愛は春の雪のように溶けて
京平市市立病院。
「院長先生、私、自ら志願して海野市の分院へ赴任させていただきたいと思います」
院長は驚いたように顔を上げ、しばらく沈黙した後、慎重に口を開いた。
「晴子さん、本当に決心したのか?あの分院への異動は、少なくとも五年は戻って来られないが」
神原晴子(かんばら はるこ)は瞳の奥に浮かぶ苦みを押し殺し、静かに、しかし確固として頷いた。
「はい、覚悟の上です。今、海野市は開発の真っ最中と聞いています。ですから……そこに行きたいんです」
院長は小さく息をつき、沈んだ声で尋ねた。
「……福井先生やご家族とは、相談したか?」
その名を聞いた瞬間、晴子の胸がきゅっと締めつけられた。
――姉の神原奈々(かんばら なな)が帰国し、両親と共に彼女と福井横生(ふくい よこお)の家に住み始めてから、横生の心は、少しずつ遠ざかっていった。
晴子は、子どもの頃に戻ったような気分だった。
家の中では、いつも奈々だけが中心で、皆が彼女を取り巻き、自分の存在はいつもかすんでいた。
横生はかつて、「君と一生も家族でいたい」と誓ってくれた。
だが、その約束は結局、守られることはなかった。
でも、もういい。一週間後には、彼のことで心を痛める必要もなくなる。
これからの未来は、もはや誰のものでもなく、晴子ただ一人のものだ。
横生なら、過去に置き去りにすればいい。