蜉蝣が音もなく舞い降りる、そんな恋
妊婦健診の最中、病院で久しぶりに元カレの妹と鉢合わせした。
彼女は私の膨らんだお腹を一瞥すると、昔と変わらず口を尖らせて私を非難した。
「いい年して、まさかのお腹の子を抱えて逃げるなんて。桐生家の跡取りに何かあったらどうするの?少しは分別をわきまえて、いつまでも兄さんに心配かけさせないでよ」
でも、彼女はきっと忘れているのだろう。
一年前、母が重病を患い、唯一の願いは私の結婚と出産を見届けることだった。
私は全てを投げ打ち、桐生蒼真(きりゅう あおま)にプロポーズした。
結婚式当日、私は白昼から夜まで待ち続けたけれど、届いたのはたった30秒のボイスメッセージだけだった。
「結婚式には行かないし、君と結婚するつもりもない。これは絵美里をいじめた罰だ」
母は蒼真の身勝手な振る舞いに激怒し、心筋梗塞でこの世を去った。
母の葬儀を終え、全ての痕跡を消し去り、わずかな家財道具を抱えて海城市を去った時、蒼真はまだ杉本絵美里(すぎもと えみり)と海外でスキーを楽しんでいた。
それなのに、今になって蒼真の妹は私にこう告げるのだ。
「兄さんは毎月、大半の時間をかけて遠くまであなたを探しに行ってたのよ。75キロぐらいの体重が一年足らずで10キロも痩せ細ってしまって。ずっとあなたがいいって。お義姉さん、今回戻ってきたんだし、兄さんと仲良く暮らしてよ」
私はふわりと微笑み、指輪をはめた手を掲げて見せた。
「ごめんなさい。私、派手な人間じゃないから、結婚式も盛大にはやらなかったの。特に、知らせていなかっただけよ」