花が舞う季節、君は夢の彼方に
不治の病を患った石津音(いしづ おと)が夫の子を出産するその日、義父母は私が騒ぎに来ないようにと、出産室の前に十人ものボディーガードを配備していた。
だが、出産が終わるまで、私は現れなかった。
義母は音の手を取り、しみじみと言った。
「私たちがいる限り、澪にあなたやお腹の赤ちゃんを傷つけさせたりしないわ」
夫は音の出産に付き添いながら、顔に心配の色を浮かべ、額の汗を拭っていた。
「心配するな、親父が人を連れて病院の正門を見張ってる。澪が来て騒ぎでも起こそうもんなら、追い出してやるさ」
私の姿がいつまで経っても現れず、ようやく彼は安堵の息をついた。
彼には理解できなかった。
ただ音の「母になりたい」という願いを叶えたいだけなのに、なぜ私があんなにも理不尽に怒ったのか。
看護師の腕の中で元気に泣く赤ん坊を見て、彼は満足げに微笑んだ。
そして心の中でこう思った。
明日、私が音に謝りに来さえすれば、これまでの喧嘩は水に流してやってもいい。
赤ん坊の母親の座も譲ってやる、と。
だが彼は知らなかった。
私はちょうど国連への渡航申請書を提出したところだった。
一週間後には国籍を抹消し、国境なき医師団の一員となって、彼とは二度と会うことはない。