「私はアンタの幸せを願って、そう言っただけ。……アンタのことを、本当に愛してくれる人が見つかったってだけで、私は嬉しいんだからね」「……沙織は、幸せじゃないの?」 私がそう聞くと、沙織は「幸せよ。でも私より、アンタの幸せの方が大事だって、前にも言ったでしょ」と言ってくれる。「……沙織、本当にありがとうね」 私が沙織に微笑むと、沙織は「私はね、アンタに幸せになってほしいのよ。確かに結婚することも大事かもしれないけど。 一番大事なのは、アンタを心から愛してくれる人がいることなのよ」と笑ってくれていた。「……え?」「私はね、アンタのことをずーっと見てきたから分かるのよ。……アンタはたくさん泣いて、たくさん傷ついてきたから、恋に臆病になってるのよ」 臆病……。そうだ、私はずっと臆病だった。 恋愛で傷付いては泣いて、そんな恋愛を何回もしてきたけど、今回は違う。 私は課長に出会って、強くなった気がする。「……私ね、本当はね」「ん?」「私本当は、課長を好きになるのが怖かったんだ。課長と一緒にいるうちに惹かれてる自分がいて、でも日に日に課長を好きになっていく自分が、すごく怖くなって……。ずっと一緒にいたいのに、辛くなりそうで……不安だったんだ」 沙織に思いの丈を話すと、なんかスッキリした気がした。 ためてたものが吐き出されて、楽になった気がする。「……そんなの、当たり前じゃないの」「え……?」「人間誰しも、恋に傷つかない人なんていないのよ。……それぞれが、それぞれの悩みを抱えて生きてるんだから」 そうだよね……。それぞれの悩みがあって、当然だよね。「沙織もあるの?悩みとか」「当たり前じゃない。私だってたくさん傷ついてきたし、たくさん泣いたもの。……言ったでしょ?恋に傷つかない人なんて、いないって」「……うん、そうだよね」「私だって辛い恋、してたし。……それでも好きな人とだったら、一緒にいたいと思うのよ」 私だって課長と、一緒にいたい。「アンタが課長を好きなように、私も彼が好きなのよ。……私も彼の全てを受け入れたいって、思ってるし」「そっか。 そうだよね」 沙織だって私と同じ人間であって、同じ一人の女性なんだもん。 沙織にだって辛い恋の一つや二つ、あるよね……。「アンタと私って、本当に似た者同士ね」「え?」「実は私さ、今気にな
* * *「みーずき」「あ、沙織、おはよう」「おはよう。今日は朝から元気そうね」 沙織はそう言ってデスクに座る。「そうかな? いつも通りだよ」 そう答える私に、沙織は「アンタ、昨日仕事休んでたよね? 有給だっけ?」と、私を見る。「うん、そうだよ。有給だよ」「しかも昨日、課長は仕事で出張でいなかったみたいだし……ね?」「あ、そ、そうなんだ……」 課長は、昨日出張してたってことにしてたんだ。 でも沙織にはバレてないみたいだから、よかった。 なんか、バレたら色々問い詰められそうだし……。「アンタたち、何を隠してんの?」 沙織にそう言われて、「えっ!? な、なにが!?」と動揺してしまった。「とぼけてもムダよ? ごまかしてもダメだからね?」「えっ……!」 う、ウソッ! もしかして昨日のこと……バレてる!?「もう白状しなさい。 アンタ、昨日課長と一緒にいたんでしょ?」「えっ。な、なんで……?」「アンタが仕事休んで、課長が出張なんておかしいと思ったのよ。 で、私気になって部長に聞いたのよ。そしたら部長、課長は出張になんて行ってないって、言ってたわよ?」 えっ……? き、聞いたの!?「それで確信したの。アンタと課長は、一緒にいるんだなって」 沙織ってそこまで行動しちゃうの……。なんか沙織が怖くなってきた……。「やっぱ一緒だったんだ。アンタたち」「……はい」 沙織にウソはつけないと実感した私は、全てを正直に話すことにした。「……なるほどねぇ」 沙織は課長にチラッと視線を向けると、ニヤリと笑った。「なるほどって……?」 沙織は私を見ながら、「それはずばり、"プロポーズ"じゃない?」と言ってきた。 「……え?」 ええっ!? ぷ、プロポーズ……!?「つまり課長は、アンタにプロポーズしたのよ」「……プロポーズって、そんなんじゃないって」 まさか、本当に……? あれ本当に、プロポーズだったのかな……? でも"結婚しよう"なんて言葉は、一言も言われなかったけどな。「そうよ。アンタ前、私に言ったでしょ。いずれ一緒になるつもりだって言われたって」 私はそう言われて「うん……言ったけど」と頷いた。 それがどうかしたの……?「それって簡単に言うと、アンタと結婚したいってことでしょ?」「……そうなのかな」「そうよ。
課長って、運転する時こんな表情するんだ……。なんだか、素敵すぎる。 課長の新たな一面を見つけたけど、課長と二人きりの中で、会話もなくただゆったりとしたクラシックだけが流れていた。「……あの、課長?」「ん?」「これから、どこに行くんですか?」 私がそう聞くと、課長は「秘密って言ってんだろ。着いてからのお楽しみだ」と言ってはぐらかす。「ええ……気になります」「わかった、わかったよ」「ええ。教えてくださいよ」 わざわざ仕事休んでまで、どこに行くんだろう……?「ダメだ。着いてからのお楽しみだ」「……課長って、意外と意地悪なんですね」 「そんな訳じゃないよ。ただびっくりさせたいだけだ」「びっくり……?」 え?どういうこと……? びっくりって?「ま、気楽に待ってて」「……は、はい」 その後は車内では、ただ音楽だけが流れていた。「ん、着いたぞ」「え? あ、はい……」 車のドアを降りると、そこには……。「うわあ……。キレイ……!」 畑一面のキレイなヒマワリ畑があった。「だろ? ここ、私の秘密基地なんだ」 ヒマワリ畑を眺めながら、課長が私に視線を向ける。「秘密基地……ですか?」「ああ。小さい頃、よく家族とここに来たんだ」「そうなんですか?」 なぜ私に、ここを?「ここさ……いつか本当に大事な人が出来た時、その人を連れてこようって思ってたんだ」「……え?」 課長は、ヒマワリ畑の中を静かに歩き出していく。「え?課長?」「瑞紀も来いよ」「あ、はい」 私は課長の後を着ていくように、歩き出す。「……なあ、瑞紀」「はい?」「俺は、まだまだ未熟だ。……でも瑞紀を想う気持ちだけは、誰にも負けないつもりだ」 繋がれた手の温もりを感じていると、そのまま課長と目が合う。「俺もすごく強い人間じゃない。でも瑞紀を幸せにしたいと思ってる。……だから、ずっとそばにいてほしい」 課長は、私をギュっと抱きしめてくれる。「……誰にでも、弱いところはあります」「え?」「私にだって、弱いところはあります。……だからそれも含めて、私はずっと課長のそばにいたいです」 私の気持ちは、やはり同じだ。 「私は課長の弱いところも含めて、全部受け入れます。……私はそんな課長の全てが、好きなんですか?」 課長の全てを受け入れて、私はずっと
✱ ✱ ✱「お疲れ様でした。お先に失礼します」 今日一日の仕事を終えた私は、帰る準備をした。「……ふう」 今日は、なんだか疲れた。 仕事が大変だったっていうのもあるけど、一番は藤堂さんのことを考えてしまっていたから。 藤堂さんは、私に想いの丈をぶつけてきた。 だから私も、想いの丈を自分なりにぶつけた。 藤堂さんはとても冷たい目で私を見ていたけど、私は課長が好きだから。だから自分なりに気持ちを伝えたつもりだ。 私課長を好きな気持ちは誰にも負けないし、誰よりも課長のことを理解しているつもりだ。 だからこそ、課長を藤堂さんには取られたくないって思った。「……はぁ、帰ろうっと」 私は複雑な気持ちを抱えながら家に帰った。「ただいま」 誰もいないリビングには、静けさだけが残る。「疲れた……」 そのままベッドに直行した私は、疲れていたせいか、いつの間にか眠りに落ちていた。 その日私は、夢を見た。 その夢の内容は、課長と私が結婚していて、かわいい子供もいて、その子供と三人で仲良く暮らしてる夢だった。 その夢の中にいる私はとても幸せそうで、課長も幸せそうだった。 みんな幸せそうに笑っていて、本当に幸せな家庭なんだって思った。 そんな夢を見ていたからか、いつか課長とこんな幸せな家庭を築けていければいいな……なんて思っていた。「……んん……?」 何時間寝ていたかなんて、全く分からない。 ただ覚えているのは、キッチンからいいニオイがしてきたことだけだ。「……んっ」 ふと目を覚まして時計を見ると、時計の針は八時過ぎを示していた。「八時……か」 ……ん? 八時……? えっ……! やばっ!完全に遅刻だ! 急いでベッドから飛び起きて、リビングに向かうと、そこにはーーー。「えっ……?」 えーっ!? な、なんで……!?「な、なななっ……」 ど、どうして……?!「おはよう、瑞紀。起きたか?」 朝からニコッと爽やかな笑みを浮かべる、目の前の男性は、課長だった。「え?……な、なんで?」 なんで課長がここにいるの!? えっ、ちょっと待って! 一体、何がどうなってんの!? 確かに目の前にいるのは課長で、しかも呑気にコーヒーなんて飲んでいるし。「まあまあ、座ってコーヒーでも飲もう、瑞紀」「はい……じゃなくて! なんで
しかし、そんなある日のことだった。 「佐倉さん」 後ろから聞き覚えのある声がした。 このハイヒールの音に、私は聞き覚えがあった。「……なんでしょうか」 その声の方に振り返ると、目の前にいたのは、やはり藤堂さんだった。 この前会った時みたいに、ハデな格好をしている。「ちょっといいかしら?」「すみません。今、仕事中なんですが」「少しでいいの。時間とれない?」 私はため息を吐き、「……分かりました。少しだけなら」と彼女に告げた。 今度は一体、私になんの用なの? 私は話すことん、何にもないのだけど。「ありがとう。 ちょっと移動しましょう」 二人で喫煙席のある席へと移動する。「……あの、私に何か用ですか?」 藤堂さんの方に振り向くと、藤堂さんはタバコを取り出し、気だるそうに吸い始める。「恭平さんとは、別れる気になった?」 タバコの煙をゆっくりと吐き出した藤堂さんは、そう口を開いた。 そして私の方に視線を向ける。「……何を言ってるんですか?」「あら、まだ別れてないの? この前私、あなたに言ったわよね? 恭平さんと"別れて"って」 藤堂さんはタバコを灰皿に押し付けると、私にそう告げた。「……私は、イヤだと申し上げたはずですが?」「あら、まだ分からないの? あなたと恭平さんじゃ、格が違うのよ。 釣り合わないわ」「……一体、何が仰りたいんですか?」 なんでそこまで言われないとならないの……。「ここまで言っても、まだ分からない? あなたって本当に鈍いのね。……つまり私は、あなたと恭平さんとじゃ、不釣り合いだと言いたいのよ」 藤堂さんが再び、タバコに火をつける。「……不釣り合い?」「そうよ。恭平さんがあなたみたいな人を好きになるとか、本気で思ってるの? あなたは単に、彼に遊ばれてるだけなのよ」 そう言った藤堂さんは、タバコの煙の奥でニヤリと怪しく微笑んだ。 何も言えない私に、藤堂さんは「あら、もう怖じ気づいちゃった? まあ、そうよね?あなた鈍感だし、恋愛なんてまともにしたこと、なさそうだもの。 いい?この際だから教えてあげる。恭平さんは、あなたに同情してるのよ」と私に告げた。「……同情?」 同情だなんて、そんな訳ない。 課長の気持ちは、本物に決まってる。 じゃなきゃ、一緒に住もうだなんて絶対に言わないはずだ。「そうよ
「……あの、課長?」「ん?」「……藤堂さんは私なんかよりずっと、か弱い人なのかもしれないですね」 私がそれを言うと、課長も同意しているのか、「そうかもな。……でも俺には、静香なんかよりもっと大事なものがある」と私に告げる。「大事な……ものですか?」 課長の大事なものって、なんだろう。 そう思っていると、課長は私の目を見て「君だよ、瑞紀」と私を見る。「え……?」「今の俺には、お前だけなんだ。……静香なんかよりもずっと、君を愛してる」 そう言った課長のその茶色い瞳は、真っ直ぐに私を捉えている。「課長、私っ……」 思わず、目を伏せてしまう。「……瑞紀、俺を見て」 私の頬に触れる、課長の大きな手。その大きな手が触れた私の頬は、温かさを増していた。「課長……好きです」 自然と口からこぼれたのは、その一言だった。「……俺もだ」 課長に触れられた頬が、とても熱い。 私の頬、今すごく熱を帯びてる。「瑞紀……」「んっ」 返事をする余裕さえくれないのは、課長のその唇だ。 私の唇を啄むように塞ぐその唇は、私には何も言わせてはくれない。 呼吸をするのも精一杯で、課長のその深いキスに追いつく余裕なんてない。 課長は、時々こうやって意地悪をする。「かっ、ちょ……」 唇を離した課長の唇は、だんだん下に移動してきて、鎖骨のところで止まった。「瑞紀……愛してるよ」 小さく色っぽい声でそう呟いた課長は、私の鎖骨より下を思い切り吸いついた。 そこに大きく作られたキスマークは、甘噛みされたような痛みがあり、課長が付けたという"印"だった。「なんで……?」「これで瑞紀はもう、俺のものだよ」「っ……もう……」 課長は、やっぱりずるい。こんなにも私をドキドキさせて。 そんなにドキドキさせられたら、課長の顔が真っ直ぐ見れなくなっちゃう。 私は多分、もう課長から逃れられない。 私はもう"課長"という甘い罠にハマってしまったから。 これから先、私はきっとこの甘い罠から抜け出すことは出来ない。 いや、きっと抜け出せないし、抜け出すことなんて許されそうにない。 だって私は課長が好きで、課長を愛してしまっているから。「課長……私のそばから、絶対に離れないでください」 私は、課長がいないときっと生きていけない。 課長は私の全てだから。「離れないよ