Share

決心

Author: エチカ
last update publish date: 2026-07-27 19:15:46

 ジェイドは物言わぬネロを連れてバロー領へと入った。

 港はかつてのデルメール領のように賑わい、国軍は国境付近に大きな砦を構えている。

 他国からの移民も多く、紛れるには苦労しない土地ではあるが、ジェイドはローブを被ったまま歩いた。

「ネロ、先に宿場へ行こう」

 ただ頷き返すネロは、右手で行き先を指して歩き出す。

 彼はこの土地に詳しく、道案内兼護衛として連れて来た。

「東の風は乾いているな……」

 南に位置するデルメールとは違い、湿度がなく乾燥している。

 色とりどりのテントやはためく輸入物の反物が、賑やかさに拍車をかけていた。

 宿場へと荷を下ろし、ジェイドはすぐさま地図を広げる。

 目的はバロー領で密かに“生産”されているアンドールの子供達だ。

 証言して貰えれば一番良いが、彼らを保護する事が出来ればやりようはいくらでもある。

 ネロが地図の一か

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   決心

     ジェイドは物言わぬネロを連れてバロー領へと入った。 港はかつてのデルメール領のように賑わい、国軍は国境付近に大きな砦を構えている。 他国からの移民も多く、紛れるには苦労しない土地ではあるが、ジェイドはローブを被ったまま歩いた。「ネロ、先に宿場へ行こう」 ただ頷き返すネロは、右手で行き先を指して歩き出す。 彼はこの土地に詳しく、道案内兼護衛として連れて来た。「東の風は乾いているな……」 南に位置するデルメールとは違い、湿度がなく乾燥している。 色とりどりのテントやはためく輸入物の反物が、賑やかさに拍車をかけていた。 宿場へと荷を下ろし、ジェイドはすぐさま地図を広げる。 目的はバロー領で密かに“生産”されているアンドールの子供達だ。 証言して貰えれば一番良いが、彼らを保護する事が出来ればやりようはいくらでもある。 ネロが地図の一か所を指してこちらを見た。「ここから入るのか?」 ネロは頷き、地図上を指で辿りながらある一点で止める。 そこはバロー領の玄関口とは違う、裏手の小さな海岸だった。「ここから船を?」 ネロは頷き、唇をゆっくりと動かして見せる。 彼がリゼルとレヴィンを連れて屋敷に現れた時から、数年。 彼の為にジェイドは読唇術を覚え、彼との会話を可能にして来た。「船をつけてあるのか」――こちらから脱出します「分かった。夜を待って向かおう」 ネロはコクリと頷いて、しっかりとこちらを見る。 元々、彼はバロー伯爵の部下として従軍していた軍人の一人だった。 だがバロー伯爵に迎合しなかった事で、アンドール達の監視員として地位を剥奪され地下へ送られた。「早く帰ら

  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   火種

    「ベル様、今日はいかがしましょうか?」 リゼルがいつものように支度を手伝いながらそう聞いて来る。 あの晩以来、何もする事が無く部屋で軟禁されているようなものだった。 許可されているのは部屋のテラスから出られる庭と、近くにある書庫だけ。 皇太子に言われた言葉たちは日増しに重みを増していく。「書庫に行って借りて来た本をお庭で読みましょうか」 ラヴェルの脳内は皇太子との婚約話をどう回避するかでいっぱいだが、リゼルにそれを悟らせたくなかった。 自分が皇太子妃になれば、全ては丸く収まる。 ジェイドも、デルメール領の民も、何も失わずにいられるのかもしれない。 自分がジェイドを手放せば――そこまで考えて、また振出しに戻る。 ラヴェルは首につけた夜境石のネックレスを無意識に握った。 支度の間、部屋の外で待たせていたランベルトは「どちらへ?」と短く問う。「書庫に本を取りに行くだけよ。貴方はお茶の用意を誰かに頼んでくれないかしら?」「かしこまりました」 本来なら護衛に頼む事でもない。 だが、先日のリゼルの件があってラヴェルは彼女をむやみに一人で歩かせたくなかった。 部屋から書庫へ行く途中、人の声が聞こえてラヴェルは足を止める。 後ろから付いて来ていたリゼルがすかさず一歩前に出て、様子を窺う。「お父様、勝手に入っては叱られてしまいますわ」「何、迷ったと言えば良い」 若い女性と、低い男性の声だ。 部屋に引き返すか、否か、迷っている内に彼らが突き当りの角から姿を現した。「……ここは皇太子殿下の居城だというのに、どこのご令嬢かな?」 体格のいい軍服を纏った男は、そう言ってこちらを不躾に舐めるように見る。 その隣には可憐を絵に描いたような少女が、似合わない赤いドレスを着せ

  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   聖女

     上着もはおらず軽装のまま姿を見せた皇太子は、リゼルの怪我を聞きつけて見舞いに来たらしい。「ベル、侍女の怪我の具合はどうだ?」「殿下、恐れ入ります。本人は大丈夫だと……」「こちらの通達が遅れたばっかりに、すまなかった」「いえ……」 ラヴェルは殊勝な皇太子の態度に、反論も出来ずただやり過ごそうとした。 傍に立って首を垂れるリゼルは、きっとまだ痛いままだというのに……。「少し、話せるか?」 そう言った皇太子は、こちらではなくランベルトとリゼルの方へと視線をやる。 暗に“出て行け”と言いたいのだ。「では、我々は外で待機しております」 こちらの返答も聞かずにランベルトはリゼルを連れて部屋を出る。 仕方ない。 この状況では、皇太子を拒否する事は出来ない。「何のお話でしょうか? 殿下」「まぁ、そう急くな」 皇太子はソファに腰掛け、足を組み、対面に座れと促す。 若い後継者ではあるが、ラヴェルはこの男を侮るほど世間知らずにもなれなかった。 夜会では礼儀的に声を掛け合う程度、仲良く話した記憶もあまりない。「侍女には悪い事をした。後で詫びを贈ろう」 詫び、といいながら表情が詫びているように見えない。 でも彼にはそれが許されるだけの権力がある。「いえ、その様なお心遣いは無用です」「その内、私の婚約者が城内に招かれていると噂になるだろう」「左様でございますか」「ベル」 名を呼ばれて顔を上げると、皇太子が前のめりに肘をつき見つめている。 嫌な予感がした。「何でございましょう?」「君はとても美しいな」「はぁ……恐

  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   傷跡

     一方その頃、セルジオは皇太子の私室にいた。「計画通りだな、ナハト」「そうですね。しかしこれからが本番です」 そう言うと、皇太子は「ふん」と鼻で笑う。「ベル嬢が男爵を裏切るとは思えません」「しかし、男爵を質に取れば、彼女も言う事を聞くだろう」「こちらの裏切りがバレたら、一巻の終わりですよ」「あんな南の辺境まで行ったんだ。必ず手に入れてみせるさ」 そう言った皇太子に無言のまま敬礼し、セルジオは部屋を出る。 ジェイド・デルメールは野放しに出来ない。 まだ何かを隠し持っているのではないか? そう思わせる程、用意周到な男でもある。 流れの情報屋のふりをして近づいたが、結局最後まで信頼される事もなかった。 皇太子の私室から軍の詰所へと向かう途中、大きな声が聞こえてセルジオは足を止める。「跪けッ! 動くなッ!」 声の方へと歩いて行くと、下級の兵士がお仕着せを着た小さな侍女を捕まえて声を荒げている。「お前は何処から入った⁉ 何者だッ! 言わんかッ!」 兵士は持っていた警棒で、彼女の大腿部を強く叩いた。 セルジオは見兼ねて声をかける。「おい」「……これは、ナハト大尉! お戻りになっていたのですね」「お前は何をしている?」 兵士は男爵家の侍女リゼルの片腕を、引っ張り上げたままだ。「この怪しい者が場内をうろついておりまして」「いや、俺今、お前に何しているか聞いたよな?」 セルジオは軽い調子の言葉とは裏腹に、しっかりと兵士を見て問い返した。「ふ……不審者に尋問しておりました」「放してやれ」「ですがっ……」「殿下の客人の侍女

  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   碧いドレス

     翌朝、目が覚めると隣にはもうジェイドはいなかった。 裸のまま半身を起こすと、体中に彼が付けた所有の証が朝陽で良く見える。「……着替えないと」 リゼルを呼びつけ着替えを用意して貰ったが、明らかな事後にリゼルに手伝って貰うのも気が引けた。「自分で出来るわ」「ダメです」 間髪入れず断ったリゼルは無表情のままコルセットを持って待機している。 おずおずと恥ずかし気に寝台を出たラヴェルは、大人しくリゼルの前に立った。 ジェイドはバロー領へと早朝に出発したらしい。 起こしてくれたらよかったのに、と思いながらも、黙って出て行く所がジェイドらしいとも思える。「本日のドレスは旦那様がお選びになりました」 リゼルがそう言って出して来たのは、美しい碧いドレスだ。 まるで人魚の鱗の様にシルクの生地が幾重にも重なって揺れ動く。 首元まで隠れるクラシカルなデザインで、昨夜咲いた花達はしっかり隠せる。 自分の瞳の色を纏わせて、他の男の婚約者を演じさせる所も、彼らしい。 一年前なら困惑していたかもしれない。 でも、今なら分かる。 ジェイドの熱を全身全霊で受けた今、何も疑う余地はない。 昨晩の余韻がドレスの内側に仕舞われる頃――。 部屋の扉がノックされ、リゼルが扉へと向かう。「おはよう、侍女殿」 声の主はセルジオらしい。「レディをお迎えに上がりました。殿下が馬車でお待ちです」「お待たせしてしまっているのね。リゼル、行きましょう」 身を翻し部屋を出たラヴェルたちを待っていたのは、豪奢で大きな馬車だった。 乗り込むと皇太子はもう暇そうに頬杖をついて、車窓の外を眺めている。「おはようござ

  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   碧夜の夜 Ⅱ

     そこから先はもう、ただお互いに空いた隙間を埋める。 唇から、掌から、互いの熱を奪い合う。 ジェイドは乱雑にラヴェルのドレスを剥ぎ取り、背中で編み上げられたコルセットを器用に解く。 伸びたラヴェルの髪が絡まないように、ゆっくりと指を滑らせ、撫でた。 その間にラヴェルはお前も脱げ、と言わんばかりに性急にこちらの服を脱がせる。「ジェイド……」 ラヴェルは露になった胸板に甘えた猫のようにすり寄って来る。 きっとこの皇太子の件で自分を売られたと誤解した事だろう。 でもそれでいい。 その不安があったからこその、今なのだから。「ラヴィ……腰が細くなったな」「毎日締めてたらそうなるわ」「でも綺麗だ」 夕日に染まったような美しい髪も、飴色の瞳も、昔から変わらない。 自分が十三で領地を背負い、ローゼン家という大きな後ろ盾を失った暗い時代に、たった一つ瞬いていた星。 社会からの信頼、他者を傷つけない良心、善悪の境界。 ジェイドが色んなものを失う中で、暗い航路を導いていたのがラヴェルだ。「お前だけは絶対に誰にも渡さない」 着衣を全て剥ぎ取ったラヴェルの肢体は、暮れる夕日を浴びて色付く果実のようだった。 首につけた夜境石のネックレスだけが残り、まるで所有の首輪のように見える。 ジェイドも裸体となって白い寝台に彼を押し倒し、彼の膝の間に割って入った。 期待に勃ち上がり始めた彼の欲棒を、優しく指で撫ぜる。 下から恍惚と見上げたラヴェルは、薄らと微笑み返して来た。「あまり見ないで」 そう言ってラヴェルは少し顔を背ける。「何故?」

  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   仄暗い瞳

    「ぐえっ――! げほっ、げほっ――!!!」 ラヴェルは必死に目を開け、直後に海水を激しく吐き出した。  肺が引き裂かれたように痛む。  呼吸の一つ一つが拷問だった。 「ゔっ……」 「ラヴィ様っ! お

  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   落ちる薔薇

     ラヴェルは、自分があとどれだけ持ちこたえられるのか分からなかった。 海水が無数の手のように、彼の鼻や口を引き裂く。  肺に流れ込み、空気のひと欠片まで押し出していく。 視界は閉ざされ、四肢も縛られている。 ラヴェルは誰かに捨てられた石のように、ゆっくりと真っ暗な底へ沈んでいった。 これが、ローゼン公爵家の嫡男の末路なのか? 二十分前まで、彼は王都で最も豪華な夜会にいて、クリスタルのグラスを手に、皆からの祝いの言葉を受けていた。「ラヴェル様、ご立派になられて」「ラヴェル様は王家からの期待も大きいですからな」 偽りの笑顔、追従の言葉。  彼はただ早く家に帰って、夜会服を脱ぎ

  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   貴方の秘密

    「生まれ変わる?」 起き上がれる様になり、初めて食堂で一緒に晩餐をとった夜。 ラヴェルはジェイドにそう聞き返した。「えぇ、そうです」「ど、どう言う意味だ……?」「ラヴェル・ローゼンとしての全てを捨てて、別人としての人生を歩むのですよ」「別……人……。しかしっ……」「では、他に方法が?」 そう言われてラヴェルは唇を噛む。 ローゼン家の嫡男として追われている自分が、怪しまれずに外へ出るには、それしかない

  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   掬い上げる手

     ジェイドは出先から帰って来てリゼルとラヴェルの会話を扉越しに聞く。 巷では公爵家の嫡男が王家の秘密を持って逃走した――と派手に吹聴されていた。 「さて、どうするか……」 ジェイドが幼い頃はまだデルメール家が貿易の拠点として栄えていた。 王家御用達の宝石商として栄華を誇るローゼン家と、輸出入を担うデルメール家は懇意にしており、二つ年下のラヴェルとは幼馴染として過ごした時間もある。 だがデルメール家は十年ほど前にとある事情で、衰退の一途を辿る事になった。 静かに、沈殿するよう

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status