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新しい感覚

Auteur: 中岡 始
last update Dernière mise à jour: 2025-09-14 16:51:31

カーテンの外は真夜中の闇に沈み、遠くで車が一台、湿った路面を走り抜ける音がした。それもすぐに静けさに吸い込まれ、部屋の中には二人の息と布擦れの音だけが残った。

湊は仰向けにベッドへ沈み込み、天井の影をぼんやりと見上げていた。心臓が早く打ちすぎて、耳の奥で自分の脈が波のように響く。瑛の手が腰を押さえ、その指がゆっくりと滑り降りていく感覚に、喉がかすかに震えた。

「…っ」

低く息が漏れた瞬間、瑛は動きを止めず、逆にその場所を確かめるように指先を軽く押し込んだ。そこは今まで触れられたことのない角度で、刺激が不意打ちのように全身へ駆け上がる。湊は思わず腰を引こうとしたが、肩を押さえられ、逃げ場を失う。

「初めてやな、ここ」

耳元で囁かれる声は、わざと低く落とされていて、脊髄の奥まで染み込んでくる。その響きに合わせて、指がゆるやかに動く。触れられるたび、体の奥で小さな火花が弾け、それがやがて連鎖して熱を広げていく。

湊は眉を寄せ、唇を噛みしめた。反応したくないと必死で堪えるのに、腰の奥から上ってくる震えがどうしても抑えられない。

「や…っ、やめ…」

拒絶の言葉は途中で途切れた。瑛のもう一方の手が太腿の内側をなぞり、わずかに開かせる。その距離が変わるだけで、触れられている場所の感覚が鋭さを増し、胸の奥まで痺れるような熱が走った。

「やめるわけないやろ」

短く笑った後、瑛はさらに角度を変えた。その瞬間、湊の体がびくりと跳ねる。今まで感じたことのない深いところを掬い上げられるような感覚。意識のどこかで「こんなのはおかしい」と告げる声があるのに、次の瞬間には呼吸が浅く乱れてしまう。

背中がシーツを擦り、指先が握りしめた布が湿っていく。唇から漏れる声は自分でも抑えられず、呼吸の合間に掠れる。瑛はその声を聞くたびに動きをわずかに変え、反応を確かめるように試す。まるで湊の中に隠された鍵を、一つずつ見つけ出していくかのようだった。

「知らんかったんやろ、自分でも」

そう言われて、湊は目を逸らす。図星だった。こんな反応、自分の中にあるなんて思いもしなかった。驚きと恥ず

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