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クズ男を捨て、傷顔の完璧な御曹司に溺愛

クズ男を捨て、傷顔の完璧な御曹司に溺愛

作者:  秋已完成
語言: Japanese
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21章節
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故事簡介

逆転

ドロドロ展開

ひいき/自己中

妻を取り戻す修羅場

不倫

椎名琴音(しいな ことね)は、今夜も親友の兄・藤城瑛介(ふじしろ えいすけ)と体を重ねていた。 瑛介の額には細かな汗がにじんでいるが、一向に達する気配はなかった。 「あの……違うやり方にする?」琴音は彼を気遣い、頬を染めながらそっと提案した。 瑛介は優しく琴音の髪を撫でて言った。「大丈夫だ。自分でなんとかするから、先にお風呂に入ってきな」 シャワーを浴びながら、ふと着替えを部屋に忘れてきたことに気がついた。 バスルームのドアを開けた途端、リビングから瑛介の気持ちよさそうな声が漏れてきた。「沙耶(さや)……」

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第 1 章

第1話

椎名琴音(しいな ことね)は、今夜も親友の兄・藤城瑛介(ふじしろ えいすけ)と体を重ねていた。

瑛介の額には細かな汗がにじんでいるが、一向に達する気配はなかった。

「あの……違うやり方にする?」琴音は彼を気遣い、頬を染めながらそっと提案した。

瑛介は優しく琴音の髪を撫でて言った。「大丈夫だ。自分でなんとかするから、先にお風呂に入ってきな」

シャワーを浴びながら、ふと着替えを部屋に忘れてきたことに気がついた。

バスルームのドアを開けた途端、リビングから瑛介の気持ちよさそうな声が漏れてきた。「沙耶……」

琴音の頭が真っ白になった。ドアの隙間から、瑛介がソファにもたれかかり、入江沙耶(いりえ さや)の写真を唇に押し当てていたのが見えた。

瑛介は目を閉じ、喉を震わせながら、掠れた声で呟いていた。「沙耶……愛してる……」

自分との営みでは一度として満たされなかった彼が、今、沙耶の名前を呼び、写真を見つめるだけで、あっさりと達してしまった。

その光景を見た琴音は、全身の血の気が引いていくのを感じた。

次の瞬間、突然瑛介の電話が鳴り出した。瑛介は荒い息を整えてから、受話器を取った。

すると、電話越しに友人の佐野陸(さの りく)の怒りに満ちた声が聞こえてきた。

「瑛介、本当に入江さんを金で買うのか?

昔、あいつがお前をどうやって捨てたか忘れたのか?お前の会社が倒産した途端、あいつは校長の息子と付き合い始めたんだぞ。今お前が金持ちになったからって、また寄ってきて……そんな女を……」

瑛介は目を閉じ、静かに答えた。「沙耶が見栄っ張りで、他人の気持ちを考えないような人だってことは知ってる」

一呼吸置き、彼は自嘲気味に笑った。

「それでも、愛してるんだ。ここ数年、会いたくておかしくなりそうだよ」

陸は息を荒げた。「なら琴音さんはどうするんだ?今の彼女は琴音さんだろうが!彼女を何だと思ってるんだ!」

瑛介は眉間を揉んだ。「頑張ってみたさ。でも、どうしても好きになれなかった。

本気で誰かを好きになったら、他の人なんて代わりに過ぎないんだ。

琴音は良い女だよ。でも俺にとって、沙耶の代わりでしかなかったんだ」

陸はため息をついた。「お前……本当にバカな男だな!琴音さんにバレて振られたら、後悔しても遅いぞ!」

瑛介の声には疲れがにじんでいた。「その時は受け入れるよ。

あまりに長い付き合いだから、自分から別れを切り出せないんだ。

もし琴音のほうから別れたいと言ってくれるなら、俺も都合がいいよ」

電話を切った瑛介がこちらへ歩いてくるのを見て、琴音は震え出し、急いでバスルームへ戻った。

シャワーの水が冷え切った体を叩き、琴音は瑛介と出会った時のことを思い出した。

それは高校1年生の入学式、瑛介が生徒会長として壇上で挨拶をしている時だった。

瑛介は清潔感のある白いシャツに身を包み、黒いスラックスがその長い脚を際立たせていた。生まれながらに備わったような気品に加え、思わず目を奪われるほどの端正な顔立ちだった。彼が顔を上げた瞬間、講堂にいた女生徒たちが一斉に息を呑んだことは今でも覚えている。

琴音は人混みの中で、マイクの高さを調節する瑛介の骨ばった指と、言葉を発するたびに上下する喉仏を見つめていた。

その瞬間、琴音は心臓が飛び出しそうになっていたのだ。

「ねえ、見惚れてる?」親友の藤城小春(ふじしろ こはる)が肘で突いてきた。「あれ私のお兄ちゃん。かっこいいでしょ?」

後になって知ったのだが、校内にはこういう言葉が流行っていた。「課題を忘れることはあっても、瑛介の顔を忘れることはない」と。

瑛介は全校女子の憧れだったが、全ての告白を丁寧に断り続けていたため、恋愛に興味がないと思われていた。

そして琴音は、小春の家に遊びに行くたび、こっそりと瑛介を陰から見つめることしかできなかった。

すべては、沙耶が転校してきたあの日から変わったのだ。

沙耶は炎のような情熱で、強引に瑛介を追いかけた。

誰もが沙耶も他の女子たちと同じ結果になると思っていたが、3ヶ月後、瑛介はあっさりと彼女の告白を受け入れた。

琴音は一生忘れないだろう。廊下の曲がり角で、瑛介が沙耶を壁に押し当ててキスをしているのを見てしまったあの日のことを。

瑛介は長い指を沙耶の髪に絡め、その瞳にはいつもの冷静さなど欠片もなかった。

琴音はただ、瑛介が沙耶に注ぐ愛情を見つめることしかできなかった。

瑛介は沙耶のためならなんでもできた。彼女の陰口を言う生徒を殴り、彼女とデートするために授業をサボった。

高校を卒業して、大学3年生になった時、藤城家が倒産した。

沙耶はすぐさま瑛介を振って、校長の息子と共に海外へ渡った。そして最後に、「瑛介、あなたじゃ私を満足させられないわ」と言い捨てたのだ。

あんなに誇り高い瑛介が、沙耶が乗っていた車を追いかけて倒れるまで走り続けた。

いくら叫んでも、沙耶は彼を振り返ることはなかった。

その後、まともにご飯も口に入らなくなった瑛介を、琴音はただ心配して、彼の周りをうろうろしていた。

そしてある日、「俺に付き纏って何がしたい?」と、瑛介に問い詰められた。

琴音は答えられなかった。

「俺が好きなのか?だったら付き合ってあげる」と彼は突き放すように言った。

付き合い始めて、瑛介が自分を選んだのは、過去の傷を忘れるためだったということを理解した。

それでも琴音は嬉しくて、瑛介に尽くし、彼の冷え切った心を癒そうとした。

いつしか、瑛介も琴音を大切にしてくれるようになった。

琴音の誕生日を覚えるようになり、体調が悪い時に心配し、雷の夜には笑いながら抱きしめて、「怖くないぞ」と慰めてくれるようになった。

やがて瑛介が倒産した藤城グループを復活させ、琴音をさらに甘やかすようになった。

2週間前、会員制サロンで給仕として働く沙耶に再会するまでは。

沙耶が誤って琴音のスカートを汚してしまい、瑛介は即座に1億の賠償を要求した。

沙耶が目を潤ませ、恐る恐る返事した。「お金はないわ。でもまだ処女だから体は高く売れるわ。金が手に入ったらすぐに返す、それでいい?」

瑛介は沙耶の顎を掴み、冷ややかに言った。「いいだろう。全額きっちり返してもらうからな」

あの夜、瑛介は書斎に閉じこもって、琴音を一人寝室に残していた。彼が戻った時、きついタバコの匂いが琴音の鼻をついた。

そして瑛介は一晩眠れなかった。

この時すでに、瑛介は沙耶の体を買ってやることを決めていたのだ。

長年抱き続けてきた憎悪の裏に、荒々しい恋慕と愛着が隠れていた。

琴音と一緒にいて満足できなかったのは、彼女との関係がゴールではなく、ただの通過点だったからだ。

……

シャワーを浴びながら、琴音は突然笑い出した。笑いながら、涙が溢れ出た。

こっちにだってプライドはある。去り際ぐらい自分で決めてやる。

愛してないのなら、正直に言ってくれればよかった。

そうすれば諦めるのに。

琴音はシャワーを止めて、スマホを手にして、誰かにメッセージを送信した。

翌朝。瑛介が朝食を取り終えたばかりの時、琴音は身支度を整え終わっていた。

「そんなに早く起きて。もう少し寝ていればいいのに」

琴音は視線を落とした。「ちょっと、行かなきゃいけないところがあって」

瑛介は微笑んだ。「車で送ろうか」

車に乗り込み、琴音が行先を伝える前に瑛介のスマホが鳴り出した。

秘書・黒崎拓己(くろさき たくみ)の声が響く。「社長。入江さんの件ですが、今夜例の会員制サロンで行われる予定です。社長も直接お越しになりますか?」

瑛介は表情を曇らせて返事した。「ああ」

間を置いてから、また口を開いた。「今すぐ向かおう」

瑛介は通話を切って琴音のほうを見た。言い訳をする前に、琴音は全てを察した。

沙耶の初夜が他人の手に渡るのがそんなに嫌なのか?

琴音は瑛介が何かを言い出す前に彼を遮った。「用事があるのね。私はここから自分で行くわ」

瑛介は弁解もせず、今すぐにでもこの場を離れたい一心で頷いた。

「わかった。気をつけて」

琴音は返事を返さなかった。車を降りるとすぐ、タクシーを捕まえて小春が待つカフェへ向かった。

ドアを開けた途端、小春が駆け寄って琴音の両手を握った。そして目に涙を浮かべて言った。

「琴音、昨日のメッセージ……本気?本当に私の代わりに一ノ瀬家に嫁ぐっていうの!?」

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21 章節
第1話
椎名琴音(しいな ことね)は、今夜も親友の兄・藤城瑛介(ふじしろ えいすけ)と体を重ねていた。瑛介の額には細かな汗がにじんでいるが、一向に達する気配はなかった。「あの……違うやり方にする?」琴音は彼を気遣い、頬を染めながらそっと提案した。瑛介は優しく琴音の髪を撫でて言った。「大丈夫だ。自分でなんとかするから、先にお風呂に入ってきな」シャワーを浴びながら、ふと着替えを部屋に忘れてきたことに気がついた。バスルームのドアを開けた途端、リビングから瑛介の気持ちよさそうな声が漏れてきた。「沙耶……」琴音の頭が真っ白になった。ドアの隙間から、瑛介がソファにもたれかかり、入江沙耶(いりえ さや)の写真を唇に押し当てていたのが見えた。瑛介は目を閉じ、喉を震わせながら、掠れた声で呟いていた。「沙耶……愛してる……」自分との営みでは一度として満たされなかった彼が、今、沙耶の名前を呼び、写真を見つめるだけで、あっさりと達してしまった。その光景を見た琴音は、全身の血の気が引いていくのを感じた。次の瞬間、突然瑛介の電話が鳴り出した。瑛介は荒い息を整えてから、受話器を取った。すると、電話越しに友人の佐野陸(さの りく)の怒りに満ちた声が聞こえてきた。「瑛介、本当に入江さんを金で買うのか?昔、あいつがお前をどうやって捨てたか忘れたのか?お前の会社が倒産した途端、あいつは校長の息子と付き合い始めたんだぞ。今お前が金持ちになったからって、また寄ってきて……そんな女を……」瑛介は目を閉じ、静かに答えた。「沙耶が見栄っ張りで、他人の気持ちを考えないような人だってことは知ってる」一呼吸置き、彼は自嘲気味に笑った。「それでも、愛してるんだ。ここ数年、会いたくておかしくなりそうだよ」陸は息を荒げた。「なら琴音さんはどうするんだ?今の彼女は琴音さんだろうが!彼女を何だと思ってるんだ!」瑛介は眉間を揉んだ。「頑張ってみたさ。でも、どうしても好きになれなかった。本気で誰かを好きになったら、他の人なんて代わりに過ぎないんだ。琴音は良い女だよ。でも俺にとって、沙耶の代わりでしかなかったんだ」陸はため息をついた。「お前……本当にバカな男だな!琴音さんにバレて振られたら、後悔しても遅いぞ!」瑛介の声には疲れがにじんでいた。「その時は受け
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第2話
琴音はうなずいた。「本当よ」「だめだよ。一ノ瀬家は大金持ちだけど、後継ぎの湊さんはずっと海外にいるんだよ。噂では性格が最悪で、顔にも大怪我を負ってるって。おじいちゃんが決めた結婚じゃなかったら、私だって……それに琴音、お兄ちゃんが好きだったんじゃなかったの?なんで急に私の代わりに嫁ぐなんて言うの?」小春はそこで、琴音の顔色が悪いことに気づいた。「もしかしてお兄ちゃんに何かされた?また沙耶さんのせい?私、今からお兄ちゃんに文句を言ってきてあげる!」琴音は慌てて小春の手を握りしめた。「小春、瑛介とはもう終わったの。もう好きじゃないし、これからは一切関わりたくないの。小春がずっと小林先輩との駆け落ちを計画して、国を出るタイミングを迷ってるのは知ってるの」琴音はバッグから航空券を取り出して、小春の手に握らせた。「行きなさい。小林先輩が空港で待ってるわ。10時の便だから、今から行けばまだ間に合う」小春の目から一気に涙があふれ出た。「でも、あなたはどうするの?」「2週間後の結婚式は、私が小春の代わりに嫁ぐから」琴音は小春の涙を優しく拭った。「二人とも不幸になる必要はないわ。あなたが幸せになって」小春は唇を震わせ、最後は琴音を強く抱きしめた。「琴音、この恩は一生忘れないからね」こうして小春は旅立った。琴音は空港の大きな掃き出し窓の前に立ち、小春の乗った飛行機が飛び立つのを静かに見届けた。ガラス越しの日差しが、青ざめた琴音の横顔を照らした。ふと、瑛介と付き合うことになった日のことを思い出す。あの時瑛介は階段の上で、似たようなオレンジ色の光を浴びながら自分に手を差し伸べてくれたのだった。あの時の自分は本当に馬鹿だった。片思いが、光の中で報われたのだと思い込んでいたのだから。琴音は悲しそうな笑みを浮かべて空港を後にし、街で一番高級なウェディングドレスショップへ向かった。店員が愛想よく迎えてくれた。「いらっしゃいませ。どのようなドレスをお探しですか?」琴音は並んでいる華やかなドレスではなく、シンプルで落ち着いたシルクのマーメイドドレスを選んだ。「これをいただけますか?持ち帰りたいんです」店員は目を見開いた。「ご試着はなさらないのですか?」「大丈夫です」琴音は首を横に振った。「着られますから」どうせ、この結婚は
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第3話
周囲のざわめきがどんどん大きくなった。瑛介がどれほど沙耶を愛しているか、琴音はずっと前から知っていた。それなのに、実際に周りに言及されると、琴音の頭の中は真っ白になった。心の一部をえぐり取られたようで、その場に崩れ落ちそうになった。気がつくと、琴音は瑛介の後を追っていた。瑛介は沙耶を最上階のスイートルームへ連れていった。気が急いていたのだろう、部屋のドアを閉めることも忘れて、中の声が外まで漏れてきた。「瑛介!」沙耶が泣きながら問い詰める。「私のことを憎んでいるんじゃないの?私が彼女さんのドレスを汚したからって、1億も要求したくせに。どうして私を買ったの!?まだ私のことが好きなの……ねえ、そうでしょ……」瑛介は鼻で笑った。「お前のことが好きだと?」彼は沙耶の手首をぐっと掴むと、低い声で言い放った。「沙耶、よくそんなことが言えたな。お前を買ったのは、ただお前を苦しめるためだ。それに、お前の初めてはもともと俺のものだったはずだからな。昔、どうやって俺を誘惑したか、思い出させてやろうか?」瑛介が吐き出す言葉は一語一句が憎しみに満ちている。だが、重ねる唇には隠しようのない愛情が滲んでいた。ドアの外に立ち尽くす琴音は、瑛介が沙耶をベッドに押し倒し、焦るようにドレスを破る姿を、ただ見つめることしかできなかった。衣服が剥ぎ取られ、狭い室内には二人の荒い息遣いだけが響いた。ついに沙耶の体を自分のものにした瞬間、瑛介の目尻から不意に一滴の涙がこぼれ、彼女の鎖骨に落ちた。「瑛介、泣いているの?」沙耶は目を見開いた。瑛介は彼女の腰をきつく引き寄せ、掠れた声で言った。「黙れ」琴音は全身を激しく震わせた。爪が手のひらに食い込むほどきつく握り締めたが、痛みすら感じなかった。二人は愛し合い、何度も瑛介が沙耶を求めた。力尽きて気絶した沙耶を、瑛介が腕に抱き寄せて愛おしそうにキスをしながら、何度も優しく沙耶の名前を呼んだ。見つめていると、琴音の心はついに粉々に砕け散った。琴音はサロンを出て、足取りがふらついていた。そして突然、車のヘッドライトに照らされた。ドン!避ける暇もなく、琴音は車に跳ね飛ばされ、アスファルトの上に崩れ落ちた。凄まじい痛みが一瞬で全身に広がった。薄れていく意識の中、通行人が叫び、慌てて救急車を呼んで
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第4話
琴音が目を覚ますと、消毒液の匂いが鼻を突き、思わず眉をひそめた。目を開けると、ベッドの脇に瑛介が座っていた。上着は椅子の背もたれに掛けられ、シャツの袖は肘まで捲られていた。「琴音!」琴音が起きたのを見て、瑛介はすぐに身を乗り出し、温かい手で彼女の頬を触った。「まだ痛むか?」琴音は、思わず頭をそらした。瑛介の手が途中で止まり、躊躇ってから口を開いた。「ごめん」と、彼はかすれた声で言った。「昨日はどうしても外せない仕事があって、電話に出られなかったんだ。事故に遭ったなんて知らなくて……許してくれるか?」外せない仕事?沙耶と体を重ねることは、大切な仕事だったのかしら?琴音は、あの電話の向こうから聞こえてきた、淫らな喘ぎ声を思い出した。無理に笑顔を作ってみたが、大粒の涙が頬を伝った。瑛介は琴音が痛がっているのだと思い込み、慌てて医師を呼んだ。医師は診察を終えると、こう伝えた。「傷口の縫合はうまくいきました。ただ、少なくとも2週間は安静が必要です」医師は言葉を区切り、瑛介に視線を向けた。「誰かがそばに付き添って、世話をしてあげるのが一番ですね」「分かりました。自分が付き添います」と、瑛介は頷いた。その言葉に嘘はなかった。それからの日々、瑛介は文字通りつきっきりで琴音の看病をした。琴音に静かに休んでもらうためだけに、彼は特別病棟のフロアを丸ごと貸し切った。琴音が庭に行って風に当たりたいと言えば、瑛介は彼女を横抱きにして階下まで連れて行った。まるで大切な宝物を抱えているように、とても慎重だった。琴音が夜中に西区の料理が食べたいと言い出せば、瑛介は嫌な顔ひとつせず車を走らせた。戻ってきたとき、料理はまだほかほかと湯気を立てていた。以前の琴音なら、嬉しくて涙が出るだろう。けれど、今の彼女の心は、瑛介に対して何の感情も抱けなかった。沙耶に対する瑛介の、狂おしいほどの愛をこの目で見ていなければ、この優しさを信じてしまっていただろう。退院の日、瑛介は助手席の琴音にシートベルトを締めてやり、優しく囁いた。「琴音、ちょっとしたサプライズを用意しているんだ」琴音が返事をする前に、彼のスマホが突然鳴り出した。「瑛介、今夜昔の同級生で集まるけど、来るか?」電話の向こうから、同級生の声が聞こえた。「いや、聞くだけ野
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第5話
琴音が言い終えると、個室は一瞬で静寂に包まれた。全員の視線が一斉に琴音に集まり、それからゆっくりと瑛介へと移っていった。数秒の沈黙の後、個室の中に大きな歓声が沸き起こった。「マジかよ!瑛介、もうプロポーズしたのか?それなら彼女じゃなくて、婚約者って呼ぶべきだな!」「いやいや、奥さんって呼ぶべきだろ!」周囲が賑やかに囃し立てる中、部屋の隅にいる沙耶だけがバッグをきつく握りしめ、目を真っ赤にしていた。瑛介の視線が沙耶をかすめ、その瞳の奥に一瞬、躊躇いの色がよぎった。彼はそっと目を伏せ、ゆっくりと指を一本折り、低い声で言った。「今のところ、その予定はないよ」その声はとても静かだった。だが、その一言は、琴音の心を激しく揺さぶった。みんなは当然のように、二人が結婚するものだと思っていた。琴音が結婚すると言った直後に、瑛介はそれを否定した。みんなの前で琴音を完全に無視し、結婚したくないと突き放したのと同じだった。周囲も異変を察したようで、気まずそうにフォローを入れた。「おいおい、どうしたんだ?ちゃんと話し合ってないのか?」琴音は口を開き、説明の言葉を考えた――瑛介とはもう恋人じゃないと。結婚する相手は瑛介じゃないと。そう言おうとした瞬間、突然頭上からミシミシという音が鳴り響いた。「危ない!」誰かが悲鳴を上げた。琴音が見上げると、巨大なシャンデリアが外れかけ、自分と沙耶の頭上へ向かって落ちてくるところだった。そして次の瞬間、瑛介が凄まじい勢いでこちらへ駆け寄った。しかし彼は真っ先に沙耶の体を抱き寄せ、きつく腕の中にかばった。一方、置き去りにされた琴音の上には、重いシャンデリアが落ちてきた。ガシャーン!痛みが全身に走り、飛び散ったガラスが肌を裂いた。血が瞬く間に袖口を赤く染めた。周囲はパニックになり、誰かが悲鳴混じりに琴音の名前を叫び、みんなが慌ててシャンデリアをどけようとした……しかし、瑛介は沙耶の無事を何度も確認した後に、思い出したように琴音のことを振り返った。彼は急いで琴音のそばに駆け寄り、気まずそうに言った。「琴音、本当にすまない。助ける人を間違えてしまって……」琴音は瑛介の目を見つめ、笑いながら目を赤く潤ませた。間違えた?自分と沙耶は、髪型も着ている服も
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第6話
雨はますます激しくなってきた。琴音は傘を差して道路の脇に立っていたが、風のせいで傘はすぐに壊れ、激しい雨が容赦なく頭から降り注いだ。全身ずぶ濡れになり、タクシーもつかまらず、歩いて家に帰るしかなかった。冷たい雨水が傷口にしみて、全身に痛みが走った。琴音は歩き続けた。両足の感覚がなくなり、視界がかすんでいくほど、長い時間雨の中を歩いた。ようやく家にたどり着いた時、ついに限界を迎え、目の前が真っ暗になってその場に倒れ込んでしまった。琴音は、寒さで目を覚ました。体を起こそうとすると、自分がまだ冷たい床の上に倒れたままだと気づいた。傷口が引き裂かれるように痛んだ。玄関の時計は午前4時を指していたが、瑛介のスリッパは下駄箱にきれいに並んだままだった。彼は一晩中、帰ってこなかったのだ。琴音はふらつきながら起き上がり、解熱剤を2錠飲むと、倒れ込むようにしてベッドに入った。琴音は長い夢を見た。夢の中の琴音はまだ17歳で、瑛介の後ろをこっそりついて歩いていた。その凛々しい後ろ姿を見つめながら、心臓の鼓動が少しずつ速くなった。その場に駆け寄って、未来への期待で目を輝かせている当時の自分を引き止め、教えてあげられたらいいのに……これ以上好きになっちゃダメ。ろくなことにはならないから、と。目が覚めても、家の中は相変わらずひっそりとしていた。時間を確認しようとスマホを手に取ったとき、何気なく開いたインスタに沙耶の投稿が表示された。【私を、部屋に閉じ込める男がいるの。外に出すと男遊びをするからと言って、部屋の外に出してくれないの。しかも自分でずっと見張ってるの……この男は、私のことをどう思ってると思う?】写真には、綺麗な男の手が写り込んでいた。その手はかつて、愛おしそうに琴音を抱き寄せ、優しく頭を撫でてくれた手だった。琴音が熱を出した時、一晩中眠らずに手を握りしめてくれた手だった。なのに今、そのすべてが沙耶のものになってしまった。それから数日、琴音は一歩も外出せず、家にこもって荷物の整理を続けた。瑛介が帰宅し、床に広げられた荷物を見て眉をひそめた。「これは、何をしてるんだ?」琴音は嘘をついた。「季節の変わり目だし、湿気るのが心配だから、一度中身を整理しておこうと思って」怪しい言い訳だったのに、瑛
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第7話
琴音は、凍りつくようにその場に立ち尽くし、瑛介が激しい煙の中に消えていくのをただ見送るしかなかった。数分後、黒煙の中から一人の人影がふらふらと現れた。瑛介は気を失った沙耶を背負っていた。彼のシャツはボロボロになり、むき出しになった皮膚は火傷をしていた。一方、瑛介の背中にいる沙耶は、ドレスの裾が少し汚れているだけで、髪一本乱れていなかった。「救急車を!」瑛介はそう叫んで地面に膝をついた。それでも、沙耶を必死に腕の中で守り続けた。沙耶が担架に乗せられるのを見届けると、瑛介は急に意識を失い、その場に倒れ込んだ。琴音は目を真っ赤にしながら、そっと胸に手を当てた。もう痛まない。なら、よかった。瑛介という存在を無理やり心から抉り出した傷は、もうじき完全に塞がるはずだ。病院で、琴音は一晩中瑛介の隣に付き添った。だが、瑛介が目を覚まして最初に口にした言葉は、「沙耶は?沙耶はどうなった?」だった。琴音は静かに言った。「無事よ。手当が終わって、もう帰ったわ」瑛介はホッとした顔をして、思い出したように言い訳をした。「琴音、あいつを助けたのは知り合いだからだ。死んでほしくなかっただけなんだ……」「分かってるわ」瑛介はしばらく言葉を失っていた。そして琴音の髪に優しく触れ、納得してくれたのだと思い込んだ。しかし、琴音が「分かっている」のは、瑛介が沙耶をどれほど愛しているか、ということだったのだ。命さえ投げ出せるほど、深く愛しているということを。それからの数日間、入院中の瑛介は、ずっと誰かを待つようにじっと病室の入り口を見つめていた。琴音には分かっていた。彼が沙耶を待っていることを。けれど、沙耶は来ない。手に入らないものを欲しがる人間の心理を、沙耶は熟知しているのだ。会いたい相手に会えないとわかると、瑛介はすぐに退院した。そして、琴音が一ノ瀬家に嫁ぐ日は2日後に迫っていた。車の中で、琴音がスマホで飛行機のチケットを取り終えると、瑛介が急に「もうすぐ誕生日だろ」と切り出し、彼女の誕生日パーティーを開くと言った。「琴音、誰を呼びたい?一番仲がいいのは小春だけど……あいつ、最近どこで遊んでいるのか全然連絡がつかないな。まあ、もうすぐ一ノ瀬家に嫁ぐ身だから、今の内に遊んだほうがいい。小春が来られな
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第8話
恐怖に襲われる中、琴音は必死にもがき、指で男の顔にひっかき傷を残した。「ふざけんなッ!」男に平手打ちされ、耳の奥でキーンという音が鳴った。男は琴音の肩を押さえつけ、強引に体を触ろうとした。ドンッ!琴音は咄嗟に消火器を掴み、男の頭に叩きつけた。男が痛みで手を緩めた隙に、琴音は急いで部屋を飛び出した。傷だらけの状態でデッキへ戻ると、そこでは招待客がまだ談笑していた。瑛介は沙耶とシャンパンタワーの側に立っていた。二人は何か話していたようで、沙耶は口元を覆って可愛らしく笑い、妖艶な視線を向けていた。パシッ!ビンタの音が、全ての会話を遮った。沙耶は頬を押さえてよろめき、見開いた目で訴えた。「何よ……」「琴音!」瑛介は慌てて琴音の腕を掴んだ。「何をやってるんだ!」琴音は彼の手を振り払い、震える声で叫んだ。「この女、男を雇って私を襲わせたの」会場が騒然となった。沙耶はすぐさま涙を浮かべた。「そんな、違うよ!私のことが嫌いなのはわかってるけれど、そんな嘘までつくなんて……」カチッ。琴音はスマホを取り出し、録音したデータを再生した。「入江さんの言う通り……お前をめちゃくちゃにして、汚してほしいって頼まれたんだ!」録音の中で、男の卑劣な笑い声がはっきりと流れた。瑛介の表情が一瞬で暗くなった。「沙耶!お前はただ金と権力しか見ていないと思ったら、こんなにも卑怯な女だったのか?今日が琴音の誕生日だってことは知ってただろう?お前のような人間を招待してくれた琴音の優しさを無視して、こんなことを仕掛けるなんて!」瑛介の怒号を浴び、沙耶はもう繕うことをやめた。彼女は突如、笑い声をあげた。「ええ!私がやったわ!そうよ、卑怯で、ろくでもない女よ!でも全部、瑛介を愛してるからよ!この女を汚せば、あなたたちが別れると思ったの。本当は私の方があなたにふさわしいのよ。昔は私を愛していたはずじゃない?」「お前が愛を語るな。反吐が出る」瑛介は激しく沙耶を突き放した。「お前が俺から去ったあの日から、俺の中でお前は終わった。俺が今愛しているのは琴音だ。早く謝罪しろ」「謝罪?しない!死んでもあんな女に謝らないわ!」「なら勝手に死ね」瑛介は怒鳴った。その言葉に沙耶は呆然とし、やがて目を赤くした。瑛介をじっ
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第9話
琴音は一人で警察署へ向かった。録音データを警察に提出した琴音は、落ち着いた様子で事情聴取に応じた。そして、沙耶の指示で性的暴行を受けたと訴えた。警察は、琴音の乱れた髪や腕のアザを見て、同情するような視線を向けた。「法律に基づいて、適切に対処します」「ありがとうございます」家に戻ると、水をコップに注ぎ、痛み止めを2錠飲み込んだ。スマホの画面には通知が次々と届いていた。すべて、瑛介が沙耶を抱き抱えて病院へと駆け込んだというニュースだった。ニュースの写真に写る瑛介は、ひどく焦った様子だった。まるで壊れやすい宝物を扱うように、沙耶を強く抱きしめていた。琴音はスマホの画面を消して、バスルームに向かった。そして、体に残る血痕や汚れを、丁寧に洗い流した。もう瑛介のために胸を痛めることは完全になくなった。翌朝、琴音が荷造りを終え、空港に向かおうとしたその時、突然玄関のドアが開け放たれた。入ってきたのは瑛介だった。上着を腕にかけ、ネクタイを緩めていた。その目には、一晩中眠れなかった疲れがにじんでいた。琴音は足を止めた。なぜ、瑛介が戻ってきたのだろう?病院で沙耶に付き添っているはずではなかったのか?「琴音」瑛介はかすれた声で言った。「昨日のこと、警察に届け出たのか?」その言葉を聞くと、琴音はすべてを察した。やはり、瑛介は沙耶のために戻ってきたのだ。琴音はうなずいた。「私が必死に逃げ出さなかったら、きっとひどい目に遭っていたわ。悪いことをした人は、それ相応の罰を受けるべきでしょ?」瑛介は眉間にしわを寄せ、少し黙り込んでから口を開いた。「分かっている。だけど、沙耶は海に飛び込んだばかりで、体もまだ弱っているんだ……」「だから何?」琴音が静かに言葉を遮った。「彼女が海に飛び込んだから、私が彼女を許さなきゃいけないの?」琴音は瑛介の目をじっと見つめた。「彼女が憎いって言っていたじゃない?それなら、罰を受けてほしいと思うはずよ」瑛介は黙り込んだ。その瞳の奥に、複雑な感情が揺らめいていた。「ああ、沙耶が憎い」瑛介はかすれた声で言った。「でも……」でも、それ以上に愛しているんでしょ。琴音は、心の中でそっと付け加えた。瑛介は深く息を吸い込むと、急に態度を和らげた。「被害届を取り下げてくれ。俺と結
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第10話
M国へ到着すると、執事らしき人物が琴音を待っていた。執事の顔を事前に知っていた琴音は、迷わずそちらへと歩み寄った。「椎名様ですね」執事はすぐに琴音に気がついた。琴音は頷いた。「ええ、お迎えありがとうございます。湊さんのところへ案内してください」執事は頷き、すぐに琴音を車へと案内した。M国の邸宅では、湊が待っていた。やってきた琴音を見ても驚く様子はなく、彼女の好みを聞いた後で、使用人に温かいハーブティーを用意するよう指示した。車椅子に座る湊を見ながら、琴音は心の中で呟いた。とても物腰が柔らかそうで、噂にあるようなひどい人には全然見えないじゃない。湊は仮面をつけていて素顔は窺えなかったが、顔に傷があるから何だというのだろう。瑛介の一件を経て、琴音は痛いほどよく理解していた。容姿の良し悪しだけで、その人の人柄が判断できるわけじゃないのだと。琴音が自分を見つめているのに気づき、湊は車椅子の理由を聞きたいのだろうと思って自ら説明した。「少し前に事故に遭ってね。でも足に異常があるわけじゃないんだ」「あ……そうなんですね」琴音は湊が勘違いしたことに気づき、慌てて首を振った。「そんな意味で見つめたわけじゃないんです……」湊は特に気にする様子もなく、単刀直入に尋ねた。「本当に、小春さんの代わりに一ノ瀬家へ嫁ぐつもりか?」琴音はこくりと頷いた。「お互い承知の上だと思うが、この結婚はただの取引だ」湊の表情は仮面に隠れて見えないが、琴音はその奥から自分を見極めようとする静かな視線を感じた。「だから、無理を強いるような真似はしないよ。もし、すべてを終わりにしたいと思う日が来たら……その時はちゃんと婚約を取り消すし、十分な対価も支払うつもりだ」琴音は黙り込んだ。湊が言う「終わりにしたい」が、何を意味するのかを察したからだった。「もちろん、すべては君の意思次第だ。もし気が変わったのなら、こっちから断っても……」「後悔なんてしません。私は喜んで、あなたと結婚します」琴音はまっすぐ前を見つめ、真剣に答えた。湊は一瞬言葉を失った。そしてそれ以上質問することなく、ただ静かに頷いて「分かった」とだけ返した。スマホが小さく震えた。確認するとただの迷惑メールだったので、琴音はすぐに削除ボタンを押した。M国に来てから、もう1週間
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