Mag-log in私・白石陽子(しらいし ようこ)は田中勝(たなか まさる)と二年間、秘密の恋人関係を続けた。 彼が婚約する前に、かなりの「手切れ金」を受け取り、静かに身を引いた。 三年後、父親が亡くなり、彼はグループの後継者となり、政略結婚した妻と離婚して、再び私の元に戻ってきた。 涙を浮かべながら告白する。「今の俺は自由になった。やっとお前と一緒になれるんだ」 彼は狂おしいほどに償い、惜しみない愛情を注ぎ、夢のように華やかな結婚式を挙げてくれた。 翌年、私は妊娠した。しかも双子だった。 喜びのあまり、彼の出張先へすっ飛んでいったが、思いがけず、彼と友人の会話を耳にしてしまった。 「陽子、いい子すぎてさ。噛み終わったガムみたいに、だんだん味気なくなってきちゃってさ。なんていうか……あの頃の情熱が、もう感じられなくなったんだよな」 友人がわざと含みのある口調でからかう。「ああ、お前の元妻ったら、すごいパワーだったよな。この数日、もう干からびるほど絞り取られたんじゃないか?」 口元に未練がましい笑みを浮かべ、勝は自嘲気味に鼻で笑う。「あいつか?俺のこと、ただの無料のアダルト玩具だと思ってるよ」 胸が苦しく、吐き気がこみあげてきた。 田中勝、あなたみたいな人、私に愛される資格なんてない。
view more勝は私の手を取ると、そっと指先に唇を当てて軽く口づけをした。「怖がらないで。俺がそんなこと、できるわけないだろう。副作用がひどいって聞いたよ。意識がもうろうとすることもあるらしい。お前が今こんなに辛そうなのを見るだけで、胸が痛むんだ。俺が毎日見たいのは、笑顔でおはようって言ってくれるお前なんだ」私は手を振りほどくと、思い切り彼の頬を打った。「病気なら、ちゃんと治しなさいよ!」背を向けて部屋に戻り、封じられた窓の前に立って大きく息を吸い込む。椅子をつかんで思い切り叩きつけた。もちろん、びくともしない。彼は狂っているんだ。そして、私も彼に狂わされそうで怖かった。夕食の食卓は豪華で、花とケーキまで飾られていた。驚いた私を見て、勝は微笑んだ。「忘れちゃったの?今日は俺たちの付き合い始めた日だよ」三年前の今日、私たちは正式に付き合い始めた。私は冷ややかに笑いながら腰を下ろし、「むしろ離婚記念日を祝いたいわ」と言った。彼は聞こえないふりをしてろうそくに火を灯し、さりげなく「ワインでも飲む?」と尋ねてきた。そのとき、ドアベルが鳴った。「田中勝さんですね。通報を受けて伺いました。監禁の疑いで、ご協力をお願いします」勝は信じられないという目つきで振り向き、私を見つめた。私は警官の前に一歩進み出て、「はい、その通りです。彼は私を監禁し、外部との連絡を一切絶っていました」と告げた。私たちは共に警察署へ向かい、取調べを受けた。勝は苦笑いを浮かべながら、「せっかく自分で焼いたケーキが無駄になっちまったな。お前の大好きなフォンダンショコラなのに」と呟いた。「本当は、明日お前を家に帰すつもりだったんだ。確かに、お前がずっとそばにいてくれたら……と思ってた。でもそれ以上に、お前が心から笑ってくれることを願ってたんだよ。俺はただ……諦めきれなかっただけさ。本当に狂ってたわけじゃないんだ」それが真実かどうかなんて、もうどうでもいい。私はもう彼に一瞥もくれなかった。勝はすぐに罪を認め、最終的に懲役一年、執行猶予二年の判決が下った。ほどなくしてニュースが流れ、田中グループの株価は一時、ストップ安となった。橙子が私を訪ねてきて、警察に通報したのは彼女だと、その口から明かした。彼女は、ずっと彼の動きを監視し
勝は玄関に立ち、興奮のあまり顔を真っ赤にして、目を輝かせていた。「陽子、やっと帰ってきたんだね」まるで、帰ってきたということが、そのまま彼の元へ戻っていくことを示しているかのようだ。少しだけ体を横にずらして、彼を通した。家具にはまだ防塵カバーがかかったままで、彼はすぐに袖をまくり上げて動き出そうとした。「陽子、お前は座ってて。俺がやるから」私は机の端にもたれ、冷ややかに言った。「勝、もうあなたのことは愛していないわ」勝の動きがぴたりと止まり、身体がこわばった。そしてゆっくりと振り向き、苦い笑みを浮かべた。「わかってる。お前が俺を憎むのも当然だ。俺自身、いまだに自分を許せない。毎晩、同じ悪夢を見るんだ。血に染まったベッドに横たわるお前の姿を……」彼はゆっくりと二歩近づき、喉が詰まったように声を震わせた。「本当に後悔してる。なんであんなバカな真似をして、あんなにひどいことをしてしまったんだろう?」私は彼を見つめたが、心には微動だにしなかった。まるで出来の悪いメロドラマを退屈そうに観ているような気分だ。「あなたが後悔しようが、私には関係ない。後悔なんてしていないから。この半年で十分だったわ。あなたがどれだけ情に深いかもよくわかったし、私もきっぱり諦めがついた。お互いに前へ進めよう。もう過去に縛られるのはやめて」彼の顔がさっと青ざめ、何度も首を振った。「俺は、吹っ切れない!」私は再び「それは私には関係ない」と言い放ち、帰るよう促した。「言うべきことは全部言ったわ。もう二度と私のところへ来ないで」彼は奥歯を噛みしめ、しばらく私をじっと見つめていたが、やがて体を動かし、力なく扉の外へと歩き出した。彼はまた立ち止まり、振り返って未練がましく尋ねた。「陽子、どうしたら俺を許してくれるんだ?」私は笑って、わざと考え込むふりをした。「許す?……そうね、どちらかが死んだ時じゃないかしら」彼の目が一瞬かすみ、痛みが浮かんだ。「わかったよ」雪菜の結婚式はとても伝統的で、定められたしきたり通りに粛々と進行し、午後二時前には宴も終わりを告げた。家に戻ると、また勝が玄関に立っていて、食材の入った袋を下げていた。「お前がいつ旅に出て行くかわからないけど……最後に一度だけ、一緒に食事をさせてくれ」私がためら
私は実家で小さなケーキ店を開いていた。あの時勝が私を訪ねて来たので、その店を、店員である小学校の同級生の長倉雪菜(ながくら ゆきな)に譲った。雪菜は、私が突然戻ってきたのを見て目を丸くした。私は軽く笑って「離婚したの」とだけ言った。一週間で三つのバースデーケーキを台無しにした後、私はアフリカへ動物の大移動を見に行くツアーに申し込んだ。雪菜からメッセージが届いたのは、私がすでにヨーロッパに着き、博物館の外の広場でコーヒーを飲んでいた時だった。【田中勝が訪ねてきた。あなたに伝えてほしいって。全部わかって、全てが自分のせいで、どうか償うチャンスを与えてほしいと。あなたの帰りを待っているって】私は笑ってしまった。もう戻れるはずがない。雪菜は毎日私に報告をくれた。勝は十日間も店に通い続け、小さな丸いテーブルで仕事をしながら、彼女の冷たい視線などまるで見えていないようだと。ある夜、眠りにつく前に、雪菜から突然電話がかかってきた。「もしもし…」と呼びかけると、向こうは沈黙した。直感的に何かがおかしいと悟り、胸がざわついた。案の定、勝の声が聞こえてきた。「陽子、俺だ。頼む、切らないでくれ。少しだけ話を聞いてほしい」私は黙った。「ごめん、陽子。俺が悪かった。橙子との関係を断ち切れず、刺激を求めて馬鹿な真似をした。体が裏切ったことも、嘘も、お前を傷つけたことも、全部俺の罪だ。本当に最低な男だよ。でも信じてくれ。心の底で愛してるのはお前だけだ。裕一に言ったあの言葉は、酔っ払って頭がまわらず、つい口を滑らせてしまっただけなんだ。気にしないでくれ。忘れてくれないか?離婚を受け入れたのも、お前を嫌いになったからじゃない。ただ、どうお前と向き合えばいいのか、どう自分を許せばいいのか分からなかった。だから強がって、全部お前のせいにした……もしまだ俺を愛しているなら、もう一度だけチャンスをくれないか?お前が去ったあの日、俺はこっそり後をつけた。胸の奥がえぐり取られるようで、自分に言い聞かせたんだ――これが代償だ、子どもに責任を持たなければ、男としてけじめをつけなければ、都合のいい時だけ逃げるような真似はできない、と。でも後でわかったんだ、あれはすべて橙子が仕組んだ罠だったって。やっと気づいた……俺は自分の手で、俺たちの子どもを殺してしま
魂が抜けたように家に戻った勝は、胸の奥がぎゅっと締めつけられ、息をするのも苦しかった。陽子は自分の持ち物をきれいさっぱり片付け、もう彼女がここに暮らしていた気配すら残っていなかった。電話番号も予想どおり、すでに使われていない番号になっていた。寝室の真ん中に立ったとき、あの日彼女がみせた、決然としながらも深く沈みきった瞳が、幾度となく脳裏を貫いた。あの夜、シーツに付いた褐色の血痕を、彼は紛うことなく目にしていた。それなのに、ただ生理によるものだと思い込んでいたのだ。「生まれる子どもに罪はない」などともっともらしく口にしたとき、彼女は心の中で何を思っていたのだろう。憎んでいたのか。深い罪悪感と後悔が巨大な波のように襲いかかり、彼は押しつぶされ、息もできなくなった。佐藤が駆けつけたとき、部屋はすでに煙で満ちていた。「佐藤さん、陽子があなたのスマホをこっそり使って橙子にメッセージを送ったって、本当なの?」佐藤の胸がどきりと鳴り、即座にきっぱりと「はい」と答えた。勝は薄く笑った。「あの一ヶ月、あなたと橙子は頻繁に電話してたよな。その日だけで五回も。何を話してた?まさか世間話じゃないだろう?」「わ、私は……」佐藤は動揺した。勝は彼女を一瞥すると、すぐに顔を背け、ぼそりと呟いた。「あんな馬鹿な真似を……いや、馬鹿なのは俺だ。あからさまな罠にまんまと引っかかるなんて」あの時、彼は後ろめたさと怒り、そして恐怖に支配され、理性と判断を失っていた。「もう二度と俺の前に現れるな」佐藤は、勝が幼い頃から母親代わりとして彼の面倒を見てきた。病で一人息子を亡くした彼女は、そのすべての愛情を勝に注ぎ込んできたのだ。「旦那様……お坊ちゃま……お願いです……全てあなたのために……」「出て行け!」勝がいきなり、轟くように怒鳴りつけた。耳をつんざくほどの怒声に、彼女は思わず身を震わせた。夜になると、勝は部屋の床に座り込み、黙々と酒をあおっていた。すると、そこへ橙子から電話がかかってきた。「佐藤さんには当たらないで。陰で糸を引いていたのはこの私よ。あなたたちの絆があれほど脆いとは予想外だったわ。もう少し時間がかかると思ったのに……でも、流れは完全に私の方へ向いたわ。妊娠のタイミングまでが、神がかり的だったもの」勝は、彼女
Rebyu