すれ違い
薄暗い個室の中、児玉茂香(こだま しげか)はずぶ濡れのまま中央に立ち尽くしていた。血の気が引いた頬は凍えるように冷たく、その色は失われていた。寒さで震えが止まらず、ビンタされた頬がヒリヒリと痛んだ。
再び、氷水の入ったバケツが頭から浴びせかけられたその時、無機質なシステムの音声が響いた。
「宿主様、任務完了が近いことを検知しました。もう少しの辛抱です」
茂香は思わず息を呑んだ。胸がキュッと締め付けられ、今にも泣き出しそうだった。
3年間、耐え忍んできた。やっと、愛しい彼と再会できるのだ。
茂香は柏原若彰(かしわら わかあき)など好きではない。彼女が愛しているのは、朝霧陸(あさぎり りく)という男だ。
陸とは幼馴染として育った。生母を亡くし、この世界で恐ろしい継母にいじめられていた時に、彼女を守ってくれたのは陸だけだった。
愛情に飢えていたあの頃、茂香は陸と出会った。それ以来、彼女の心の傷を癒せるのは陸だけだった。
数えきれないほどの昼と夜を、陸はそばにいてくれた。もうすぐ結婚し、やっと安らぎの場所が手に入ると思った矢先、陸は死んだ。
何者かの罠にはまり、出張先で崖から転落。遺体すら見つからなかった。
絶望の淵に立たされ、陸の後を追おうとした茂香の前に、システムが姿を現した。
任務は、柏原若彰と結婚すること。
結婚式さえ無事に終えれば任務完了となり、陸は戻ってくるという......