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偽りの歓喜を、あなたから

偽りの歓喜を、あなたから

作家:  白団子完了
言語: Japanese
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概要

ドロドロ展開

切ない恋

後悔

ひいき/自己中

仏にも 愛しき君にも 背かぬ道 この世にあらじと 嘆く心よ 詩はひどくロマンチックだが、早瀬若葉には関係ない。なぜなら、早瀬若葉の婚約者は、浮世離れした仏子だったから。 しかし、彼が還俗したのは彼女のためではなく、空色戒を破ったのも彼女のためではなかった。 仏子は決して心を動かさないだろうと彼女は思っていたが、後に、彼が心を動かさないのは、ただ彼女のためではなかったのだと知る。 だから、早瀬若葉は諦めた。 彼女は、江藤白夜を忘れるために、自らに七日間の猶予を与えた。

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第1話

第1話

 「若葉、あなたは本当に玲奈の代わりにダンマ女神となることを望むか?ダンマ女神となれば、生涯再婚は叶わず、あなたと江藤白夜の婚姻も無効となるが」

 金色の仏像が並ぶ寺院の中、住職は老いていながらも慈悲深い声で問いかけた。

 早瀬若葉(はやせ わかば)は殿内に跪き、眉間に朱砂の点を湛え、両手を合わせて心から敬虔に答えた。

 「はい、承知しております」

 どうせ江藤白夜(えとう びゃくや)が愛しているのは、自分ではない。

 彼が愛しているのは、玲奈(れいな)だ。

 それならば、彼女が二人の仲を成就させるのが一番だろう。

 「住職、もう一つお願いがございます」

 若葉は目を伏せ、それから低い声で告げた。

 「正式にダンマ女神となる前に、このことを誰にも、玲奈にも、そして白夜にも伝えないでいただきたいのです」

 住職は了承し、若葉には至親や最愛の人に別れを告げるため、たった七日間しか時間がないことを告げた。

 七日後、彼女はもはや若葉ではなく、寺のダンマ女神となるのだ。

 若葉が大殿から出ると、ふと顔を上げた先には雪のような白い影があった。

 白夜が純白の汐蔵族の僧衣を纏い、長い廊下から歩いてくる。彼の肌もまた雪のような冷たい白で、ただその瞳だけは真夜中のように深く底が見えず、かすかに幽冷な光を宿していた。

 「なぜここに?」

 若葉を見るなり、白夜はわずかに眉をひそめた。

 彼はまるで彼女に会いたくないようだった。

 彼女が婚約者であるにもかかわらず。

 心臓に突き刺すような痛みが走ったが、若葉はそれを見ないふりをして、無理に明るく笑った。

 「お参りに来たのよ」

 白夜の視線はさらに冷たくなった。明らかに彼女の言葉を信じていない。

 それも当然だ。何年もの間、彼女はまるで小さな影のように、ずっと彼について回っていた。経典には全く興味がなかったのに、彼と共通の話題を増やそうと、厚い仏典を無理に読み、汐蔵族の先生を雇って汐蔵語まで習った……。

 汐蔵語は学ぶのがとても難しかった。朝早くから夜遅くまで必死に暗記し、ようやく少し成果が出たところで、彼女は喜び勇んで仏堂に彼を訪ね、顔を赤らめて汐蔵語で告白したのだ。

 しかし、その満ち足りた喜びは、最終的に彼の冷たい一言に変わっただけだった。

 「それは信仰を冒涜する行為だ」

 その頃の彼女はまだ幼く、理解できなかった。彼を好きになることが、どうして信仰の冒涜になるのだろうと?

 後に彼女は悟った。彼は生まれながらにして仏陀の転生とされ、俗世を超越した仏子であり、諸仏の象徴なのだと。

 そして、彼女の愛は私情であり、仏子への冒涜なのだと。

 「白夜お兄さん!」

 澄んだ女性の声が、銀の鈴のように心地よく響いた。

 紅白の汐蔵族の僧衣を纏った玲奈が、廊下の反対側から走ってくる。彼女の足取りは軽やかで、まるで雀が跳ねるかのようだ。

 「白夜お兄さん!やったね!師匠が還俗を許してくれたの!」

 彼女は駆け寄り、白夜の腕の中に飛び込んだ。明るい表情には興奮が満ち溢れている。

 玲奈を見て、白夜の眼差しも和らいだ。

 「どうして?あなたはダンマ女神。あと七日で正式な儀式を控えているというのに、師匠が還俗を許すはずがない」

 「師匠が言うには、私と同郷同月同日生まれのお姉さんが、私の代わりにダンマ女神になることを望んでくれたんですって」

 玲奈は笑って答えた。

 「それに、私はまだ俗世の縁が残っていて、仏の道には向いていないから、還俗を許してくださったのよ」

 それを聞いて、白夜の穏やかだった瞳に、珍しく微かな光が宿った。

 「本当か?それはよかった」

 皆が言った。「仏子には七情六欲がなく、仏の心は平静であり、世俗の情愛が彼の心を揺るがすことはない」と。

 若葉はそれを信じていた。

 しかし今、白夜の瞳に宿る微かな光を見て、彼女は突然、自分がまるで笑い話のようだと感じた。

 彼女の愛は、仏子にとって冒涜である。

 では、仏子が煩悩に動かされたとしたら、それはどうなるというのだろう?
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第1話
 「若葉、あなたは本当に玲奈の代わりにダンマ女神となることを望むか?ダンマ女神となれば、生涯再婚は叶わず、あなたと江藤白夜の婚姻も無効となるが」 金色の仏像が並ぶ寺院の中、住職は老いていながらも慈悲深い声で問いかけた。 早瀬若葉(はやせ わかば)は殿内に跪き、眉間に朱砂の点を湛え、両手を合わせて心から敬虔に答えた。 「はい、承知しております」 どうせ江藤白夜(えとう びゃくや)が愛しているのは、自分ではない。 彼が愛しているのは、玲奈(れいな)だ。 それならば、彼女が二人の仲を成就させるのが一番だろう。 「住職、もう一つお願いがございます」 若葉は目を伏せ、それから低い声で告げた。 「正式にダンマ女神となる前に、このことを誰にも、玲奈にも、そして白夜にも伝えないでいただきたいのです」 住職は了承し、若葉には至親や最愛の人に別れを告げるため、たった七日間しか時間がないことを告げた。 七日後、彼女はもはや若葉ではなく、寺のダンマ女神となるのだ。 若葉が大殿から出ると、ふと顔を上げた先には雪のような白い影があった。 白夜が純白の汐蔵族の僧衣を纏い、長い廊下から歩いてくる。彼の肌もまた雪のような冷たい白で、ただその瞳だけは真夜中のように深く底が見えず、かすかに幽冷な光を宿していた。 「なぜここに?」 若葉を見るなり、白夜はわずかに眉をひそめた。 彼はまるで彼女に会いたくないようだった。 彼女が婚約者であるにもかかわらず。 心臓に突き刺すような痛みが走ったが、若葉はそれを見ないふりをして、無理に明るく笑った。 「お参りに来たのよ」 白夜の視線はさらに冷たくなった。明らかに彼女の言葉を信じていない。 それも当然だ。何年もの間、彼女はまるで小さな影のように、ずっと彼について回っていた。経典には全く興味がなかったのに、彼と共通の話題を増やそうと、厚い仏典を無理に読み、汐蔵族の先生を雇って汐蔵語まで習った……。 汐蔵語は学ぶのがとても難しかった。朝早くから夜遅くまで必死に暗記し、ようやく少し成果が出たところで、彼女は喜び勇んで仏堂に彼を訪ね、顔を赤らめて汐蔵語で告白したのだ。 しかし、その満ち足りた喜びは、最終的に彼の冷たい一言に変わっただけだった。 「それは信仰を冒涜する行為だ」 そ
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第2話
 愛されている者は、常に臆することなく、愛されていない者は、往々にして苦しみを口にできない。 若葉は苦笑した。まあいい、どうせ昔から慣れっこだ。 「白夜お兄さん、私、一度も故郷を離れたことがないの。還俗したんだし、私を外の世界へ連れて行ってくれないかな?ね?」 玲奈は白夜の腕を掴み、左右に揺さぶって甘えた。 白夜の眉目は優しく、声にこもる溺愛はほとんど溢れんばかりだ。 「ああ」 これは、自分の婚約者……。 心臓に無数の痛みが走り、若葉は目を伏せた。愛し合う二人を見るのはもう嫌だと、振り返って去ろうとした。 だが、玲奈が彼女を呼び止めた。「若葉お姉さん、あと一週間で、お兄さんとの結婚式ですか?どこで式を挙げるんですか?私、参加してもいいですか?」 若葉はぴたりと足を止め、それ以上、前に進むことができなかった。 白夜は五年前にはすでに還俗していた。 彼は、俗心が動いてしまい、もはや仏道に専念できないと言った。 だが、若葉の心ははっきりと分かっていた。彼が空色戒を破ったのも、還俗したのも、彼女のためではないのだと。 二人の婚約は残されたままだったが、彼女が彼の心を手に入れることは、永遠に叶わないだろう。 「……結婚式を挙げる必要が、まだあるか?」 若葉は振り返り、悲しげな顔で白夜を見つめた。 その後の言葉は、口にできなかった。 あなたが娶りたいのは、私ではない、と。 白夜はわずかに眉をひそめた。無悲無喜の彼の顔に、珍しく怒りの色が浮かんだ。「妄言を吐かすな」 彼は彼女に答えを与えず、むしろ哀怨を引っ込めるよう命じた。 他の誰もが恨むことはできても、彼女だけは恨むことなどできない。なぜなら、彼女が愛してしまったのは、諸仏の象徴である仏子であり、私情で彼を汚したこと自体がすでに大罪なのだ。これ以上、彼を恨む資格など、どこにあろうか。 若葉は自嘲するように微笑み、再び背を向けて立ち去ろうとした。 背後から、白夜の温度のない声が聞こえた。 「私と君との間に婚約がある以上、私は必ず約束を守り、君を娶る」 この言葉を、若葉は以前にも聞いたことがあった。 幼い頃、彼女は泣きながら白夜に尋ねたことがある。 「還俗しないなら、私との婚約は破棄して、結婚してくれないってこと?」
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第3話
 この時、白夜はすでに僧衣を脱ぎ捨て、黒いスーツを身につけて玲奈の隣に立っていた。その目元には溺愛の笑みが浮かんでいる。 まさに、「彼女がはしゃぎ、彼が笑う」という言葉通りの光景だ。 他ならぬ若葉でさえ、彼ら二人が今にも結婚式を挙げるカップルだと感じた。 そして若葉は……。彼女は全く重要ではなかった。「若葉お姉さん、来てくれたの?」玲奈は若葉に気づくと、少し照れたように舌を出した。「ごめんなさい、若葉お姉さん。二人のウェディングドレスを見たことがなくて、初めて見てすごく綺麗だと思ったら、思わず試着しちゃったの」 うるうるした大きな瞳を瞬かせ、目元には不安が滲んでいた。「……怒ってない?」 若葉は笑った。「もちろん怒ってないわ。もし気に入ったなら、このウェディングドレスはあなたにあげる」 「また馬鹿なことを言うな」白夜は彼女を睨んだ。「これも冗談で済む話か?」 若葉は目を上げて白夜を見た。冗談なんかじゃないと、彼に伝えたかった。彼と玲奈が望むなら、ウェディングドレスだけじゃない。六日後の結婚式だって、彼らに譲ることができる、と。 しかし白夜の顔色はひどく、若葉は彼を怒らせたくなかったので、何も言わずに堪え忍んだ。 「全部私のせいだわ。ウェディングドレスを勝手に試着するべきじゃなかった」玲奈は申し訳なさそうに言った。「若葉お姉さん、怒らないで。今すぐ脱いで返すから」 そう言うと、裾を上げて試着室に入っていった。 「そこまで高圧的になる必要があるのか?」白夜の冷たい視線が突き刺さる。彼女を見るその目は、まるで無慈悲な仏が苦海にいる人間を裁いているようだった。 若葉は疲れ果てて目を閉じた。本来なら身を引こうとしたのに、高圧的だと受け取られてしまった。 愛されない者は、何をしても間違いなのだ。 どうでもいい。若葉はもう何も説明したくなかった。どうせ六日後には、仏門に入るのだから。 仏門に入った者にとって、喜びも悲しみも、もはやない。全ては空である。何を説明する必要があるだろうか。 すぐに玲奈がウェディングドレスを着替えて出てきた。「高圧的」に見えないよう、若葉はもう何も言わず、直接試着室に入り、玲奈が脱いだばかりのウェディングドレスを試着しに行った。 だが、ウェディングドレスはワンサイズ大きかった。 
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第4話
 白夜は激しく怒った。 彼は仏子であり、仏子には七情六欲も喜怒哀楽もないものだ。一切は空であり、大いなる悲しみも苦しみも、すなわち悲しみも苦しみも無である。世のあらゆる苦難が身を通り過ぎても、彼は常に動じることのない境地にあるはずだった。 だが今夜、彼は激しく怒り、若葉の書斎にあった全ての経典をひっくり返し、一まとめに庭へ投げ捨てた。 若葉は必死に止めようとした。「白夜、何をするの?やめて!早くやめて!」 しかし若葉には彼を止める術がなかった。彼はまるで狂ったかのように、大切な経文を全て汚れた地面に投げつけ、若葉が拾うことも許さなかった。 経文が地面に山と積まれると、白夜は今度はリビングからライターを取り出してきた。 若葉の瞳が震える。何かを察したのか、呼吸さえ乱れた。「……白夜、一体何をするつもりなの?!」 言葉が終わるか終わらないかのうちに、若葉が止める間もなく、白夜はライターに火をつけ、そのまま前方に投げた。 ゴォォォーッ―― 炎が一気に燃え上がった。若葉が長年大切に収集してきた経典は、瞬く間に全て炎に包み込まれた。 「あなた、どうかしてるんじゃないの?」若葉は我慢の限界を超え、手を振り上げ、白夜の頬を強く叩いた。「どうしてこんなことするの!?」 燃え盛る炎が若葉の顔を照らし出し、その顔はすでに涙でぐしょぐしょだった。 彼はそれほどまでに若葉を嫌悪しているのだろうか? 若葉が経を唱えることさえも、彼にとっては侮辱なのか? だから、彼女の目の前で、彼女の経典を燃やした……。  「君も私も六根清浄ならず、七情を捨てきれていない。仏門には入れぬ」しばらくして、白夜はついに平静を取り戻した。彼は両手を合わせ、手首に巻かれた数珠を捻りながら、目を閉じて言った。「これらの経典は、焼けたなら焼けたでいい。君も私も仏縁はないのだから、もうこれ以上読むな」 言い終えると、彼はそのまま背を向け、去っていった。 炎は依然として燃え続けていた。若葉は燃え盛る大火を見つめながら、突然大声で笑い出した。 ははは…… 彼は認めたのだ。自身が六根清浄ならず、七情を捨てきれていないことを。仏子の身でありながら、玲奈のためなら仏門にすら入らないと。 そして彼は口では仏縁がないと言うのに、手では数珠を捻っている。 
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第5話
 若葉は、玲奈の手首にある祈願紐を見ないように、必死で視線をそらした。 「白夜お兄さんはどこ?」玲奈はきょろきょろと、白夜の姿を探した。「昨日、私を遊園地に連れて行ってくれるって約束したの!」 白夜は静かな場所を好み、軽い潔癖症で、人混みは最も苦手だった。普段、若葉が買い物に誘っても応じない彼が、玲奈とは人混みでごった返す遊園地へ行くという。 若葉は伏せた目元に、隠しきれないほどの落胆を湛えた。「彼は用事で出かけたわ」 「えーっ?」玲奈はがっかりした顔になった。「なんで?今日遊園地に行くって約束したのに。私、遊園地に行ったことないから、昨日の夜からずっと楽しみにしてたんだよ」 若葉は少し考えた。家で暇にしているくらいなら、玲奈を連れて出かけた方がいいかもしれない。そこで若葉は言った。「もしよければ、私が連れて行ってあげるわ」 「本当!?」玲奈の目がぱっと輝いた。若葉に飛びついて抱きしめる。「若葉お姉さん、大好き!」 若葉は車を運転して玲奈を遊園地へ連れて行った。玲奈は初めての遊園地で、子どものようにはしゃいでいた。園内のアトラクション全てに騒いでは乗ろうとし、ジェットコースター、コーヒーカップ、急流すべり、フリーフォール……どれもこれも、玲奈は楽しそうに夢中になって遊んだ。 若葉は実は軽い高所恐怖症だったが、玲奈とはぐれるのを恐れ、無理をして玲奈の乗りたいアトラクション全てに付き合った。 最後のフリーフォールを降りた若葉は、顔面蒼白で足はがくがく震え、目眩が止まらなかった。 よりにもよってその時、遊園地で企画された花車大パレードがやってきた。 「ミッキー!」玲奈は興奮して叫び、花車に向かって走り出した。 若葉は引き止める間もなく、玲奈とはぐれてしまった。 若葉は瞬時にパニックに陥った。目眩も構わず、人混みの中へ押し入っていく。「玲奈!玲奈、勝手に走り回らないで!」 しかし、花車大パレードを見物する人々が多すぎて、若葉の叫び声は、花車の賑やかな音楽にかき消されてしまった……。 玲奈の姿も完全に消えた。 花車はすぐに通り過ぎ、人混みも散り始めた。だが、若葉は依然として玲奈を見つけられなかった。 彼女は顔面蒼白のままその場に立ち尽くした。真夏の焼け付くような暑さにもかかわらず、体はぞっとするほど冷え、震え
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第6話
 若葉の髪からは、しきりに水滴がしたたり落ちていた。着ている服は全身ずぶ濡れで、足元のハイヒールは、玲奈を一日中探し回ったせいで、ヒールの部分が折れてしまっていた。 ヒールが折れて、もう歩けない状態になっていなければ、彼女は帰りもしなかっただろう。大雨の中、探し続けていただろう…… 「若葉お姉さん、どうして今頃戻ってきたの?」 玲奈は驚いたようにそう言うと、裸足で駆け寄ってきて、自分が身につけていた毛布を若葉の肩にかけた。 「まあ!全身ずぶ濡れじゃない!どこに行ってたの?一体こんな格好で?」 若葉は答えなかった。ただ潤んだ瞳でじっと玲奈を見つめ、それから尋ねた。 「いつ戻ったの?」 「とっくに帰ってたよ」玲奈は答えた。 「白夜お兄さんが見つけてくれたの!自分がどこにいるのかも分からなかったし、携帯も充電切れちゃって、空はだんだん暗くなるし、雨も降ってくるし、怖くて死にそうだったんだ」 「でも、雨が降り始めたとたんに、白夜お兄さんが私を見つけてくれたんだ。まるで私がどこにいるか感知できるみたいに。前に草原で迷子になった時も、真っ先に私を見つけてくれたのは白夜お兄さんだったし……」 若葉は思わず笑みがこぼれた。なんだ、雨が降り始めた時には、もう玲奈を見つけていたんだ。 さすが真実の愛ね、こんなに早く見つけるなんて。 なんて感動的な愛なんだろう。どんなに遠くても、どんなに嵐が吹き荒れても、大雨が降ろうと、まるで心の繋がりがあるかのように、いつも真っ先に玲奈を見つけ出せるんだ。 自分だけだ。一晩中ずぶ濡れで、まるで道化師のように、滑稽で馬鹿みたいだ。 「若葉お姉さん、私に怒ってるの?」 若葉の顔色が優れないのを見て、玲奈は不安げに俯いた。 「ごめんなさい、私、勝手に走り回るべきじゃなかった……」 若葉は疲れた様子で目を閉じた。 「もういいわ」 いいの、どうせもう会うこともないんだから。 「彼女に謝る必要はない」 白夜の声が響いてきた。いつものように冷たい声だった。 「悪因悪果だ。今夜のこの悪果は、もともと彼女自身がまいた種だ。当然、彼女自身が受け入れるべきものだ」 そこで若葉は理解した。彼はわざとだったんだ。玲奈を見つけた後、わざと彼女に連絡しなかったんだ。 彼は諸仏に代わって彼
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第7話
 何千何万もの細い針が、少しずつ、鈍い刃で肉を削るように心臓に突き刺さるような痛みだった。若葉は信紙に書かれたその恋文を、笑いながらも涙を流しながら見つめていた。 この恋文は、四大古典恋愛物語の一つから引用されたもので、弟子が出家する前に、橋の下で偶然出会った少女に恋をして、それ以来、食事も喉を通らず、日に日に痩せ衰えていったという話である。 そこで仏陀は彼に尋ねた。「その少女をどれほど愛しているのか?」 弟子は答えた。「私は石橋に生まれ変わり、五百年の風に吹かれ、五百年の雨に打たれ、五百年の日差しにさらされても構わない。ただ来世で、彼女がその橋を渡るためだけに」 若葉は、初めてこの物語を読んだ時、感動して涙ぐんだことを覚えている。彼女は経書を抱えて白夜の元へ行き、これが自分の求める愛だと語ったのだった。 あれから何年も経ったが、白夜もこの恋文を覚えていたのだ。 だが、残念ながら、この恋文は彼女のために書かれたものではなかった。 彼女は全力を尽くしても、求める愛を得ることはできなかったのだ。 若葉は恋文を置き、そして静かに立ち去った。 白夜、あなたは知っていたのだろうか。かつての私も、石橋に生まれ変わり、五百年の風に吹かれ、五百年の雨に打たれ、五百年の日差しにさらされても構わない。ただ来世で、あなたがその橋を渡るためだけに。 一睡もできぬ夜を過ごし、翌朝早く、若葉はウェディングドレスショップから送られてきたドレスではなく、ダンマ女神の僧衣に着替え、頭には僧侶の赤い頭巾を被り、数珠を手に教会へと向かった。 彼女はこんな形で姿を消し、白夜に後始末を押し付けるつもりはなかった。だから、自ら結婚式場へ出向き、ゲストたちに説明し、公衆の面前で白夜との婚約を解消してから去るつもりだった。 しかし、教会の扉を開けた途端、彼女は呆然とした。 なぜなら教会には、既に別の花嫁がいたからだ。 玲奈は純白のウェディングドレスを身につけ、楽しそうにブライズメイドたちと談笑している。ゲストたちも皆、興奮しており、誰も異変に気づいていなかった。 若葉の瞳孔は震えた。「……これ……これは一体どういうことなの?」 本来ならウェディングドレスを着るはずの彼女が、今、ダンマ女神の僧衣をまとっている。そして、本来ならダンマ女神となるはずの玲奈
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第8話
 白夜が漆黒の端正なスーツを纏い、教会へと足を踏み入れた時、彼の脳裏に日々焦れてきた花嫁の姿が映った。 彼女は聖なるウェディングドレスに身を包み、彼に背を向けて、教会の反対側に立っていた。 夜明けの陽光が窓から差し込み、彼女のウェディングドレスに淡い金色の薄紗をまとわせていた。 白夜の冷徹な瞳に、珍しく優しい色が宿る。よかった、彼女は怒っていなかった。 どれほど多くの苦難を経験し、彼が幾度となく冷淡に彼女を突き放しても……彼女は依然として彼を確固たる思いで選び続けたのだ。 二人の縁はやはり、命中の定めだったのだ。 たとえ仏陀でさえも、二人を引き裂くことはできない。 彼はようやく安堵した。 表面的には終始浮世離れした冷ややかな態度を見せていたが、実は冷戦中のこの期間、白夜は心の中でずっと冷や汗をかいていた。 彼が最も恐れていたのは、結婚式当日に若葉が現れないことだった。 だが、幸いなことに、彼女は現れた。 彼女の彼への愛は、決して変わっていなかったのだ。 そう思い、白夜は「若葉」を見る目をさらに優しくした。彼は大股で前に進み、「若葉」の手を取ろうと準備を始めた。そして、共に手を取り合い、婚姻の殿堂へ足を踏み入れるつもりだった。 その時、花嫁が振り返った。 白いベールに隠れてはいたが、白夜は一目で、目の前の人物が若葉ではないと見抜いた。 「玲奈?」白夜は目を見開いた。彼の淡々とした顔に珍しく驚愕の表情が浮かぶ。「なぜ君がここに?」 白いベールの下で、玲奈は整った眉を顰めた。彼女の表情は、悔しさと悲しみが混じり合っていた。「白夜お兄さん、どうしたの?まさか、私と結婚したくないって言うの?」 その質問に、白夜はひどく馬鹿げていると思い、思わず笑ってしまった。「当然だ、したくない。私が娶りたいとずっと思っていたのは若葉だけだ。若葉以外はありえない!」 その一言で、玲奈は目を赤くした。「もし私のこと好きじゃないなら、どうして私にあんなに優しくしてくれたの?」 「あなたは私を馬に乗せてくれたし、経典の話もしてくれた。それに、世界中を旅してくれたでしょう? ……白夜お兄さん、あなたは明らかに私を好きだったのに。もし好きじゃないなら、どうしてそんなことを一緒にしてくれたの?若葉お姉さんとだって、そんなこと一度
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第9話
 白夜は玲奈の言葉を聞き、彼女に真実を話すべきか躊躇していたが、玲奈が若葉を「始末した」と言った瞬間、彼は急に狼狽した。 「玲奈、何を言っているんだ?若葉を始末したとはどういう意味だ?若葉に何をした?」白夜の漆黒の瞳は、今、僅かに震えていた。 その言葉を聞いて、玲奈の目はさらに赤くなった。彼女は怒って足を鳴らし、満身の不満を込めて言った。「白夜お兄さん、なぜそんなに若葉を気にするの?私はあなたに告白しているのに、あなたは口を開けば若葉ばかり……」 玲奈が言い終わるのを待たず、白夜は怒って彼女の言葉を遮った。「答えろ!若葉に何をした?」 仏子である白夜は、滅多に怒りを表すことがなかった。彼はいつも冷淡で淡泊で、浮世離れした雰囲気を纏い、まるで俗世のすべてが彼とは無関係であるかのようだった。 玲奈は彼が怒る姿を一度も見たことがなく、その剣幕に一瞬にして怯んだ。もう悪戯する気にもなれず、素直に答えるしかなかった。「白夜お兄さん、怒らないで。私は若葉お姉さんに酷いことなんかしていないわ。ただ今朝、私の曾祖父が、私と同じ年、同じ月、同じ日に生まれて、私の代わりにダンマ女神になってくれる子が、若葉お姉さんだということを教えてくれたのよ」 玲奈の曾祖父は、寺院の十大長老の一人だった。 ダンマ女神の受戒の儀式には、十大長老は当然出席しなければならない。そのため、彼は今朝、住職から、若葉が玲奈の代わりにダンマ女神になるという知らせを聞いたのだ。 この知らせに、老人の心には思わず疑問が湧き上がった。今日は若葉と白夜の結婚式ではなかったのか? 数日前には結婚式の招待状も受け取っていた。ただ、彼はあまりにも高齢で、長旅に耐えられず、電話で祝辞を述べるしかなかったのだ。 もし今日、彼らが若葉に受戒を施すのであれば、白夜が今日娶る新婦は一体誰なのだろうか? 老人は考えれば考えるほど混乱し、心の中の疑問を抱いたまま、曾孫娘の玲奈に電話をかけ、状況を尋ねたのだ。 「今日は若葉お姉さんが受戒してダンマ女神になる日なのよ」玲奈は続けて言った。「私もこのこと、知らなかったの。もし今朝、曾祖父が電話して真実を教えてくれなかったら、今でも私は知らないままだったわ!」 「真実を知ってすぐに、私は若葉お姉さんを探しに行ったんだけど、家にいなかったの。見つけられ
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第10話
 ……どうして、こんなことに? 白夜は、この結果を受け入れることができなかった。 彼はこれほど周到に計画を練ってきたのに、若葉が最終的にダンマ女神になってしまうなんて! まさか、これも天意というのだろうか? いや!白夜は突然、手首に巻かれた数珠を引きちぎった。たとえすべてが天意だとしても、彼は天意に逆らってでもそれを覆す! 若葉がダンマ女神になることだけは、絶対に許さない。 彼女は、俺のものだ! 数珠がちぎれ、黒い珠が床に散らばった。白夜は振り返り、毅然として教会を後にした。 「白夜兄さん、どこに行くの?」玲奈が追いかけてきて、焦りで目が赤くなっていた。「受礼の儀式はもう始まったわ、今から行っても間に合わないわよ!」 しかし、白夜は彼女を振り返ることすらせず、直接空港へと向かった。 ここから飛行機で行っても、最短で4時間はかかる。 白夜が風塵にまみれて寺院に到着した時には、すでに日は暮れていた。 彼は一切を顧みず寺の中へ駆け込み、顔を上げると、庭で座禅を組んでいる住職の姿が目に入った。 住職は彼が来ることをとっくに予期していたかのように、群青色の座布団の上に座り、目を閉じて静かに木魚を叩いていた。「お帰りなさい、彼女はあなたに会わないでしょう」 白夜の顔は珍しく蒼白で、一歩一歩住職に近づいた。「しかし、私はどうしても彼女に会わなければなりません」 「執着は苦しみを生み、手放すことが自由をもたらす」住職はついに目を開け、慈悲に満ちた眼差しで白夜を見た。「白夜、あなたは幼い頃から経典を学んできたのに、どうしてこのような浅い道理すら悟れないのか?」 「いいえ、むしろその逆です。悟ったからこそ、手放すことはできません」白夜は言った。彼は顔を上げ、正面の仏堂にある巨大な金色の仏像を見上げ、そして苦い笑みを浮かべた。「なぜなら、一度手放してしまえば、何もかもなくなってしまうからです」 「色即是空、空即是色」住職は手を合わせて、仏像に向かって「南無阿弥陀仏」と唱えた。「仏法が悟るものは、本来一切皆空。あなたは何故、心の一時の小さな愛のために、無限の大愛を放棄するのか?」 経典における小愛とは、しばしば男女間の情愛を指す。 そして大愛とは、天下の衆生を愛することを指す。 白夜は振り返り、住職の老いた目を
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