로그인「──ん、んん?」 奏斗の眉が、不快そうにぴくりと跳ねる。 寝ていた奏斗が、着信音で起きてしまいそうで。 可哀想だけど、事務所からの連絡かもしれない。 私は奏斗を起こす事にした。 「奏斗、奏斗。起きて?電話鳴ってるよ」 「ああ……香月、スマホ取って……」 「それなら腕の力抜いてくれないと、テーブルの上に奏斗のスマホがあるから取れないよ?」 「んん、分かった……」 まだ寝惚けているんだろう。 奏斗はふにゃりとした口調で答えた後、私を抱きしめていた腕の力を緩めてくれた。 私がその隙にソファから起き上がり、テーブルにある奏斗のスマホを取る。 すると、そこには「社長」の文字が。 「奏斗、社長さんからみたい。早く出た方がいいよ」 「ん、分かった……スマホちょうだい、香月」 まだ完全に覚醒しきっていないのだろう。 奏斗はソファに横になったまま、私に手を差し出している。 「はい、スマホ落とさないでね」 「ん、ありがと」 私は奏斗の手のひらにスマホを乗せ、このまま朝食の準備でも、とその場を離れようとしたのだけど──。 ソファに横になっていた奏斗が、私の腕を掴んで強い力で引き寄せる。 「──うっ、わ!」 「はい、もしもし」 奏斗に引き寄せられるのと、奏斗が電話に出るのは同時で。 私は慌てて自分の口を手のひらで覆い、声が出ないように気を付ける。 奏斗は私を自分の体の上に乗せたまま、なんて事ないように電話対応を始めてしまった。 最初は普通に話していた奏斗の声が、冷たく、低くなる。 「──それ、本気で行っているんですか、社長?」 ぐっ、と奏斗の声が冷たくなり、私はびくりと体を震わせた。 そんな私を気遣うように、奏斗が「ごめん」と言うようにジェスチャーをして、優しく私の頭を撫でてくれる。 「こっちは日常生活にも支障をきたしているんです。今、俺がどこで寝ているか分かりますか?ソファです。ベッドでなんか、気持ち悪くて眠れない」 その後も、奏斗は社長と話を続けていて。 「──分かりました。家で待ってます」 最後にそう告げるなり、不機嫌な様子を隠す事なく、電話を切った。 奏斗が怒っているような気がして。 私は奏斗の頬をそっと撫でた。 「どうしたの、奏斗……?何か、良くない事が……?」 ぐっと眉を寄せた奏斗が、私に答える。
「犯罪……っ」 奏斗の言葉に、私は体が強ばってしまう。 だけど、確かに奏斗の言う通りだ。 他人に薬を盛り、既成事実を作ろうとしたのかもしれない。 今回は運良く未遂で済んだけど、奏斗が薬を盛られた事は事実。 大事には至らなかったけど、もし取り返しのつかない事になっていたら。 「──絶対に、許せないよ……っ、こんな酷い事は、許されちゃならないよ、奏斗」 何とか声を振り絞る。 怒りで、体が震えてくるなんて経験、初めてだ。 握りしめた拳が、ぶるぶると震える。 すると、私の手に大きな奏斗の手が優しく重なった。 「ああ。俺も許せないし、許しちゃいけない。だからこそ、病院で検査をしてもらって、警察にも被害届を出した。……明日、事務所に報告するつもりだ」 「うん、うん……その方が良いよ」 私がこくこくと頷くと、奏斗は少し迷ったような素振りをしたけど、私としっかり目を合わせたまま、続けた。 「──それで、その話の流れで……俺が今香月と付き合っている事も、事務所に報告する事になる」 「──えっ!?」 「RikOが、ストーカーに写真を撮られたって言ってた。その時に見せられたのが、この間香月と遠出した時の写真で……。香月の写真も、撮られてた」 「わ、私も……!?」 まさか、私まで写真に撮られていたなんて知らず、ぎょっとしてしまう。 一体、どんな理由で写真を撮られたのか──。 だけど、以前奏斗にRikOとの熱愛が出た時の経緯を聞いた感じだと、あまり良い理由で写真を撮られていないような気がする。 私が不安そうにしたのが奏斗にも伝わったのだろう。 奏斗は少しだけ気まずそうに、だけどはっきりと告げた。
話を聞き終えた私たちは、その日は奏斗の部屋に行かずにリビングのソファで眠る事にした。 奏斗がベッドで眠る事を拒否したのだ。 嫌な事を思い出すから、と辛い表情で気持ちを吐露した奏斗に、私は苦しくなってしまった。 奏斗にトラウマを植え付けたRikOが許せない。 本当に相手の事が好きだったら、こんな酷い事は出来ないはず。 薬という卑怯な手を使って、無理矢理体だけでも手に入れようとする人の気持ちが分からない。 「香月、狭いし体しんどいよな?ごめん……」 奏斗に話しかけられてはっとする。 そうだ、今は2人で狭いソファに横になっている。 薄暗い部屋の中、奏斗が申し訳なさそうに眉を下げているのが見えて、私はすぐに首を横に振って答えた。 「ううん、大丈夫だよ。むしろ奏斗こそ狭くない?大丈夫?」 「俺は平気」 「ちゃんと毛布かかってる?寒くない?」 「ははっ、平気だよ。香月温かいから、こうして抱きしめていれば風邪なんかひかなさそう」 「も、もう……!寒かったらちゃんと言ってよ?上から掛布団持ってくるから」 私がそう言うと、奏斗は縋るように私の背中に腕を回して体を擦り寄せて来た。 「大丈夫だから、俺から離れないで欲しい……」 ぽつり、と落ちた奏斗の苦しそうな声。 「──分かった。どこにも行かないよ」 「うん、ありがとう香月」 そう呟いた奏斗が、目を瞑るのが見えた。 私はゆっくりと奏斗の頭を撫でる。 奏斗が安心して眠れるように、嫌な事を思い出さないように、そう願って何度も何度も奏斗の頭を撫でていると、奏斗が気持ちよさそうに表情を緩めた。 そして、暫くして奏斗の規則正しい寝
ことん、とリビングのテーブルにカップを置いた奏斗が、私に顔を向ける。 奏斗の表情は、とても真剣で。 私も奏斗に倣い、カップをテーブルに置いて話を聞く体勢になった。 「香月、話しておかなきゃいけない事があって」 「──うん」 私が返事をすると、奏斗はどこから説明しようか、と苦笑い混じりに笑った。 「RikOの電話を受けて、俺がRikOの所に行っただろう?」 「うん。RikOは大丈夫だったの?」 私がそう聞くと、途端に奏斗の表情が険しくなった。 不快感を顕にした、奏斗の顔。 どうしてそんな顔をするのか──。私がそう疑問に思った瞬間、奏斗がとんでもない事を口にした。 「RikOに、嵌められた。あんな電話……、全くの嘘だった」 「えっ!?ちょ、ちょっと待って?一体どう言う事!?」 嵌められたって? それに、嘘だったって──。 私が戸惑っていると、奏斗はポケットからある物を取り出した。 それは、紙のように見えて。 「これ、病院で出た検査結果」 「あ、確か奏斗病院に行くって言ってたよね。何の検査結果?」 私がその紙を奏斗と一緒に覗き込むと、奏斗がある数値にトン、と指を置いた。 「ここ、数値が上がってるだろ?……これ、睡眠薬の成分だって。俺の体から、過剰摂取した時のような数値が検出された」 「──は……?」 奏斗の言葉を聞いた私は、頭の中が一瞬真っ白になってしまう。 待って……。 睡眠薬って──。 奏斗は、忌々しいと言う表情を隠しもせずに、続けた。 「多分、RikOの話を聞く時に出された飲み物に一服盛られた。突然意識がなくなって……」 奏斗は、そう説明しつつ自分の腕をぎゅっと抑えた。 「次に目が覚めたら、下着だけ履いている状態で、RikOのベッドに居た」 「──っ」 「目が覚めた時、異常な頭痛を感じて。だから、すぐに何か薬を盛られたんだって分かった。意識が飛んで、いきなり下着姿でベッドに入っているなんて……いくら何でも不自然だ」 「だ、大丈夫なの……?今はもう、頭痛は大丈夫なの奏斗?それに、そんなに薬を飲まされてたら、体調だって……」 私は泣きそうになりながら、奏斗の手を握る。 酷い──。 無理やり奏斗に薬を飲ませて、そんな事をするなんて。 もし、薬の量が多かったらもっと大変な事になっていたかもしれないのに
ぐっ、と些か強引に重ねられた奏斗の唇。 何度も角度を変え、まるで食べられているような気持ちになってしまう。 無意識に私は息を止めていて。途中で息苦しくなってしまい、私は限界が来て奏斗の胸を叩く。 「──まっ、かなっ、息続かないっ」 僅かに奏斗が離れてくれた隙に、私は顔を逸らして息を吸い込む。 すると、目の前の奏斗が喉奥で笑ったような気配がした。 「香月、次は鼻でちゃんと息をしてね」 「──え、……んっ」 かぷり、ともう一度奏斗に唇を奪われる。 驚いた私は、微かに唇を開いていて──。 その唇の間から、するりと奏斗の舌が入り込んだ。 「──っ!」 思わず叫んでしまいそうになった私だけど、奏斗の手のひらが私の後頭部に回っていて。 優しいけど、逃げられないくらいの力で引き寄せられた。 ◇ 「──はっ」 どれくらいキッチンで奏斗とキスをしていたのだろう。 ようやく満足してくれた奏斗が、私を解放してくれた。 その瞬間、私はもう息が切れてしまっていて。 それに、足に力が入らなくてガクガクと震えてしまっていた。 「ごめん、香月。止まらなかった……」 「だ、だからってこんな、急にっ」 まさか、こんな深いキスをされるとは思わなかった。 恥ずかしくて恥ずかしくて、何度も奏斗に止まって欲しかったけど何だか奏斗がこのキスを通じて縋っているような気がして。 ここで奏斗を止めたりしたら、奏斗が深く傷ついてしまいそうで。 恥ずかしいって気持ちだけで、奏斗を傷つけたくない。 だから、奏斗の激しくなるキスをそのまま受け入れていたのだけど──。 まさか、こんな深いキスをされるとは思わなくって、今の私は酸欠状態だ。 「ご、ごめん香月。リビングに行こう」 慌てた奏斗は、私をひょいと抱き上げると、そのままキッチンからリビングに歩いて行く。 「か、奏斗……っ、重いよ!?下ろして……!」 「全然軽いよ、むしろ香月はちゃんと食べてる?もっと太ってもいいくらいだ」 「女子大生にもっと太ってもいい、なんて言葉は禁句だよ、奏斗」 「ははっ、そうだよな。ごめん香月」 奏斗が笑ってくれて、私もほっと安心する。 さっき、トイレで床に蹲っている奏斗を見た時。 その時は息が止まるかと思った。 顔を上げた奏斗の顔色も凄く悪くて、今にも倒れてしまいそうに見え
何とかリビングに移動してきた私たち。 私が飲み物を用意している間、奏斗にはソファに座っていて欲しかったんだけど、奏斗はキッチンに向かう私にとことこと着いてきて、背後からぎゅうっと抱きしめてきた。 「か、奏斗?座って待ってていいんだよ?」 「いや……香月と一緒に居る方が安心する」 「そ、そう……?」 後ろから抱きしめる奏斗が、ぴったりとくっついていて。 奏斗の大きな手のひらが、私のお腹の前で手を組み、時折私の首筋に奏斗の鼻先がすり、と甘えるように触れる。 凄く、甘えられている気がする──。 私の心臓は、さっきからバクバクと忙しなく動いていて。 奏斗の行動、一挙手一投足に大袈裟に反応してしまう。 私がお湯を沸かしている間も。 戸棚にカップを取りに行く間も。 奏斗はぴったりと私の背中に張り付いていて、落ち着かない。 お湯が沸いて、火を消してカップにティーパックを入れてお湯を注ぐ。 あとは、カップをリビングのテーブルに持って行くだけ、となった時。 不意に奏斗が口を開いた。 「準備、終わった?」 「うん、終わったよ。カップ持って、あっちに行こう?」 「待って、香月」 そう言った奏斗は、私のお腹の前で組んでいた手を解き、片手を私の顔に近付ける。 どうしたのだろうか──。 私がじっと奏斗の手を見つめていると、奏斗の手のひらが優しい力でくいっと私の顎を掴んで、振り向かせた。 「奏斗……?」 背後にいる奏斗を仰ぎ見るような体勢になって。 私は、奏斗の顔を見る。 すると、奏斗の目はとろんと甘く蕩けていて──。 「ごめん、キスしたい」 「──えっ」 突然奏斗からそんな言葉が聞こえた。 と、思った瞬間、奏斗の顔が近付いて。 ふに、と私の唇に奏斗の唇が一瞬だけ重なった。 「──か、奏斗?」 「香月、こっち向いて」 「え、あっ」 私がびっくりして目を見開いている間に、奏斗が私の体をくるりと回転させた。 奏斗はキッチンのシンクの縁に両腕をついて、私を閉じ込める。 「あぅ……」 「はは、香月顔真っ赤」 くすくすと笑う奏斗に、私は真っ赤になった顔のまま、じろりと下から睨む。 だけど、私が睨んだと言うのに、奏斗の目が蕩けた。 「駄目だよ、香月。この状況で、男に対してそんな顔しちゃ」 「えっ、私、睨んだんだよ……っ、そ