Masuk「あうっ……」
「体に触れられた、というのは、間違ってはないが、正確な表現じゃないな。体の中も触れられたというべきだ」 鷹津の指を受け入れてそれほど時間が経っていないため、和彦の内奥はひどく脆く、感じやすくなっている。無遠慮に指を突き込まれ、クチャクチャと湿った音を立てて掻き回されると、一度は押さえ込もうとした肉欲は簡単に開花し、官能という蜜が溢れ出す。「――鷹津に、ねちっこく弄られたようだな。熱くなって、俺の指をグイグイ締め付けてくる。だが……鷹津のものを咥え込んではない」 付け根まで挿入された指が蠢き、和彦はシーツを握り締めて腰を震わせる。これは、愛撫ではない。賢吾は、和彦の内奥を検分しているのだ。「こんなことしなくても、わかるだろっ……」「俺が知っている鷹津は、組が与えた〈女〉を平気でいたぶって、抱くような男だった。一度どん底を味わって変わったのか、それとも、先生が特別なのか。……ここまで念入り「今日の会合は、その花見会の打ち合わせのためだ。いろいろと準備しておきたいものもあるしな。せっかくここまで足を伸ばしたんだから、いつもとは違う人間と一緒に歩きたかった。まあ、あんたにしてみれば、強面のでかい男たちに囲まれて、多少息苦しいだろうが」 ここで頷くわけにもいかず、和彦は曖昧な表情を浮かべる。逃げ場を探すように視線をさまよわせ、再び桜の木を見上げていた。「この世界のことをほとんど知らないぼくが、あなたの隣を歩いていていいのか、という気もします……」「知らないから、いいんだ。わしは話し好きだ。いままでは千尋がいたんだが、あれもすっかりこの世界のことを知った気になって、今ではわしの長い話を聞きたがらん」「千尋らしいです」「これからは、実地でいろいろと覚えさせる時期だ。わしが元気なうちにな」 ここで守光が前方を指さす。茶屋が出ており、すでに総和会の人間が席を取っていた。「少し座って休憩しよう」 守光の言葉に、和彦は素直に頷いた。** 板の間の窓を開け放った和彦は、手すりを掴んで思いきり身を乗り出す。山間にある旅館だけあって周囲を木々に覆われ、自然のカーテンとなっている。 フロントで部屋の鍵を受け取って、きれいに手入れされた庭の小道を歩き、そこから階段を上がり、離れに続く渡り廊下を通るという、少し手間のかかる移動を経て、この部屋に辿り着いた。手入れの行き届いた和洋室で、洋間に置かれたベッドはダブルだ。周囲の環境もあって、落ち着いてゆっくりと過ごせそうだ。 ちなみに、庭を挟んだ向かいに、守光が宿泊する部屋がある。 露天風呂がついているという贅沢な離れの部屋を、すべて総和会で押さえてしまったのは、やはり安全のためだろう。旅館を貸切にしたようなものだ。呼ばない限り旅館のスタッフも離れには近寄らないそうで、渡り廊下を歩く人間は、ほぼ総和会の人間ということになる。 守光はささやかな観光のあと会合に出かけ、先に旅館に戻ったのは、和彦と、護衛としてつけられた男一人だけだ。旅館を出ないでくださいと言われたが、言い換えるなら、旅館内は自由に歩き回れるということだ
和彦はつい穿った見方をしてしまい、一瞬あとには、そんな自分を恥じた。仮にそうだとしても、圧力云々は関係なく、和彦は自分の意思で選択した。「……こんな言い方をしたら失礼かもしれませんが、気分転換をしてみたかったんです。普段生活している場所から、離れてみたかったというか……」「あんたの場合は、複雑な人間関係から距離を置いてみたかった、というところか」 表情の浮かべようがなかった。複雑な人間関係の中には、守光の息子と孫も含まれているのだ。二人から逃げたがっていると受け止められるのが怖かった。 守光はちらりと唇に笑みを刻むと、自分が選んだ団扇と、和彦が手にしていたブックカバーと扇子を取り上げる。「あのっ――……」「わしと一緒にいる間、あんたは自分の財布を出さなくていい。わしの顔を立てるためだと思って、任せてくれ」 ここまで言われて断れるはずもなく、和彦は頷く。しかし、他に何か欲しいものはないかと言われて本気で困った。「遠慮はいらない。あんたはもう、〈わし〉の身内だ」 和彦の背を駆け抜けたのは冷たい感触だったが、同時に、無視できない疼きもあった。 こうして守光に同行して、何事もなく気楽に旅行が楽しめるとは毛頭思っていない。和彦はあることを予期したうえで、それでもこうしてついてきたのだ。 強い力には逆らわず、巧く身を委ねる。守光は、和彦にその姿勢を貫くことを求めており、おそらく試してもいる。 支払いを済ませた守光に袋を差し出され、礼を言って受け取る。和彦はサングラスをかけて店を出ると、今度こそ守光と並んで歩く。 総和会の男たちに四方をがっちりとガードされて歩くと、悪目立ちするうえに、あからさまに奇異の視線を向けられるか、目を逸らされるのだ。居心地が悪くて仕方ないが、守光に〈身内〉と言われてしまっては、否が応でも慣れなくてはならないのだろう。 辺りを睥睨するわけでもなく、ただ慎重に注意を払っている男たちの中にいる自分は、果たしてどんなふうに見られているのだろうか――。 ふとそんなことを考えた和彦は、自嘲気味に唇を
かぶっていた帽子を取った和彦は、髪を掻き上げる。気候のよさのせいだけではなく、春が近づいてきている証拠か、思いがけず気温が高い。歩いているうちにすっかり汗ばんでしまった。 石畳の通りを歩く人たちに目を向ければ、地元住民と観光客の違いが服装に出ているようだ。観光客は持て余し気味にコートやジャケットを腕にかけているが、地元の人たちはすでに春らしい軽装だ。 春が近づいているどころか、ここはもう春が訪れているのだ。 和彦は改めて、ここが旅先なのだと実感する。柔らかな風も、空気の匂いも、見渡せる風景も、何もかもが今暮らしている地域とは違う。 これが一人旅なら、どれだけ肩の力を抜いて楽しめただろうか――。 和彦は深刻なため息をつくと、帽子をかぶり直して歩き出す。有名な寺が近くにあるという場所柄か、通りに並ぶ土産物屋も落ち着いた雰囲気を醸し出しており、店先に出ている商品も、渋いものが多い。 特に何か買うつもりはなかった和彦だが、藍染め商品を扱う店が目につき、ついふらふらと中に入る。サングラスを外してざっと店内を見て回る。 ブックカバーが気に入り、数種類の柄を選んでから、次に扇子に目移りする。いままで扇子など使ったことはないのだが、賢吾がせっかく春に合わせて着物を一揃いあつらえてくれたこともあり、何か一つぐらい、着物に合いそうな小物を自分で揃えてみようかと思ったのだ。 和彦が扇子の一本を手に取ろうとしたとき、隣にスッと誰かが立つ気配がした。「――それは、自分で使うのかね?」 いきなり話しかけられ、飛び上がりそうなほど驚く。隣を見ると、守光が身を乗り出すようにして扇子を眺めていた。さきほどまで、和彦よりずいぶん先を歩いていたはずだが、わざわざ引き返してきたようだ。 店の入り口のほうに目をやると、スーツ姿の男たちがこちらをうかがいつつ、外で待っていた。「あっ、すみません。勝手に動き回って……」「かまわんよ。なんといってもわしは、あんたを〈観光旅行〉に連れてきたんだ。こういうところで買い物をしないと、旅行の醍醐味がないだろう」 守光から悪戯っぽく笑みを向けられ、和彦はぎこちなく応じる。
車が、里見の勤務先が入っている大きなビルの前を通るとき、和彦は意識して他へと視線を向けていた。出勤ラッシュの時間帯にはまだ少し早いが、歩道を歩く人の姿は次第に増えてきている。歩く人の中に里見の姿はないか、つい探してしまう。たまたま車で通りかかり、出勤している里見の姿を見ることなど、ほぼ不可能に近いだろう。それは承知のうえだ。 そして当然のように、里見の姿を見出すことはできなかった。 失望はなかった。むしろ当然のことだと受け止めたし、心のどこかで和彦は安堵もしていた。 朝早い時間から開いているというパン屋に着くと、和彦一人が店内に入る。手ぶらで車に戻るわけにもいかず、トレーとトングを手に、並んでいるパンを選ぶ。 どうせなので、本宅の組員たちの分も買っておこうと思い、目につくパンを片っ端からトレーにのせていて、ふと顔を上げる。店は通りに面しているため、ガラスの向こうを歩く人の姿が見えるのだ。「えっ……」 和彦は小さく声を洩らし、硬直する。通りを歩く、自分そっくりの顔立ちをした男が視界に飛び込んできた。その男は銀縁の眼鏡をかけており、怜悧な雰囲気に拍車をかけている。 見間違うはずもなく、それは和彦の兄――英俊だった。 あまりに予想外の人物を見かけ、心臓が止まりそうな衝撃を受けた和彦だが、数瞬あとには激しく鼓動が打ち始める。動揺から、足が小刻みに震えていた。 英俊に見つかるかもしれないという本能的な恐れから、棚の陰に身を隠す。 なぜこんな場所に英俊がいるのかという疑問は、すぐに氷解した。 英俊に続いて和彦の視界に入ってきたのは、里見だった。小走りで英俊に追いついて何事か話しかけ、英俊が歩調を緩める。二人は並んで歩いていった。たったそれだけともいえるが、和彦にとっては強烈な光景だった。 里見と英俊はかつて、同じ省庁の課内で働く上司と部下だったが、里見は現在、民間企業に勤めている。なのに朝から二人が一緒にいる理由が、和彦には思いつかなかった。 里見と佐伯家は現在もつき合いがある。それは事実として受け止められる。里見が、和彦たちの父親の命令に逆らえないという立場も、理解できる。なのに、里見と
** 送って行くという中嶋からの申し出を断り、雑居ビルの前まで、組の車に迎えにきてもらう。 後部座席に乗り込んだ和彦は、朝早くからすまないと組員に謝る。手間を考えれば、秦の部屋からクリニックへと直接向かえば楽なのだが、仕事上、身だしなみはきちんとしておきたい。それに気分的なものとして、情事の痕跡はしっかりと洗い流しておきたかった。 和彦はシートにもたれかかると、ぼんやりと外の景色を眺める。 慣れないベッドで眠ったせいか、体が疲労感を引きずっている。それでも悪い気分ではなかった。自分の淫奔ぶりに自己嫌悪に陥るぐらいはしてもいいのだろうが、相手が中嶋と秦ともなると、後ろ暗い感情を持つのは違う気がする。もう、そんな殊勝さを大事に抱え持つ時期は過ぎてしまった。 綺麗事で肯定するつもりはなく、賢吾の許可の下、男と関係を持つのは、和彦にとって生活の一部なのだ。そうやって、限られた自分の世界と生活を守り、より居心地のいいものにしている。 ここでふと、行為の最中に中嶋に語ったことを思い出す。 里見と関係を持っている頃、和彦にとっての世界とは、佐伯家の自室がすべてだった。小さな世界からどうすれば解放されるか、そんなことばかりを考えていた気がする。 この瞬間和彦は、魔が差したようにこう思っていた。 里見の姿を見たい、と。 思考は一気に目まぐるしく動き始め、ハンドルを握る組員にこう声をかけていた。「マンションに戻る前に、ついでに寄って行きたいところがあるんだ」「どこですか?」「――パン屋」 和彦が細かい住所を告げる。ついでに、というにはかなり遠回りとなる場所だが、異論を挟むことなく組員は進路変更した。 鷹津から、里見に関して調べた内容はすべて、報告書という形でメールで送ってもらった。その報告書には出勤時間から退勤時間まで記載されており、普段の言動からは想像もつかないが、鷹津の性格の細かさが表れているようだった。何より、有能だ。人を使ったにせよ、短期間で和彦が知りたかった以上のことを調べ上げてきたのだ。 おかげで和彦は、里見に知られることなく周囲をうろつくことが可能になる。
思いがけず苦々しげな秦の口調がおかしくて、つい和彦は笑ってしまう。「つまり中嶋くんは、秦静馬という男に、そこまでのフォローは最初から期待していないということだな。さすが、君のことをよくわかっている」「ひどい言われようだ……」 肩をすくめた秦が立ち上がる。まだ何も身につけていない後ろ姿を見て、反射的に和彦は視線を逸らす。理屈ではなく、秦の体は中嶋のものだと咄嗟に思ってしまったのだ。「――中嶋の側にいてやってください。わたしはこれからちょっと、仕事の電話をしないといけないので」 手早く服を着込んだ秦が、携帯電話を片手に部屋を出ていく。ドアが閉まるのと同時に、眠っていると思っていた中嶋がパッと目を開いた。いつから起きていたのかは知らないが、和彦と秦の会話を聞いていたのは確かなようだ。「君の恋人は薄情だな。ことが終わったら、さっさと仕事の電話をしに行ったぞ」 和彦がわざと意地悪く言ってみると、中嶋は食えないヤクザの顔でこう答えた。「照れているんですよ、あれで。外見も言動も甘い人だけど、中身はそうじゃありませんから。いざとなると、人をどう甘やかしていいかわからないんです」「……どうして君があの男じゃいけないのか、わかった気がする。秦にとって、君じゃないといけないんからだな」 素直に感心して見せると、中嶋は短く声を洩らして笑った。「買いかぶりですよ、先生。俺と秦さんの関係は、映画や小説のように素敵なものじゃない。気が合ううえに、互いに利用し合う価値があって、今日確認できましたが、運よく体の相性も合ったというだけです」 それだけ合えば十分だろうと、和彦は心の中でそっと呟く。すると突然、中嶋が体を起こしたかと思うと、次の瞬間には和彦にのしかかってきた。「先生にも同じことが言えますね」「何、が……?」「俺と気が合って、互いに利用し合う価値があって、体の相性も合っている」「……君の主観だな。ぼくが同じことを思っているとは限らないだろ」 素直に賛同するのも癪で、ささやか
** 二階にある千尋の部屋に上がり、ベッドに倒れ込むと、会話を交わす余裕もなく互いの服を脱がし合い、すでに汗ばんでいる素肌を擦りつけ合う。 和彦は、未熟な蛮勇を奮おうとした千尋をまず労うため、しなやかな体に覆い被さり、滑らかな肌をじっくりと舐め上げる。浮き上がった腹筋に舌先を這わせ、柔らかく吸い上げてから、胸の突起を口腔に含むと、千尋がくすぐったそうに笑い声を上げる。 だがそれもわずかな間で、和彦が絶えず唇と舌を動かし続けると、次第に切なげな息遣いとなり、微かに声を洩らし始める。そんな千尋に引き寄せられて顔を上げると、有無を言わさず
**** 賢吾の言葉は、危険な罠だと思った。再び和彦と三田村が手でも握り合っていたら、待ちかねていたように非情な罰を与えてくるのだ。 ヤクザにとって、組長というのは絶対の存在だ。かつて三田村は、飼い主に逆らうことはしないと言っていた。三田村にとっての飼い主とは、もちろん賢吾で、三田村はその賢吾の従順な飼い犬だ。 賢吾は、飼い犬の忠誠心を試しているのかもしれない。 書斎にこもってずっとパソコンに向き合い、必要な書類を作成していたが、気を抜くとすぐに、賢吾から言われた言葉を思い返していた。
男に突き飛ばされてよろめいた和彦の体を、すかさず千尋の腕が受け止めてくれる。威嚇するように睨みつける千尋を、男は鼻先で笑った。 「見ていて胸糞悪くなるような目は、オヤジにそっくりだな。坊主」 「なっ……」 言い返そうとした千尋の手から、Tシャツを取り上げて素早くラックに戻すと、和彦は千尋の腕を掴んで引っ張る。 「先生っ?」 「相手にするな。あれは――危ない」 客にぶつかりそうになりながらも小走りでその場を離れ、二人はその足で駐車場に向かう。その間、会話は交わさなかった。とにかく〈味方〉と合流するのが先だと思ったのだ。
そう洩らした千尋に片足を抱え上げられ、いきなり熱く硬いものが、和彦の内奥の入り口に擦りつけられた。解されないままの挿入はつらいが、今は拒む気はなかった。 和彦は千尋を抱き締めると、両足をしなやかな腰に絡みつかせる。すでに余裕のない動きで、しかし和彦を傷つけないように気遣いながら、千尋が欲望を内奥に沈めてくる。 「あっ、あうっ……」 「すごい、狭いよ、先生の中。でも、俺のをいっぱい舐めてくれたから、ヌルヌルしてる。――すげー、気持ちいい」 まだすべて収まっていないが、我慢できなくなったように千尋が腰を揺らす。和彦は声を洩らしながら千尋の背に両腕