33.笑顔の佳奈と怯える啓介（前編）

「彼女はまだ未練があって啓介のことが大好きなのね。」

先程の彼の説明でタクシーに乗り込むことを許した啓介の判断に、正直納得できない部分は残る。だけど、凛の執拗さや啓介自身も困惑していたであろうことは分かった。彼の申し訳なさそうな表情に私の怒りは少しずつ薄れていった。私は、今までの話を冷静に分析した。

「……それはどうかな。別れた時も信じていたのに裏切られたとか色々言っていたから、単に悔しいだけかもしれないよ。」

啓介は少し面倒くさそうに答えた。

「そうだとしても、私たちの結婚がおもしろくないと思っているってことよね。」

彼の言葉に重ねて核心に触れた。未練にせよ、悔しさにせよ、凛の行動は、私たちの結婚を素直に祝福するものではない。私たちにとって無視できない事実だ。

「そうかもな。俺は相手にする気はないんだけど、母さんのブログを見て趣味を把握するくらいだから何をするか怖いんだ。」

啓介はそう言って少し震えた声で続けた。

凛にいくつか質問していくうちに、料理教室に通うようになったのは、やはり偶然ではないことが分かったそうだ。彼女は、啓介の母親の料理教室のブログを隅々まで読み込み、趣味や興味を持ちそうな話題を徹底的に調べ上げたらしい。そして、思惑通り、母親は彼女が提供した展示会の情報を喜び、啓介を誘うために会場に足を運んだのだと。

「展示会も、偶然を装って再会するために全て凜の仕組んだ計画だった。俺の家の近くで自分が好きな作家の展示会があることを知ったら母が俺に会おうと声をかけるかもしれない。母と自分が仲良くしているのを見たら気持ちも変わるかもしれないと思ったらしい。」

「……信じられない」

「そうやって母からの印象を印象をよくすることで結婚を考え直すかもしれないと思った、凜はそう言ってきたんだ……」

私はただただ呆れていた。啓介への強い未練と執着心が感じられる。

「啓介のお母さんに悪影響がないと良いわね。そうだ！今度凜さんが啓介のところに来たら私にも会わせてよ！」

私がそう言うと啓介は露骨に嫌な顔をした。