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【外伝】13.距離

last update Veröffentlichungsdatum: 15.08.2026 15:28:00

記憶がなかなか戻らない日々が続いたとある日の夕方のこと。

私は綺麗に整備された別荘の芝生の上に寝転がり、ぼんやりと空を見上げていた。

水色から橙色へと移り変わる空は、まるで自由に広がる雲のキャンバスのようになっている。

あの雲は、クッキーみたいで美味しそう。

あっちは、うさぎみたいでかわいい。

ふわふわとゆっくり流れていく雲は、いろいろな形をしており、私の想像力を掻き立てた。

そんな私の頬を、春の柔らかな風が撫でる。

…気持ちいい。

心地の良い瞬間に、私はゆっくりとまぶたを閉じた。

優しい風に揺らされる草木の音。

遠くから聞こえる小鳥のさえずりや、誰かの笑い声。

鼻にはいっぱいの自然の香りが広がって…。

なんだかふわふわして、今にも寝てしまいそう…。

「おい」

私の耳に、誰かの声が微かに届く。

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    記憶がなかなか戻らない日々が続いたとある日の夕方のこと。私は綺麗に整備された別荘の芝生の上に寝転がり、ぼんやりと空を見上げていた。水色から橙色へと移り変わる空は、まるで自由に広がる雲のキャンバスのようになっている。あの雲は、クッキーみたいで美味しそう。あっちは、うさぎみたいでかわいい。ふわふわとゆっくり流れていく雲は、いろいろな形をしており、私の想像力を掻き立てた。そんな私の頬を、春の柔らかな風が撫でる。…気持ちいい。心地の良い瞬間に、私はゆっくりとまぶたを閉じた。優しい風に揺らされる草木の音。遠くから聞こえる小鳥のさえずりや、誰かの笑い声。鼻にはいっぱいの自然の香りが広がって…。なんだかふわふわして、今にも寝てしまいそう…。「おい」私の耳に、誰かの声が微かに届く。冷たいその声には、呆れが含まれている気がする。ゆっくりとまぶたを開けると、私の隣には、セオドア様…いや、セオドアがいた。本当はセオドア様と呼びたいのだが、以前の私は彼のことをセオドアと呼んでいたらしいのでそうしている。「寝るな」冷たく私を見下ろすセオドアは、少し前から特に何かをするわけでもなく、私のそばに腰を下ろしていた。綺麗で柔らかそうな黒髪が、サラサラと揺れている。私をじっと見つめる瞳は、まるで晴天の空のようで、とても綺麗だった。黙っていれば、今にも消え入りそうな儚げな彼。けれど、実際はそうではなかった。一言で言えば、セオドアは苛烈だ。あらゆる言葉で、自分とは意見の違う者たちをどんどんひれ伏させていく。ここ数日で私ももう何度、セオドアに言いくるめられたことか。そもそもセオドアは私との距離がどうもおかしい。物理的に近いことはもちろん、着る服や髪型ま

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    ライアンが帰った昼下がり。開けられた窓から吹く風によって、ゆらゆらと揺れるカーテンを横目に、私は大きなソファに腰掛け、趣味である刺繍をしていた。白いハンカチに、金色の刺繍糸が一針一針縫われていく。普通の刺繍糸とは違うそれは、見る角度によって、様々な煌めきを見せた。この糸は先ほどライアンからもらった魔法具のうちの1つだ。願いを込めながら縫うとその願いが叶うというもので、呪具にも近いものだった。手を動かすたびに、ハンカチに思い描いていた模様が浮かび上がっていく。この時間が私は何よりも好きなのだが、横からの刺さるような視線のせいで、どうにも落ち着かない。…気が散る。手元からちらりと迷惑な存在を盗み見ると、彼は優雅に長い足を組み、不満げにカップに口をつけていた。にこやかな笑みを浮かべたまま。「リリー」スッと流れるような美しい所作でカップをお皿に置き、ウィリアム様が私を優しい声音で呼ぶ。だが、その声音とは裏腹に、ウィリアム様の黄金の瞳はまったく笑っていない。「何でしょうか…」さすがに刺繍をしながら聞くわけにもいかず、私は手を止め、ウィリアム様を見つめた。するとウィリアム様はそんな私に柔らかく微笑んだ。「あれは浮気だよ、リリー。君の婚約者は俺だというのに、俺ではない男を優先して、ましてや密室で2人きりになるなんて」笑みを絶やさず、私を責めるウィリアム様に、深いため息を漏らしそうになる。…が、私はそれをぐっと堪えて、ただ眉をひそめるだけに留まった。「何度も言いますが、ライアンが私の許嫁ではないように、ウィリアム様も私の婚約者ではありません。あれは浮気でもなんでもないんです。それにアナタの婚約者はレイラ様で…」「違うよ。レイラの代わりであった君の婚約者だ」

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    次に目を覚ました時、私は死んでいなかった。見覚えのある天井に自分が今、レイラ様の部屋にいるのだと把握する。何となく体を起こす前に誰かの気配を感じたので、横を見てみれば、そこには椅子に座り、ベッドにうつ伏せになって寝ているセオドア様の姿があった。何故、ここにセオドア様が?疑問に思いながらも体をゆっくりと起こす。すごく重たい感じはするが、それ以外に特に目立った異常は感じられない。毒を飲んだ割には至って正常だ。今までの毒の中でも強力なものだと思っていたのだが、そうではなかったのかもしれない。「…ん」私が起きた気配を感じたのか、セオドア様も目を覚まし、体を起こした。それから至って

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   4.嫌がらせを受ける日々

    アルトワ伯爵家に来て早、1ヶ月。少しずつここでの生活にも慣れてきたのはいいのだが、セオドア様の私に対する嫌がらせは、現在も当然のように続いていた。相変わらず私のものはよく壊されるし、わざと物置や小さな部屋に閉じ込められる。さらには食べ物や飲み物に微量な毒まで入れられて、体調不良を起こすことも度々あった。嘔吐に腹痛に頭痛に熱まで。一通りの症状をここ数週間で全て経験した。しかし本当に微量の毒だったので、ちょっとした不調にしかならず、苦しんでも2日ほどだった。なので、私の体調不良をアルトワ夫妻は、環境が急に変わったストレスによるものだと思っているようだった。「あら、ちょうどいいところに

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   3.代わりなどいない

    気まずすぎる夕食を終えた後、私は私に与えられたレイラ様の部屋で、明日やる勉強の予習と今日の勉強の復習を行う為に、机へと向かっていた。 白色と星空のような深い青色の家具で統一されたレイラ様の部屋は、1週間経った今でもあまり落ち着かない。 男爵家にいた頃は必要最低限のごくごく普通の家具たちに囲まれて生活していた。 それが今ではこんなどれもとても高そうなものばかりに囲まれて生活しているのだ。 どこかふわふわして落ち着かないのも無理はない。 「…はぁ」 そんな落ち着かない部屋で私はじっとノートを睨みつけ、今日も深いため息をついた。 …わからない。わからないから頭に全く入ってこない。

  • 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。   1.リリー・フローレスは死んだ

    その日、没落寸前の男爵家の一人娘、リリー・フローレスは死んだ。 「リリー。お前は我がフローレス男爵家建て直しの為に、アルトワ伯爵家に行くんだ。アルトワ伯爵家のたった1人のご令嬢、レイラ・アルトワ様として」 私の向かい側に座るお父様がそう神妙な面持ちで言う。 同じくお父様の隣に座るお母様もずっとお父様と同じような表情で、時折、心苦しそうに私から視線を逸らしていた。 12年間生きてきた中で初めて乗った豪華な馬車。 私たち没落寸前の男爵家の力では一生乗ることのできなかったもの。 そんなものに今乗って移動しているのは、私が今日からレイラ・アルトワ様になるからだ。 レイラ・アルトワ様。

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