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支配者の刻印〜愛を知らない獣が借金オメガを溺愛する〜
支配者の刻印〜愛を知らない獣が借金オメガを溺愛する〜
Author: ひなた翠

第一話「幸福の絶頂」

Author: ひなた翠
last update Petsa ng paglalathala: 2026-03-13 16:24:39

 スマホの画面に表示された「合格」の二文字を見つめながら、僕は何度も瞬きを繰り返した。信じられない気持ちと、じわじわと込み上げてくる喜びが胸を満たしていって、思わず声が漏れた。第一志望の国立大学に合格した事実が、まだ夢のように感じられて現実味がない。

 リビングのソファに座ったまま、僕はスマホを握りしめた。画面が揺れて見えるのは、手が震えているからだと気づき、深呼吸をする。冷たい空気が肺を満たし、ゆっくりと吐き出すと少しだけ落ち着いた気がして、もう一度画面を確認した。

(合格してる。見間違いじゃない)

 鼓動が早鐘のように打ち、頬の筋肉が勝手に緩んでいくのがわかる。嬉しさが全身を駆け巡り、涙が溢れそうになって慌てて目元を押さえた。

(そうだ! 篤志に連絡しなくちゃ)

 メッセージアプリを開いて、メッセージを送る。里見篤志は同じクラスのクラスメートであり、高校三年間苦楽を共にし、そして僕の初恋の相手である。

『合格したよ!』

 返信は驚くほど早く届いた。僕の第一志望の大学の合否が今日だと知っていて、待っていてくれたのかもしれない。

 篤志は昨年の十一月には推薦で、私立大学への進学が決まっていた。もう勉強しなくていいのに、僕の受験勉強に親身に付き合ってくれたいい奴だ。

『おめでとう、柊。すごいじゃないか』

 篤志からの祝福の言葉に、胸が熱くなる。通う大学は違うが、四月から同じ大学生になれるのだと思うと嬉しかった。

 さらにメッセージには続きがあると気づいて、僕は視線を下にする。

『実は、ずっと言いたかったことがあるんだ』

 数秒ほどしてから、画面に新しいメッセージが表示されて、僕の目が大きく見開いた。

『柊のことが好きだ。付き合ってほしい』

 篤志からの告白に頭が真っ白になる。

『柊の大学が決まったら、すぐに告白するって決めてた。返事は急がないから』

 ずっと片想いをしていた相手から、まさか告白されるなんて思ってもみなくて、現実感がない。合格の喜びと告白の驚きが一度に押し寄せてきて、呼吸困難になりそうだ。

『僕も篤志が好き。付き合いたい』

 そう返事を返すと、篤志からハートマークのついている嬉しそうなスタンプが送られてきた。

 スマホを胸に抱きしめたまま、僕はソファに倒れ込んだ。

(僕たち――両想いだったんだ)

 天井の白い壁を眺めながら、全身が温かくなっていくのを感じる。大学合格と、初めての恋人。人生でここまで満たされた瞬間があるなんて、想像もしていなかった。

     ◇◇◇

 翌朝、目覚まし時計の音で目が覚めた。いつもより早く目覚めたのは、昨夜の興奮がまだ残っているせいだろう。ベッドから起き上がって伸びをすると、身体が軽くて気分がいい。

 顔を洗って髪を整え、制服に着替えるとキッチンへと向かう。朝食の準備を始めると、程なくして弟が部屋から出てきた。

「おはよう、お兄ちゃん」

 弟の歩が眠そうな顔で現れて、椅子に座る。十歳の弟は小さな身体をしていて、同年代よりも少し身体が小さい。僕と同じオメガだ。

 華奢で儚げな容姿は、父によく似ていた。僕はどちらかと言うと、父よりも産みの親であるアルファの男性に似ていると言われる。

 名前は知らない。会ったこともない。つかず離れずな関係を何度も繰り返し、僕と弟の歩を産んだ。今も連絡を取り合っているのかさえも、わからない。

「おはよう。よく眠れた?」

「うん」

 短く答えて、歩は大きなあくびをした。僕はトーストを焼きながら、フライパンで目玉焼きを作る。歩の分の牛乳をコップに注ぎ、テーブルに運んだ。

「今日は何の授業があるの?」

「算数と国語と、体育」

 歩が眠そうに答えて、牛乳を一口飲む。僕はトーストが焼けたのを確認して、バターを塗ってから歩の皿に乗せた。目玉焼きも添えて、自分の分も用意する。

「体育は好き?」

「まあまあ。でもサッカーは楽しい」

 歩が少し表情を明るくして、トーストを齧った。僕も自分の朝食を食べながら、弟の様子を眺める。父がいない朝は静かで、二人だけの穏やかな時間が流れていった。

 父は夜の仕事をしているから、朝はいつも不在だった。ホストとして働いている父の生活リズムは、僕たちとは真逆で、朝に顔を合わせることはない。僕たちが学校に登校した後に帰宅して、時間が合えば一緒に夕食を食べてから出勤している。

 親子らしい会話や、外出は少ないがそれでも僕たちを育てていくために、一生懸命に働いている父の姿は誇らしい。

「お兄ちゃん、大学受かったんでしょ?」

 歩が突然言って、僕の顔を覗き込んだ。

「うん。受かったよ」

「すごいね」

 歩が口角を上げて、僕も釣られて笑ってしまった。

「ありがとう」

「お父さんに言った?」

「メッセージだけ送ったよ。今日、帰ってきたらちゃんと話すつもり」

 朝食を食べ終えると、歩は歯を磨きに洗面所へ向かった。僕は食器を洗って片付け、歩のランドセルが玄関に置いてあるのを確認する。

 歩が準備を終えて玄関に来ると、僕はランドセルを背負う背中を眺めた。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 歩が元気よく玄関を出て行くのを見送った。

     ◇◇◇

 高校に着くと、職員室に向かった。久しぶりの登校は、胸を弾ませる。特に今日は、嬉しい報告を担任にしにいくと思うと、足取りも軽くなる。

 先生に声をかけると、書類を睨めっこしていた担任が顔をあげた。

「柚木か。どうした?」

「合格の報告に来ました」

 そう告げると、教員は満面の笑みを浮かべて僕の肩を叩いた。

「おめでとう! 第一志望だったな」

「はい、ありがとうございます」

 他の教員たちも祝福の言葉をかけてくれて、胸の奥が温もりで満たされた。何人かの教員と話をしてから職員室を出ると、教室に向かう。

 三年生は自由登校期間に入っていて、教室は誰もいなかった。静まり返った廊下を歩いていると、自分の足音だけが響いて妙に大きく聞こえた。

 教室の扉を開けると、一人だけ座っている人影が見えて僕は驚いた。窓際の席に座って、こちらに視線を向けている篤志がいて、胸の鼓動が速くなった。

「篤志……」

 名前を呼ぶと、篤志が立ち上がってこちらに歩いてきた。明るい茶髪が朝日に照らされて、優しい茶色の瞳が僕を捉えている。

「合格の報告に来ると思って、待ってたんだ」

 篤志がそう言って微笑み、僕は顔が火照るのを感じた。昨日告白されたことを思い出し、心臓が激しく鳴り出した。

(会えるなんて思ってなかったから……緊張する)

 恋人同士になってから初めて顔を合わせる瞬間に、緊張で手のひらが汗ばんだ。

「ありがとう」

 声が少し上擦ってしまう。篤志が微笑むと、席を立って僕に近づいてきた。吐息がかかるほどの距離に立ち、見上げると篤志の顔がすぐ近くにあった。

(格好いいなあ)

「柊」

 名前を呼ばれて、返事をする前に唇が塞がれた。柔らかくて温かい感触に、目を見開く。篤志が僕にキスをしている。

生まれて初めてのキスに、頭が真っ白になった。

 ほんの数秒だったと思うが、やけに長く感じられた。篤志が僕の顔を覗き込んで、少し心配そうな表情を浮かべている。

「ごめん。驚いた?」

「う、うん……」

 正直に頷くと、篤志が優しく笑った。

「初めて?」

「……うん」

 耳の奥まで熱くなって、顔全体が燃えているような気がする。篤志が僕の頬に手を添えて、親指で優しく撫でてくれた。

「俺も初めて」

 篤志がそう言って、少し照れたような表情を浮かべる。二人とも初めてのキスで、お互いに緊張していたのだと思うと、少しだけ気持ちが楽になった。

「一緒に帰ろうか」

「うん」

 短く答えて、僕は篤志と並んで教室を出た。廊下を歩きながら、時々篤志の手が僕の手に触れて、その度に電流が走ったような感覚がある。誰もいない廊下で、二人の足音だけが響いていた。

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