LOGIN7月3日、東央区役所前の公衆電話は、庁舎の北壁に3台だけ残っていた。
僕は中央の受話器を取り、凪は2メートル離れた植え込みの脇に立った。頭上の庇には監視カメラがあるが、電話機の内側に画面はない。
10円玉を入れ、佐伯家の代理人になった田辺一樹(たなべ かずき)弁護士へ電話した。
「映像と記録を、紙の説明書と一緒に送ります」
「電子送信は?」
「相手ごとに違う警告が出ます。受け取れたかも確認できません」
「原本は手元に残してください。会って封印しましょう。複製は届いた時刻と封の状態を記録します」
受話器を置くと、硬貨が1枚戻った。
それから11日間、僕らは証拠を6系統に分けた。
6月1日の未編集映像原本は、田辺弁護士の目の前で封印し、そのまま預けた。検証用の複製は書留と別の運送便に分け、報道機関の記者にも直接渡した。合計6か所。受取人、時刻、封の状態、重量を紙に残した。
郵便局の壁面スクリーンは、【虚偽情報を含む記録媒体の送付は処罰される場合があります】と警告した。窓口の職員は禁制品でないことを確かめ、表示を伏せて消印を押した。
翌日、報道機関の1社から、封筒が空だったと電話が来た。こちらの控えには重量28グラムが残っている。田辺弁護士が計量記録を保全し、別便の受領も確認した。空の便は失敗系統として外し、同じ照合番号の複製を田辺弁護士の管理下で作り直した。別の報道社へ直接手渡し、受領時刻と封の状態を確かめて、最終的に外部6か所へ戻した。
征一郎はスクリーンを支配できても、手から手へ渡った6系統を一度には消せなかった。父の設計にある2つの監査保全庫とは別に、人が証拠を守る経路ができた。
7月13日の夜、美紀から固定電話があった。
僕は自宅の台所で受話器を握り、母は食卓の向こうに座っていた。
「遼くん。図書館に、防災表示確認端末があるの」
区立図書館は指定避難所で、美紀は以前から防災表示確認を担当していた。災害時に共通表示を確かめ、避難経路の誤りを報告する仕事だった。
「起動には使えません。確認だけのはずです」
「通常はね。でも、誤った表示が人の命を奪う時は、現場から緊急停止を申請できる」
「やったら、佐伯さんの仕事が」
「仕事はまた探せばいい」
美紀の声は、翔の映像を3度見た時と同じだった。
「翔は帰ってこない」
僕は返せなかった。
「あなたがひとりで背負うことではありません。私が確認した事実を、私の名前で送ります」
頼んで選ばせたのではなかった。美紀は自分の職務で見たものを、自分の責任で申請すると決めた。
母が食卓越しに手を伸ばし、僕の握っていないほうの手を包んだ。
「私も、見ないふりをしたくない」
「危ないと思ったら戻って」
「戻る」
「約束できないことを、簡単に言わないで」
母は食器棚の引き出しから、父が使っていた小さな方位磁針を出した。父は僕が中学生の時に病気で亡くなっている。キャンプへ持っていった傷だらけの品だった。
「スクリーンが消えても、北は消えないから」
僕は受け取った。針は少し震え、台所の窓とは反対を指した。
「帰ってきたら、全部話す」
「帰ってきてから約束して」
母は笑わなかった。それでも、僕の鞄へ方位磁針を入れた。
……
7月14日、午後4時10分。
東央大学西側の搬入口で、僕は道路の反対側にある閉店した喫茶店の軒下へ立った。凪は1つ先の角で、紙の地図を広げている。
片桐教授が門の内側へ現れた。守衛が詰所へ戻った隙に、先生は格子の間から薄い封筒を差し出した。
僕は受け取らなかった。
「光都に映像を渡しましたね」
「ああ」
「倫理委員会へ回すと言った」
「回すつもりだった。先に共同研究先へ事故情報を共有するよう、契約で決められていた」
「僕には言わなかった」
「止められると思った」
先生は眼鏡を外した。
「光都から、君の入構停止を求められた。断れば研究費を止め、私が警告ログを知っていたことも公表すると言われた」
「知ってたんですか」
先生はうなずいた。
「個別表示が歩行速度を上げすぎる事例を、昨年見た。危険値の手動補正も。しかし、正式運用では改善されると自分に言い聞かせた」
「翔が死んでからも?」
「君の映像を渡した時、自分の地位を守った」
謝罪の言葉はなかった。言って済むと思っていないのだと、僕は受け取った。
封筒には、共同研究の保守鍵、署名した陳述書、光都から大学へ送られた表示条件変更票の写しが入っていた。今の告白と同じ内容が、先生の署名で残されている。
変更票は、東央第3区の住民を政治傾向別に分けていた。
【無党派推定層 治安不安素材を優先】
【政権支持層 事故減少実績を優先】
根拠欄には、首相政策担当秘書の電子決裁番号があった。政府は、誰にどの事実を見せるかを先に決めていた。
「共通表示層を開くには、これが必要なんだろう」
「渡せば先生も処分されます」
「もう大学へ報告した。研究室は封鎖される」
僕はようやく封筒を取った。
「許せません」
「それでいい」
「でも、証言は使います」
先生は格子の向こうで頭を下げた。
僕は背を向けた。許さないことと、差し出された責任を受け取ることは、同時にできた。
午後4時18分、凪と合流した。
「遼くん、予定より3分遅い」
初めて名前で呼ばれたが、立ち止まって確認する時間はなかった。
僕らのスマートフォンと未編集映像原本は田辺弁護士に預けてある。凪は父の古い腕時計と、中継所で使う作業用メモリだけを封印袋に入れて持った。僕の鞄には片桐の封筒、紙の地図、方位磁針があった。
大学から防災表示中継所までは、普通なら徒歩25分だ。僕らは大通りを避け、商店街の裏道を北へ進んだ。
スクリーンのある角では表示を見ず、道路標識と建物の番地を確かめ、宅配便の運転手に川への方向を聞いた。
不便だった。それでも、道は消えなかった。
工事中の歩道橋で、光の矢印は閉鎖された階段へ僕らを誘った。
僕は方位磁針を掌へ載せた。川は東。紙の地図では、100メートル南に古い地下道がある。
凪は腕時計を見た。
「回ると4分遅れる」
「閉じた階段は通れない」
「そうね。紙には工事が載ってない。でも、嘘もつかない」
僕らは南へ向かった。地下道の壁には落書きと避難標識が残り、足音がふたつ分だけ響いた。
午後4時32分、古い市場の街頭スクリーンが僕の顔へ変わった。
【神崎遼 危険行為予備者】
買い物客が一斉にこちらを見た。僕に向いた面には【接触せず通報してください】。凪の位置から読める面には、別の赤い文字が流れていた。
「私には、あなたが武器を持ってると出てる」
僕は鞄を地面へ置き、両手を上げた。
「中は紙と鍵だけです」
誰に向けて言ったのかわからなかった。
市場の魚屋が店先の段ボールを持ち上げ、スクリーンから僕の顔を隠した。
「北へ行くなら、次を右だ」
店主は僕を見ず、氷の箱を片づけながら言った。
隣の青果店も、値札の板をスクリーンへ立てかけた。
「早く行きな」
僕は鞄を拾った。
「ありがとうございます」
信じると言われたわけではない。ふたりは自分の目で鞄を見て、スクリーンに従わないと決めたのだ。
午後4時41分、巡視機が2機、裏道へ入ってきた。
凪と僕は走らなかった。早足にならないよう歩幅をそろえ、紙の地図どおりに右へ曲がった。スクリーンが示す近道は、行き止まりの再開発区画へ続いていた。
「父の事故も、避難路がふたつに分かれた」
「同じことをしてる」
「だから見ない」
僕らは肉眼で川沿いの給水塔を探した。その根元に、低いコンクリートの建物がある。
午後4時58分、防災表示中継所へ着いた。
正面扉の右に保守鍵の読取り部があった。僕が封筒の鍵を差すと、黄色いランプが点いた。
同じ時刻、美紀は図書館の防災表示確認端末から、自分の名で緊急停止申請を送った。
午後5時ちょうど、ランプが緑へ変わった。
【自治体防災鍵 東央区防災系統】
【現場確認者 佐伯美紀】
【保守確認者 片桐誠】
【共通表示層 起動待機】
扉が開いた。
その上の小さな画面に、征一郎の顔が現れた。
【神崎遼を、危険行為の即時制止対象に指定】
11月3日の朝、大学前交差点を囲っていた白い工事幕が外された。南西角の文具店は閉店し、シャッターに【長い間ありがとうございました】と書かれた紙が貼られていた。道路の向こうにコンビニ、右手に大学の南門。位置は6月1日と同じだった。違うのは、足元だった。路面ディスプレイは撤去され、横断歩道には白い塗料とざらついた舗装材が敷かれていた。停止線の手前には、スマートフォンを見るための四角い区画が3つ。表示ではなく、青い塗料で囲まれていた。区画の脇には紙の案内板が立っていた。【スマートフォンを利用する時は、ここで立ち止まってください。利用は任意です】命令ではなく、使い方だった。僕は南西角に立ち、大学から正式に借り直した旧型カメラを肩から下げていた。隣に凪、その向こうに美紀と莉子がいた。「緊張してる?」凪が聞いた。「少し」「渡らなくてもいい」「渡る」信号が赤から青へ変わった。音響信号が鳴り、歩行者が動く。足元に矢印は出ない。残り秒数も、個人の歩幅も表示されない。僕は1歩目を出した。6月1日、翔が立っていた対岸を見る。配達用の自転車も、手を上げる姿もない。2歩目で、体が止まりそうになった。美紀が僕を追い越さず、横に並んだ。莉子は反対側へ回り、凪は半歩後ろを歩いた。誰も腕を引かなかった。
7月14日の夕方、僕と凪は老人に教えられた道で駅へ向かう途中、パトカーで来た警察官に保護された。田辺弁護士へ連絡し、東央警察署へ同行した。夜をまたいだ7月15日の午前2時、僕は署内の会議室にいた。長机の片側に僕と凪、反対側に田辺弁護士と刑事がふたり。窓のブラインドは閉じられ、壁のスクリーンには白い布が掛けられている。逮捕ではなく、保護と事情聴取だと説明された。それでも廊下には制服警察官が立ち、僕らは自分の判断で外へ出られなかった。「中継所への立入りは、正規鍵で承認されています」田辺弁護士が書類を机へ置いた。「佐伯美紀の緊急停止申請、片桐誠教授の保守確認、図書館の防災表示確認端末と中継所の操作記録。破壊された設備もありません」刑事は黙ってページをめくった。「ただし、目的外使用の疑いは残ります」「人が撃たれる表示網を止める申請が目的外かどうか、先に調べてください」凪の声は低かった。僕は長机の木目を見ていた。63秒が終わってから、体の震えが止まらない。怖かったのだと、今になってわかった。刑事のひとりが、白い布を少し持ち上げた。「武器運用は、午前0時に全国で停止されました。今日から始まる予定だった屋外スマートフォン所持許可制も、施行凍結です」「法律は?」「残っています。凍結は廃止ではありません。政府が運用命令を止めただけです」僕は顔を上げた。「巡視機は撃たない?」
防災表示中継所の扉を抜けると、幅の狭い階段が地下へ続いていた。僕が先に下り、凪が扉を閉める。地下1階の短い廊下には3つの部屋があり、中央の制御室だけ緑の非常灯が点いている。右側の壁一面に表示卓、左側に通信盤。僕は表示卓の前へ座り、凪は廊下側の扉を背にした。午後5時0分12秒。共通表示層の待機時間は、あと48秒だった。「証拠媒体」凪が封を切り、作業用メモリーを僕へ渡す。「原本じゃない」「原本は弁護士。照合番号は最後の18秒」僕は表示卓の読取り部へメモリーを差した。画面に4つの枠が並ぶ。【未編集映像 15秒】【危険度変更記録 15秒】【個別表示比較 15秒】【証拠照合・管理通信 18秒】合計63秒。廊下の天井で警報が鳴った。【危険行為者が施設へ侵入しました】「正規鍵で入った」凪が画面へ言った。【退去してください。30秒後に制止を開始します】「遼くん、押して」表示卓の中央に、物理ボタンがせり上がった。赤ではなく、災害標識と同じ橙色だった。僕は右手を置いた。翔の映像が頭に浮かんだ。スマートフォンを見る。顔を上げる。僕を見る。倒れる。
7月3日、東央区役所前の公衆電話は、庁舎の北壁に3台だけ残っていた。僕は中央の受話器を取り、凪は2メートル離れた植え込みの脇に立った。頭上の庇には監視カメラがあるが、電話機の内側に画面はない。10円玉を入れ、佐伯家の代理人になった田辺一樹(たなべ かずき)弁護士へ電話した。「映像と記録を、紙の説明書と一緒に送ります」「電子送信は?」「相手ごとに違う警告が出ます。受け取れたかも確認できません」「原本は手元に残してください。会って封印しましょう。複製は届いた時刻と封の状態を記録します」受話器を置くと、硬貨が1枚戻った。それから11日間、僕らは証拠を6系統に分けた。6月1日の未編集映像原本は、田辺弁護士の目の前で封印し、そのまま預けた。検証用の複製は書留と別の運送便に分け、報道機関の記者にも直接渡した。合計6か所。受取人、時刻、封の状態、重量を紙に残した。郵便局の壁面スクリーンは、【虚偽情報を含む記録媒体の送付は処罰される場合があります】と警告した。窓口の職員は禁制品でないことを確かめ、表示を伏せて消印を押した。翌日、報道機関の1社から、封筒が空だったと電話が来た。こちらの控えには重量28グラムが残っている。田辺弁護士が計量記録を保全し、別便の受領も確認した。空の便は失敗系統として外し、同じ照合番号の複製を田辺弁護士の管理下で作り直した。別の報道社へ直接手渡し、受領時刻と封の状態を確かめて、最終的に外部6か所へ戻した。征一郎はスクリーンを支配できても、手から手へ渡った6系統を一度には消せなかった。父の設計にある2つの監査保全庫とは別に、人が証拠を守る経路ができた。7月13日の夜、美紀から固定電話があった。
6月21日、湾岸部の光都展示館は、海へ突き出した半円形の建物だった。正面階段の両側に水盤がある。僕と凪が近づくと、水面に金色の道が現れた。【高瀬凪様 お帰りなさい】凪は足を止めた。「帰ってない」僕の側には、別の案内が出ていた。【神崎遼様 奨学金特別面談はこちら】「申し込んでない」「ここは、同意前に登録される仕組みなの」凪は水盤を見ず、中央の階段を上った。征一郎は最上階の都市展示室で僕らを待っていた。曲面ディスプレイには10年後の東京が映っていた。「神崎さん。孫がご迷惑をおかけしました」「私は孫として来たんじゃない」「もちろん。優秀な記者として招いた」白い長机には、僕の入構権限停止通知、翔の公式記録、旧図書館の使用申請が並んでいた。昨日までの行動が、紙に印刷されている。「監視していたんですか」「公共設備の安全を確認しています。あなたはその設備に、強い関心をお持ちだ」征一郎は椅子を勧めたが、僕らは座らなかった。原記録と測定端末は持ち込まず、胸元の小型カメラだけを入館前から回していた。征一郎はレンズへ一瞥を送り、「記録はご自由に」と言った。外へ出せないと考えているようだった。「翔の危険度を変えたのは、光都本社にある端末のはずです」征一郎は銀色のカフスへ触れた。
旧東央図書館は駅北口から徒歩12分の住宅街にあった。新館ができた2年前から、灰色の3階建ては資料保存庫として使われていた。館内にシティレイヤーのパネルはなく、携帯電波も弱い。表示に誘導されず、外から映像を見られる心配も少なかった。6月11日の朝、凪は学内新聞の取材名目で、1階奥の閲覧室を借りた。右に書架、左に大窓。天井灯はつけず、白い朝の光だけが机の上へ伸びていた。「最初に決める」凪は【原記録】【作業用】【外部保管】と書いた3つの封筒を並べた。「原記録には触らない。複製で作業して、誰が何時に触ったか紙に残す」「僕を信用してるのか」「してない。だから手順を決める」凪は作業記録表に午前9時12分と書き、カメラとメモリーカードの番号も記した。手順のおかしい証拠は、内容までおかしいと攻撃される。「ひとつの映像に、別々の角度から見た表示を入れる」僕は小型カメラを固定し、その左右40センチに小型ミラーを置いた。凪が金属製のブックエンドで角度を固定する。左右の反射像を、同じ録画画面に並べる仕組みだった。鏡が少しずれるだけで片方の表示が消えた。正午までかかって完成した装置は小学生の工作のようだったが、同じ時刻の異なる表示を1本の映像で比べられた。……午後、僕らは駅の地下通路で録画を始めた。大型広告パネルの正面に装置を固定し、床へ僕と凪の立ち位置を紙テープで示す。2枚の鏡には、同じ表示面が別々の角度から入った。僕らが入れ替わっても、カメラと鏡は動かさなかった。左の鏡には、凪への旅行広告。右の鏡には、僕への警告記事。【危険思想の拡散