対人スキルゼロの変人美少女が恋愛心理学を間違った使い方をしたら

対人スキルゼロの変人美少女が恋愛心理学を間違った使い方をしたら

last update最終更新日 : 2025-06-12
作家:  さいだーたった今更新されました
言語: Japanese
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概要

ラブコメ

おとなしい子

学園

一人称

高校生

歪んだ関係

夏休みが始まって何日かしたある日、スポーツ推薦で県外の高校へ進学をした幼なじみの笹川秋斗が主人公である桐生陽葵の元を訪ねてくる。 秋斗は高校で彼女ができたようで、彼女ができた秘訣を陽葵に伝授する。 ……その秘訣とは、恋愛心理学が書かれた一冊の本だった。

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第1話

一話

 夏休みが始まり、何日か過ぎ去った何ら特に予定のない平日。桐生陽葵《きりゅうはるき》は嫌な思いでを払拭する事ができず、ダラダラと部屋で過ごしていた。

 昼ごはんを食べて、外は暑いしなー昼寝でもしようかなーと思っていた矢先、唐突にスマホが振動をした。

 吉岡あたりがまたアニメやらアイドルやら俺にはよくわからないが、推しを熱く語るメッセージでもよこしたのかと思って、少し辟易とした気持ちになりながらスマホのスリープを解くと、メッセージは全くの別人から届いていた。

 メッセージの送り主は笹川秋斗《ささがわあきと》。

 サッカーをやっている爽やかな青年で、物心がつく前からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染だ。

 推薦で県外の高校に進学をしてしまってからのここ数ヶ月は、すっかり疎遠になってしまっていた。いったいなんの用だろうか?

 メッセージを開いて見ると、そこにはこう書かれていた。

『あまり時間はないんだけどさ、こっちに帰ってきたからせっかくだからこれから会わない?』

 断る理由は無い、むしろ久々に俺だって会いたかった。でも、部屋から出る気力が無かったから、「家にいるから来てくれ」と返信すると、すぐに既読がついて最近流行っているらしい、可愛らしいアニメのスタンプで『OK』とだけ返ってきた。

 それを確認したあと、すぐにスマホをベッドに放り投げうだうだと過ごしていると、程なくして秋斗がやってきた。

「よう陽葵《はるき》、久しぶりだな!」

 そう言いながら俺の部屋に上がり込んできた秋斗は数ヶ月前より少し体格がガッチリしたように見えた。

 普段からかなり鍛えているのだろう、健康的にこんがりと揚げパンみたいに日焼けもしていた。

 エアコンの設定温度は二十六度にしているはずなのに、秋斗が入ってきた瞬間に部屋が熱気を帯びたような気がした。

 いや、間違いなく体感温度が上がったから、設定温度を二十四度まで下げてから起き上がった。

「よう。相変わらずサッカー頑張っているみたいだな」

「おう。サッカーだけじゃねえぞ。勉強も前より頑張るようになったし、恋愛だって頑張っているぞ」

 ニカッと口角を上げて笑う秋斗に俺は違和感を覚えた。

 苦手なりに勉強は以前から頑張ってはいた。

 しかし、サッカーバカの秋斗が恋愛?

 一体何が起こったのか、まさか変な女に騙されているんじゃないだろうなと少し不安な気持ちがよぎる。

 小さな頃から男女問わず友達が多かった印象はあるけれど、秋斗から誰が好きだの、惚れただの聞いたことは一切無かった。良くも悪くも男も女も同じように扱っていた。

「恋愛って……秋斗。お前、そんなキャラじゃ無かっただろうよ」

「まあな。色々、心境の変化があってよ」

 そう言って秋斗は部屋の中央に置かれているローテーブルもとい、こたつ布団無しのこたつ前にドカット腰を下ろした。

「心境の変化って、なんだよそれ」

「俺達ももう高校生なんだからさ、そろそろそういう経験もしたほうが良いだろ」

「……まあ、それもそうか」

 ごもっともな事を言われて返す刀を失ってしまった俺は、頷く事しか出来なかった。

 秋斗とは違い、地元に残った俺の周りでは、秋斗と同じように急に彼氏、彼女を作り始める奴が増えた事が脳裏をよぎる。

 たしかにそうなのかもしれないな。俺はまだそういうのは興味というか、この前の失敗のせいで敬遠をしているけれど、いつかはまた、そう思う日がやってくるのだろうか。

 俺がおかしいのかもしれないな。

 考えを改めて質問を変えることにする。

「どんな子なんだよ」

「ああ。サッカーの練習をよく見に来てくれる子でさ、笑顔がとても可愛いんだ」

 屈託のない笑顔でそんな事を言われると逆にこっちが小っ恥ずかしくなってくる。

 少し俯き気味に「そうなんだ」とだけ答えると秋斗は彼女の話を色々と聞かせてくれた。

 幼馴染の恋バナを聞かされるのってこんなに心がざわつくんだな。初めての感覚にどう対処して良いか分からずに適当に相槌だけを打ってしばらく話を聞いていた。

 どうやら秋斗は今の彼女にそうとう熱を上げているらしい。

「そのうち陽葵にも紹介するからさ。……そうだな、陽葵も彼女作って、俺の試合見に来てくれよ」

「ハハハ。俺に彼女?想像もつかないなあ。でも、試合はいつか見に行くよ」

 なるべくなら涼しくなった頃、秋に見に行こうかな。暑い中観戦してたら倒れる自信しかない。

「どうなるかなんてわからないだろ。……そうだ」

 秋斗は何か思いついたように、背後に置いたエナメルカバンをゴソゴソと探り出す。

 そして、一冊のハードカバーの本をこたつの上に置いた。

「これ、俺にはもう必要ないからな。秋斗にやる」

「なんだよこれ?」

 その本のタイトルはズバリ『恋愛心理戦──恋愛心理学を制す者は青春を制す──』。

 口にするのも恥ずかしいタイトルである。

「有希ちゃんにアプローチしたかったけど、ずっとサッカーしかしてこなかったし、どうしたらいいか分からなかったから、これを買ったんだ。そしたらズバリ大成功だ」

 そう、爽やかな笑顔にサムズアップしてみせるが、こいつの顔で、高身長、スポーツマン。サッカーの練習を見学に来ていた程の女の子。

 それら全てを踏まえて考えると、これがなくても上手く行っていたんじゃないかと思えてしまう。

 いや、きっと上手くいっていただろう。

 しかし、せっかくの努力を否定してやるのもおかしな話だよな。

 俺の人生にな毛ほども約に立たないだろうけど、秋斗の努力を卑下する気にはなれなかった。

 だから俺は読む事はないであろうその本を受け取った。

「ありがとうな」

「おう!秋斗も頑張って彼女作って試合見に来いよ!」

「ああ。そうだな」

「っと、そろそろ行かねえと。明日から合宿なんだ」

「それでその大荷物なわけか」

 秋斗の背後に置かれているエナメルカバンに目を向けてそう言うと、彼は頷く。

「じゃあ、合宿が終わったて来れるようならまた来るわ」

「おう。頑張ってな」

 そう言って秋斗を送り出した。

 すっかり静かになってしまった部屋に、ゴーとエアコンが唸るように冷房の音だけが響いていた。

「……ちょっと寒いから設定温度上げるか」

 そうして肌寒い部屋には、秋斗の残温、そして俺と、読むことのない痛いタイトルの本だけが残された。

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一話
 夏休みが始まり、何日か過ぎ去った何ら特に予定のない平日。桐生陽葵《きりゅうはるき》は嫌な思いでを払拭する事ができず、ダラダラと部屋で過ごしていた。 昼ごはんを食べて、外は暑いしなー昼寝でもしようかなーと思っていた矢先、唐突にスマホが振動をした。 吉岡あたりがまたアニメやらアイドルやら俺にはよくわからないが、推しを熱く語るメッセージでもよこしたのかと思って、少し辟易とした気持ちになりながらスマホのスリープを解くと、メッセージは全くの別人から届いていた。 メッセージの送り主は笹川秋斗《ささがわあきと》。 サッカーをやっている爽やかな青年で、物心がつく前からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染だ。 推薦で県外の高校に進学をしてしまってからのここ数ヶ月は、すっかり疎遠になってしまっていた。いったいなんの用だろうか? メッセージを開いて見ると、そこにはこう書かれていた。『あまり時間はないんだけどさ、こっちに帰ってきたからせっかくだからこれから会わない?』 断る理由は無い、むしろ久々に俺だって会いたかった。でも、部屋から出る気力が無かったから、「家にいるから来てくれ」と返信すると、すぐに既読がついて最近流行っているらしい、可愛らしいアニメのスタンプで『OK』とだけ返ってきた。 それを確認したあと、すぐにスマホをベッドに放り投げうだうだと過ごしていると、程なくして秋斗がやってきた。「よう陽葵《はるき》、久しぶりだな!」 そう言いながら俺の部屋に上がり込んできた秋斗は数ヶ月前より少し体格がガッチリしたように見えた。 普段からかなり鍛えているのだろう、健康的にこんがりと揚げパンみたいに日焼けもしていた。 エアコンの設定温度は二十六度にしているはずなのに、秋斗が入ってきた瞬間に部屋が熱気を帯びたような気がした。 いや、間違いなく体感温度が上がったから、設定温度を二十四度まで下げてから起き上がった。「よう。相変わらずサッカー頑張っているみたいだな」「おう。サッカーだけじゃねえぞ。勉強も前より頑張るようになったし、恋愛だって頑張っているぞ」 ニカッと口角を上げて笑う秋斗に俺は違和感を覚えた。 苦手なりに勉強は以前から頑張ってはいた。 しかし、サッカーバカの秋斗が恋愛? 一体何が起こったのか、まさか変な女に騙されているんじゃないだろうなと少し不安な気持ち
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二話
 新学期。 久々に会う友人達と夏の思い出話をしたり、提出物の作成がまだ終わっていない生徒が慌てて作業をしたりしているはずの教室へ向かうと、教室内は異様な雰囲気に包まれていた。 教室の後ろ側の扉から教室へ入ると、みなが同じ方向を見ていたのだ。 つられて俺もそちらに目を向けると、まだ誰も座っていない空席に植木鉢に植えられたカラフルな花が置かれていた。 俺の少ない知識でも知っている。あれはパンジーって花だ。 花言葉の意味なんかは知らないけれど、花が机の上に置かれている意味はわかる。 嫌な予想が脳裏をよぎる。 あの席はたしか、矢野さんの席だったはずだ。 まさか、矢野さん…… 教室の異様な雰囲気の正体を知り、俺は膝から崩れ落ちそうになった。 クラス、いや学年のマドンナと言ってもいい矢野さん。上級生が矢野さんを見物に来るためだけにやってくる事もあるくらいの美貌の持ち主。 かくいう俺はと言えば、一学期の終業式の日に告白をして振られたのだけど。 ……まさかそのせいじゃないよな。 自分のせいかもしれないと、膝がガクガクと震え始めると同時に。唐突に後ろから肩を叩かれた。「桐生君、おはよう。どうしたの?そんな所で崩れ落ちちゃって」 |迦陵頻伽《かりんびょうが》。まるで秋の空のように透き通った声だった。 終業式の日に『ごめんなさい』と断られた声と瓜二つ。 知っている声に恐る恐る振り返ると、そこにはまごうことなき矢野エマの姿があった。 すぐ後ろには、いつも一緒に行動をしている|陽川姫《ようかわひめ》の姿。 新学期早々、遭遇してはならないものに遭遇してしまったのかと何も答えられずにいると、陽川が「じゃま」と俺の横を通り過ぎていく。 その時、陽川のスカートの裾がふわりと肩の辺りに触れた。「ちょっとごめんね」 その後に続いて通っていく矢野さんのスカートの裾も俺の肩を掠めていく。 間違いなく彼女には実体がある。 一体どういう事だろうかと思案していると、教室前方で悲鳴が上がった。 悲鳴にしてはやたら透き通った悲鳴だった。 悲鳴が上がった方に視線を向けると、声を上げているのは矢野さんで、しばらくオロオロとした樣子で周囲を見回したあと、気絶するように倒れてしまった。 陽川が倒れる矢野さんを支えながら、机の上に置かれている物を払い除けた。払い除けられた
last update最終更新日 : 2025-06-06
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三話
「よう、おはようさん。なんか教室入った瞬間からなんか空気悪いんだけどなんかあった?」 始業式にも参加せずに遅刻してきたアホがお気楽な様子でそう言い放った。「吉岡。始業式に遅刻してくるなんてなかなかいい度胸しているな」 たしか《《こいつ》》は入学式の日も遅刻してきていたはずだ。別に問題児って程の奴ではないのだけれど、普段から少しだらしない面がある。「教師でもないのにそんな事いうなよー。深夜だろうとさ、推しが配信してたら見るしかないっしょ。しょういうことー」「『しょういうことー』じゃないだろ。クラスメイトとして、お前が留年して後輩にならないか心配して言ってやってるんだよ」 すると吉岡はおちゃらけた様子で、あーたしかにと手を打った。「桐生の事、先輩って呼びたくないしな。気をつけるよ」 俺だって呼ばれたくない。このアホに先輩だなんて。「アホか」「で、何があったんだ?」「あー」 クラスを見渡して、こちらに注目が集まっていない事を確認してから耳打ちをして今朝あった事件を|掻い摘んで《かいつまんで》概要だけを教えてやった。「ふむふむ。それはそれは。それで、お隣さんは居ないわけね」 吉岡は視線だけで滝沢の席をちらりと見た。 横島先生に連れて行かれてから、滝沢は戻ってきていない。もちろん、被害者である矢野エマも。 二人共始業式にも出てこなかったし、担任教師の横島先生も不在だった。それが現在のホームルームの時間まで不在が続き、自習のような時間になってしまっている。席替えするはずだったのにな。 普通こういう時はふざけだす生徒がいそうな物だけれど、朝のどんよりとした雰囲気を引きずった我がクラスではそういった生徒は一人も居なかった。 会話する事を禁止された頑固親父が経営するラーメン屋に行った時のような雰囲気、緊張感に包まれていた。「ちょっとけんちゃん!なんでちゃんと朝から来なかったのー。色々大変だったんだよー!」 肩を怒らせながらこちらに近づいて来たのは、今朝の一件にも関わっている陽川姫だ。 聞くところによると、吉岡と陽川は幼馴染らしく、他の生徒に対する時と吉岡と対した時では明らかに態度が違う。 普段は周りを威圧するような態度を取るが、吉岡の前では甘える子供のような態度をとるのだ。「推しが尊いから仕方がないだろ」「もう、けんちゃんは!推しも
last update最終更新日 : 2025-06-06
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四話
マスタードーナツ。通称マスド。低価格で美味しく、また安価な飲み放題もあり、ここいらの高校生のたむろスポットになっている場所である。 もちろん、われわれ|流森《りゅうしん》高校の生徒も例にもれずやってくるスポットだ。 どちらかと言えば陰キャ寄りな俺ですら吉岡に誘われて来る事もある。 そんな店の一番奥のテーブル席に座るのは三人。 俺、吉岡、陽川。 おい吉岡!矢野さんは結局いねえじゃねえか。いや、まあ、いなくて良かったんだけどさ。向こうがどう思っているかは知らないけど俺は気まずいし。 各々がドーナツを買ってきて席についた瞬間、陽川は『待ってました』と言わんばかりに口を開いた。 「で、早速なんだけどさ、けんちゃん聞いてよ」 吉岡は「おう」とは返事はしたものの興味なさそうにドーナツをほうばり始めた。 俺には話しかけてなさそうだけど、一応頷いてはみせて、陽川の方へ視線を向けた。 「滝沢さんってさ本当にひどいのよ。今までエマがどれだけ我慢してきたか」 吉岡が返事をしないため、仕方なく俺が頷いてみせる。 「例えば、どんな事があったの?」 すると陽川はお前には話していないと言わんばかりに、キッとキツイ目つきで俺を見た。 彼女からしてみれば俺は、吉岡を誘い出す出すためのおまけ。あくまでも置き物のような存在のようだ。 両手を持ち上げ、ホールドアップのポーズをとって、敵意はないこと、妨害するつもりはないことを伝え、砂糖たっぷりのカフェオレに手を伸ばした。 ただ連れてこられただけなのに酷くないかですかね。 「今までずっとエマは我慢してきたの。でも今回の花はやり過ぎ。さすがにあれはないわ」 それはごもっともな意見だ。もし登校して、自らの机の上に花が置かれていたならば、どんな反応をすれば良いのか、なんて想像もつかない。 俺だったら、何も見なかったことにして、黙って帰って不登校になってしまうかもしれない。 矢野さんはそうならなければ良いけど。心配だな。 俺に心配されるのは心外かもしれないけれど、同情せずにはいられない。 「今までだって、|理由《わけ》わからない手紙をエマの机の中に忍ばせてたり、廊下ですれ違おうとした時、エマが避けようとした方向にわざとどけるふりをして邪魔をしてみたり、エマが出かけた先々に現れてみたり。
last update最終更新日 : 2025-06-09
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五話
マスドからの一人寂しい帰り道。 季節は秋の始まり、九月の初頭、肌に当たる風は少し冷たくなったような気はするが、まだまだ日差しは強い。 「ふぅー」 多少汗をかきながら住宅街を進んでいると、不可解な服装の人物と行き当たった。 その人物は黒いキャップを深めに被り、目元はサングラス、口元は大きめのマスクで覆われていて、素顔は完全に見えない。 まだ気温は三十度近くあるというのにも関わらず、足元まですっぽりと隠すカーキ色のコートを羽織って、電信柱の影から周囲を気にするような素振りを見せながら矢野さんの家の様子を伺っているようだった。 完全に不審者だ。 身長は俺よりは低く、少し華奢に見えた。 ……どこかで見たことがある背格好だった。 つい先程、陽川から聞いた話と照らし合わせれば不審者の正体には心当たりは簡単についた。 なぜ、彼女がこんな事をしているのか、俺に理解することはできないが…… 「はあ」 思わずため息が漏れた。この場にいる以上、俺だってストーカーだと言われてしまえばそれまでだ。 振られた相手の家の近くをふらついていただけだと言い訳をしたところで、百人中、何人が信じてくれるだろうか。きっと一人もいないのではないだろう。 まして、学校から見てここは俺の家とは正反対方向なのだ。 何ができるわけてまもないけれど、矢野さんの様子が気になってここまで来てしまったのも事実ではあるが…… ストーカーの現場を目撃してしまった以上、声をかけない訳には行かないだろう。 気が付かれないようにゆっくりと背後に近づく。 不審者の正体がおかしいやつだと知っているからこそ、右手を肩に伸ばしかけて躊躇した。けれど、意を決して肩に手を置くと勢いに任せて声をかけた。 「お前、滝沢だよな。こんな所で何をしているんだ」 俺が手を置いた瞬間にビクッと肩が大きく跳ねる。そこで不審者は擬態するナナフシのように動きを完全に止めた。 一切振り返るような素振りも見せず、しばらくの間俺と不審者の時間は硬直していた。 時間にして三十秒程の時間。 まさかこれで、本当に擬態しているつもりなんじゃないよな? 一応、念の為に声をかける。 「いや、無理だからな。誤魔化せないからね。もう俺、お前のこと滝沢だって認識しちゃってるからね」 す
last update最終更新日 : 2025-06-10
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6話
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last update最終更新日 : 2025-06-11
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家に着く頃には、雨は本降り、土砂降りになっていた。 びしょ濡れになってしまった制服を脱ぎながら玄関を上がると、母さんが居間からひょっこりと顔を出した。 「おかえりなさい。あらら。そんなにずぶ濡れになっちゃって。それ、洗濯機の中に入れておいて。洗濯して明日までには乾かしておくから」 「ただいま。ありがとう」 「さっさとお風呂に入っちゃいなさいよ。お湯張っておいたから」 「うん。そうする」 母さんに促されるままにお風呂場に移動する。 脱衣所にある洗濯機に制服を放り込んでから通学に使っている鞄に目を移した。 「明日は使えないかもな。はぁ……」 なんか今日はため息ばかりだな。 それもこれも全て滝沢のせいだ。 さっきまであんなに苛ついていたのに、強い雨にうたれたせいか気持ちは落ち着いていた。 いや、気分が落ち込んでいるのだ。 滝沢がおかしい事は間違いないが、少し言い過ぎたかもしれない。帰り道、雨に打たれながらそんな事ばかり考えていた。 悪いのは滝沢。しかし、俺が滝沢を責める必要は、権利はあったのだろうか。 別に俺は矢野さんの彼氏でもなければ、友達でもない。 ただのクラスメイトだ。矢野さんからしてみれば、顔見知り程度の認識なのかもしれない。 当事者じゃない、被害者でもない俺にあそこまで言う資格はあったのだろうかと。 俺が声を掛けたせいで怪我までさせてしまったのに。 「……次、会ったら謝るか」 三十分くらい前まではもう二度と関わり合わないつもりでいたのに、すっかり体も頭も冷えた今では考えが百八十度変わっていた。 鬱屈とした気持ちを秘めながら浴室に入ると、頭を洗い、体を洗い、冷え切った体を温める為に母さんが張ってくれた湯船に浸かる。 「はー、染みるなあ」 染みると言えば今頃、滝沢も風呂に入っているだろうか。顔中擦りむいていたから、俺とは違う意味でかなり染みているだろうな。 そういや、別れ際に滝沢が見せてきたバリバリに割れた画面に映し出されていた本の表紙。どこかで見覚えがあったよなあ。どこで見たんだっけか……? 口まで湯船に浸かって記憶を辿っていくと、ぼんやりと秋斗《あきと》の顔が思い浮かぶ。 どうして、あいつの事を思い出すんだろうか…… 「あっ!」 閃いた。記憶の点と点が線となり繋
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