霧中の春は幻に
結婚七年目になって、松本琴音(まつもとことね)は初めて知った。夫に六歳の息子がいることを。
幼稚園の滑り台の陰に隠れ、彼女は黒澤光希(くろさわみつき)が小さな男の子を抱き上げて遊んでいるのを見ていた。
「パパ、ずっと来てくれなかったよ。」
「いい子だね、アンくん。パパは仕事で忙しかったんだ。ママの言うことをちゃんと聞くんだよ。」
ゴォンッと頭の中で音がした。琴音はその場に立ちすくみ、頭の中が真っ白になった。
大人と子供、ふたりの姿。七分どおり似た面差し。
それらが一つ一つ、彼女に告げていた。口では「一生愛する」と誓ったあの男が、とっくに浮気していたんだと!
二人は幼い頃から一緒で、何年も愛し合ってきたのに。
彼女はかつて、彼をかばって腹を一刺しされ、流産しただけでなく、一生妊娠できなくなった。
あの時、光希は彼女のそばに膝まづき、真っ赤な目をして言った。「子供なんていらない。琴音一人で十分だ…!」
あの時の震える声が、今も耳元に残っているのに。今、目の前の光景が、あの誓いを粉々に砕け散らせた!