過ぎ去った時間は戻れない
業界の誰もが知っている。御曹司・細川裕司(ほそかわ ゆうじ)は独占欲が強く、何よりも恋人を見せびらかすのが好きな男だ。
だが、伊佐山晴美(いさやま はるみ)が拉致事件に遭ってから、彼はようやく愛する人を人目に触れずに守るべきだと思い知らされた。
それ以来、彼の執着は病的なものへと変わっていった。
晴美がトラウマで失語症を患うと、裕司は世界トップクラスの心理療法士を自宅に呼び寄せ、彼女の治療に専念させた。
晴美が外出を望めば、彼女のために設備の整った城を一から建て、まるで小さな都市のような新居を作った。
皆が噂した――裕司は、言葉を失った愛する妻を軟禁しているのだと。
けれど晴美だけは信じている。彼がそうしてしまったのは、あの事故のせいで、ただひたすらに失うことを恐れているからだと。
丸五年もの間、彼女は彼の完璧すぎる守りの中で、外の世界と切り離されて生きてきた。
失語症が治ったことに気づいたその日、晴美は初めてこっそりとあのお城を抜け出した。
会社へ向かうタクシーを拾い、裕司を驚かせようと思っていた。
だが、市の中心部に入ったところで、警察に呼び止められてしまった。