ANMELDEN「──っ!苓さん!?」 私は急いでスマホを取り出すと、画面に表示された苓さんの文字を見て急いで電話に出た。 「はっ、はいもしもし!苓さん!」 〈茉莉花さん?すみません、連絡に気が付くのが遅くて、こんな時間になってしまいました〉 「いえいえ、大丈夫ですよ。むしろ、私とお父様が苓さんに仕事を任せっきりにしてしまって……本当にすみません」 〈気にしないでください。俺に出来る事だったら全然!元々仕事は好きですから。──っと、そうだ茉莉花さん!連絡を貰った件……!〉 私は苓さんに言われ、はっとする。 「そ、そうです苓さん!お祖父様の古い日記から速水家が藤堂と関わりがあった事を示す文章が!」 〈ええ、茉莉花さんが撮ってくれた写真を俺も見ました。あの内容だったら、谷島が──警察が動くはずです〉 「良かった……!その、お祖父様の書斎にもっと速水家の事が書かれた日記がないかな、と思って……今探しているんです」 〈そうなんですね、良かった……。それが見つかれば警察の捜査もし安くなるはずです〉 苓さんの言葉に、ほっと胸のつかえが取れる。 もしかしたら、大きな証拠とはならないかも……。そんな不安があったけど、苓さんの言葉1つでこんなに安心出来るなんて。 安心した途端、私は急に苓さんに会いたくなってしまう。 今日が無理でも、明日とか。その次の日とかに会う事はできないだろうか。 私も、お父様も明日からは会社に復帰する。 仕事が終わって、苓さんと待ち合わせをして夕食でも一緒にできたら──。 そんな事を考え、私はそわつきながら電話の向こうにいる苓さんに提案してみる事にした。 「あ、あの苓さん……」 〈どうしました、茉莉花さん?〉 「明日から、会社に復帰するんですけど……もし苓さんが良ければ……一緒に夕食でもいかがですか?その、会社帰りにどこかのお店でとか、あとは家に来てくださったり、とか……!」 私の提案に、いつもだったらすぐに苓さんが言葉を返してくれるのだけど。 珍しく電話の向こうにいる苓さんが躊躇うように息を呑んだのが分かった。 「苓さ──」 〈茉莉花さん……すみません〉 「え……?すみませんって、どう言う……」 〈俺たち、暫くの間は外で会う事は控えましょう〉 「──え……、」 苓さんの硬い声が響く。 私は、信じられない気持ちで、唖
お祖父様が速水家の事を日記に記していた──。 その日記は数十年も前のもの。 私がまだ生まれる前で、お父様がまだ学生の頃の日記。 だとしたら、速水家の娘がお父様に懸想して敗れ、母子でお父様と私に復讐しているのでは。 叶わなかった恋慕の恨みを晴らしているのでは、という線は否定された。 もしかしたら、もっと昔から。 速水家は藤堂家に対して恨みを抱いていたのかもしれない。 因縁めいた物を感じ、私はぞっと背筋を震わせる。 「──苓さん、苓さんに連絡しなくちゃ……!」 私は震える手で苓さんの名前を呼び出し、電話をかける。 だけど、いつもは数コールもしない内に出てくれる苓さんが今日に限っていつまで経っても電話に出てくれない。 「れ、苓さん……?どうしたの……?どうして出てくれないの……」 普段は苓さんの優しい声がすぐに機械越しに聞こえるのに。 今はいつまで経っても無機質なコール音だけが耳に届く。 「──っ、どうして……っ」 いつまでも鳴り響く、呼び出しのコール音。 だけどやっぱり苓さんが電話に出てくれる事は無かった。 だから私は苓さんにメールを打って、送信しておく事にした。 本当はこんな大切な事、出来るなら電話で伝えたかった。 だけど、すぐに連絡を入れておいた方がいい。 私は簡潔に文章を作成すると、苓さんにメールを送信する。 「……そうよね、苓さんは今、私やお父様の代わりに新規事業にかかりっきりになっているんだもの……。物凄く忙しいはず。今も、もしかしたら会議中だったのかも……」 メールを見たら、苓さんならすぐに連絡をしてくれるはず。 だけど──。 その日は、お昼を過ぎても。夕方になっても。 苓さんから連絡が返ってくる事はなかった。 ◇ お祖父様の書斎で1人。 遺品整理をしていた私。 お父様はお祖父様の日記を見つけ、谷島刑事に報告をしに行った。 随分昔の日記だけど、もしかしたら怨恨による犯行たる証拠の1つとして認められるかもしれない。 「お父様も知らなかった情報みたいだし……、お祖父様は敢えてお父様にその情報を教えなかった……?」 どうしてだろう──。 そんな疑問が、頭に過ぎる。 お祖父様は、何か考えがあって速水家の事をお父様にも私にも伏せていたのだろう。 だけど、絶対に何かしらの理由がある。 もし、その
「すっ、すみません茉莉花さん!」 苓さんは一瞬で状況を把握すると、真っ青だったり真っ赤になったりしながら私から勢い良く手を離した。 今まであれ程ぎゅうっと抱きしめられていて、隙間もなくぴったりと苓さんとくっついていたのが嘘のよう。 苓さんが物凄い速度で離れて行ってしまって、何だか寂しさを感じてしまった。 「俺、思いっきり抱きしめて眠っていましたよね!?体痛くないですか!?」 「ふふ、大丈夫ですよ。苓さんにぎゅっとしてもらえてると安心して……ぐっすり眠れました。苓さんもちゃんと寝れましたか?」 「──……っ、は、はい!俺は十分……!」 こくこく、と頷いた苓さんは、慌ててベッドから降りると乱れた髪の毛を手櫛で整え始める。 「苓さん、今日はここから出社しますよね?ワイシャツを用意させます。スーツの替えは……ごめんなさい、用意がなくて……」 「あっ、いや、昨日茉莉花さんのお父様に着替えの準備はしてくるようにって言ってもらえていたので、着替えは大丈夫です……!」 「本当ですか?それなら、良かった。シャワーを浴びますよね?お着替えを持って行きます」 「ありがとうございます」 「いえ。こちらこそ、昨日苓さんが来てくれて嬉しかったです。ありがとうございます。食堂で待っていますから、早く来てくださいね」 私はそう告げると、苓さんに近付いて背伸びをする。 軽く苓さんの唇にキスをすると、驚く苓さんを残して私は着替えのために別室に向かった。 ◇ 食堂で苓さん、お父様と一緒に食事を摂った後。 苓さんは会社に。 私とお父様はお祖父様の遺品整理の続きに取り掛かった。 だけど、まさか会社に向かう苓さんを見送った私の姿が、記者に撮られているなんて気付かず、私は遺品整理に集中してその写真が出回っている事になんて少しも気付かなかった。 「茉莉花、少しいいか?」 「──?はい、お父様」 お祖父様の書斎で、お父様と一緒に日記を確認していた時。 お父様が1冊の日記を手に私に声をかけてきた。 振り向いた先に居るお父様の表情は、陰っていて。 何か、見つけたのだろうか──。 そんな私にお父様はお祖父様の日記をあるページで開き、私に見せてくれる。 「なんですか、お父、さま……」 お父様が見せてくれた日記。 そのページに目を落とした私は、そこに書かれている文
ぎゅうぎゅうと強い力で苓さんに抱きしめられる。 骨が軋むほど。微かに痛みを感じるほど、苓さんの抱きしめる腕の力が強い。 だけど、そんなのちっとも苦にならない。 私も苓さんの背中に腕を伸ばし、抱きしめ返す。 力を込めて必死に強い力で抱きしめていると、苓さんの腕の力が強まった。 私と苓さんは、それから言葉を交わす事なく、抱きしめ合ったままベッドに倒れ込み、抱き合いながら眠りについた。 ──朝。 窓から差し込む日の光に、私の瞼が震えた。 「──ん」 体を動かそうとしたけど、何かにガッチリと拘束されているように体が動かない。 あれ?と思って私は昨日の事を思い出す。 そうだ──。 昨夜は、苓さんが来てくれて。 そして、私と苓さんはお互い抱き合って眠ったのだった、と思い出す。 そこまで思い出した私は、ばちりと目を開ける。 すると、目の前にはすやすやと寝息をたてる苓さんの顔が至近距離にあって──。 「──っ!?」 あまりにも近い距離に、私はびっくりして硬直してしまう。 だけど、全然体が動かなくて。 私は、自分の体を見下ろすように視線を移動させた。 すると、苓さんの長い腕が私を逃がさまいとしっかり体に巻きついている。 私が起き、身動ぎしたからだろうか。 私と苓さんの間に僅かな隙間が出来ていた。 だけど、苓さんは眉を寄せ、不服そうに顔を顰めると私を抱きしめる腕に力を入れてぐいっと抱き寄せる。 「──わっ、わわっ!」 ぴったり、と。 まるでほんの隙間すら生まれるのが許せないと言うように、私と苓さんとの距離がゼロになる。 強く抱きしめられて、胸が潰れて苦しい。 「れ、苓さん……起きて、起きてください……っ」 苓さんの顔を見あげつつそう声をかける。 苓さんの目元は赤く腫れている。 昨日、お祖父様の日記を読んだ苓さん。 書かれている内容に苓さんも涙を流していたのだ──。 私は何とか自分の腕を苓さんの拘束から抜け出させると、そっと苓さんの顔──目元に触れた。 赤く染まってしまっている苓さんの目元。 そこに触れると微かに熱を持っているのが指先から伝わってくる。 じわり、と熱を持つ苓さんの目元。 お祖父様の日記を読んで、苓さんが涙を流してくれるなんて──。 私の家族の死を、こんな風に悼んでくれるなんて──。 ああ、な
「──ん、んん……?」 ズキズキ、と頭が痛みふっと意識が浮上する。 「あれ……、私……?」 もしかして眠ってしまっていた? 確か、お父様と一緒にお祖父様の遺品整理をしていたはず。 そこで、お祖父様の日記を見つけて。 その日記を読んでいたら、凄く悲しくなってきて──。 「嫌だ……泣き喚いて……疲れて眠ってしまったのね……」 お父様にも迷惑をかけてしまった。 さっきまでの事を思い出し、ベッドに起き上がる。 すると、すぐ傍から人の気配がした。 「茉莉花さん、起きたんですか?」 「──えっ、苓さん!?」 まさか、苓さんが居るなんて──。 私は、すぐ傍から聞こえた苓さんの声に驚き、声が聞こえた方向に顔を向けた。 すると、暗い部屋の中。 私のベッドに腰掛けた状態で、苓さんがそこに居た。 苓さんは手元で開いていた物を閉じると、軽く目元を拭う仕草をする。 その様子に、私は苓さんの手元を見て──。 「──あ。苓さんも、お祖父様の日記を……?」 「ええ。茉莉花さんのお父様が渡してくれました。もし良かったら読んで構わない、と言って下さって……」 そう喋る苓さんの目元が、赤く染まっている。 もしかしたら、苓さんもお祖父様の過去の日記を読んで……私と同じように泣いてしまったのかもしれない。 「まさか、茉莉花さんのお祖父様が俺の事もこんなに日記に書いてくれているなんて……思わなかったんです……」 「苓さん──……」 「俺の事を……こんな風に思って、……っ、くれているなんて……っ」 話しながら、苓さんの瞳がじわじわと潤んで行くのが分かる。 次第に苓さんの声も震えて。 そして、最後まで言葉を紡ぐ事が出来なくて。 苓さんは日記を強く握りしめ、ぐっと体を曲げた。 苓さんの肩が震えている──。 声を殺し、肩を震え、お祖父様を思って泣いてくれている姿に、私の視界が再びじわりと滲んだ。 もう、沢山泣いて涙も枯れたと思ったけど、まだまだ涙が溢れている。 「──苓さん」 私は、震える苓さんの体にそっと手を伸ばす。 すると、苓さんは涙に濡れた目で私を見たと思うと、伸ばした私の手を掴み強い力で抱き寄せられた。 「すみません……っ、茉莉花さん……、少しだけ肩を貸してください……っ」 苓さんの声が震えている。 そして、強く抱きしめられる腕の
◇ 「ああ、来てくれたか……。急に連絡してしまってすまない。君も忙しいだろうに……」 「いえ、大丈夫です。むしろ、呼んで下さって有難いです。茉莉花さんは──?」 「部屋で眠っているよ……傍についてやっててくれるか……?」 「ええ、もちろんです」 「ありがとう、すまないが頼むよ。……私は遺品整理の続きをしてくる。お祖父様の書斎にいるから、何かあったら呼んでくれ」 「分かりました」 「ああ、あと……茉莉花にこれを渡しておいてくれ。お祖父様が茉莉花と君の事をよく日記に書いている。……この日記は、茉莉花が持っていた方がお祖父様も喜ぶだろう。苓くんもよければ目を通してくれ」 「──私も、中を拝見していいのですか?」 「ああ。君ももう身内のようなものだろう?」 「ありがとうございます……!」 じゃあ、また後で。 そう口にし、片手を上げて去って行く藤堂 馨熾さん。 茉莉花さんのお父様を見送った俺は、茉莉花さんの部屋に向き直った。 コンコン、と軽くノックをする。 中から返事は聞こえないが、俺はそのまま部屋の扉を開けて中に入った。 部屋の中は暗く、茉莉花さんが泣き疲れて眠ってしまっている寝息しか聞こえない。 時刻は22時。 遺品整理をしていた茉莉花さんと、お父様がお祖父様の書斎で見つけた日記。 その日記を読んでいて、茉莉花さんは感情が昂り泣いてしまい、そして泣き疲れて気を失うようにして眠ってしまったらしい。 茉莉花さんのお父様が俺に連絡をしてくれて。 俺は慌てて茉莉花さんの家に駆け付けた。 「無理も無い、よな……。お祖父様の事、凄く大切にしていたし……茉莉花さんは大好きだったから……」 大好きな家族が亡くなってしまった。 亡くなった当初は、きっとまだ実感が湧いていなかったんだろう。 だけど、今日。 火葬して……お遺骨になってしまったお祖父様を見て。 改めて分かってしまったんだ。 実感してしまったんだ。 「──茉莉花さん」 俺は茉莉花さんが寝ているベッドに腰を下ろす。 俺の体重を受けてベッドがギシ、と軋む音が聞こえた。 だけど、茉莉花さんが起きる気配は無い。 「真っ赤になってる……」 泣き過ぎて真っ赤になってしまっている茉莉花さんの目元をそっとなぞる。 今はどうかゆっくりと眠っていて欲しい。 お祖父様がいなくな
「茉莉花さん、段差があるから気をつけてください」 「ありがとうございます苓さん」 苓さんに手を差し出され、私はその手を有難く借りた。 そしてそのまま苓さんは私の手を握り、指を絡める。 こっそりと「恋人同士だからいいですよね」と耳打ちした苓さんに、私は笑みを浮かべつつ頷いた。 店員に案内され、段差を越えて出た庭園は、素晴らしい景色だった。 よく見てみると、小さな桟橋も掛かっており、小川が流れている。
最近、あった事。 お父様とお祖父様の様子。 そして、私が会社に復職する事。 ──御影さんとの婚約が破棄になってしまった事だけは、お母様に伝える事はできなかった。 腕を擦りながら、沢山の報告をお母様にした。 小鳥遊さんとの出会いはお母様に報告出来なかったけど、それ以外の事。 一緒に仕事をする事になった経緯は報告した。 だから、必然的にお母様が日本庭園が好きな事も話に上がり、それを隣で聞い
私の質問に、小鳥遊さんはキョトンと目を丸くした後、にっこりと笑う。 「これ、じゃないですかね?」 「──え」 ひょい、と小鳥遊さんが手を上げる。 すると、小鳥遊さんが持ち上げた手につられるように、私の手も上がった。 そこで、気づく。 病室で小鳥遊さんに手を繋がれた後、そのまま私と小鳥遊さんは繋いだ手を離す事はなく、病院内を手を繋いだ状態で歩いていたのだ。 「──あっ
小鳥遊さんの気持ちは、迷惑、なのだろうか。 いえ、迷惑だと思った事は無い。 けど──。 「その、戸惑ってしまうんです……」 私は、自分の気持ちを素直に小鳥遊さんに伝えた。 「男性から、こんな風に気持ちを伝えられた事なんて、ないですし……触れ合う事も、なかったので……分からないんです」 私の言葉を、一字一句聞き逃さまいと真剣に聞いていた小鳥遊さんは、私の言葉を聞いて安心したようにほっと息をついた。 「それなら、良かったです。藤堂さんが少しでも迷惑だと思っていたら、嫌だと言われたら……控えようと思っていたんですが……」 「……あっ、ちょっと!」 小鳥遊さんは