LOGIN渡辺春陽は産まれた日に父と祖父母を亡くし、周囲からの扱いに耐えながらも日々過ごしていた。しかし大事な母が倒れた日悲しみに突き落とされた春陽が縋ったのはバイト先の大学生斉藤慶司だった。その一夜から再会までは数年が経っていた。再会した慶司は会社の社長、名前は九条慶司。春陽はシングルマザーになっていた。
View More私は、耳という器官を信用していない。
目は嘘をつくにしても、そこには形がある。輪郭があり、距離があり、誤りであれば訂正の余地がある。だが耳は違う。耳は形を持たないものを、あたかも確固たる実体であるかのように脳裏へ流し込む。しかもそれが嘘であるかどうか、本人には決して分からない。
市内で三人目の死体が発見された朝、私は編集部の片隅で原稿用紙に向かっていた。夜明け前の空気は湿り、輪転機の低いうなりが床から伝わってくる。その振動が、まるで自分の内臓を直接揺すっているように感じられた。
被害者はいずれも、死の直前に奇妙な言葉を残している。
――声を、聞いた。
警察は重要視していない。ただの錯覚、死の恐怖が見せた幻聴。そう片づけられている。しかし私は、その説明に奇妙な薄気味悪さを覚えた。なぜなら彼らの言葉は、細部に至るまで似通っていたからだ。
「近くで、誰かが話していた」
「振り返る前に、もう聞こえなくなった」 「聞こえなかったことに、した」最後の一文を目で追った瞬間、私は無意識に耳へ手をやった。耳朶の裏側が、じっとりと汗ばんでいる。まるでそこに、誰かの指が触れていたかのような感触が残っていた。
十年前のことを、思い出していた。
妹が殺された夜のことだ。
あれは通り魔事件として処理された。犯人はすでに死に、動機も不明のまま、事件は過去になった。私は新聞記者として、その記事を書いた一人でもある。淡々と事実を並べ、感情を排し、社会的に妥当な結論を添えた。
――それで、終わったはずだった。
だが最近、夜になると妙なことが起こる。眠りにつく直前、あるいは目覚めかけた曖昧な時間帯に、確かに声が聞こえるのだ。内容は決まって同じで、しかも親しみを帯びている。
「聞かなければ、楽になる」
私は耳を塞がない。
塞ぐという行為自体が、すでに“聞いている”ことの証明だからだ。原稿を書き終えた私は、ふと気づく。
その夜、三人目の被害者が殺された現場に、私はいた。取材のためだ。
それ以上の意味は、ない――はずだった。だが胸の奥で、何かが小さく、しかし確実に音を立てていた。
それは、歯車が噛み合う音によく似ていたウィルモットで働くミユキこと黒田深雪(クロダミユキ)21歳はパシオンエンターテイメントに所属するモデルだ。175センチの長身がコンプレックスだった高校時代。修学旅行ではじめて行った原宿で事務所の人に声をかけられた。両親は賛成をしてくれたわけではないが反対もしなかった。自分で決めればいい、とだけ言われた。進学予定だった専門学校をやめて卒業と同時に事務所と契約、寮に住みながら事務所の育成カリキュラムを受けた。1年経ってモデルとしていくつか仕事がくるようになって寮も出ようかと思った時に事務所の野村から声をかけられた。「寮を出るなら少し離れるけど事務所所有の花塚のマンションにいかない?時間がわりと自由なバイト先も付けるよ。都内来るまで乗り換えなしで70分しかかからないし、いい話だと思うんだけど」花塚からなら上野へも新宿へも電車一本で70分しかかからない。都心より物価もだいぶ安いと聞く。事務所所有のマンション家賃は相場の7割程度で寮より自由が効く。更に時間がわりと自由なバイト先まで紹介してくれるなど、深雪が断る理由はなかった。そして紹介されたバイト先がオープンして間近のウィルモットだった。2つ年上の正木廉さん。野村がマネージャーをしていたアイドルグループエアネストのメンバーのひとりだった人。中学時代に好きだという友達がいて名前は知っている程度のアイドルグループ。1番人気のグループの顔的存在KEI、身長も高くてかっこいいTANI、ヤンチャで明るいYUZU、ツンデレ王子のHIROの4人に比べてイマイチパッとしなかったメンバーがMAKIだったと記憶していた。花塚駅前に建つ事務所所有のマンションへ引っ越しを終えると一応の面接の為に開店前の店へ足を運んだ。「すみません、面接に来た黒田です」店のドアを開けて声をかけると奥から男性が1人近寄ってきた。「黒田深雪さん、ですね。その手間のテーブルにかけて下さい。飲み物はコーヒー、紅茶どちらがよいですか?」自分より少しばかり背が高いだろうか。見上げるほどではないから180弱程度か。短めにカットされた硬質の黒髪は軽く流す様にワックスで固められている。あらわになた額から鼻筋の美しさが際立つ。整えられた髪と同じく硬質の眉と切れ長気味の目。--実物、めちゃくちゃカッコいいじゃん!深雪は心の中で叫び声をあげた。「
舞がコーディネートした服を持って試着室で着替える。「フェミニンスタイルは本当はショートよりもセミロング位がいいんだけど…。春陽、切っちゃうし!」そこは舞にはかなり気に入らない部分だったらしい。天然パーマの春陽には短い方が楽ではあるのだが。これから湿度が上がってくる時期になれば尚更に。でも、さすがファッション学部 ファッションデザイン専攻で学んでいるだけはあって舞のセンスの良さは間違いない。舞が選んだ服を着た鏡の中の姿は別人に見える。カーキの薄手ニットセーターに若草色のシアーブラウス。下は8部丈のダークグレーのシフォンパンツ。「着れた?」試着室の外側から舞が声をかける。「着れた」試着室のドアを少し開き春陽が顔だけ出した。「着れたなら見せてよ、改善もできないでしょ」「そうなんだけど……」普段、お洒落をすると言っても持っている服の中でする程度だった。1番まともなお洒落でも先日着たワンピース程度なのだ。大人可愛いフェミニンスタイルなどハードルが高かった。「ほら!」舞が力まかせにドアを開ける。「……」「……」「やっぱり可愛いじゃない!」「に、似合わないよね!やっぱり!」「……」「……」「え?」結果、舞のコーディネートした服を購入、さらにそれに合わせたライトブラウンのショートブーツを購入した。「せっかくなら全部買ったモノに着替えてしまえばよかったのに」ランチ時の混雑回避の為13時を回ってからウィルモットへと向かった車内で舞が残念そうに言った。「きっとあの男も驚くと思うけど」「男って……正木さんのこと?」「だって、春陽に絶対気があるでしょ?あの男」ズバっと言った舞は自分の言葉に不機嫌になる。しかし、春陽が付き合う事を決めるならばあの男よりは正木廉の方が百倍位応援できると考える。春陽は苦笑いしながら気のせいだよ、と話を流す。「それに、やっぱり私は男の人はいい」「……」「嬉しい事に子供はもう桜がいるし。おばあちゃんも舞ちゃんもいるから今更誰かと付き合うとか考えなくてもいいの」ハンドルを握る手に僅かに力が入るのを舞が気づく。「何かあった?」「特に無いよ」笑って答える春陽だが、それが嘘だと言うことは舞にはすぐにわかることだった。「ほとんどの男を馬鹿だと思っている私ならまだしも、可愛くて性格もよくて、子連れだ
舞との久々の電話から数日。『やっと時間空いた!明日のランチ一緒に食べよ!』舞から早々に連絡があった。「あら、久々に出かけてくるの?」「うん、明日のランチにウィルモットに行ってくるけど。おばあちゃんも一緒に行く?」「あら、誘ってくれるの?」ゆり子はでも今回はいいわ、と断ってさらに桜も置いていっていいわよ、と付け足した。金曜日なので朝はバイトに行ってしまう為早朝から昼過ぎまで桜を頼む事になる。「おばあちゃんが休めなくなっちゃうよ」春陽は心配で言ったが。「桜の面倒みている位がいいのよ。TVみてボーっとしていたら私がぼけちゃうわ。久々だからゆっくり話もしたいでしょ?」確かに、舞と話ができるのは久々なのでゆっくりとしたかった。「でも、次は私も連れて行ってね。彼の店なんでしょう?」「近いうちに絶対連れていく!」「なら、明日はゆっくりしてきなさい」何時も何時も、ゆり子の優しさに春陽は感謝する。10時少し過ぎた時間で退勤をおしてコンビニから舞のマンションへ向かう。来客用の駐車スペースに駐車してエレベーターで上がる。ピンポンを押すとすぐに玄関ドアが開けられる。「おつかれさま」一働きしてきた春陽に舞が労いの一言を言う。「言ってもらえるほどは働いてないよ」春陽は苦笑いを浮かべる。「働く気持ちが大事よ。それに朝のコンビニは大変でしょう?」朝のコンビニは確かに1番大変なのかもしれない。店舗によって時間が変わるがお弁当配達が1日3回ある内で1番大量の品が搬入される。その他パンの搬入も早朝だ。レジ横に並ぶチキンなども早朝が最初の準備となる。他10時迄に発注作業と精算作業がある中で接客があり、出勤時のピークはレジから中々離れる事はできない。「まあ、大変だけど短い時間だから」「少し休んでから出る?」気づかって聞いた舞に首を振る。「ランチの前に久々に舞ちゃんと買い物もしたいし」「そうだよね、春陽ってば会わない間にまた髪切っちゃうし……。お洒落から離れちゃっているから私が服をみてあげないと!」「髪はこの方が楽なんだけど」激安カット店で注文が「ただ短く」の髪型は舞には不評のようだった。「楽を優先しすぎて20歳の女盛りを捨てちゃダメ!春陽の可愛さがもったいない!」美人の舞にならわかるけれど、背が低めでパッとしない自分がそこまでお洒落にこだわ
「あれ?廉さん、これは?」夕方のバイトにきてくれたスズカとニイナがレジに置かれていたブラウンのウサギのぬいぐるみに気づき可愛いと話しはじめる。「あ〜、昼前に甥っ子連れて動物園行った時にUFOキャッチャーやらされた」「え〜かわいい」「景品はこれだけなんですか?」「もう1つのウサギは知人にあげたし他は全部甥っ子がもって帰ったから」「えー、誰にあげちゃったんですか。欲しかったなぁ」「あ、でもウサギのぬいぐるみって事はその知人て女性ですか?」「……あぁ」「え〜、なんかありそうな返事ですよぉ」「もしかしたら彼女ができちゃったんですか?!」「マユやミユキさんとか絶対にショックだね!」「だよね、本気で廉さん狙っていたし」「でも廉さんまったくそんな気配なかったのに……」「ちょっと2人とも、俺に彼女なんていないから」「えー」「じゃあ知人って男の人?子供じゃ知人なんて言わないし」「……」「いや、女の子だけど……」「「ほら!」」「でも彼女じゃないから!」「まさか、廉さんが、片思い?!」「どんなヒトかな?」「廉さんのタイプなら美人かな?」「……」「ねぇ、廉さん!どんなヒトですか?」興味津々の2人の瞳が期待いっぱいで廉を見つめる。「……あ〜」2人の勢いにおされて少しばかり身を退く。視界の端にブラウンのウサギが入る。廉の脳裏にウサギのぬいぐるみを手にした春陽の笑顔が浮かんだ。「「……!」」一瞬、廉の口元が僅かに綻んでその瞳ははじめてみた優しさと色気がまざり合い、目にしたスズカとニイナは顔を赤く染めた。ドキドキ、ドキドキ。2人の鼓動がはやまる。「何、何、何!?今の廉さん!」「廉さんがマジで恋?!」「「っていうか!私が廉さんに恋する!」」2人は同時に心の中で叫んだ。「そろそろ店開けるからもうこの話は終わりだ。ちゃんと仕事してくれよ」廉が時計を確認するとすでに17時まであと5分をきっていた。2人に注意する。「はーい」2人は素直に返事をした。17時、この日もウィルモットは普段と変わらない夜の営業をはじめた。お風呂からあがり髪を乾かすと桜を抱っこして自室に戻る。と、ちょうどスマホが鳴る。発信者をチラッと確認するとスマホの画面に「舞ちゃん」と発信者の名が出ていた。桜をベビーベッドへ寝かせて通話ボタンを押した。