เข้าสู่ระบบ名刺を見た数週間後、颯真から意外なことを聞かされた。
美和は私たちと同い年で、商談中、ふとした言葉に私と同じ土地の訛りが混じったらしい。颯真が出身地を尋ねると、高校まで私と同じだった。
「俺の彼女も同じ高校だって話したら、名前を聞かれた。真紀だって教えたら、ぜひ会いたいってさ」
その翌週、颯真に連れられて入ったレストランで、美和は私の顔を見るなり目を見開いた。
「真紀?うそ、懐かしい」
高校時代、美和は親友ではなかった。話せば笑うし、同じ班になれば協力する。けれど、休日に2人で出かけるほど近くもない。そんな同級生だった。
美和は母親を早くに亡くし、田舎町で父親と2人で暮らしていた。私の母と美和の母が同級生だったと知ったのは、高校へ入ってからだ。
「美和ちゃんのお母さん、交通事故だったの。残された子に罪はないから」
母はそう言って、体育祭や文化祭の日には、ときどき弁当を2つ持たせた。
高校2年の体育祭。昼休みに美和を探すと、体育倉庫の裏で紙パックの牛乳だけを飲んでいた。
「よかったら、一緒に食べない?」
私は赤い弁当箱を差し出した。中には卵焼き、鶏の照り焼き、タコの形のウインナーが詰まっていた。母は美和の好きな甘い卵焼きを覚えていた。
美和は一瞬、嬉しそうに蓋を開けた。けれど、クラスの女子が通りかかり、「真紀って優しい」と言った途端、表情を硬くした。
「別に、頼んでないけど」
「うん。お母さんが作り過ぎて、余っただけだから」
傷つけないように言い直したつもりだった。美和は黙って食べ、帰り道に空の弁当箱を返した。
その日の体育祭で、私たちのクラスは対抗リレーに優勝した。アンカーとして表彰された私に、担任が「勉強も運動もできて、沢田は何でも持ってるな」と笑った。
隣にいた美和も笑っていた。ただ、拍手する手だけが止まっていた。
体育祭の帰りには夕立が来た。校門には私の母が傘を2本持って立ち、美和へも乾いたタオルを渡した。
「お父さんが遅いなら、うちでカレーを食べていきなさい」
母は善意で誘った。けれど美和は、私と母を交互に見て、タオルを私へ押し返した。
「家族ごっこしなくていいから」
雨の中を走り去る背中を、私は追えなかった。翌日、美和は何もなかったように話しかけてきた。だから私も、触れてはいけない傷なのだと思い、何も聞かなかった。
再会した美和は洗練され、当時よりずっと明るかった。私の手を取り、何度も懐かしいと言った。
「真紀のお母さんにも会いたい。お弁当、本当に嬉しかったから」
私は胸が温かくなった。あのとき余計なことをしたのではないかという小さな後悔が、やっと消えた気がした。
颯真と美和の商談は順調に進んだ。美和は東央バイオマテリアルの購買担当として、海外原料を探していた。颯真は森鷹製薬の営業でありながら、実家の栗田貿易にも取引の糸口を作りたがっていた。
私は成分規格の相談に乗った。美和が分からないと言えば試験成績書の読み方を教え、颯真が価格で迷えば歩留まりまで含めた原価を計算した。
3人で食事をする回数が増えた。美和は私を「昔から何でもできる」と持ち上げ、そのあと必ず、颯真へ向かって笑った。
「でも営業は颯真さんの才能だよね。真紀にはない、人を夢中にさせる力」
褒め言葉のはずなのに、私を線の外へ押し出す響きがあった。
ある夜、美和が私のコートを羽織り、鏡の前で笑った。
「真紀のものって、何でも上等に見える」
「気に入ったなら、同じ店を教えるよ」
「同じじゃ意味ないの」
美和はすぐに冗談だと笑った。
あの言葉の本当の意味を知るのは、ずっと後になってからだった。
その帰り、美和は颯真の車の助手席へ迷わず乗った。私は後部座席から、2人が同時に同じ曲を口ずさむのを聞いていた。
協議の日、栗田貿易の本社へ向かうと、以前とは違う静けさが建物を包んでいた。かつて颯真が私に見せた社長室の窓は暗い。駐車場に並んでいた高級車も減っていた。会社の仕事の一部は、取引先の協力で別の商社へ引き継ぐ話が進んでいた。希望した社員の多くも、そこで働ける見込みだという。守られようとしているのは、颯真の肩書ではなく、罪のない人たちの暮らしだった。話し合いの部屋には、先に美和がいた。以前のような艶のある服ではなく、灰色のスーツを着ている。その向かいに、颯真が座っていた。髪は乱れ、腕時計もなく、私を見ても立ち上がらなかった。美和が、私より先に口を開いた。「証拠を消せと言ったのは颯真さんでしょう」「お前が勝手にやった」「会社の回線を使わせたのは誰?」「お前が真紀みたいに有能だったら、会社はこんなことにならなかった!」美和はしばらく颯真を見つめ、それから乾いた笑いをこぼした。「最後まで、私を真紀と比べるのね。私を選んだんじゃなくて、真紀から奪えれば誰でもよかった」「お前だって同じだろ!」美和は鞄から鍵を取り出し、机へ置いた。「もう終わり。あなたの借金まで背負う気はない」弁護士が2人を制止し、協議を再開した。颯真は提示された返済案を見ようともせず、私をにらんだ。「お前が黙っていれば、会社は残った」「私が黙っていれば、偽物を売る会社が残っただけ」「7年も支えた会社だろ!」「だからこそ、あなたの嘘に私の名前を使われたままにはできなかった」颯真の口が動いたが、もう言葉は出なかった。私は必要な確認を終え、書類へ署名した。席を立ち、部屋を出た。廊下には、泰石が少し離れた場所で待っていた。助けが必要かどうかを、私が決められる距離だった。「終わりましたか」「終わりました」「何か温かいものでも、食べて帰りませんか」私は一度だけ、閉じた扉を振り返った。中から颯真と美和の言い争う声が聞こえたが、もう私の名前は呼ばれていなかった。「行きましょう」駅前の小さな店で、私たちは湯気の立つうどんを頼んだ。式を中止した日から、誰かと食事をしても味を覚えていないことが多かった。その夜は、だしの温かさが喉を通るのを感じた。「記者会見のあとにした話、覚えていますか」泰石が箸を置いた。「全部終わるまで待つ、と言った話ですね」「どうして、
調査報告会には、東央の役員、監査担当、法務担当が並んだ。栗田貿易からは颯真と父親の克彦が出席し、美和は会社側の席から離れて座っていた。テーブルの端には録音機が置かれていた。誰かの記憶ではなく、今日の言葉を記録に残すためだった。開始前、颯真は私へ近づこうとしたが、弁護士に止められた。美和は一度もこちらを見ず、指先で資料の角を折り続けていた。泰石は私の隣ではなく、半歩後ろに控えた。前へ出るのは私だと分かっている距離だった。「声が震えたら、代わります」「震えても、最後まで自分で話します」「では、震えていることを誰にも隠さなくていい」その一言で、肩から力が抜けた。強く見せることと、強くあることは同じではない。私は前に立ち、資料の1枚目を映した。「今回確認された問題は3つです。表示と違う精油が納入されたこと。検査表に不自然な変更があったこと。そして、仕入先から購買担当者へ不自然な支払いがあったことです」専門用語は使わなかった。誰が、何を、いつ変えたのか。確認された事実だけを、日付順に示した。外部検査の結果。元の規格表。削除された3項目。価格改定の根拠として提出された仕入れ資料と、東央への請求額。そこまで説明して、私は資料を閉じた。「ここから先は、監査室が確認した結果です」私は西村を見た。西村が立ち上がり、私と入れ替わるように前へ出た。「沢田部長に対す
美和は、始業前に私の部屋へ入ってきた。「昨日のデータ削除、私を疑ってるんでしょう」ドアを閉める音が強かった。昨日までの取り繕った笑顔はなかった。「だから、接続記録と入退室記録を照合している」「私を犯人にしたいんでしょう」「まだ誰も犯人だとは決めていない」「白々しい。颯真さんに捨てられたから、今度は颯真さんの会社ごと潰すつもり?」「東央が表示と違う原料を買わされていた時点で、もう個人的な問題ではない」美和は机に両手をついた。「正義を振りかざして、また私から全部奪うの?」「私があなたから何かを奪ったことはない」「その言い方が嫌いなのよ!自分は何でも持ってるから、奪ったことにも気づかない!」声が廊下まで響いた。私はそれ以上、二人きりで話を続けるべきではないと判断した。「高校のとき、私のやり方があなたを傷つけたことは謝る。でも、今の調査とは別よ」「何でも分けて考えれば、自分だけきれいでいられるものね」美和はそう吐き捨てると、ドアを乱暴に開けて出ていった。昼前、人事部から連絡が来た。美和が、私による職権乱用と嫌がらせを申し立てたという。訴えには、私が高校時代から美和を見下し、結婚式のあと、私怨から自分を調査対象にし、職を奪おうとしていると書かれていた。業務記録の間へ、個人的な恨みを混ぜた文章だった。社内ではすぐに噂が広がった。廊下で会話が止まり、会議室へ入ると視線が集まる。&n
翌朝、私は部下の立ち会いのもと、栗田貿易から届いた未開封のラベンダー精油を外部の検査機関へ送った。社内の検査結果だけを疑えば、私が結婚式の腹いせに騒いでいると言われる。だから、誰が調べても同じ答えになる形が必要だった。結果が届いたのは3日後だった。待っている間にも、同じ精油を使う製造予定は進んでいた。私は対象となる原料だけを保留にし、製造部へ理由を必要最小限に伝えた。「また品質部が止めたのか」と不満の声も上がった。結論が出る前に騒げば混乱を招く。止めなければ、問題のある原料を製品に使うかもしれない。どちらを選んでも誰かに責められる。その重さを引き受けるのが、今の私の仕事だった。報告書の最初のページをめくった瞬間、指先が止まった。天然のラベンダー精油なら検出されるはずの成分がほとんどなく、代わりに合成香料由来の成分が検出されていた。香りは似ている。だが、中身は別物だった。私は報告書を閉じ、泰石の部屋を訪ねた。「栗田貿易の精油から、表示と違う成分が出ました」泰石は報告書を読み、すぐには口を開かなかった。窓の外へ一度目をやってから、私を見た。「あなたと栗田社長の関係は、調査上どう扱いますか」「影響させません。ただし、私だけで進めれば、私怨だと疑われます」「なら、僕と監査担当を入れます。調べる人も、証拠を保管する人も分けましょう」泰石はすぐに製造、監査、法務の責任者へ順番に連絡した。対象ロットだけを保留し、証拠は監査室で保全する。栗田貿易への照会は、保全が終わるまで待つ。わずか数分で、製造全体を止めず、証拠も確実に保全で
東央バイオマテリアルから声をかけられたのは、退職の1か月前だった。当時、私は28歳で、部長経験はなかった。けれど森鷹では、輸入原料の表示内容と実際の成分に食い違いを見つけた際、分析結果を出すだけで終わらせず、製造と購買を巻き込み、製造計画を組み替えながら代替原料への切り替えまで主導していた。その対応を受入試験の手順書にまとめ、後輩が判断に迷ったときも同じ根拠へ戻れる仕組みにした。東央の品質本部長は、その手順書を業界勉強会で見ていた。採用担当によれば、東央が探していたのは、年齢や現在の肩書ではなく、品質上の問題を見つけたあとに部署をまたいで解決まで動かせる管理職だった。結婚後は栗田貿易を手伝うつもりだった私は、返事を保留していた。式を中止した翌朝、私は採用担当へ電話した。一晩、ほとんど眠れなかった。それでも、結婚式の写真を消すことも、颯真からの着信を拒否することもしなかった。怒りの勢いで人生を決めたと思われたくなかった。何より、自分自身にそう思いたくなかった。机の上に、森鷹時代の研究記録と東央の公開資料を並べた。採用されるなら、裏切られた花嫁としてではなく、ひとりの専門家として仕事に戻りたかった。「先日のお話がまだ有効でしたら、選考を受けさせてください」同情で採られたくなかった。面接では結婚式のことを一切話さず、公開されている過去3年分の自主回収事例と、選考課題として渡された品質資料を読み込み、改善案を提出した。面接官から、なぜ森鷹を辞めたのかと聞かれた。「結婚を機に退職しました。ただ、退職前に御社からお声がけいただき、自分が本当に品質の仕事を手放したいのか、改めて考えるきっかけになりました。
結婚式の半年前。ダイニングテーブルの向こうで、颯真が指輪の箱を開いた。けれど、口にしたのは愛の言葉ではなく、私の仕事のことだった。「原料分析では有機溶剤も使うだろ。妊娠したら体に良くないかもしれない。結婚を機に仕事を辞めてほしい」森鷹製薬には局所排気装置も防護具もあり、妊娠時は担当を変える制度もあった。すべての分析業務が妊娠へ悪影響を与えるわけではない。私はそう説明した。「辞める必要はない。担当を替えてもらえば続けられる」「そこまでして働く意味があるのか?」颯真は指輪の箱を閉じた。私の返事より先に、機嫌を損ねたことが伝わった。「意味があるから、いままで続けてきたの。担当している仕事にも、育てている後輩にも責任がある」「俺の会社には責任を感じないのか。父さんが倒れてから、俺がどれだけ必死に会社を支えてきたと思ってる」「大変だったのは分かってる。でも、それと私が仕事を辞めることは別でしょう」「結婚しても、俺より仕事を選ぶのか?」問いかけではあった。けれど、答えは一つしか許されていなかった。颯真は、仕事を続けることが、家庭を選ばないことだと言わんばかりだった。私が黙ると、今度は声をやわらげた。「俺の会社が落ち着くまででいい。真紀なら、またどこでも働ける。でも俺には今、真紀しかいないんだ」必要とされることと、選択を奪われることは違う。その違いを、私はまだ言葉にできなかった。けれど颯真は、私の母と祖母へ先に話をしていた。「真紀と子どもの健康を守りたい。生活は僕が責任を持ちます」母は、「そこまで考えてくれる人なら安心ね」と言った。颯真の父も、結婚後は栗田貿易で経営を手伝えばいいと勧めた。私は迷った。研究室から続けてきた仕事だった。自分の名前で出した分析法も、育てている後輩もいた。その一方で、颯真の会社は急成長の途中にあった。家族になるなら支えるべきだと、誰もが口をそろえた。「2年だけ。会社が落ち着いたら、真紀の好きな仕事に戻っていい」颯真はそう約束した。私は退職届を出した。最終出勤日、分析室の後輩たちがラベンダーの花束をくれた。白衣をロッカーへ置いたとき、自分の一部までそこへ置いてきたような気がした。後輩のひとりが、泣きながら小さなノートを差し出した。私が教えた検査の要点を、入社以来ずっと書き留めていたものだった。「沢田さんがい







