春に別れて
桐谷切ない恋逆転ひいき/自己中妻を取り戻す修羅場不倫
夫の今野洋一(こんの よういち)はもともとそういう欲が薄く、夫婦の営みさえ、いつもきっちり時間を決めていた。
今日も、まさに夫婦の営みの最中だった――彼のスマホが、特別な着信音を響かせた。
漏れ聞こえてきたのは、若い秘書・筒井有菜(つつい ありな)の泣き声だった。
「社長、家の水道管が破裂して……怖くて……」
洋一は一瞬の躊躇もなく、さっとベッドから身を起こして服に手を伸ばした。
私・今野薫(こんの かおる)はシーツをきつく握りしめ、思わず手を伸ばして彼の腕にすがりついた。
「もう遅いし、まだ……終わってないわ」
「有菜には身寄りがない。上司として、見捨てるわけにはいかない」
彼は私と目を合わせることもなく、静かに腕を振り払い、淡々と乱れた襟元を直した。
「今日のノルマは果たした。不足分は、次に埋め合わせる」
私は、短く息を呑んだ。
――そうか。私との営みは、彼にとってただの「ノルマ」でしかなかったんだ。
彼が出て行ってから間もなく、有菜からメッセージが届いた。
送られてきた写真の中で、彼女は洋一の肩にそっと頭を預けていた。
【ほんとごめんなさい。ただ、怖くて。次は絶対、社長にお詫びさせますから。今夜はひとりで何とかしてね】
最後まで読み終えても、私は何も言わなかった。
静かに立ち上がり、シャワーを浴びた。シーツを洗い、新しいパジャマに着替えた。
そして、決心した。
――彼はもう、いらない。