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第 16 話

藍葉
今になって後悔しているのだろうか。

三十分ほどで星良は帰っていった。

健司は自らエレベーターまで見送り、戻ってくると綾香に声をかけた。「綾香さん」

呼ばれた綾香は顔を上げ、慌てて社長室へと入る。

そしてまず、例の高価なネックレスをそっと机の上に置いた。「社長、こちらネックレスです。傷などはありません」

「そうか」健司はうなずいただけで、ろくに見ようともしなかった。

綾香はほっと息をつき、その日のスケジュール報告を始める。

報告が終わると、健司が口を開いた。「夜七時と九時の予定はキャンセル。クルーザーを手配してくれ」

「承知しました。どちらのお客様をご同伴されますか?」綾香は真面目にメモを取るようにした。

「今夜は君が来い」断定的な口調だった。

「……」

「社長、秘書は三人いますが……」

「額に『俺は社長だ』とでも書いておかないと、誰を連れて行くかまで君に決められるのか?」健司は鋭い目で見つめながら言った。

「承知しました」綾香は言葉を飲み込むように頷き、そしてまた続けに言った。「一つお願いがあります」

「言え」

言えって何よ。

偉そうに。人使い荒いんだから。

「午後、一時間だけ休暇をいただきたいんです。その代わり夜はご一緒できます」

「いいだろう」健司はあっさり承諾した。

またお見合いか。前回は延期。今度は前倒しとはな。

ふん。一度痛い目を見せないと懲りないらしい。

「では失礼します」

午後四時。

綾香は定時前に会社を飛び出した。

イチゴのステッカーだらけの二人乗り電気自動車を走らせ、幼稚園へ向かう。

この車は一年前、思奈とスーパーの抽選会で当てたものだった。

信じられない幸運だったので、その後で慌てて運転免許を取ったくらいだ。

思奈はイチゴが大好きだから、車体中にイチゴのシールを貼りまくった。

遠目には巨大なイチゴにしか見えない。

一方その頃。

健司は契約調印式へ向かっていた。

黒いロールスロイスが信号待ちをしていると、その巨大イチゴカーが隣に並んだ。

「あれ秘書の綾香さんじゃないですか。なかなか個性的な車ですね」大輔が口を開く。

車窓が下がり、窓の外を見た健司の顔が曇る。

そういえば今朝、一時間休みを取りたいと言っていた。

まだ勤務時間中なのに、そんなに急いでお見合いへ行くのか?

そこまで必死なのか?

信号が青になり、小さな車はゆっくり走り出した。

そして左折しながら、なぜか右ウインカーを出している。

健司「……」

その運転を見て、彼の顔はさらに険しくなった。「調印式は中止だ。あの車を追え」

あれだけの財産を残してやったのに、どうしてこんな生活になっているんだ。

車も安物。

服もブランド物じゃない。

まったく……

ロールスロイスは綾香の車を追い、一軒の私立幼稚園までやって来た。

健司の表情がわずかに強張る。

幼稚園?

彼女はここで何をするつもりだ。

胸の奥が、にわかに落ち着かなくなる。

しばらくして、綾香が園から出てきた。

そして小さな女の子を抱き上げ、その頬にそっと口づけを落とした。とても親しげだ。

まさか、俺の娘か?

健司の全身がわずかに震え、呼吸までも乱れていく。

「パパ!かっこいいパパ!」突然、女の子が呼びかけてきた。

綾香がはっとして振り返ると、そこには健司が立っていた。その姿を見た瞬間、頭の中が一瞬で真っ白になる。

どうして彼がここにいるの?

「綾香、君……俺の子どもを産んでいたのか?」

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