトが当たっているかのように見える。経営学部に所属する彼は、大企業の御曹司で、成績も常にトップクラス。まさに、学園の太陽サンの名を欲しいままにする、完璧すぎる王子様だ。

 私のような日陰の住人からすれば、直視するのも憚られる、眩しすぎる存在。住む世界が違いすぎる。

 そして、彼のすぐ後ろに控えるように立っているのが――氷室ひむろ かなで

 サラサラの黒髪が片目にかかり、どこかミステリアスな雰囲気を纏っている。透き通るような白い肌と、全てを見透かすような灰色の瞳。天王寺くんとは対照的に、いつも静かで、感情を表に出すことは少ない。だが、そのクールさがまた、一部の女子学生たちの心を熱狂させている。

 光と影。太陽と月。陽と陰。

 少女漫画なら、間違いなくヒロインを奪い合うライバル同士の立ち位置だ。私から言わせれば、それはもう、最高のカップリングの素材だった。

「はぁ……今日も顔面偏差値がカンストしてらっしゃる……眼福、眼福……」

 私はこっそりと二人を盗み見て、心の中で手を合わせる。彼らは、私が崇めるべき「物語の登場人物」。決して交わることのない、遠い世界の住人。

 そう、思っていたのに。

 信じられないことに、学園の太陽である天王寺 輝が、数多の女子からの熱視線をものともせず、まっすぐにこちらへ向かってくるではないか。

 え、嘘でしょ?

 一歩、また一歩と縮まる距離に、私の心臓が警鐘を鳴らす。ドクン、ドクンと、嫌な汗が背中を伝った。

 まさか。いや、ありえない。きっと、私の後ろの席の誰かに用があるんだ。そうに違いない。私は慌てて背中を丸め、できる限り自分の存在感を消そうと努力する。私は石ころ。道端の石ころです。

 しかし、その無駄な努力も虚しく、キラキラした影が、私の机のすぐ横でぴたりと止まった。

「あの、すみません」

 頭上から降ってきたのは、想像していたよりもずっと、低くて甘い声だった。恐る恐る顔を上げると、そこには、広告で見る芸能人よりも整った顔が、完璧な笑顔を浮かべて私を見下ろしていた。

「ここの席、空いてるかな?」

 そう言って彼が指さしたのは、私の、すぐ隣の空席だった。

 瞬間、私の脳内は、真っ白なノイズで埋め尽くされた。

 パニック。混乱。エラー。

 私の脳内CPUが、完全に処理能力の限界を超えた。ショートした思考回路から、意味のない火花が散っている。

 て、天王寺輝が、私に、話しかけている……?

 なぜ?どうして?何かの罰ゲーム?それとも、ついに私の脳が作り出した幻覚が、聴覚にまで侵食し始めたのだろうか。だって、ありえない。カースト最上位の彼と、最下層の私が、同じ言語でコミュニケーションを取ること自体、世界の法則に反している。

 私が化石のように固まっていると、彼は困ったように少しだけ眉を下げた。

「えっと……聞こえなかったかな?隣、座ってもいい?」

 その仕草一つで、周囲の女子学生たちから「きゃっ」という小さな悲鳴が上がるのが聞こえる。やめて。そんな完璧な生き物が、私のような微生物に慈悲をかけないで。眩しすぎて目が、心が、溶けてしまう。

 どうしよう。どう返事をするのが正解?「どうぞ」とでも言えばいいの?でも、私が隣に座ることを許可するなんて、そんなの烏滸がましいにもほどがある。かと言って「ダメです」なんて言えるはずもなく……。

 ああ、もうダメだ。私の語彙力は、今や「あ」と「う」だけで構成されている。

 助けを求めるように、私の視線は目の前の王子様から彷徨い、そして、彼の背後に立つもう一人の存在を捉えた。

 ――氷室 奏。

 彼は、天王寺くんと私の一連のやり取りを、感情の読めない灰色の瞳でただ静かに見つめていた。その姿は、まるで輝かしい光から一歩引いた、涼やかな影のよう。

 光と、影。

 その二人が、同じフレームに収まっている。

 その瞬間。

 ピシャーン!と、私の脳内に激しい雷が落ちた。

 散らばっていたパズルのピースが、運命に導かれるように一瞬で組み合わさり、一枚の完璧な絵を完成させたのだ。

 ―――そういうことか!!!!

 そうだったのか!なんだ、なんだ、簡単なことじゃないか!

 天王寺輝は、私に用があったわけじゃない。彼が本当に話しかけたいのは、隣に座りたいのは、氷室奏くん、ただ一人。

 でも、氷室くんはクールで、人を寄せ付けないオーラを放っている。そんな彼に、学園の王子様といえど、いきなり「隣に座りたいな」なんて言えるだろうか?いや、言えない。あまりに不自然だ。周りの目もある。

 だから、触媒カタリストが必要だったのだ。

 二人の間に立って、不自然さを緩和させるための、当たり障りのない、いてもいなくてもいい、モブ中のモブが。

 それが――私!

「……っ!」

 全ての点と線が繋がった瞬間、私の全身を、電流のような戦慄と、そして神聖な使命感が駆け抜けた。

 危ないところだった。この尊い恋物語の序章を、私が台無しにしてしまうところだった。パニックになっている場合じゃない。私は、彼らの恋路をそっと後押しする、名もなきキューピッド。そうだ、それが私の役割!

 理解が追いついた途端、私の身体は、思考よりも先に動いていた。

「どうぞどうぞ!もちろんですとも!お二人でお使いください!」

 私はガバッと勢いよく立ち上がると、これ以上ないほどの満面の笑みで、自分の席を指し示した。そして、二人が隣同士で座れるように、少しでも広いスペースを確保しようと、自分の椅子を必死に後ろへ引こうとした。

 ただ、使命感に燃えるあまり、私は自分の身体能力と、椅子の足の位置を完全に見誤っていた。

 ガンッ!

「きゃっ!」

 椅子の足が自分の足に絡まり、無様にバランスを崩す。スローモーションのように傾いていく視界の端で、天王寺くんが「危ない!」と手を伸ばしてくるのが見えた。

 しかし、時すでに遅し。

 私の身体は、盛大な音を立てて、教室の床に転がっていた。

 ……しぃん、と大教室が静まり返る。

 数十、いや百を超えるであろう視線が、床に無様に転がった私という一点に突き刺さっているのが、肌で感じられた。熱い。顔から火が出そう、とは、まさにこのことだ。穴があったら入りたい。いや、このまま床と一体化して、化石になりたい。

「だ、大丈夫!?」

 焦ったような声と共に、私の視界に大きな手が差し伸べられた。見上げると、学園の王子様――天王寺 輝が、心底心配そうな顔で私を覗き込んでいる。その整った顔が、こんな至近距離にあるという現実に、私の脳は再び処理落ちを起こしかけた。

「あ、あの、わ、私ごときに、お手を煩わせるわけには……!」

「いいから!」

 私の意味不明な遠慮を、彼は力強い一言で遮る。そして、その大きな手で私の腕を掴むと、驚くほど軽い力でひょいと引き上げてくれた。ふわりと、爽やかなシトラス系の香りが鼻をかすめる。彼の身体から発せられる熱が、服越しにじわりと伝わってきて、心臓が変な音を立てた。

 いやいや、違う。これはときめきなどではない。推しカプの恋路を邪魔しかけたことに対する、ただの動揺だ。

「す、すみません!本当に申し訳ありません!お二人の神聖なる空間を、私が汚すなど……万死に値します!」

 私は立ち上がるなり、九十度の角度で頭を下げた。床に打ち付けたお尻の痛みよりも、彼らの邪魔をしたという罪悪感の方が、よっぽど重い。

 そんな私を見て、天王寺くんは一瞬きょとんとした後、ふっと楽しそうに息を漏らした。

「ふはっ……なにそれ。君って、すごく面白い子なんだね」

「え……?」

 顔を上げると、彼は悪戯っぽく片目をつむいで見せた。その破壊力抜群のウインクに、周囲の女子から再び悲鳴が上がる。心臓に悪い。本当に悪い。

 そんな王子様の隣で、氷室くんは相変わらずの無表情だった。ただ、その灰色の瞳が、心なしか私を――いや、私の腕を掴んだままの天王寺くんの手を、じっと見つめているような気がした。

 ――まさか!

 私の脳内BLフィルターが、再びゴゴゴと音を立てて作動する。

 今の視線は、嫉妬……!天王寺くんが、私のようなモブに触れていることに対する、独占欲からくる静かな嫉妬の炎……!

「(天王寺先輩……!氷室くんが嫉妬してます!早くこの手を離してあげて!)」

 私が必死の形相でアイコンタクトを送ると、それに気づいたのか、天王寺くんはぱっと私の腕を離した。

「あ、ごめん。痛かった?」

「い、いえ!とんでもないです!」

 その後、何事もなかったかのように講義は始まり、私の隣には天王寺くんが、その隣には氷室くんが座るという、信じがたい布陣が完成した。私は、二人の邪魔にならないよう、息を止め、限界まで体を縮こまらせて、透明になる努力を続けた。

 もうすぐ、この拷問のような時間も終わる。そう思った、講義終了の五分前。

 不意に、隣の天王寺くんが、そっと私の方へ顔を寄せてきた。

「ねえ」

 耳元で囁かれた、低く甘い声。びくりと肩が跳ねる。近い。顔が、近すぎる。

「さっきは、ありがとう。君のおかげで、ここに座れた」

「(やはり、氷室くんの隣に座りたかったのね……!)」

 私の脳内変換は完璧だった。うんうんと、一人で深く頷く私に、彼は続ける。

「だから、その……よかったら、今度お礼、させてくれないかな?食事でも、どう?」

 その言葉は、まるで恋の始まりを告げる合図のように、私の鼓膜を優しく震わせた。

 もちろん、私の脳内BLフィルターは、その言葉すらも完璧に翻訳してみせる。

 ―――(氷室くんを、食事に誘いたいから、セッティングしてくれないかな?)と。

 任せてください、王子様。この私、月詠 栞が、あなたたちの恋のキューピッドになってみせますとも!

 心の中で固く誓い、私は満面の笑みで彼に頷き返した。まさかこの親切が、さらなる勘違いと波乱の幕開けになることなど、この時の私は知る由もなかった。

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