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ผู้เขียน: 酔夫人
last update วันที่เผยแพร่: 2026-03-05 10:25:19

バーのカウンターに座り、初対面の男性と向き合っている―――その状況は、美咲の日常からすればあまりにも異質だった。

普段の彼女の生活には存在しないはずの空間と距離感。それなのに、手の中には司狼から渡された名刺があり、無意識のうちに自分の鞄を探って名刺入れを取り出そうとしていた。

反射的な動作に、自分でもわずかな驚きを覚える。薄暗い照明も、丁寧に磨かれたカウンターも、今この瞬間には背景でしかない。氷が触れ合う乾いた音と、低く流れるジャズは確かにロマンチックな空気を作っているのに、それとは裏腹に、現実が妙に鮮明に美咲を捕まえて離さない感覚があった。

「緊張が抜けた……」

不意に、上から落ちてくるような司狼の呟きが耳に届く。

「え?」

反射的に顔を上げると、思っていたよりも近い位置に彼の顔があった。

(近い……)

一瞬の驚きと同時に、美咲は咄嗟に身体を引いた。

椅子の脚がわずかに音を立てる。

(しまった……あからさま、だったかな)

距離を取る動作があまりに直接的だったことに気づき、内心で小さく舌打ちする。これでは、まるで自分が彼を意識していると宣言しているようなものだ。

美咲は表情を整えながら、ゆっくりと顔を戻し、司狼の様子を窺う。そして、その表情に戸惑った。

「どうした?」

「……いえ、何でも」

問いかけに対して、とっさにそう答えながらも、心の中では混乱が広がる。

(なに、この表情……)

司狼は不機嫌でもなければ、気まずそうでもない。むしろどこか満足げで、肯定的ですらある。まるで、美咲の取った行動が「正しい」とでも言いたげな顔だった。

その意味が分からず、胸の奥がざわつく。視線を逸らすように、美咲はグラスへと目を落とした。

淡い桃色の液体が、氷に揺られてゆっくりと波打っている。それを見つめるふりをしながら、内側の混乱を押し込める。美咲は、この状況をどこかで単純化して理解しようとしていた。

司狼の目的はナンパ―――そう決めつけていた。

(この見た目だし、自信はあったと思う)

整った顔立ちと、余裕のある振る舞い。こういう男が、こういう場所で声をかけてくる理由としては、もっとも分かりやすかった。

恋人同士でなくとも、偶然の流れで一夜を共にする男女の話は珍しくない。美咲自身にその経験はないが、想像できないわけでもなかった。

そして、ほんの一瞬だけ、思ってしまったのだ。

蒼太の死によって生まれた、理由の分からない罪悪感を打ち消すために。あるいは、久しぶりに感じたときめきに身を委ねるために。司狼と一晩を過ごすことも、悪くないのではないか、と。

だが、その考えは長く続かなかった。

司狼の、あの不可解な反応が、まるで押し潰すようにその可能性を消してしまったからだ。

軽い誘いではない。かといって拒絶でもない。ただ、そこにあるのは奇妙な圧力だった。

まるで、美咲が自分を軽く扱うことを許さない、とでもいうような。……いや、それだけではない。むしろ、「それでいい」と確認しているような、奇妙な納得の気配。

(この人……初対面よね……)

自分の記憶に間違いがないか、思わず疑いたくなる。でも、こんな印象の男なら、一度見たら忘れないはずだ。

確かめるように横目で見ると、司狼はグラスの縁に指をかけ、ゆっくりと回していた。

氷が静かに音を立て、そのリズムがやけに耳に残る。

「……なに?」

ふと、司狼が小さく笑った。

そのタイミングがあまりにも自然で、それでいてどこか意味ありげに見えたため、観察していたことへの気まずさもあって、美咲の声にはわずかに棘が混じる。

「聞きたいことがあれば、言えよ」

穏やかな言い方だった。

促すようでいて、急かすことはない。

「……こういう店、よく来るんですか?」

咄嗟に口から出たのは、無難な質問だった。

本当はもっと別のことを聞きたいはずなのに、それを言葉にすることができない。司狼は、くすりと笑う。その目が、「それが本当に聞きたいことか?」と問いかけているように見えたが、美咲は気づかないふりをした。

あるいは、気づかないことを選んだのかもしれない。

「あまり来ない」

「それなら、今夜はなぜ?」

問い返しは自然な流れだったが、その実、先ほど自分が問われたことのなぞり返しでもある。司狼は少しだけ視線を動かし、それからあっさりと答えた。

「美咲さんが入っていくのが見えたから」

甘い言葉だった。

あまりにも直接的で、あまりにも分かりやすい。笑顔も同じように、柔らかく、隙がない。

(この目がなければ、騙されてしまいそう)

司狼の瞳は、言葉の甘さとは裏腹に、どこか冷静で、何かを見透かしているような色をしている。そのギャップが、警戒心を呼び起こす。

「木崎さんって、いつもこうやって人を試しているんですか?」

半ば牽制するように、美咲は言った。

「試す?」

司狼は首を傾げる。本当に意味が分からない、と言わんばかりの表情だった。

その無垢さに、美咲の中で別の記憶が重なる。自分がいるにもかかわらず、他の女と関係を持ったことの何が悪いのか、本気で理解していなかった蒼太の顔。

(……似ている?)

目元も、声も、雰囲気も違う。それでも、この「分からない」という表情だけが、不意に記憶を逆撫でした。

もちろん、そんなはずはない。あり得るわけがない。

(蒼太は――死んでいる)

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