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Nox.I 『蒼月と謎の女教師』I

Author: 皐月紫音
last update Last Updated: 2025-07-08 22:28:57

◆◇◆◇

 王都アルジュリュンヌを、左右に分断して貫くマリーヌ川。

 左岸の東部にあたる13区に広大な敷地を与えられ、荘厳な白亜の学舎が建っていた。

 ヴァルメール学院――エテルヴォワ王国でも屈指の伝統を誇る中等教育機関だ。

 レイフが所属する二年VII組の教室には、南向きの大窓からやわらかな午後の陽光が差し込み、昼食後の睡魔に襲われている生徒たちの目を開かせる。

 しかし、そんな彼らの視線はすべて今、教卓へと集中していた。

 その視線の中には、普段の授業ならば窓の外をぼんやりと眺めているか、机に突っ伏して寝ているかのどちらかであるレイフのものもあった。

 決して熱心に授業を受けているわけではない。

 むしろ、今授業は強制的に止められていたのだ。

 一人の女性によって――。

 経年変化により、深みを増した|赤褐色《せきかっしょく》の机に突っ伏す形で一人の女性が眠っていた。

 黒に近い青――紺青色の髪が、さらさらと落ちて、彼女の腰までを夜色のカーテンのように|覆《おお》い隠す。

 その姿は、色素を排したかのように熱を感じさせない肌色とも相まって、彼女の存在を生者のみが存在する教室における、〝異物〟としていた。

 仕立ての良い黒いスーツさえも、彼女が着ていると喪服にしか見えなかった。

  ——変な女。

 それが、レイフが彼女へと抱いた第一印象だった。

 彼女は、定年間近の髪も寂しくなってきた担任が連れてきた新しい歴史教師だ。

 その美貌は、本人の意思とは関係なしに人の目を惹きつけてやまない。

 だが、彼女から|醸《かも》し出されるのは濃密なまでの〝死の気配〟だった。

 近寄ろうと手を伸ばそうとも、そこにあるのは暗く、昏い、ただ|暗澹《あんたん》とした〝闇〟そのもの。

 髪の隙間から覗く、夜空を閉じ込めた|灰簾石《タンザナイト》のような紫紺色の瞳は、精気を感じさせない。

 |暗鬱《あんうつ》にして、|陰鬱《いんうつ》な重苦しい空気が生徒達の心へと|憂鬱《メランコリー》を波のように広げてゆく。

 それは決して、他者を寄せつけようとしない。

 普段であれば、若葉色の活気と希望に満ち|溢《あふ》れている教室。

 その温度は|厳冬《げんとう》の荒野の如く下がり、|凍《い》てついた地面のように冷たくなった床に足を捕らわれたかのように、生徒達は身動きがとれなくなっていた。

 ——〝ヴィオレタ・ウルバノヴァ〟

 それが彼女の名前だ。

 当の本人はといえば、自分の名前だけ伝えると堂々と教壇に突っ伏して眠り出した。

 担任教師の顔には隠しきれない苛立ちが浮かび上がり、額からは脂汗が床に垂れている。

「先生、ウルバノヴァ先生! 起きたまえ!!」

「…………起きてるわよ。うるさいわね」

 不快さを隠す気もなく、こめかみを押さえながら身体を起こした女性は窓へと視線を向けた。

「あぁ、貴方――窓を閉めてきなさい。こんなに明るくては寝ることもできないわ」

「あぁ、そうだな。すまん……ってちがう!!」

 あまりにも自然に命令され、窓の方へと向かおうとしていた教師だったが、途中で我に返ると、表情を一層と険しいものとして、ヴィオレタの方へと向き直った。

「どう見ても寝ていただろう! あと高い机なんだぞ。|涎《よだれ》を垂らすんじゃない!!」

「はぁ〜。貴方、この仕事を始めて何年になるのかしら……?」

「よ、40年だが、それがどうしたと言うんだね?」

「そう、貴方は40年もの間、その目で教育の何を見てきたのかしら……」

 ヴィオレタは天を仰ぐと、露骨に呆れの感情を込めた嘆息を漏らす。

 夜色の髪が、彼女の動きに合わせて、艶やかに広がる。

「な、なんだと……」

「私が〝|敢《あ》えて〟寝ていた理由すらもわからないなんてね」

 担任教師の次の言葉も待たず、ヴィオレタは立ち上がる。

 彼女は教壇をコツコツと指で叩きながら、精気を感じさせない冷たい瞳で生徒たちの顔を、ひとりひとり見渡していく。

 生徒たちの額に汗が浮かんでゆき、教室内の温度は、一層と低下していった。

 最後に、その視線がレイフのものと重なり合うと、妙な緊張感が一瞬、両者の間に走った。

「はぁ、このクラスは全体的にレベルが低過ぎるわ……。たかだか、教師が寝ているくらいのトラブルにも対処できず、こうして指示を待つだけ……。こんな状態では、どんな授業をしても無駄よ」

 そこでヴィオレタは横に立つ担任教師を、キッと|睨《にら》みつける。

 その視線には不思議な威圧感があり、倍以上の人生を生きているはずの担任教師を後退りさせた。

「おまけに指導する立場にある人間が、こんな30点以下の対応しかできないのではね。これでは生徒たちの体たらくも仕方ないかもしれないわ」

「あの場で君を起こす以外、どんな正解があると言うんだね!?」

「プロの教育者ともあろうものが、他者に答えを求めてるんじゃないわよっ!!」

 口をあんぐりと開けて絶句する担任の体を、堂々と横切るとヴィオレタは、扉の方へと歩いてゆく。

 扉の前で足を止めた彼女は、机に座る生徒たちの方を、一度振り返ると、再度彼らの顔を見渡した。

「次の授業までに〝七年戦争〟について、自分たちでレポートを作っておきなさい。まとめ方は任せるわ。使う資料も自由、グループを組んでも構わない。好きにやりなさい、以上よ……」

 扉に手をかけたヴィオレタだったが、何かを思い出したかのように再度、振り返るとレイフの顔を見つめた。

「そこの貴方——」

 精気を感じさせない紫紺色の瞳が、|刹那《せつな》の間――レイフの真紅の瞳と絡み合った。

「俺か? なんだよ?」

「顔がムカつくわ」

「あぁっ!!?」

 ——バタンッ!!

 彼女は当然かのように授業を放棄すると、歴史を感じさせる古びた扉を勢いよく閉めて出て行くのだった。

 天変地異が過ぎ去ったかのような教室には、圧倒されて何も言えない生徒たちと担任教師――そして席から立ち上がり、扉を|睨《にら》みつけるレイフが残されたのだった。

 

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