LOGIN路地裏に佇む、大衆中華 八本軒。その店に入ったが最後、必ず罪は裁かれる。 ある日、三人の殺人を終えた男が自主をする前に八本軒に立ち寄った。男の他にも凶悪な仲間がいると知った女店主 黒月 紫麻は犯人を待ち伏せする為に擬態する。 海洋生物の守護天使 カシエルが、ミミックオクトパスの姿で堕天したのが紫麻である。 蛸特有の能力を活かし、今日も中華鍋を振りながら獲物を待ち構える。 クリーチャー×痛快リベンジ ※本作品はフィクションです。暴力行為、私刑、過激な自警行為を推奨するものではありません。
View More「おい ! おめぇ、何者だ !? 」
暗い屋敷の廊下。 押し入り強盗の懐中電灯で照らされたソレは、光りに気付きゆっくり振り返る。 顔は女人。 首下も人間。振り返った拍子に、裸体の豊満な乳房が上下に弾む。 だが男はその不可解な異形に、思わず懐中電灯を落とし声を漏らした。 「ヒッ !! 」 女の瞳の瞳孔は山羊のように横長で妖しく吊り上がり、玩具のように真っ赤な唇が笑みを浮かべる。その唇は何かを咀嚼している。転がった懐中電灯が照らす女の口の端に、まだピクりと動く人の小指が引っかかっていた。 一緒に来た強盗仲間の青年に馬乗りになり、血肉を咀嚼しながら、人間とは思えぬ冷笑を浮かべる。 女の下肢は大きな蜘蛛のようで、床に粘膜を撒き散らしながら這いずる。黒々とした縞模様が蠢いて、青年の臓物を次々と口に運ぶ。 壁に当たって止まった懐中電灯が、天井にまで飛び散った血飛沫を照らした。 男は堪らず腰を抜かして尻もちを付いて命乞いをするのだった。 「頼む !! 命だけは !! 」 「……今まで老人達にそう言われた時、あなたは命を助けたか ? 藻屑め」 「……んな事、言われたって…… !! 」 「とは言え、とても美味そうだ」 □□□□□ 海の日。 七月のその日、洗ったばかりでペトペトのシャツを着た中年男性がふらふらと歩いていた。 男の背のベルトには、たった今使用したばかりの包丁が挟まれていた。 都会から程遠い田舎町だが、新幹線の駅街が出来るとたちまち人口が増えた市街地になった。 駅前通りは華やかではあるが、駅裏は些かまだ商業施設は少なく、代わりに市役所や警察署が大通りに建ち並んでいる。 交差点の教会を住宅地方面へ曲がれば、すぐに地元民しか立ち寄らないような寂れた路地裏が四方に伸びている。 男性は一度立ち止まり、辺りを見渡す。 その路地裏の一角に町中華の看板が見えたのだ。 真っ赤な下地に黄金色の筆字で書かれた『大衆中華 八本軒』という、ケバケバしくもどこかレトロな存在感。 店先に並んだプランターの朝顔が、何本も綺麗に軒先まで延びてグリーンカーテンになっている。 男性は古くても手入れの行き届いていそうな店だと思った。背の包丁を黄ばんだシャツで簡単に隠し、暖簾をくぐった。 「いらっしゃいませ」 厨房から女が一人振り返る。 店の規模からすると、この女一人で切り盛りしているだろう、人一人ようやく通れるテーブル席の間隔に狭い厨房。中華風のドレス姿でカウンター越しに大きな炎で大鍋を振る。 「ごめんなさい。お冷はセルフですので」 「あ、ああ」 男性はサーバーからグラスに冷水を注ぎ、カウンターに座るとメニュー表を捲る。料理は全て中国語だが、写真に写ったどれもが食欲を刺激する出来栄えだ。 ポケットに手を入れ、しっかり千円札があるのを確認する。 「あー、そうだな。この、洋葱肉絲《ヤンツォンルースー》ってのを……定食で」 「ランチタイムですので、ご飯とスープは付きますよ」 「ああ、なら……良かった」 「洋葱肉絲。かしこまりました」 女が厨房に戻る。 とてつもなく美しい女だ。子供ではなく、成熟した大人の女。 寂れた町外れの中華屋にいるような女には見えないと、つい男は店主の後ろ姿を眺め回してしまった。 スラりとした長い手足に艶のあるストレートヘア。普段なら長い髪の毛は束ねて欲しいと男性は嫌悪感を抱くのだが、この店主には何か余計な装飾をつけては勿体ないと思わせる様な妖艶さが漂っていた。何よりしっとりとした物言いが品の良さを醸し出している。 内装も古い店だ。店主の若さからすると、両親等から継いだ店なのだろうかと勝手な解釈をする。 掃除は行き届いてはいる。カウンター上の提灯などすぐに油汚れもつきそうなものだが、置物やタペストリー、酒瓶の首。どこを見ても埃一つ見当たらない。提灯の柔らかい朱色とオレンジ色の電球が、何とも心地好い空間だ。 しかしランチタイムだと言うのに、他に客はいなかった。 「お待ち遠さまです、洋葱肉絲定食でございます」 細切れになった玉ねぎと豚肉が芳しい。白米と共に軽快に湯気を上げ続ける。 「こりゃ、いい。美味そうだ ! それに騒がしくなくて居心地がいいや」 「路地裏のせいか、客足がまばらでして」 セルフと言いつつ、女店主は男性の空になったグラスに冷水を継ぎ足した。 「いやいや、嫌味とかじゃねぇよ。くつろげるって意味さ。 いただきます ! こりゃあ…… ! …………うん……。個性的な、クリエイティブな……味だな…… 」 若干、目の泳いでいた男だが、とてつもないスピードで白米をかき込んでいく。 「ありがとうございます。精進いたします。是非、またいらしてください」 「ああ……まぁ。そうしてぇんだがな……」 男は半分程食べ、一度箸を置いた。 そして、背に隠していた包丁をカウンターの上へ出す。その刃にはまだ、血痕か肉片か、何かがこびり付いていた。「もしもし山口さん ? 今日は結香がお世話になって〜、いえありがとうございました〜。 あのお聞きしたいことがあるんですけど、結香のお迎えは……。え ? 伯母さん ? わたしの娘が !? ……あ、いえ……そうでしたか。いえ、なんでも……」 母親が電話を切りしばらくの沈黙。「母さん !! 」「だってまさかこんな事になるなんて ! だいたい保育園は確認もしないで結香を引き渡したの !? 」「そ、それが身分証を見せて貰ったとか聞いたけど……」「身分証 !? 」 その後、岩井は姉に確認をとったが姉は都会に就職したまま多忙で本日もまだ勤務中だった。リモート映像から見えるデスク後ろの社員たちが慌ただしくも通りすがる様子を映していた。『え !? そんな事があったの !? ちょっとちょっとヤバいよ〜。 実はわたし、二週間前に財布落としたの ! 』「落とした !? 身分証も !? 」『落としたって言うか忘れたっていうか……気付いたらバッグから無くなっててさ。 口座とかは止めて貰ったから、実害は現金五千円くらいだったんだけど……。 それ本当にわたしの身分証だった ? 免許証だと思うけど……』「明日……保育園で確認してみるよ」 □□□「それで今日も、保育園に行っていたんだ」「解決してないの ? 」 岩井はなんとも言いにくそうに額をサリ……っと撫で付けた。「それがさ。その次の日、すぐに保育園に確認しに行ったんだよもしかしたら偽の不審者が姉貴の身分証使ったとしたら、誘拐じゃん ? でも話を聞いた保育園側に平謝りされて……」「はぁぁぁ !?
「女を見かけた三日後かな。郵便物が荒らされてたの。ビリビリに破かれてて。うちのアパートって郵便受けに鍵とか無いから。 でも、その前にも頼んだはずの置き配が届かなかったり、取り寄せた講習会のパンフレットが届かなかったりしてたんだ。 どこからが被害なのか分からないけど、とにかくカフェ勤務始めた頃から始まって……」 ──その後。 帰り道でも視線を感じるようになった。「付けられてる感じがするんですよね。でも振り返っても、知らない通行人ばかりだし、あの夜見たような女っぽい奴もいなくて」 一番最初に岩井の相談を受けたのはカフェの店長だった。「本当に元の奥さんじゃないの ? じゃあ……客の中にいるのかもね。心当たりない ? 」 彼女は至って真面目に事情を聞いた。「男性客が殆どですし。でもだとしたら余計にあの不審者とは合わないです」「恐怖心で見間違えたり、相手が変装してたり可能性はあるんだし。 郵便物荒らしだけでも実害が出てるんだから警察に相談とかどうかな ? 」「警察…… !? 」「もしもの話をしたらキリが無いけどさ。実害が出てるって事は、結構な執着だよね ? 警察に行く岩井さんの姿や情報を、相手が見たら抑止にならないかな ? って思うんだよね」「あぁ、そういう……。でももしかしたらアパートの……例えば他のご家庭からの嫌がらせとかかもしれませんし……」「うん。そうだね。でも、岩井さんが悪いわけじゃないんだから、念頭に置いてみたら ? その為の警察なんだしさ」「母と……相談してみます」 勤務中、女性スタッフ目当てに楽しむ客たちを眺めながら、疲労で回らない記憶を頼りに不審者を当てはめていく。女性客も来るが、どうにもあの闇夜に佇んでいた不気味さを彼女たちからは感じ取れなかった。それどころか、ここでは海希や他のコスチュームを来た女性達がメインの空間だ。一応、迷彩服風のコックコートに身を包んだ岩井達やホールのボーイもいるが、ただの裏方。岩井に執着心を向けてくる客は身に覚えがなかった。 おかしな
「ストーカー ? 」「いや、まだ断定は出来ないんだけどね」 突然話し出した岩井のワードに、海希が一番不信げに反応した。「え、何 ? どういう事 ? 女性関係複雑だったりするの ? 」「無いよ ! 本当にそれは ! 」 突然ストーカーが付くというのは、事実七割以上が顔見知りである。特に多い年代が二十代〜三十代。ストーカー法が出来た後、検挙率は徐々に低下傾向にはあるものの、あくまで警察に相談をした中での統計となる。 岩井も現在、警察に相談はしていないという。「心当たりがないから、余計に警察沙汰にしようがなくてさ」 話を聞いていた紫麻が岩井を見つめる。 嘘をついている風でもない。 海希とも、そう深い仲ではないように聞こえる会話。しかし今、悩みを話してしまっているのは追い詰められている証拠でもある。近すぎる周囲には相談できる人間がいないのだろう。「良ければ話をしてみませんか ? わたし達のような部外者の方が、割と安全かとも思いますよ」「……あぁ。確かに……そうですよね ? じゃあ、聞いて貰えますか ? 」 鹿野と海希も何となく岩井の卓に座り、次の言葉を待つ。「どこから話せばいいかな……まずは……俺が海希と同じ職場にいた頃から始まるんですけど」「え !? その期間も ?! 」 海希は予想だにしない岩井の告白に目を丸くした。「まぁ、聞こうじゃねぇ〜かぁ〜」「海希さん、馬鹿鹿からお酒を取り上げてください」「紫麻さん、笑顔で無茶振りやめて……」「これは俺の酒だぁ ! 渡さん〜」「あぁぁっ !! 集中出来ん !! いちいち絡むな !! ……。 ……失礼いたしました。どうぞお話ください」「は、はぁ……」 □□□□ 岩井の話はコンセプトカフェに勤務していた頃に遡る。 その日、勤務を終えた岩井は店長に挨拶を告げるとすぐに帰路へついた。 まず最初に気
「非日常感ねぇ〜。そんなもんがあるのかぁ」「これが当時の俺達ですよ」 岩井が海希と写ったスマホの写真を見せる。他のスタッフもいるが、海希は『ヒロミ』というネームを付け、白のタンクトップにレザーのミニスカート、そして邪魔そうなマシンガンを背負いながらドリンクを持っている。 岩井は厨房にいたのか白いコック姿で端にドカンと立っていた。「……素晴らしいです。店の内装も凝っていますね。古いと言うより、荒廃した雰囲気が伝わってくるようです」「メニューも『カレー味レーション』とかあるんですよ。実際は岩井が作ってる物にレーションっぽいラッピングだけ添えて出すんですけど」「それは、意味があるのでしょうか ? 」「外国人のお客さんなんかが記念に持って帰ったりするんで綺麗な方が喜ばれるんです」「ふむ。あくまでコンセプトだから、リアリティは二の次なのでしょうか ? 」「そこは店によりますね。『濾過煮沸水ソーダ』とかもソーダ水にクラッシュコーヒーゼリーを浮かべたりして」「創造的でございますね」「それにしても、元気そうじゃん ? 確か岩井は傷病休暇とってから辞めたよね ? もっと参ってるのかと思ったけど ? 」 海希の言う通り、岩井は精神を病んで退職していた。しかし、目の前にいる岩井は病むどころか筋肉は当時の倍。顔色もそう悪くないように見える。「実は……。 あ、その前に注文しますね ! えー……っと」 紫麻のお品書きで品定めする岩井に海希の喉がゴクリと鳴る。一体、次はどんな奇怪な料理が出来るのかと。「じゃあ、この番茄炒蛋《ファンチェチャオダン》スープと餃子を、どちらも単品で」「ご飯とスープは無料ですがよろしいですか ? 」「はい」「かしこまりました。少々お待ちください」 紫麻が厨房でガスに向かう。 海希のソワソワした感じに鹿野はニヤニヤする。「すぐにマズメシを出す罪悪感な