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6.寵愛の国の真実(前編)

last update Last Updated: 2025-06-06 22:22:00
「葵様、何かお困りごとはございませんか?」

私の専属の侍女であるメルがいつもと変わらぬ穏やかな声で尋ねる。メルは、私の戸惑いや不安を敏感に察してくれる心強い存在だった。彼女は、私がこの世界に来て初めて信頼できると感じた人かもしれない。

「メル……あの、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

思い切ってずっと心に引っかかっていた疑問を口にした。メルはにこやかに頷き、私の言葉を待つ。

「この国では、なぜ男性が女性にこれほどまでに尽くすのでしょうか?私のいた国では、女性は男性に尽くすのが当然で、夫の成功のために尽力し子を産むことが何よりも重んじられていて、このような待遇を受けるのは、ありがたい一方で考えられないのです。」

私の言葉にメルは優しく微笑んだ。その瞳には、私を憐れむような色も嘲笑うような色も一切なく、ただただ温かい理解が宿っていた。

「葵様がおられた国と、このバギーニャ王国では国の在り方に対する考え方が根本的に異なるのです」

メルはそう前置きしゆっくりと話し始めた。

「この国では、国を豊かにするのは決してお金でも権力でもなく我々自身だと考えられています。人々が活気ある暮らしを送り、その笑顔が増えることこそが国の豊かさや発展に繋がると深く信じられているのです」

「人々が、活気ある暮らし……?」

私は戸惑いながら繰り返した。私のいた日本で「国の豊かさ」といえば、軍事力、他国との経済力などが真っ先に思い浮かんだ。人々の「活気」が国の豊かさの指標になるなど考えたこともなかった。

「はい。そして、その活気の源こそが女性であると。ご存じの通り、子どもを産めるのは女性だけです。そして、その出産は女性が自らの命を落とす危険を伴う崇高な行いです。だからこそこの国では尊い命を繋いでくださる女性たちに最大の敬意を払っているのです」

メルの言葉に私ははっと息をのんだ。子どもを産むことが命がけの行為であることはもちろん知っていた。けれど、日本ではそれは「女の務め」「嫁の役目」でありどこか当然のことのように扱われていた。

「……使命、ではないのですか?」

絞り出すように尋ねるとメルは首を横に振った。

「いいえ。この国では、子どもを産むことが女性の『使命』だとは決して考えられていません。子どもは、愛する人との間に宿る喜びと希望の証。だからこそ、愛する人の子どもだから産みたいと、女性自らが心か
中道 舞夜

愛されなかった武士の娘が寵愛の国へ転身~王子たちの溺愛が止まらない~ 尽くす側から尽くされる側へ、そして転生は偶然ではなかった? 毎日22:22に更新中!気に入って頂けたら本棚登録してもらえると嬉しいです。

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