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【24】電話ボックス

Author: 猫宮乾
last update Last Updated: 2025-07-23 15:00:23

 東京に戻ってきてから、俺は――ここ数日の出来事を考えた。時島は確かにあの時、俺のことを「愛している」と言った。

 だけど……なんで? いつから?

 俺には好きになってもらう要素があるのだろうか……?

 消しゴムと聞いたが……一番は、「一緒に暮らす内に」だと話していたな……。

「俺は……時島の事を、どう思ってるんだろう……」

 それがよく分からない。ただ、時島と二人きりでいても、恐怖を感じる事が無いのは分かっている。

 ちなみに、分からないことはもう一つある。

 ――紫野はどうしてあんな事をしたのだろう。好きな相手の代わりだったとか? 所謂、練習という奴だろうか。ただ紫野は、そう言う事はしない気がする。そして俺は、薬のせいもあったのか、現在……紫野にも恐怖や嫌悪感が無い。

 そうすると、嫌な仮定が一つ浮かんでくる。

 俺の体は、男を相手に感じてしまうのかもしれない。しかも性的な接触を持つと、安心感を得るようだ。仮にそうだとしたならば……その契機は? 今では強姦された事は曖昧な記憶になっていて、滅多に思い出さなくなって来た。だが――あの一件しかないだろう。講義でも習った。過度な嫌悪を抱く場合、本当はそう言う願望が自分にある事もある、と。俺は、同性に対して、以上に恐怖し嫌悪しているわけだが……まさか。

 暫くして……もう、そう言う事を考えたくなくなった。だから俺は久方ぶりに、実家に帰省した。そして泰雅を呼び出し、弟と三人でN県のN市に遊びに行く事にした。

 ――この当時、右京は高校生だった。

 峠を越える事になったのだが、頂上付近が工事中だった。スノーシェッドの前には信号機がある。五分単位で、信号の色が変わる代物らしい。

 F県側から抜けた所には、緑色の公衆電話があった。この頃はまだ、珍しい存在では無かった。

 事が起きたのはその帰り道である。車がエンストを起こしたようで、スノーシェッドのすぐ側で俺達の車は止まった。山の奥深い場所だから、携帯電話も繋がらない。

 すると――俺達がこれからどうするか相談していた時、急にフロントガラス側からドンという音が響いてきた。

 見れば女が……透明な女が、俺達の車のフロントガラスに、べたりと手を突いていた。

「……」

「……」

「……」

 誰も悲鳴などは、あげなかった。全員が、最初は、幻覚だと思っていたのかもしれない。

 けれど真正面に女が、確かに視えた。

「……俺、公衆電話から人を呼ぶわ」

 運転していた俺が言う。すると泰雅が唾を飲み込んでから、小さく頷いた。

「左鳥、俺も行く」

「待ってよ、俺だけ車の中とか。サト……泰雅さん……俺、やだ」

 弟の声に、「大丈夫だ」と告げて、結局俺は一人で外へと出た。俺も、弟を残すのが心配だったのだ。

 そして電話ボックスの中に入った――その時の事だった。

 まだダイヤルを押していないというのに、ジリリリリと電話が鳴ったのだ。

 不意の事に驚きながらも、俺は反射的に受話器を取った。

 耳に当てると、最初は雑音が響いてきた。それから――すぐに人の声が混じり始めた。

「で……死んで!! 一緒に死んで!!」

 女の金切り声が響いた瞬間、俺は受話器を取り落とした。

 すると泰雅の声がした。彼は運転席側に回っていた。

「エンジンかかった、早く来い、行くぞ!!」

 俺は必死で公衆電話のドアを開けようとしたのだが――開かない。周囲にはベタベタと手形がついていく。恐怖で座り込みそうになった時、弟が車から降りてきて、外から扉を押し開けてくれた。

 急いで車に乗り込み、俺達は沈黙したままで、F県側へと峠を下った。

 今になって思えば、泰雅に霊感があるのかもしれないと、最初に感じたのはこの時だ。その後俺はすぐに東京に戻ったから、真相は知らない。今も直接聞いた事は無い。

 暫くしてから弟に、あそこは有名な心霊スポットだと教えてもらった。

 ◆◇◆

 ――弟と、いえば。

 これも弟に聞いた話である。俺の地元には、家から通える場所には二つしか高校が無い。その内の一つに、仮にM高校に弟は通っていた。原チャで毎日通学していた。しかし同じ中学の皆は、より近いT高校に通っている生徒が多かった。別段イジメにあったとかではなく、我が家からはM高校の方が近かったのである。

 弟はその為、両方の高校に仲の良い友人がいた。

 そのT高校の生徒が、ある日、電車に轢かれて亡くなった。

 その生徒は、N県K町からT高校に通っている生徒で、少しだけクラスで浮いていたらしい。違う高校だったから詳細までは、弟も知らないそうだが。

 ――その亡くなった少年が、朝の登校時間と帰宅時間に、必ず駅のホームで目撃されるのだという。憂鬱そうな顔をして、俯いているらしい。

「今でもいるのかな」

 ゴールデンウィークの帰省時、送っていく車内で、ポツリと右京が呟いた。

 右京はもう、『呪い』の事には触れない。代わりに次のホラー話を語り始めてた。

 なお、俺達の実家がある県にはダム湖が多い。中には水草や何かの根が茂っているらしく、決して水死体が上がっては来ないそうだ。

「先生から聞いたんだけどね、ある日タクシー運転手が、女を途中で乗せたんだって。山に行く途中の道路だから、他にタクシーも無いだろうしと考えて、可哀想に思ったんだって。その女は、雨も降っていないのに、全身がびしょぬれだったんだって。運転手は後部座席の事を気にしながら運転してたみたい。掃除しないとなぁって」

 頷きながら俺は、既にタクシー運転手と聞いても恐怖を感じない事に気がついていた。嫌な記憶なのは変わらないが、既におぼろげに変わっている。それだけの、時が経ったという事なのかもしれない。

「それから、湖に行って欲しいって言われて、こんな時間に何をしに行くんだろうと思ったみたいなんだよ」

「それで?」

 ハンドルを握りながら、俺は聞いた。赤信号になったので、弟を一瞥する。

 右京は窓の外を眺めながら、ぽつりぽつりと語っていく。

「『お客さん、つきましたよー』って言ったら、どこで下りた様子もないのに、誰も乗ってなかったんだって。ただ、水たまりだけ後部座席に残ってたんだってさ」

 そんな話をしてから、弟は帰っていった。これがゴールデンウィークの終わりだった。

 さて、寺に泊めてもらった翌日。

 俺は、寺の駐車場に置かせてもらっていた車に乗り込んだ。

 すると不意に、泰雅が桐の箱を差し出した。

「何だよ、これ?」

「身につけておいてくれ。そうだなぁ、あれだ。プレゼントだ。地元で暮らす者同士の記念品? と、言う事にするか!」

 箱を開けると、そこには手首にぴったりのサイズの念珠が入っていた。

 パワーストーンなどではなく、本物の数珠だった。

「後は、寺の俺が言うのも何だけど、ちゃんと神棚に、御神酒や飯を、欠かさず置け」

「あ、ああ。親がそれはやってるけど」

 不思議に思って首を傾げると、泰雅が溜息をついた。

「危なくなったら、いつでも来いよ」

「危なく……?」

「昨日は鐘の音がして、よく眠れなかった」

「ッ」

 ――泰雅まで巻き込みたくない。それが、率直な感想だった。

 俺は高校から、遠くに出て、ずっと一人暮らしをしていたから、泰雅は俺の高校時代を知らない。だから、何があったのかも、知らないはずなのだ。

「……ああ、そうするよ」

 俺は曖昧に笑って答え、その日、寺を後にしたのだった。

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