บททั้งหมดของ 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません: บทที่ 11 - บทที่ 20

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第11話 君のいるべき場所

 澪が吐き出した本音に、一瞬、誰も口を開けなかった。「……澪」 拓真が呆然と呟く。その声はまるで、澪の気持ちに今初めて気付いたみたいだった。「……この傷ついた気持ちも、私は、『お姉ちゃんだから』我慢しなくちゃいけないの?」 うまく息が吸えない。 胸の奥が苦しい。言わなければよかったと、一瞬頭の中に後悔が過った。「お姉ちゃん……」 美羽が震える声を出す。「ごめんなさい、お姉ちゃん」 美羽の言葉に、澪はゆっくりと顔を上げた。「これ以上、お姉ちゃんを傷つけたくないから、ハッキリ言うわね」 美羽はそう言うと、拓真の隣に立って、そっと彼の腕に自分の腕を絡めた。「拓真さんと私、付き合ってるの」「……え?」 今まで聞いて来た美羽たちの言い訳は一体なんだったのだろうか。美羽の言葉に、澪は拓真へと視線を移す。拓真は一瞬、何かを言いかけるように口を開いたが、なぜかすぐにその唇をきつく結んだ。「なんでもひとりでこなしちゃうお姉ちゃんに、自分が本当に必要なのか悩んでるって相談をずっと受けてたの。私も……いつも、お姉ちゃんに色々してもらってて申し訳ないって相談をしてて……そのうちに、私たちは惹かれ合ったの」「そんな……」 澪はただ自分の手をきつく握ることしかできなかった。「ごめんね、お姉ちゃん。本当はもっと綺麗に拓真さんとお別れさせてあげたかったんだけれど……」 涙を流す美羽は、もうそこにはいなかった。 拓真の腕にそっと頭を預けるように傾けた美羽の口元には笑みが広がっていた。 澪の背筋にぞっと寒気が走る。 あの笑顔だ……。昨晩、拓真とキスをした後、泣いて謝っていた美羽の顔に浮かんでいたあの笑み。 あの、チグハグな――。「……ならば話は早いな」 低く、冷静な声が落ちる。 澪が振り返ると、静かに綾人が全員を見渡していた。 そして、「もう十分だろう」 と、誰に向けた言葉なのか分からない言葉を吐いた。「行くぞ、澪」 そう言って、綾人は澪の手首を掴む。急に引かれた手に、澪はバランスを崩しながら目を見開いた。「おいっ、澪をどこに連れていく気だ……!」 拓真が大きな声を上げて綾人を呼び止める。「お前たちには関係ない」 玄関扉を開けながら振り向いた綾人の声にも瞳にも、ぞっとするほどの冷たさを含んでいた。 拓真は肩をびくりと震わせる
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第12話 神宮寺家

 震える指先で触れた澪の手を綾人は迷うことなく握り返した。 その手は温かくて力強い。けれど、痛みは全くなかった。「行こう」 綾人のその言葉に澪は小さく頷いた。「はい」 その返事を聞いた瞬間、綾人の表情がほんの少しだけ和らぐ。 それは一瞬だったけれど、綾人の微笑みはとても嬉しそうだった。 玄関扉が開かれた先。昨日の雨とは打って変わった温かく眩しい陽射しに澪は目を細める。 世界が色づいてみえる。 今までだって色を認識できなかったわけじゃない。 けれどなぜか、目の前に広がっている景色が、とても色鮮やかに見えた。 澪は一度も振り返らなかった。ただ、真っ直ぐに少し前を歩く綾人の背中だけを見ていた。 振り返ったら、また立ち止まってしまいそうだったから。 それに……なぜだろう。長年暮らしたはずの家は、もう帰る場所ではないように思えた。     ◇ 車のドアが閉まる。 静かな車内に、エンジン音が響いた。「……いいのか」 綾人が言った。アクセルはまだ踏まれていない。「後悔しないか」 澪は窓の外へ目を向ける。「……分かりません」 正直に答えた。 今までの家族との関係。 昨晩見た、美羽と拓真のキス。 そして、今日、美羽に言われた言葉……。 苦しくなかったと言えば嘘になる。「でも……」 澪は胸元のお守りを握る。「あそこに、私の居場所はありません」 綾人が静かに息を飲む音が響いた。「そうか」 その声は、そっと澪の言葉を受け止めるものだった。 ゆっくりと車が進み始まる。 流れる見慣れた景色に、澪はそっと視線を預けた。     ◇ 神宮寺家へ到着したのは、それから一時間ほど後だった。 門をくぐった瞬間、澪は目を疑う。「あ、あのぉ……」 震える声を何とか絞り出した。「どうした」「なんだか人が多くないですか……?」 玄関前に使用人たちが並んでいる。 昨日より明らかに多い。 気のせいではない。 絶対に、増えている。「お帰りなさいませ! 綾人さま、澪さま」 綺麗に揃った声が響く。 澪はただそれに圧倒され、フリーズすることしかできない。 ざっと見ただけでも二十人はいる。 昨日の倍以上だ。しかも全員笑顔である。「澪さま!」 昨日案内してくれた年配の女性が駆け寄ってきた。「お帰りなさいませ!」「た、た
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第13話 おかえりなさいませ

 昨晩通された部屋よりもさらに広い和室に、「どうぞ、どうぞ」と使用人たちによって促される。「澪さま、お疲れでしょう」 肩に手を優しく置かれ、ふわふわな座布団が置かれた座椅子の上に座らされる。「まずは温かいお茶をどうぞ」 間を置かず、澪の前に差し出されるお茶には茶柱が立っていた。「お洋服なども一式そろえております」 次々と声を掛けられ、澪の頭は全くついてきていない。「あ、あの……そんな……」 どう反応すればいいのか分からず、言葉がまごつく。 こんなふうに歓迎されたことなど人生で一度もなかった。 花屋の同僚たちは優しいけれど、それとは違う。 ここにいる人たちは本気で澪を気遣っているように見えるのだ。「澪さま、どうかなさいましたか?」 昨日から何かと世話を焼いてくれる年配の女性が微笑む。「いえ、その……」 澪は戸惑いながら周囲を見回した。「みなさん、どうしてそんなに優しくしてくださるんですか……?」 その瞬間、その場にいた使用人たちが一斉に顔を見合わせた。「どうして、と言われましても……」 年配の女性は不思議そうに首を傾げる。「綾人さまが大切になさっている方ですから」「ぐふっ」 澪は危うく、口をつけていたお茶を吹き出しそうになった。「そ、そんな、それは誤解で……っ」 テーブルに湯呑を置いて、慌てて否定する。「まあまあ」 使用人のひとりがハンカチを差し出しながら、澪をなだめるように言う。「違わないと思いますけど」 また別の使用人がそう顎に指をかけて考え込むように言う。「昨日からずっと機嫌が良いですし」 そしてまた別の使用人が、頷きながら言った。「あら、綾人さま」 部屋に通されてから姿が見えなくなっていた綾人が、部屋の前を通りかかった。呼び止められて、綾人はぴたりと動きを止める。「昨日、朝食を残さず召し上がりましたよね」 使用人の一人が真顔で言う。「は……?」 綾人は何のことだと言わんばかりに、その端正な顔を少しだけ顰めた。「それは確かに珍しいですね」 誰かが頷いた。「朝食を完食なさるなんて、三年ぶりくらいでしょうか」 年配の女性がそう口にする。「いいえ、四年かもしれませんよ」 別に使用人が眉を寄せて言う。「記録を確認しましょうか」 なぜか会議が始まった。 澪は目をぱちぱちと瞬かせる。
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第14話 神宮寺家の人々①

 澪の頬から手を離した綾人は、そのまま部屋を見回した。「紹介しておこう」 その言葉に、部屋の中にいた使用人たちが一斉に背筋を伸ばす。 まるで朝礼でも始まるかのような空気だった。「まずは……佐伯」 綾人が視線を向ける。 年配の女性が一歩前へ出た。「改めまして、佐伯梅子と申します」 柔らかな笑顔を浮かべながら頭を下げる。「神宮寺家で女中頭を務めております。この家のことは全て把握しておりますので、何か分からないことや困ったことなどあればご遠慮なくお申しつけくださいませ」「じょ、女中頭……」 澪は思わず復唱した。そんな言葉、物語の中でしか聞いたことがない。 衝撃を受けている澪の表情を見て佐伯はくすりと笑う。「綾人さまがまだこんなに小さかった頃からお仕えしております」 佐伯は手を少し下のほうに下げる仕草をして言った。「そうなんですか?」「ええ」 佐伯はどこか懐かしそうに綾人を見る。「昔は今よりずっと素直で可愛らしかったのですよ」 からかうような視線を佐伯が綾人へと向けると、綾人は小さく咳払いをした。「佐伯」 それ以上何も言うなという意味が込められている。「失礼いたしました」 そう頭を丁寧に下げた佐伯は、全く反省していない顔だった。 使用人たちの間から笑いが漏れる。     ◇「次は君付きになる者たちだ」 綾人の言葉に、三人の若い女性が前へ出た。 全員、澪と同じか少し下の年齢に見える。「森川ひまわりです!」 一人目は元気いっぱいだった。 明るい茶色の髪を揺らしながら元気よく頭を下げる。「趣味は推し活です! あと、スイーツ食べ放題に行くのも大好きで……!」「ひまわり」 佐伯が、制止するように静かに名前を呼ぶ。「はい!」 意味を分かっているのかいないのか、ひまわりは全く懲りていない笑顔で元気よく頷いた。 佐伯と綾人が同時に溜息を吐いたのを見て、澪はくすくすと笑いを零した。 そして、次の女性が一歩前へと出る。「私は水瀬芹香です」 二人目は落ち着いた雰囲気の女性だった。「何かあればいつでもご相談ください」 優しく微笑まれる。たったそれだけで頼もしさを感じるほどだ。 そして、そんな彼女の視線に促され、最後のひとりがおずおずと前へ出てきた。
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第15話 神宮寺家の人々②

 綾人が視線を入口へ向ける。「最後に……」 タイミング良く、ノックの音が響いた。「失礼します」 部屋へ入ってきたのは一人の男性だった。 眼鏡をかけた端正な顔立ち。落ち着いた雰囲気を纏っている。年齢は、綾人と同じ二十代後半くらいに見えた。「お初にお目にかかります、澪さま。相良と申します」 穏やかな笑みを浮かべながら一礼する。「綾人さまの秘書を務めております」「秘書……」 澪は小さく呟く。「相良には、俺のプライベートも仕事も、大抵のことを任せている」 綾人が言う。「俺が不在のときは相良に話せ」 その言葉に相良がほんの少しだけ目を見開いた。 どうやら驚いているらしい。「綾人さま」「なんだ」 綾人が相良へと視線を向けた。「そこまで信頼していただけるとは光栄です」 そう言いながらも、なぜか相良はどこか面白そうに笑っていた。 澪は気付かない。 けれど、その場にいた使用人たちは全員気付いていた。綾人が誰かをここまで気遣うのは初めてのことだと。ましてや、澪に自分の右腕である秘書の相良を頼っていいと言うなんて。今までの綾人からはとても想像ができないような態度だった。 だからこそ、神宮寺家全体が澪を歓迎しているのだった。 紹介が終わった頃には、澪の肩の力は少しだけ抜けていた。 知らない場所。知らない人たち。 それなのに、どうしてだろう。 ここにいる人たちとなら、うまくやっていけるかもしれない。 そんなことを、ほんの少しだけ思い始めていた。 綾人や使用人たちとは出会ってから経った二日しか経っていない。 それなのに、ずっと昔からまるで自分がここにいたかのような錯覚を覚えるほど、居心地が良かった。 一体、どうしてなのだろう。 澪は無意識にそっと自分の胸元にある白い花のお守りに触れた。(そういえば……綾人さんは、このお守りのことも、私のことも前から知っているような口ぶりだったけれど……) ふと、昨日の綾人の言葉や仕草を思い出して、澪は考え込む。 綾人だけでなく、使用人たちもまるで澪の来訪を待ちわびていたような歓迎の仕方だった。 誰かに尋ねれば教えてくれるだろうか。 綾人に聞くには、なぜか少し気が引けてしまう。けれど知りたかった。自分の記憶にはないこの白い花のお守りのことも、どうして綾人たちがこんなに
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第16話 花を生ける人

 神宮寺家で迎える朝は、朝から使用人たちが動いている気配はあるものの、穏やかでとても静かだった。 目を覚ました澪は、しばらく天井を見つめ、昨日のことを思い出していた。 白石家を出たこと。 綾人に連れられて神宮寺家へ戻ったこと。 そして、使用人たちに歓迎されたこと。 全部、夢のようだった。「……でも、夢じゃないのよね」 小さく呟いて起き上がる。 その弾みで、澪の胸元でお守りが揺れた。 それを見つめていると、自然と昨日考えていたことが再び蘇ってくる。 綾人はなぜ自分を知っていたのか。このお守りは何なのか。そしてなぜ神宮寺家の人々は、自分を待っていたかのように迎えてくれたのか。 知りたい。 けれど、知るのが少し怖い。 そんな複雑な気持ちを抱えたまま澪が部屋を出ると、廊下で相良と鉢合わせた。「あ、相良さん……おはようございます」「おはようございます、澪さま」 相良が柔らかく微笑む。 その穏やかな笑顔に安心感をなぜか覚える。凛とした佇まい。穏やかな口調には芯があるように感じて、そっとのことでは崩れないような気さえする。――綾人さんが信頼しているのが分かる。 なんて、まだ出会って数日も経っていないのに、澪はそんなことを考えていた。「あの……」 分からないことがあれば相良に聞くと良い、という綾人の言葉を思い出して、澪は思い切って口を開いた。「お聞きしたいことがあるんですが……」「はい、なんでしょう」 相良が柔らかく首を傾げた。 今なら聞けるかもしれない。 そう思った、その時だった。 廊下の向こうから慌ただしい足音が響いてくる。「相良さーん!」 使用人のひまわりだった。 長いエプロンドレスの裾を
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第17話 フラワーショップ『アンジェリケ』

 綾人の撮影が終わったのは昼過ぎだった。 スタッフたちが片付けを始める中、澪は少し離れた場所から生けられた作品を見つめていた。 何度見ても美しい。 華やかなのに騒がしくない。 静かなのに目を奪われる。 そんな作品だった。「どうした」 低い声が聞こえて顔を上げる。いつの間にか綾人が隣へ来ていた。 着物から見慣れたスーツに着替えている。 けれど先ほどまで花と向き合っていた余韻が、まだどこかに残っている気がした。「綺麗だなと思って……」 澪は正直に答えた。「私、花屋で働いているんですけど、お花にこんな表情があるなんて初めて知りました」 綾人は、澪の言葉を受けて自分の作品へと視線を向ける。「……花屋の仕事は好きか」 澪の言葉に対してではない、不意の問いかけが飛んでくる。「はい」 澪はそれに迷わず頷いた。「すごく好きです」花に触れている時間が好きだった。 花束を作る時間も。お客さんと話す時間も。花を見ている人、そしてそれを受け取った人が笑顔になる瞬間も。 澪にとって、日常のちょっとした息苦しさを忘れられる場所だった。「そうか」 綾人は静かにそう頷いた。なぜか、少しだけ嬉しそうに。     ◇ 翌朝。 拓真たちのことがあり、気持ちの整理がつかず仕事を休んでしまっていた澪は、数日ぶりに職場へ向かっていた。 フラワーショップ『アンジェリケ』。小さな個人店で、そこが澪の職場だった。 店の扉を開ける。「おはようございます」 澪がそっと挨拶をすると、開店準備をしていたスタッフたちが一斉に振り向く。。「澪さん!」「澪ちゃん!」 その光景に思わず頬が緩んだ。「急にお休みしてしまって、ご迷惑をおかけしました」 澪は深く頭を下げる。 すると奥から店長が出てきた。「店長、申し訳ありませんでした」「澪ちゃん。いいから顔を上げなさい」「連絡はもらってたし、事情があったんでしょう?」「店長……」「元気そうで良かったわ」 澪よりも五つほど年上の店長は、澪にとって姉のような存在だった。 ふっと優しく細められた店長の目に澪の心は少しだけ熱くなる。 事情を深く聞いてこないところも、店長からの信頼や優しさを感じ、申し訳なさと嬉しさを感じていた。「……ありがとうございます」 澪はその気持ちを込めて、小さく頭を下げた。  
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第18話 迎えに来た

 翌日も澪はいつも通り出勤していた。「澪ちゃん、この花束お願いできる?」「はい」 店長から渡された注文票に目を通す。 還暦祝いに、娘さんからお父様へ渡すものというオーダーだった。 赤を基調に華やかな花束を、というリクエストを見て、澪は並んだ花々へ視線を向けた。 深紅のバラ。 ガーベラ。 カーネーション。 その中から迷いなく花を選んでいく。差し色として白のカスミ草を入れ、上品さと柔らかさをプラスする。「やっぱり澪先輩すごいなぁ……」 隣で澪の手元を見ていた後輩がぽつりと呟いた。「え?」「花選ぶの早いですもん」 澪は少し困ったように笑う。 物心ついたころから花を見るのが好きだった。 だからだろうか。 花束を頼まれると自然と完成形が浮かぶ。「はい、できました」 完成した花束を見た店長が目を丸くした。「うん、さすが澪ちゃん。完璧」「ありがとうございます」 自然と笑みが零れる。 あんなことがあってから、心にモヤが広がる時間が多かったけれど、ここでは自然と嗤えている自分がいることに気付く。 ……やっぱり花屋の仕事が好きだ。 澪は、出来上がったばかりの花束を見て、口元を緩めた。     ◇ 昼過ぎ。 常連客の女性が店へやってきた。「澪ちゃん、いる?」「こんにちは」 その声に澪が顔を出すと、女性は嬉しそうに笑った。「あら、よかった。ここ数日、澪ちゃんに会えなかったから」「あ……すみません。足を運んでいただいていたのに」「体調崩してたの?」 女性の心配そうな声に、澪は曖昧に笑う。「はい。少しだけ」「無理しちゃ駄目よぉ。澪ちゃんが倒れちゃったら、誰にお花を選んでもらっていいか分からなくなっちゃう」 澪は「ありがとうございます」と小さく頭を下げる。 そのやり取りを見ていた後輩たちが小声で話しているのが、薄っすらと耳に届く。「やっぱり澪先輩って人気ですよね」「常連さんの指名、多いもんね」「分かる」 けれど、澪は聞こえないふりをした。少しだけそれが、照れくさかったから。     ◇ 閉店まであと一時間ほど。 花の手入れをしていた澪へ、店長が声を掛けた。「澪ちゃん」「はい、なんでしょうか」「お客さんよ」 店長が手で示したほうを視線で追い、振り返る。 常連客の誰かだろうか。 そう思いながら振
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第19話 迎えに来た理由

「迎えに来た」 綾人の言葉に、店内の空気が止まった。「……迎え?」 後輩のひとりがぽつりと呟く。「え?」「迎えって?」「迎えって、あの迎え?」 ざわざわと店内が騒がしくなる。澪は一気に顔が熱くなった。「ち、違うんです!」 慌てて否定する。「違うって何が違うんですか? 澪さん!」 後輩が身を乗り出してくる。「えっ、その……」 何が違うのかと聞かれると困る。確かに綾人は「迎えに来た」と言った。 だからといって……。「澪さん、神宮寺綾人とお付き合いされているんですか?」 別の後輩がストレートに聞いて来た。「ちがっ……!」 澪は慌てて綾人を見る。 否定してほしい。 そう思ったのに、綾人は無言だった。 否定せず、ただ静かに立っているだけだ。むしろその無言は、肯定しているようにさえ見える。「綾人さん……!」 思わず名前を呼ぶ。すると綾人は不思議そうに澪を見た。「なんだ」「なんだ、じゃなくって……!」 後輩たちの目がどんどん輝いていく。「やっぱり彼氏じゃないですか!」「絶対そうですよね!?」「若手イケメン華道家との恋愛なんて、まるで映画みたい!」「ち、違います!」 澪は全力で否定した。 けれど、誰も聞く耳を持ってくれない。みんなそれぞれが自分の世界に入ってしまっている。「はいはい、そこまで」 パン、と手を叩く音が響いた。 店長だった。「閉店準備が終わってないでしょう?」 にっこり笑っている。けれど目が笑っていない。後輩たちは一瞬で背筋を伸ばした。「は、はーい!」 蜘蛛の子が散るように、後輩たちはそれぞれの持ち場へ戻っていく。 店長は小さくため息を吐いてから澪を見た。「澪ちゃん」「は、はい。すみません、私も仕事に……」「今日はもう上がっていいわよ」「え?」「閉店作業はこっちでやるから」 そう言って店長は意味深な笑みを浮かべた。「たまには早く帰りなさい」「て、店長まで……!」 澪は頭を抱えたくなった。     ◇ 結局そのまま退勤することになってしまった。 綾人と一緒に店の外へ出る。そこには綾人の美しいボルドーカラーの車が停まっていた。「あ、あれ?」 澪が首を傾げる。「今日は、お仕事の車じゃないんですね」「ああ。運転手が休みだからな」 綾人は当然のように助手席のドアを開
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第20話 噂話

 神宮寺家へ到着し、車が門の前で停められる。「俺は車を停めて来るから、先に入っててくれ」「はい」 澪はシートベルトを外して車を降りる。 門をくぐるとはすでに数人の使用人たちが待機していた。「お帰りなさいませ!」 元気な声が響く。 ひまわりの声だった。 その後ろでは佐伯や芹香たちも綺麗に頭を下げている。「た、ただいま……です」 まだ慣れない挨拶を返すと、ひまわりがぱっと顔を輝かせた。「聞きましたか!? 『ただいま』ですって!」「聞こえています」 振り向いて騒ぐひまわりに、芹香が静かに突っ込む。「つ、ついに! 澪さまが! 『ただいま』と……!」「落ち着きなさい」 なかなか興奮が冷める様子のないひまわりの様子を見て、佐伯が額に手を当てた。 神宮寺家の使用人たちは今日も賑やかだった。     ◇ 夕食の席でもその空気は変わらない。 広いダイニング。テーブルには色鮮やかで、いい匂いのする料理が並んでいる。「澪さま、本日のお仕事はいかがでしたか?」 芹香が尋ねる。「は、はい。とても楽しかったです」「それは良かったです」 芹子がほっとしたように微笑む。「お花屋さんでしたよね。穏やかな澪さまがいたら、きっとお花たちもそれだけで綺麗に咲き誇ってくれそうです」「そ、そんな……」 澪は恥ずかしくその顔を伏せる。 その様子を見ていた佐伯が小さく頷いた。「いいえ、澪さまからはお仕事が大好きだという気持ちが伝わってきます。きっと花たちも、それに応えてくれているのではないでしょうか」「そうだったらいいんですけれど……」 答えながら、澪はふと綾人を見る。目が合って、澪は小さく息を
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