祖母の最期の願いを裏切った婚約者
祖母は病床に横たわり、しゃがれた声で「ただ一つの願いは、遥が結婚する姿を見ることだ」と告げた。
私・菅田遥(すだ はるか)は悲しみのあまり、泣き声すら出せなかった。その場にいた家族たちの視線が、私の後ろに立っていた黒崎蓮(くろさき れん)へと一斉に向けた。
蓮はため息をつくと、そっと私の頬の涙を拭うい、そのまま私の手を引いて病室の外へ出た。
けれど、ドアを閉めた途端、彼の表情は一気に冷たくなった。
「俺たち、もう七年も付き合ってるだろ。分かってるはずだ。俺は誰かに強いられるのが一番嫌いなんだ。
結婚は俺たち二人の問題だ。ほかの誰かの考えに左右されるべきじゃない」
彼は宥めるように、私の髪を優しく撫でた。
「結婚の話は会社が上場して状況が落ち着いてからにしよう。
今夜も会議があるんだ。とりあえずお前の家族にはうまく対応しておいてくれ。仕事が終わったら、何かプレゼントを持って帰るから」
私が言い返す間もなく、彼はそのまま女性の秘書と一緒に立ち去ってしまった。
エレベーターの扉が閉まる直前、秘書が背伸びをして彼のネクタイを整えるのが見えた。それはまるでいつものことであるかのように、あまりにも自然な仕草だった。
そして彼も、それを避ける様子さえなかった。
私は涙を拭いて病室に戻ると、笑顔を作って祖母の手を握った。
「おばあちゃん、安心して。私、三日後に結婚するよ。
結婚式の日には、絶対に見ててくださいね」