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第146話 帰国の報せ

last update Veröffentlichungsdatum: 23.09.2026 07:49:39

 休日の昼下がり。

 澪はソファへ座りながら、新しく届いた『花日和』の売上報告書へ目を通している。

「……すごい」

 思わず小さく声が漏れた。

 販売数は先月を大きく上回っている。

 アンジェリケにも「花日和」をきっかけに訪れるお客様は増え続けていた。

 花が少しずつ誰かの日常へ溶け込んでいる。

 その実感が嬉しかった。

 そのとき、テーブルの上に置かれていた綾人のスマートフォンが静かに震えた。

 綾人は画面を見ると、小さくその目を細めた。

「……親父だ」

 澪が顔を上げる。

 綾人はそのまま電話に出た。

「俺だ」

 綾人は相槌を打つばかりで、相手が話す時間のほうが長い。薄っすらと声が漏れ聞こえてきてはいるけれど、どんな内容が話されているかは澪には聞き取れなかった。

 綾人は最後に数回だけ頷き、

「ああ、分かった」

 と答えると電話を切った。

 綾人はスマートフォンの画面をしばらく眺めたあと、

「澪」

 と、澪のほうを見た。澪は軽く首を傾げながら「はい」と返事をする。

「親父たちが来週帰国するそうだ」

 その言葉を聞いた瞬間、澪の思考が止まった。ぽかんとした顔で綾人を見てしまう。

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  • 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません   第146話 帰国の報せ

     休日の昼下がり。 澪はソファへ座りながら、新しく届いた『花日和』の売上報告書へ目を通している。「……すごい」 思わず小さく声が漏れた。 販売数は先月を大きく上回っている。 アンジェリケにも「花日和」をきっかけに訪れるお客様は増え続けていた。 花が少しずつ誰かの日常へ溶け込んでいる。 その実感が嬉しかった。 そのとき、テーブルの上に置かれていた綾人のスマートフォンが静かに震えた。 綾人は画面を見ると、小さくその目を細めた。「……親父だ」 澪が顔を上げる。 綾人はそのまま電話に出た。「俺だ」 綾人は相槌を打つばかりで、相手が話す時間のほうが長い。薄っすらと声が漏れ聞こえてきてはいるけれど、どんな内容が話されているかは澪には聞き取れなかった。 綾人は最後に数回だけ頷き、「ああ、分かった」 と答えると電話を切った。 綾人はスマートフォンの画面をしばらく眺めたあと、「澪」 と、澪のほうを見た。澪は軽く首を傾げながら「はい」と返事をする。「親父たちが来週帰国するそうだ」 その言葉を聞いた瞬間、澪の思考が止まった。ぽかんとした顔で綾人を見てしまう。「……え? ら、来週……?」「ああ」 綾人は平然と頷く。「ら、来週ですか!?」 澪は思わず立ち上がった。「そ、そんな急に!?」 綾人の両親の話を聞いたのはほんの数日前だ。「急か?」「急ですよ! だって、綾人くん、半月後くらいになるだろうって」 綾人は顎に手をやりしばし考える。「たしかに、言ったな」「言ってました!」「仕事が思っていたよりもスムーズに進んだらしい」 澪はその場をうろうろと動き始めた。綾人はその姿を目で追っている。傍に控えていた佐伯たちも静かにその様子を見守っていた。「ど、どうしましょう…。ご挨拶ということですよね?」「そうだな」「服装は? どんな格好なら失礼がないでしょうか」「好きなものでいい」「好きなものでいいわけありません!」 綾人はソファに腰をかけると、静かにお茶を飲む。「じゃ、じゃあ、手土産は?」「何でも喜ぶだろう」「そうなんですか!?」 その様子を見ていたひまわりが、とうとう吹き出した。「澪さまが大変です!」 桜も思わず口元を押さえる。「す、すごく慌ててます……」 芹香は穏やかに微笑んだ。「では、お洋服は私が

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  • 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません   第143話 綾人の家族って?

     朝食を終えた澪は、窓辺に飾られた花へ新しい水を注ぎながら、小さく微笑んだ。 穏やかな朝に、ほっと心がほどけていく。「澪さま、ご報告がございます」 そのとき、相良が一通の封筒を手に、静かにリビングへと入ってきた。 澪は水差しを両手で抱えながら、ゆっくりと相良へ向き直る。「白石家の件でございます」 その言葉だけで、澪は内容を察した。少しだけ息を整え、小さく頷く。「はい、教えてください」 相良は静かに封筒を開き、落ち着いた声で続けた。「ホテルでの件につきましては、防犯カメラの映像も含め、事実関係が確認されました」 澪は静かに耳を傾ける。「神宮寺家の顧問弁護士を通じ、白石家には今後、澪さまへの直接の接触を一切お断りする旨を正式に通知しております」 相良は一度言葉を区切った。「また、今後は白石家から何らかの接触があった場合も、すべて弁護士を通して対応いたします」 もう澪が一人で向き合う必要はない。 そういう意味だった。 澪はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。「……終わったんですね」「ああ」 同じ部屋でソファに座り、新聞を読んでいた綾人が、短く答えた。 弁護士については綾人が決めたことなのだろう。特に大きな驚きもない様子だった。 澪は窓の外へ目を向ける。すっかりと冬の色を濃くした空は、どこまでも高く澄んでいる。 胸の奥へ残っていた最後の重苦しさが、その青空へ溶けていくようだった。「行くぞ」 不意に綾人が立ち上がった。「え? どこに?」「花を替える」 綾人のその言葉に、首を傾げていた澪はすぐに表情を和らげた。「はい」 そう頷いて、綾人の後ろをついていく。     ◇ 離れにある華道室には、すでに今日使う花材が並べられていた。 椿に、

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     夕暮れの陽射しが、アンジェリケの店内を窓ガラス越しに優しく照らしていた。 店内には花の香りが漂い、閉店時間が近づくにつれ、お客様の姿も少しずつ少なくなっていく。「ありがとうございました」 澪は最後のお客様を見送り、店の入口に「CLOSE」の札を掛けた。「ふぅ……」 エプロンの紐をほどき、小さく息をつく。「今日もあっという間だったなぁ」 花日和をきっかけに来店してくれるお客様は今日も多かった。 花を一本だけ抱えて嬉しそうに帰っていく姿を見るたび、心が温かくなる。「澪ちゃん、そろそろじゃない?」 店長が時計をちらりと見て笑った。「え?」 澪が首を傾げた、そのときだった。 店の外に、一台のボルドーカラーの車がゆっくりと停まる。 澪が綾人の車だと気付くのと同時に、窓際で花を片付けていたスタッフが外を見て、小さく笑った。「あ、神宮寺先生だ」「今日もぴったりですね」「本当に時間が正確」 誰も驚かない。いつの間にか綾人の車のことをみんなが覚えている。むしろ、どこか微笑ましそうだった。 澪はちょっとだけからかうようなスタッフたちの声に頬を染めた。「澪ちゃん、お迎えだよ」 店長がくすりと笑う。「今日は残業禁止ね」「え、でも、まだ……」 少しだけやり残している業務があり、澪は戸惑う。「彼を待たせたらかわいそうでしょう?」 周りのスタッフも一斉に頷いた。「そうですよ」「今日の片付けは、私たちがやります!」「ゆっくり神宮寺先生と帰ってください」「み、みんな……」バックヤードのほうへ背中を押されて、澪は困ったように笑った。「ありがとうございます」 バックヤードでエプロンを外し、自分のロッカーからバッグを取り出して肩に掛ける。 そして表に戻ると、店長と他のスタッフたちに深く頭を下げた。「お疲れさまでした」「はい、お疲れさま。気をつけて帰ってね」 優しい声に見送られながら、澪は店をあとにした。     ◇ 自動ドアを抜けると、秋の夕風が頬を撫でた。 車のそばには綾人が立っている。 澪の姿を見つけると、静かに歩み寄ってきた。「お疲れ様」「はい。綾人くんも、お疲れさまです」 澪は柔らかく微笑む。 綾人は自然な動作で澪の肩からバッグを受け取った。「ありがとう」「気にするな」 それだけの短いやり取り。けれ

  • 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません   第6話 白い花

     初対面の人の……しかも、男性の家に泊まるなんて……。と、澪は使用人たちが布団を整えてくれる様子を部屋の隅で眺めながら考えていた。 けれど、自宅に帰れば美羽と顔を合わせなければいけなくなる。 美羽のことは今でも大切に思っている。だからこそ、自分の婚約者である拓真と唇を重ねていたあの光景に、澪の心はぐしゃぐしゃにかき乱されていた。(家には帰りにくいと思っていたから……ありがたいかも) いつもの自分であれば絶対にしない選択だ。結婚を約束した恋人だっている身。 けれど、今夜だけは――。 そう、澪は少し目を伏せて、小さく溜息を吐いた。 布団の中に入っても、澪はしばらく眠れなかった。

  • 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません   第5話 一体誰なの

    「こちらへどうぞ」 年配の女性に案内されながら、澪は何度も周囲を見回していた。 広い。とにかく広い。これを『普通の家』を称した綾人のことを思い出して、澪は苦笑いを浮かべるしかなかった。一体どんな風に生きていたら、これが『普通』という認識になるのだろうか。 磨き上げられた廊下はまるで旅館のようだ。屋敷のあちこちに飾られている生け花はどれも芸術作品のように美しかった。「すごい……」 居間として使われている部屋だろうか。その前を通りかかったとき、一際上品で、一際色鮮やかな花で彩られた生け花に、思わず声が漏れる。「ありがとうございます」 女性は嬉しそうに微笑んだ。「お花はどれも、綾人

  • 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません   第2話 やっと見つけた

     温かかった。 冷え切っていた体が、じんわりと熱を取り戻していく。 雨の音が遠い。 白石澪は、抱き締められていることに気付いてからも、しばらく動けなかった。「……あの」 震える声が漏れる。 すると、男――神宮寺綾人は、ようやく我に返ったように目を伏せた。「……すまない」 けれどその腕は、なかなか離れない。 まるで、離したら消えてしまうものを抱えているみたいに。「あ、あの……」 澪がもう一度そう口を開くと、綾人はようやくゆっくりその腕を離した。 黒い手袋越しの指先が、最後まで名残惜しそうに澪のブラウスの袖に触れていたことに、澪は気付かない。「怪我

  • 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません   第1話 交際記念日の裏切り

     白石澪は、二十六年間の人生の中で、自分が『誰かに選ばれる人間』だと思ったことがない。「ごめんね、お姉ちゃん。私、ほんとダメでぇ……」 ソファに座った妹の美羽が、困ったように眉を下げる。 ふわふわに巻いたグレージュの髪。淡いピンクのネイル。思わず守ってあげたくなるような可愛らしい顔。「バイト先でも失敗ばっかりで……」「ううん。気にしないで。それよりも、美羽は早く休んで? 体に障るわ」 澪は笑った。美羽の代わりにノートパソコンの前に座って、大学の課題のレポートに向き合う。 澪が働く花屋は、比較的穏やかな客が多い、しかし今日は珍しくクレーム対応をして、頭

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