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last update Last Updated: 2025-06-18 17:00:15

 投薬を始めてそろそろ半年弱。主治医の蓮本先生によれば治療は順調な方らしく、今回からは通院は一週間に一回になり、二回に一回の割合で通院時に女性ホルモンの点滴もされることになった。投薬で大きな副作用がないとわかったら段階的に薬を増やしていってより妊娠を維持しやすい体にする準備をするんだそうだ。

「このまま順調に薬が効いてくれれば、あと二~三週間後には卵子を作るための細胞の採取をして、精子と受精させることができます」

「そしたら、受精卵をお腹に入れるのって受精させてすぐにですか?」

「いえ、受精卵を作ってから腹腔に着床させるのは早くて数日後になります。体細胞分裂――|卵割《らんかつ》というのですが、それをある程度の段階まで行ったうえでの着床段階への移行になります。もちろん着床してからも妊娠維持のために女性ホルモンの投与も出産を終えるまで継続します」

 そう言いながら、蓮本先生はメモ用紙に簡単に体の図を描いてくれて、受精卵の着床の処置がどんな感じに行われるのかを説明してくれる。まるで内視鏡を入れるように行われるらしい。

 手術程大袈裟ではないけれど、着床をより安定させるために処置が行われたらしばらく入院して安静にしていなくてはいけないと言われた。

 入院は治療の話を聞いた時から覚悟はしていたので予想の範囲内なのだが、いくつか気になっている点があるので訊いてみる。

「あの、唄うことは出来ますか? レコーディングとか、ライブとか出来ますか?」

「いつもはどのような感じで唄われてますか?」

「レコーディングなら数時間から半日くらい、休みを入れながら歌います。ライブは一ステージがアンコール込みで大体二時間くらいですね」

なるほど……と言いながら蓮本先生はカルテに打込んでいき、少し考えてから慎重に言葉を選びながら答えてくれた。

「そうですねぇ……通常の女性母体での妊娠の場合でも、長時間のライブなど激しく動くようなことは控えて頂いています。特に妊娠初期は不安定ですし、なにより男性妊娠の場合は無自覚でも身体に負担がかかっていますので、出来ることならライブは控えた方がいいでしょう」

「じゃあ、レコーディングは……」

「半日もかかるようなものは控えて欲しいですが、二時間とか数時間くらい、休みをこまめに取りながらであればやって頂いてもいいです。でもそれが安全を完全に保障しているわけではありません。少しでも体調に違和感があったら中断して、横になるなどして安静にしてください」

 妊娠に向けての注意事項が書かれているコウノトリプロジェクトの資料のページを改めて教えてもらって、俺は段々と自分の悲願を叶える為のステージが整いつつあることを実感する。

 それと同時に、あとどれくらいディーヴァとして唄っていけるかも考える。先生の話で聞いた通り治療がこのまま上手くいけば、数か月以内に俺は妊娠できる可能性があるということになる。それはつまりもうこの先ライブが暫くできなくなることでもあり、唄うことに制限がかかるのだとすれば下手するとレコーディングにも打込むことも難しくなることも意味しているとも言えるだろう。

 妊娠が軌道に乗れば安静もしていなくてはいけないのはもちろんのこと、それと同時に朋拓と籍を入れ、一緒に住むかどうかも話し合わないといけない。家族になっていく準備も待ち構えている。

 でも現状はそれに取り組めるどころか、そもそも俺は朋拓から精子を提供してもらえるか、治療に協力してもらえるかさえも同意をとれていない。

怖気づかないでもっと早くに朋拓に話を切り出せていたなら、きっとここにも彼はいてくれただろうし、一緒に悩んでくれただろう。いや、悩むことも殆どなかったかもしれないし、むしろ楽しい予定を決めるように話合えたかもしれない。

だけど朋拓はコウノトリプロジェクトに懐疑的で反対寄りの意見を口にしているから、それを説き伏せられるのかがわからない。強く反対されてしまったら、最悪別れなくてはいけないかもしれない。精子提供どころではなくなってしまう。

でも――俺は病院をあとにして家へ向かう自動運転タクシーの後部座席でシートにもたれながら考える。それでも、やっぱり俺は朋拓との子どもを身ごもって産みたいし、出来ることなら子守唄を唄ってやりたい。俺も愛する人と家族になって、お互いの面影のある小さな家族と触れ合いたい。たとえそれが、神様に反すると彼が思っているとしても。

「ちゃんと話そう、俺から、ちゃんと」

 独り言のようにそう呟いて腹を決め、俺は車窓を流れていく整然とした街並みを眺めていた。

 病院に行った翌日は珍しく対面で朝から夕方までレコーディングと次のライブの打ち合わせをした。昨日先生から長時間のレコーディングは妊娠したら控えてとは言われたけれど、いまはまだ妊娠していないしその前段階のさらに前段階だから今まで通りに過ごす。

 夕方頃に平川さんに車で送ってもらっていたら、着信があった。朋拓からだ。俺が仕事中であることは知っているので、音声だけだ。

「……なに?」

『あ、ごめん。いまいい?』

「ちょっと、無理」

 口許に手を宛がい、隣に座る平川さんの顔をミラー越しに見ながら言ったのだけれど、『じゃあ用件だけ言うね』と、向こうは聞く気がない。無理だと言っているのに。

 無理だって言ってるだろ! と声を荒げそうになっていたら、「私のことは気にしないで、ちゃんと話したら? 朋拓くんなんでしょ?」と平川さんに苦笑されてしまった。お見通しだ。

 仕方なく俺は小さく溜め息をつき、宛がっていた手を外して車内スピーカーに切り替える。

「なに、用件って」

『あのさ、この前見せたいものがあるって言ってたじゃん。ちょっと大きなことできるかもって。あれ、仮決定したんだ』

 そう言えばそうだった。体調を崩したあとに差し入れをくれたお礼にと通話した際にそんなことを話していた気がする。お互い疲れた顔をしていておかしくて笑ったんだっけ。

 その話が今更なんだと言うのだろう? そう俺が首を傾げていると、こちらを窺っていた平川さんと目が合った。その目は何故か含みがある笑いをしている。

 ホログラム表示の朋拓はいまから会えないかと言ってきていて、仕事自体はもう終わりなので会えるのは会えるから俺はそれにうなずき、待ち合わせ場所を決めた。

 ほぼ一方的だった通話が終わり、軽く苛立ちを覚えている俺に平川さんがくすりと笑う。

「なんすか、平川さん」

「仲がいいなぁって思って。愛されてるね、唯人」

「……それは、まあ……」

「否定しないんだ」

「否定するほど俺はガキじゃないよ。朋拓に愛されてる自覚はすごくある」

「そうみたいね。さっきの唯人、いい顔してたもの。仕事で見せる時とは大違い」

「――――ッ」

「あら、照れてる」

「うるっさいなぁ」

「いいじゃない、愛してくれる彼が見せてくれる超大作。たっぷり堪能しておいでよ」

 夕暮れの眩しさだけじゃないものを見つめるように目を細める平川さんの横顔がやさしくて、胸の奥が妙に切なくなった。後ろめたいとは違う、でも少し申し訳ない気分になってしまう妙な感情。

 朋拓に出会ってから、俺はいままでにない気持ちを色々と強く感じるようになった。焦がれるとか切ないとか、もっと言葉にならない微妙なニュアンスの感情とかを。そう言ったものをぎゅっと集めて固めた結晶が、彼と家族になって子どもを作ることなのかもしれない。

 そんなことを考えながら待ち合わせに一番近い駅まで送ってもらい、平川さんとはそこで別れた。

 駅ビルのモニュメントの前で待っているとすぐに朋拓から連絡が入り、すぐに本人に会えた。今日の朋拓は作業服のツナギを着ていて、それは絵の具と言うかペンキと言うか、とにかくひどく汚れている。服だけでなく顔も髪の先にまで着いている。

 都心ほどではないけれど人通りは多いところなので、そんないかにも何か作業していたという姿で現れると思っていなかったので唖然としていると、朋拓は照れたように苦笑した。

「ごめん、いまさっき最終チェックしてて。すぐに唯人に見て欲しかったから」

「見て欲しいって、絵を?」

「ああ、うん。最近この近くでアトリエを安く貸してもらってて、そこで描いてたんだ」

 とにかく行こう、と朋拓に手を牽かれて、俺は彼について行く形になった。

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