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第5話

作者: ころころおなか
それとともに、美優はテーブルの角に腰を強く打ち付けられ、あまりの鋭い痛みに、冷や汗が噴き出た。

顔面蒼白になった美優を見て琉生は一瞬たじろいだが、すぐに凪の泣き声に気を取られた。凪が手のひらから血を流しているのを見ると、さっき抱いたはずの後悔などどこへやら、消えてなくなっていた。

琉生は激怒し、怒鳴りつけた。「美優!いつになったら分別のつく大人になるんだ!ピアニストの命である手を傷つけるなんて、君は嫉妬で人の未来を奪おうとするほど、心が鬼なのか!

凪はこれまで見てきた中で最も才能がある子なんだ。未来ある彼女の人生を、君の薄汚い嫉妬心で台無しにする気なのか?これじゃ、彼女の命を絶とうとするのと変わらないんだぞ!」

琉生は美優に弁解の隙も与えず罵り続けると、そのまま彼女の前で凪を抱きかかえて部屋を出て行った。

去っていく二人を呆然と見送った美優は、自分の手を見て息をのんだ。そこには、凪の血がこびりついていた。

ふと近くの監視カメラに視線をやり、自嘲気味に微笑んだ。

結局、琉生は自分を嫉妬深い女としか思っていないのだ。

洗面所へ向かおうとした美優だったが、哲平に行く手を阻まれた。

「奥様、旦那様からのご指示です。今日の行いに対する罪滅ぼしとして、庭で跪いて反省するようにとのことです」

美優はきっぱりと言い放った。「やっていないことに反省なんてしないわ」

そう言って哲平を追い抜き、階段を上ろうとした。

しかしすぐに使用人たちが現れ、力ずくで引きずり戻されると、彼女は庭の地面に跪かされた。

美優は必死に立ち上がろうとし、叫んだ。「放して!私は何もしていない!なぜ私が凪のために膝をつかなきゃいけないの!」

だが哲平が合図すると、使用人たちは美優の両腕を背後からしっかりと押さえつけ、身動きひとつできないようにした。

「奥様、私どもは旦那様に従うだけです。指示があるまで立ってはなりませぬ」哲平は冷たくそう言うと、離れた場所から見張った。

そして美優が抵抗するほど腕にかかる力は増し、骨が折れそうな激痛で冷や汗が止まらなくなった。

やがて抵抗する気力さえ消え失せ、泥のように崩れ落ちた美優は、激痛に耐えながら荒い息をついた。

抵抗をやめた美優は、ただ静かに跪き、瞳からは一切の感情が消えていた。

どのくらい時間が経っただろうか。哲平が台所で生姜スープを詰めて出かける姿や、別の使用人たちが洗濯物を病院へ運ぶ姿がぼんやりと目に入った。

意識が朦朧とし、目の前が霞み始めた頃、哲平がクッションを持ってやってきた。

「奥様、旦那様より、お腹のお子様のためにこれを使うようにと」

美優は何も答えない。もともと虚弱体質の上、丸一日何も口にしていない身体は、限界を迎えていた。

使用人たちの手を借りてクッションの上に移動しても、跪く姿勢を維持するのがやっとだった。

程なくして、ついに意識が途切れ、美優はその場に倒れ込んだ。

だが、駆け寄ろうとした哲平をある使用人が止めた。「どうせ仮病ですよ。旦那様を騙した前科があるでしょう?それに武田様を傷つけた罰なんだから、下手に手を出さないでください」

すると哲平は悩んだ末、その言葉を受け入れ、見て見ぬふりをすることに決めた。

それから3日が経った。病院から戻った哲平が、庭で一向に動かない美優を見つけて異変を察した。

美優の体が凍りつき、青白い顔をして呼吸さえ止まっているのを見て、哲平は顔を青ざめさせ、慌てて他の者たちを呼んで美優を病院へと運んだ。

一方、知らせを受けた琉生は心臓が止まるかと一瞬思った。だが、凪の容態もあって離れられず、哲平に監視と報告を命じるしかなかった。

そして、それを聞いた凪は手を強く握りしめ、いつもながらの優しい目元に一瞬冷徹な笑みを浮かべた。

まさか美優、そんな姑息な真似で琉生の気を引こうとするなんて。

そう思って凪も気分が悪いと演技を続け、琉生に全身検査につき添うよう求めた。

自分がこれほどまで大切にされているという事実に、凪は悦に浸った。

美優なんて、家柄がいいだけの何ひとつ取り柄のない女なのだ。

片や、丸一日眠り続けた美優は、わずかに腕を動かしただけで身体中に走る激痛に目覚めた。

痛みで顔をしかめながら身を起こそうとした時、巡回に来た看護師が部屋に入り、美優を支えてくれた。

「目を覚まされたんですね!すぐにご主人に知らせてきます!」と看護師は嬉しそうに駆け出した。

美優は無意識に引き留めた。今の琉生にはどうしても会いたくなかったのだ。何か適当な理由をつけて看護師を下がらせた。

そしてふらつく足取りで、美優はトイレへと向かった。

途中の病室の前を通ったとき、見慣れた後ろ姿が目に入り、足が止まった。

琉生が、熱い料理を丁寧にふーふーと冷まし、「熱くないよ」と優しく言いながら、スプーンを凪の口元へ運んでいた。

器の温もりで真っ赤になった琉生の手を見て、美優は目が逸らせなかった。

昔、自分がうっかり熱いスープを出して琉生の手にほんの少し熱いのが触れた時、彼は豹変して怒鳴りつけた。「これくらい気遣いができないのか?この手は命以上に大事なんだ」と。

それ以来、美優は琉生の手を誰よりも徹底的に気遣ってきた。

今の彼を見れば、あの大事な手も、凪のために火傷するのはなんともないらしい。

美優は淡々と視線を外し、再びトイレの方へ歩き出した。

部屋に戻る途中、病室から出てきた琉生とすれ違った。彼の手はまだかすかに赤くなっていた。

琉生が、感情のこもっていない美優の冷ややかな目を見て、喉の奥が引き締まるのを感じた。そして、「いつ目が覚めたんだ、なぜ教えてくれなかった?」と声を枯らした。

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