だが妻にと政略結婚を持ち掛けられたのは、性格の悪い大帝国の皇女、アデリナだった。
ローランドは迷ったが、自国の民を思って彼女との婚姻を決める。 確かに始めは、ローランドも何とか妻を愛そうと努力した。 だが性格の悪い妻だけはどうしても愛せなかった。 その事で苦しみ、やがて心を閉ざした。数年後。
二人の間に義務として子供が産まれるが、ローランドは国を守るために、隣国の戦場へと旅立ってしまう。 そこでローランドは瀕死の重傷を負うが、ヒロインで白衣の天使=リジーに命を救われる。 リジーと触れ合い、心を通わしたローランドは、ついに本当の愛を知るのだ。ローランドとリジーの愛は、吹き消せない炎のように燃え上がった。
「許せない……!!
私以外の女を愛するなんて許さないわ…!! すぐに別れなければ、その女の大切な関係者を、一人ずつ処刑するわよ!!!」 それを知ったアデリナは、自分の所有物を奪われたと怒り狂い、二人を引き離そうと過剰なまでの妨害や嫌がらせを繰り返した。 だがローランドとリジーの絆は深くなるばかりで、ブチ切れたアデリナはついに母国の兵を引き連れて、夫の治める国に反旗を翻した。 アデリナの母国マレハユガ大帝国と、クブルク国の全面戦争が始まったのだ。嫉妬に狂った母親のために、息子のヴァレンティンは王である父と戦争をする事になる。
最終的にアデリナは破婚されて身を滅ぼし、最愛の息子ヴァレンティンは、最後までリジーとの愛を貫いた自分の父親、ローランドによって殺害された…
……って悲劇すぎん?
……タイトルが確か。
【愛を貫いた白衣の天使と氷の王】っていう不倫恋愛ロマンス小説だったよね?
何で小説投稿サイトの素人作品に出てきた、性格の悪い妻アデリナに、私が憑依してるの?
しかもまだ未完成作品だったじゃない!!!今の段階だと確か、二人が政略結婚して一年後くらいだよね。
だけどそれなら、既にローランドはアデリナに対して不信感しかないはず……! しかも私の最推しのアデリナの息子、ヴァレンティンに至ってはまだ妊娠すらしてないじゃない! 会いたかったな、ヴァレンティン! でもそっか。何か分からないけど、憑依してしまったものは仕方がない。 それより、この最悪なバッドエンドを一体どうするべき?考えて。
物語やゲームの悪役に憑依してしまった主人公達なら、こんな時どうする? やっぱり、バッドエンド回避を目指すのが鉄則だよね! それなら私も夫との仲を友達程度に回復しておいて、ヒロインが現れたら快く譲ればいいんじゃない? いや、その前に遊んで暮らせるお金を稼いでおいたり、隣国の王子に溺愛されたりすれば? って……え?ちょっと待って待って待って。
夫のローランド王は既に、アデリナに対して冷え切ってるんだよね? そんな人に好かれようと、媚び売りながら生きるなんて無理じゃない? こっちもそれなりの年齢だし、プライドが許さないというか。それにヒロインが現れるまでにって。
……ヒロインが現れて、夫が横から奪われていくのを見守れって?そんなドロ沼、現実だけで十分なんですけど!隣国の王子が人妻を溺愛?
本物の小説の住人じゃあるまいし、そんな都合のいい展開あるわけない! つまり自力で救われる以外に、私が助かる道はないって事だよね! うん………バッドエンド回避のために即離婚しよう!レーヴェン一味は残虐で、ローランドの側近達は前もって色々準備した方がいいとか言っていたが、私にはそうしなくても十分にルナールを説得する自信があった。 だから下手に小細工せずに真正面から堂々と行ってやろうと思っている。 ただその交渉に必要な、とある事は現在調査中だけど。 「アデリナ。せめて交渉が無事に終わるまでは身分は隠しておけ。 これは命令だ。分かったな?」 ローランドが気難しい顔をしながら、しつこくそう言ってきた。 ◇ 私達は、二名の側近以外の騎兵達を、万が一の時の為に周辺にこっそりと待機させておくことにした。 山間にあるルナール達のアジトは狭い入り口以外厳重に鉄柵で囲ってあり、また所々にいかにも山賊といった感じの見張りが立っていた。 山賊達は、堂々と正面からきた私達をすぐに取り囲んだ。 彼らは小説で出てきた、闘剣と呼ばれていた野太い剣をちらつかせる。 両手を上げて無抵抗だとアピールすれば、意外と紳士的な男達は私達を中へと連行した。 門を潜れば城の要塞のような建物が見えてきた。 遂に目的のルナール達がいるアジトに突入成功である。 「頭領、変な男女が頭領に会いてえと。」 「あ?………誰だお前ら。」 その人物は中の一番豪華な部屋の椅子に座っていた。 ついにルナール登場! 白に近く、不思議な魅力を感じさせる、横に束ねた肩までの髪。 少し優し毛な印象の垂れ目。 鼻筋が綺麗で唇の形も綺麗。 顔は凄く若々しい。今は私達を警戒して睨んでるから雰囲気は怖く感じるけど。 小説ではルナールの確かな年齢は登場しなかったが、若いという描写はあった。 今は男のふりをしているが、綺麗さが全然違う。 うわあ。本当に美人すぎない!? 男の格好してるけど、女だって事は分かってる! ルナール!アデリナに続く、ローランドに泣かされる不憫第二号! つまり私とルナールは同志……! 上手く友達に
吊り下がっていたランプを下ろして枕元に配置し直す。互いの顔が煌々と輝いて見えた。 ローランドは私と一緒の寝床に少し離れて横になる。 だが、こちらを見ながらまた今夜も私の名を呼ぶ。 毎回のように胸がギュンとなる。 「ローランド……あなた。 それ無自覚でやってるんですよね? また今夜も熱出す気ですか?」 「無自覚……? いや、熱は確かに済まないと思ってる。 こんな体質私だって嫌だ。」 そう素直に謝られても。 最近、本当にローランドの態度が軟化したような。 でも単に政略結婚の相手だからだよね? 自国民を守るため。 仕方なしに子作り宣言もしたんでしょ? 原作と同じで。 私はヴァレンティン目的だから利害が一致してるけど……あんたはいずれリジーを愛するようになるんだし。 しかも強引に側に引き寄せといて、ローランドは私の手を握る。 ぎゃ!何それ!どういう意味があるの? 私を油断させておいて殺すとか、そういう? 照明の灯りだけでも十分にローランドの顔が見える。 何を考えているのかは分からないが、横向きでこちらをジッと物言わず見つめている。 さっきまで冷え切っていたのにローランドに握られた手がじんわりと温かくなっていく。 さすがは良く熱を出す男だ……! 「おやすみ、アデリナ。」 「おっ、おやすみぃなさい?」 ローランドはのそりと起き上がり、私の額にキスをしてまた元の位置に戻った。 今度こそ仰向けになり数秒で寝息を立てる。 私の手はしっかりと握ったまま。 ……え。何今の。 今の何サービス………!!? 私はローランドのファンじゃないけど、ファンサ的な…&
訝し気な顔をして、フサっとローランドが一本に束ねていた銀の髪を解いた。 肩より下まである長い髪。 吊るされたランプの灯りに照らされて、絹糸のようにキラキラと光る。 この前から思っていたけど、ローランドの髪って何か宝石みたいに綺麗。 この国にトリートメントなんかないのに、何でそんなサラサラで纏まってるの? それが男主人公の特権なの? そういうの本当羨ましい。 「ローランドの髪って綺麗ですよね。」 「……触ってみるか?」 背中を見せていたローランドが、髪を持ち上げながら、私の方に視線を送った。 「え?いいんですか?」 「構わない。」 「え、じゃあ……お邪魔します?」 広い肩幅に広がる、ローランドの髪。普段は薄水色に見えるが、こうやってランプの光に当たると、また違った色に見えてくる。 そろそろとローランドの背後に周り、後ろの毛を何本かすくって手に乗せた。 「うーん。本当に綺麗。手触りもいいし。」 「お前の髪も綺麗だ、アデリナ。」 「そ、そう?青みがかった黒髪なんて地味じゃないですか?」 「いや、そんな事ない。少なくとも私は気に入ってる。」 「お、オホホ。お世辞をどうもありがとうございます?」 「お世辞ではない。本当にそう思っている。」 「も、もうっ、ローランドったら!このっ、この〜っ!そうやって色んな女の心を弄んでっ! そういうとこですよ!全く!」 「え?私は一度も女を弄んだつもりは…… というか痛いんだが。」 私は照れ隠しで、ローランドの背中をバシバシと叩いた。 よく考えたら、私、恋愛経験は翔一人だけだったし、こうやって男から褒められた事も少ない。 だからそう素直に言われると、困るというか。 それなのにローランドってば。 これだから無自覚モテ男は!
ルナール。 物語の中で何度か登場する、ローランドの長年に渡る宿敵。 だが実はその正体は、男装した女性……! しかも何とルナールは、その土地を占有している狡賢い貴族=フィシによって滅ぼされた、先住民・ソーカル一族の生き残りなのだ。 あの土地は亡くなったルナールの両親、それに一族が眠る場所。 何としてもそれを取り戻したいルナールは山賊となって人々を脅かし、奪還を狙っている。 だがやがてそれは国土を荒らし、人々を苦しめる山賊としてローランドの頭を悩ませるようになり、この二人は何度も剣を交えて戦っている。 しかもこのルナール……。女である事を隠しながらローランドと何度も戦っているうちに、彼にすっかり惹かれてしまうという、何とも報われないサブキャラなのだ。 敵にも関わらなずローランドに不用意に優しくされたり、その優しさに触れてドキっとしたり。 ローランド。あんたも何、無自覚に国を脅かす敵を甘やかしてんのよ? 同情なんかしてたら惚れられて当たり前じゃない!このおバカさん! でも結局、ローランドにはその時すでにリジーという恋人がいて、ルナールは好きだと言えないまま討伐によって命を落とした。 言わばルナールはヒロインのリジーに嫉妬させる為だけの脇役!! アデリナに続く不憫第2号さんなのである。 だからローランド!あんたってば何て罪作りな男なの? とにかくルナールに関してある秘策を思いつき、実行に移そうとしているわけだが。 ローランドが交渉に着いて来るなんて想定外だ。 しかも野営する度に…夫婦だからと同じテントで寝るとか。 とにかくいくら騎兵隊とはいえ、そう簡単に国境近くまで着くもんじゃない。 一日中走りっぱなしだった馬は休ませたり餌をあげなきゃいけないし、勿論自分達だって食事したり休息が必要だ。 夜は兵達が火を焚き、交代で見張りをする。 そのほかは周囲の獣や山に潜むレ
……しかも何かおかしい。 実はこの前の未遂の夜からずっとこう。 積極的に夜は自分の宮に来るように言ってくるし、なんか知らないけどベッドに誘ってくるし、堪らない色気で誘惑してくるし。 あれは一体何?罠? とにかくもうローランドの色気がやばくて辛いのよ! でも毎回お約束のように熱を出すからヤれないし……! こっちはもう欲求不満で爆発しそうなんですけど! もう熱あるローランドを無視して寝込み襲おうかな!っていうくらい辛いんですけど! 女に性欲がないと思うなよ…! 女にだって欲は………………ある!!! 「それで、アデリナ。お前はどうしてレーヴェン一味の情報を知っているんだ? 確かにあの日捕らえた一味の一人がアジトを吐いたが、なぜお前がそれを知っているんだ。」 国境近くのメレフという町の山間部に、彼らレーヴェン一味のアジトがある。 私と騎兵隊とでそこを目指し、最速となる狭い山道をゾロゾロと歩いていてきたのだが。 愛馬の背に私を乗せたローランドは、人を後ろからギュウギュウと抱きしめるようにして手綱を引き、疑り深い目で質問攻めしてくる。 やっぱりそうなるよね。 何て誤魔化そうかな? 「お、オホホッ。い、いやですわ、ローランド。 私を誰だと思って? これでも一応王妃ですよ?私だって国の困りごとの一つや二つ関心がありますし、情報収集だってしますよ。 び、びっくりしました?」 暫く人を吟味するように見つめた後。 「………そうか。」 ローランドはお得意の短い一言を発して、プイッと目を逸らした。 って……… 今のいい加減な説明で信じるんかーい! ありがとね? と
それにはまず、ローランドを仕事から解放して、ゆっくり休ませないとね! ……と思って意気揚々と出発したのに。 「ローランド?なぜ貴方まで?え?国は? 仕事は?」 「大丈夫だアデリナ。王宮には影武者を置いてきたから。」 影武者とかいるんかーい! 全力ツッコミを心の中で開催する。 私も私で思い立ったら、即行動。 レーヴェンの頭領との交渉を提案した。 何人かの優秀な騎兵隊メンバーを拝借して、レーヴェン一味の本拠地を目指すことに。 だがそこには、私の馬に相乗りするローランドの姿があった。 ……え、だから何でよ? そういえば最近、ローランドが、ライリーやあの奴隷達のことで、私を庇ってくれたことがあった。 「王妃陛下は、奴隷少年達を買い漁り、密かに精鋭部隊を作っていたそうですね!?」 「王妃陛下は、謀反を起こす気だったのですか!!」 「陛下、どうか王妃陛下の調査を!!」 広い会議室。大勢の大臣達《偉そうなおっさん達》が、ライリー達のことで、一斉に私を責め立てる。 そんな中で口を開いたのは———ローランドだった。 「あの部隊は、私がアデリナに命令して特別に作らせたものだ。 それで、間違いないな?アデリナ。」 「………!!」 何でも正直に本音を話した効果なのか。 中央席に座るローランドが、皆の前で私を庇い、しかも擁護までしてくれたのだ。 「っ……はい……!」 「聞いたか? よってあの少年達の部隊は、私が直々指揮し、正式に国の精鋭部隊として育てる事にする。」 「そんな………!!!陛下!もっとちゃんと調査を!」 そう訴えた相手に、ローランドは睨みを効かせた。さすがは氷の王。 こんな風に睨まれたら誰だって無理っ!てなると思う。 「くどい…!!あの部隊は私の部隊だ。 よってこの件はこれで終いだ。 その後の王妃への不服は、私への不満と見做す。せいぜい発言には気をつけるんだな。」 ローランドは、私に強い不快感を持つ大勢の大臣達を、一瞬で黙らせた。 the・瞬殺。男主人公強すぎ。 そんなわけで私は、面倒臭いおっさん達の攻撃を逃れた訳だけど。 何で王まで着いてくるかな……! ローランドを休ませたいからこうして来たのに! 本人が来てどうするのよ! 休みなさいよ、この社蓄体質バカ! ま