「じゃあ、改めて紹介するわ!」
エリシアが胸を張って言う。
テーブルの向こう側には、新たに国家入りした少年、ユスティアが無言で座っていた。
固い表情、まっすぐな背筋、だが端正な顔立ちとあどけなさの残る眼差し。
「この子、今日からうちの記憶管理官兼、国家のミステリアス枠です!」
「肩書きがアイドルみたいになってる……。」
カイラムが呆れた声を出すが、隣にいたネフィラはふふっと笑って言った。
「でもまぁ、いいバランスかもね。少し陰がある感じが、刺さる層には刺さりそう。」
「陰が……?“層”って……?」
ユスティアが戸惑ったように眉をひそめると、執事の一人がメモ帳を開いてこっそり呟いた。
「“中性的な容姿”と“守りたくなる雰囲気”……逆ハーレム適性、Sランク……っと。」
「なんの査定!?」
「うち、今ハーレム構築国家目指してますからね~。」
「だからって俺を巻き込むな!!」
ユスティアは顔を赤くして立ち上がる。
その様子にエリシアはにやにやしながら寄って行った。
「ふふん、でも否定しないってことは、意識してるってことね?」
「ち、違う!俺はただ任務として……!」
「顔が赤い~かわいい~。」
「くっ……この国家、敵よりタチが悪い……!」
◆◆◆
その日の夜、国家中枢メンバーによる会議が開かれた。
「仮面の使者が、他国から密かに派遣されたとの情報があります。」
ネフィラの報告に、空気が一気に変わる。
「“仮面”か……偽名と変装、そして記録に残らない存在。過去にも王都で数件、“改変の兆候”が現れたのは、やつらのせいか。」
ミィルが静かに言った。
「彼らの目的は記録の改ざんではなく、“鏡”の捜索……でしょうね。」
「鏡?」
ユスティアが応じた。
「魔王の遺産の一部……“真実の鏡”。映した者の“本来の記憶”を映し出す禁忌の道具。」
「じゃあそれを使えば、“誰が記憶を書き換えたか”も――。」
「映る。……が、使い方を誤れば、自我の崩壊も招く危険な代物だ。」
重くなる空気。
だが、そこでエリシアが声を上げる。
「でも、それが私たちの国を狙う理由なら――逆に利用できるかも。」
「利用?」
「“真実を守る国”って、言葉だけじゃ信じてもらえない。でも、“記憶を守る遺産”を守ってるってわかれば、他国との交渉材料になる。」
「なるほどな……うまくいけば、国際的な立場が逆転する。」
ネフィラが頷く。
「なら、その鏡を先に見つける必要がある。」
「……それが、“この国の建設地点”と関係してるとしたら?」
全員の目がユスティアに向いた。
「この土地――かつて魔王の城があった場所だ。鏡のありか、ここにある可能性が高い。」
エリシアは立ち上がった。
「決まりね。明日から、“地下探索チーム”を組んで調査開始よ!」
「まさか……また俺も……?」
「もちろん!宰相兼探検隊副隊長よ!」
「肩書きが増えていくのが一番怖い!!」
こうして、“鏡”の探索が始まろうとしていた。
その夜、エリシアはそっとユスティアのもとに近寄った。
「……ねぇ、ひとつだけ聞いていい?」
「なんだ?」
「“記憶を書き換えられた自分”って、怖くない?」
一瞬、彼の瞳に揺らぎが走った。
「……怖いよ。自分が自分じゃなくなるって、想像するだけで足がすくむ。」
「……でも、私がいるから。」
「……は?」
「もしあんたが自分を見失いそうになったら、私がぶん殴ってでも引き戻すから。」
「暴力前提!?」
「お約束よ、国家的に。」
ふっと笑ったエリシアの声は、確かに彼に届いていた。
そして、地下に眠る“真実の鏡”は、いま静かに目覚めの時を待っていた――。
◆◆◆
翌朝。グランフォード領、旧魔王城の地下。
「おっかしいわね~……地下って言ったらもっとこう、石畳とか、骸骨とか……」
「ファンタジーの偏見がひどいな?」
エリシア、カイラム、ユスティア、そしてネフィラの四人は、魔王城の地下を慎重に進んでいた。
魔王時代の遺構を再利用して建国したこの土地には、まだ踏破されていない“地下迷宮”が広がっていた。そして、そこに“真実の鏡”が眠っている可能性が高い――それが今回の目的だ。
「ふむ……この壁、魔力で封じられてますね。」
ユスティアが壁を指でなぞり、魔力の流れを読み取る。
「この紋章……“記憶守護”の結界か。なら、鏡はこの先だ。」
「よし、開けちゃいましょう!」
「そんなノリで――うわっ、開いた!?」
石壁が軋みながら開き、奥から風が吹き出す。
その瞬間、空気が変わった。
ひやりとした魔力。重く沈む空気。そして、部屋の中心に佇む、全身黒衣の仮面の男。
「――ようこそ、記憶の監獄へ。」
「なっ……!」
「“仮面の使者”……!」
ネフィラが低く叫ぶ。男は静かに歩み寄りながら、仮面越しに語りかける。
「ここには確かに、“真実の鏡”が眠っている。だが、解放は許されない。」
「なぜ?」
「お前たちは、“記憶の自由”を危険視していない。だから――抹消する。」
「上等よ、やってみなさい!」
エリシアが踏み込むより早く、男の手から闇の刃が飛ぶ。
だが、それを防いだのはユスティアだった。
「……君が守るのか?」
「“記録”も“記憶”も、人が生きた証だ。それを消すのは、誰であっても許さない。」
「その覚悟――見せてもらおう!」
男とユスティアが激突する。
魔力と魔力がぶつかり合い、地下空間が震える。
一方そのころ、ネフィラはそっと後方へと移動していた。
(鏡の位置……ここだ!)
部屋の一角、封印のかかった祭壇の奥。確かにそこに、銀色の枠を持つ鏡があった。
「見つけたわ。さて――どうやって守ろうかしらね。」
◆◆◆
「うおおおおぉおお!!」
「……その奇声、エリシアですね?」
「やる気の高まりを表す私の独自魔術“勝気炸裂波”です!」
「いや、ただの叫びなんだが!?」
エリシアの援護が入り、ユスティアが体勢を立て直す。
仮面の男がひるんだ隙に、ユスティアは叫んだ。
「……鏡よ、目覚めろ!記憶を映す者よ、真実を示せ!」
魔力が渦巻き、鏡が光りだす。男が怯んだ。
「まさか、鏡の制御権を……!?貴様、記憶の継承者か……!」
「だったら――退け!」
ユスティアの一閃が、仮面を打ち砕いた。
現れた顔は、驚くほど――“空っぽ”だった。
「……これは……顔が、ない?」
「記憶ごと“自我”を消された者か……。」
その場に静寂が戻る。
◆
鏡の前で、ユスティアは静かに手を伸ばした。
「……映るんだろう?俺が“何者だったか”。」
鏡は彼の姿を映す。だが、次第にその像は崩れていき――
「なっ……俺が……二人……?」
そこには、微笑む双子のようなもう一人の自分。
そして、その肩に手を置く者の顔は――
「映らない……?」
「記憶が、消されてるのか……?」
「でも、ここから辿れるかもしれない。君の本当の過去、そして、“記憶改変の黒幕”の正体を……。」
エリシアがそっと微笑む。
「安心して。もう君は一人じゃないわ。……うちの国家、妙に同居人増えてきてるしね!」
「たしかに。逆ハーレム国家の宿命だな……。」
「何それ初耳!!」
笑い声とともに、仮面の使者は崩れ落ちた。
だが、鏡の中にはまだ多くの“真実”が隠されている。
そして――その奥には、まだ名も知らぬ“次の敵”が待ち構えていた。
——〈次話〉“刻まれし予言と、招かれざる客”
どうも、エリシアです。王都広場で「黒い王の影法師」を倒してから数日。でも私たちは全然安心できなかった。むしろ逆。「黒い囁きの本体は、まだ眠っている」リビアの言葉が、胸にずっと引っかかってる。——その夜。「王宮の地下に、封じられた“旋律の間”がある」そう言ったのはレオニスだった。「古くからの伝承で……王族さえ詳しくは知らない。ただ“音を封じた石室”と呼ばれている」「怪しいに決まってるじゃん!」私は即答。「そうだな」カイラムが渋い顔で腕を組む。「囁きの源泉があるならそこだ」ユスティアは地図を開きながら首をかしげる。「しかし記録には“旋律の間”の位置が抜け落ちている……意図的に消されたのかもしれません」「消された記録と囁きの契約……どっちも怪しさ満点」私はパンをかじりながら言った。——翌朝。私たちは王宮の一角、古い礼拝堂に足を踏み入れた。壁はひび割れ、長年使われていないせいで埃まみれ。「ここに地下への入口が……」セリオが壁を押すと、石板がずれて階段が現れた。「やっぱり隠してたんじゃん!」「うむ、腰に悪い階段だ」父が腰をさすりながらぼやく。地下に降りると、空気がひんやりしていて、かすかに音が響いていた。——いや、音じゃない。“耳の奥に届く気配”。「従え……差し出せ……」また来た!囁き!私は思わず叫ぶ。「パン食べろーっ!!」全員が慣れた様子でパンをかじる。……もうこれ儀式みたいになってきたな。奥へ進むと、大きな石の扉が立ちはだかった
どうも、エリシアです。王都の「仮面会議」で裏切り者を暴いたのはいいけど……全然終わってなかった。「黒い契約の“本体”が潜んでいる限り、囁きは広がり続ける」ユスティアの言葉に、みんな黙り込む。「……本体って、どこにいるの?」私の問いに、リビアが羽をばさり。「記録を追えば、囁きは王の近衛に紛れ込んでいると見て間違いない」「つまり……王のすぐそば?」「そうだ」カイラムが頷いた。 「だからこそ危険だ。王都中枢そのものが乗っ取られかねん」——その夜。城下の広場に妙な人だかりができていた。見れば、派手な衣装の道化師が舞台の上で踊っている。ピエロみたいな格好で、笛と鈴を鳴らしながら。「さあ、皆の者!耳を澄ませ!王の声を聞け! “従え……差し出せ……”」うわ、出た。道化師の演舞に混じって、囁きが観客に染み込んでいく。人々がふらふらと舞台に近寄り、懐から金や装飾品を差し出し始めた。「待って!それは囁きよ!」私の声はかき消される。「暴君、どうする!」カイラムが構える。「とりあえずパン投げる!」「またか」道化師は不気味に笑った。「ははは!パンで影を止めるか!だが私を止められるものか!」そう言うと、舞台の背後に黒い幕が開き、巨大な影の人形が現れた。王の冠を模した仮面をかぶった、影法師——。リビアが顔をしかめた。「……まさか。王を模した影を操り、囁きの王を作るつもりか!」ユスティアは記録帳を震える手で開く。「これが“王都の心臓”を乗っ取るための仕組み……!」
どうも、エリシアです。王都の玉座で黒い影を撃退してから数日。表向きは落ち着いたように見えるけど、裏ではかなりピリピリしてる。「仮面会議を開く」そう告げたのはレオニスだった。「仮面……?」と首をかしげたら、ユスティアが補足してくれた。「王都では、身分や立場に囚われず意見を出す“秘密会議”があるんです。仮面を被って互いの素性を隠すので、公平に話せると」「へぇ~面白そう! でも顔隠したらパン食べにくいじゃん!」「そこか」カイラムが呆れ声。——夜。仮面会議の会場に案内される。高い天井にランプが吊るされ、円卓の椅子には仮面の男や女がずらり。王都の有力者、貴族、騎士、学者……でも誰が誰なのかはわからない。「議題は黒い契約と王都の安全保障」進行役の仮面が告げると、ざわざわと声があがった。「囁きは恐ろしい。グランフォードのやり方に頼るのは危険だ」「しかし、あの国のパンには確かに効果があった」「いや、あれは一時的なものに過ぎない。本体を見つけなければ!」私は立ち上がって声を張った。「だからこそ一緒に探そうって言ってるの! 王都もグランフォードも、パンは分け合えば美味しいでしょ?」場が一瞬静まり……次の瞬間、どっと笑いが広がる。「妙な理屈だが、悪くない」「パンを分け合う……確かに心は和む」——しかし。会議の隅で、ひとりだけ動かない影がいた。仮面の奥から冷たい視線が突き刺さる。「……王都を導くのは血筋のみ。外の者が口を出すな」場が凍りついた。リビアが羽を広げる。「こやつ、囁きに染まっているぞ」仮面の下から、黒い煙が漏れ出した。「しまった…&hell
どうも、エリシアです。いよいよ——王都に向かうことになりました!「暴君、ついに王都潜入か」カイラムが腕を組んで険しい顔。「潜入って……観光みたいに言わないでよ」私は苦笑い。馬車に揺られ、王都の城壁が見えてきた時、胸が少しざわざわした。幼い頃に婚約を結ばされ、そして破棄された街。記憶は苦いけど、それでもどこか懐かしい。「王都の空気は重いな……」リビアが羽をすぼめる。「囁きが満ちてるんだ。民衆の不安がそのまま響いてる」ヴァルターが低く言った。——城門前。セリオが兵士に証文を見せると、すんなり通された。「王都は表向き平穏を装っています。しかし中では……」案内されたのは宮廷の一角。かつて私が一度だけ足を踏み入れた、豪奢な回廊だった。煌びやかなシャンデリア、広い赤絨毯。けれど空気はどこかひんやりしていて、壁に映る影が妙に長い。「……やだなぁ」私は小声でつぶやいた。「気を抜くな」カイラムが隣で囁く。そこへ、見慣れた姿が現れた。金髪碧眼、堂々とした微笑み——レオニス。「エリシア……よく来てくれた」一瞬だけ、胸がきゅっとなった。でもすぐに思い出す。私はもう、前に進んでる。「王都の現状、説明するわ」レオニスは真剣な顔に変わった。——玉座の間。王と貴族たちの前で、囁きが議論を乱していた。「誰かが裏切っている!」「いや、契約に従えば救われるのだ!」重厚な空間に、不安と恐怖の声が渦を巻く。私は深呼吸して叫んだ。「パンを食べろーっ!」貴族たちが一斉に振り返る。……シーン。「…&
どうも、エリシアです。黒い契約の笛吹きを倒した数日後。町はすっかり落ち着いて、帰還祭の余韻でまだ浮かれてる……はずだったんだけど。「エリシア様、急報です!」ユスティアが走ってきた。息を切らして手にしていたのは王都の封蝋で閉じられた書簡。「王都……?」「はい。今朝、王都で“黒い囁き”による混乱が発生しました」私は思わずパンを落としそうになった。「ちょっと!王都でも聞こえるの!?」「ええ。被害は小規模ですが、民衆が一時的に我を失い、広場で暴動寸前に……」カイラムが険しい表情で腕を組む。「やはり……あれは囁きの“試し撃ち”に過ぎなかったか」「本体が動き始めたということだな」リビアが羽を広げる。父は腰台に腰を下ろしながら、「腰は船底。沈む前に補強せねばならん」と真顔。母は「はいはい、まずは食べてから」とパンを配り始めた。……うちの家族は変わらない。——午後。王都から来た使者の話を聞くことになった。馬車から降り立ったのは、淡い紫の外套を纏った騎士だった。「お初にお目にかかります。私は王都直属の調査隊、セリオと申します」彼は礼儀正しく頭を下げ、真剣な眼差しで告げた。「王都は“影の契約者”に狙われています。あの笛吹きは前哨にすぎません。本体は……王都の中枢に潜んでいる可能性が高いのです」ざわつく一同。「つまり、内部に裏切り者が?」「はい。王族、あるいは高位貴族の中に……」エリシア=私の心臓がどきりと跳ねた。「……レオニスは大丈夫なの?」「第一王子殿下は健在です。むしろ“囁き”の被害を防ぐため、民の前に立たれました」
どうも、エリシアです。帰還祭はなんとか最後まで無事に終わったけど……胸の奥にずっと残ってるのよね、あの「囁き」の気配。パン食べても完全には消えない“ざわっ”とする感じ。嫌な予感は大体当たるんだよなぁ……。——翌朝。広場の隅にいた少年は、すっかり元気を取り戻していた。「ありがとう、エリシア様!本当に助けられました!」両手にパンを抱えてぺこぺこ。……元気すぎる。ユスティアはその少年から詳しい話を聞き取り中。「囁きが最初に聞こえたのは、王都から来た旅芸人を見た時……?」「はい。黒い外套をまとった笛吹きでした。曲に合わせて“従え”って声が頭に……」「音楽媒介型の契約か……」リビアが羽をばさり。「普通なら強い魔力が必要だが、笛の旋律で弱い心を捕まえる……厄介な手だ」カイラムは腕を組み、「ならば囁きは、すでに各地で広がっているかもしれない」と唸る。「……もしかして王都も?」と私。「その可能性が高い」ヴァルターが即答する。「だからこそ俺はここに来た。王都の中枢に巣食っている影を直接暴くことはできない。だが、君たちなら……」「またうちに丸投げ?」私は眉をひそめる。「いや……力を借りたいんだ」ヴァルターの声は真剣だった。父が横から登場。「腰は船底。抜いたら沈む。つまり、祭りの腰を守るのは家の役目だ」……要するに協力するってことね。分かりにくいなぁ。母はパン籠を差し出して、「まずは朝ご飯食べてから話しましょう」と笑顔。あいかわらず、この国の合言葉は“パンから”だ。