「心は一つ、身体も一つ。――でも、魂は二つ!? 聖女エレナと最強戦士エレン、入れ替わりファンタジー!」 祈るしかできない少女・エレナ。 剣を振るうしかできない戦士・エレン。 ──ひとつの体に、ふたつの魂。 かつて戦場を駆けた戦士は、いま、記憶を失って聖女見習いの少女と共に生きている。 昼は人々を癒す光となり、 夜は悪を討つ刃となる―― 身体を共有するふたりが、 静かに世界を変えていく。 グールの出現に揺れる王国で、 “奇跡”はふたりの心から始まる。 ────────────── 【作者の一言】 はじめまして!初めてのファンタジー作品に挑戦中です! この物語は、 “祈るしかできない少女・エレナ”と、剣でしか語れない戦士・エレン ふたりでひとつの体を共有する、魂の物語です。 旅の中で出会う人々、戦いの緊張感、そして“温もりのある冒険”を届けられたらと思っています。 特に、エレンの戦闘シーンにはこだわっていて―― 最強だけど、無敵じゃない。 技術と戦術眼で戦う彼が、“制約のある体”でどこまでやれるのか、ぜひ見ていただきたいです!
View Moreこうして私たちは、王国の未来を左右するかもしれない重要な任務を受け、 禁足地と呼ばれる未知の領域へ向かうことになった。 ──のだけれど。その前に、ちょっとした寄り道があるらしい。 魔法研究所の所長さんが、私たちの旅の助けとなるようにと、 「とっておきの道具」をいくつか授けてくれるというのだ。 案内されたのは、所長室とは別の、広い実験室のような場所。 私たちはそこに集められた。 「さて、グレン君。ちょっとこちらへ来たまえ」 所長さんが満面の笑みでグレンさんを手招きしながら、 手のひらに水晶玉のような、しかし内部に複雑な幾何学模様が浮かぶ透明な結晶体を乗せてみせた。 それは、魔力を通すと何かが起こる、典型的な魔道具のように見えた。 「これに君の魔力を流し込んでみてくれたまえ。できるだけ強く、だ」 「ああ、わかったぜ!」 グレンさんは快活に答えると、何の疑いもなくその結晶体に手をかざし、 自慢の炎の魔力を注ぎ込み始めた。 彼の掌から、赤い炎のエネルギーが渦を巻いて結晶体の中へと流れ込んでいく。 ──すると、次の瞬間。 ぱあっと眩い光が結晶体からあふれ出し、 その光が収まると、なんと結晶体の中に、等身大ではないが鮮明な、ひとりの少女の姿が立体映像のように映し出された。 「――あー、テステス! マイクチェック、ワンツー! 所長ー! ミストちゃんの可愛いお顔、ちゃんと見えてますかー!? こっちはバッチリですよー!」 その特徴的な甲高い声。底抜けに明るいハイテンション。 そして小柄で、ツインテールがトレードマークの見た目。 (……ミストさん!?) ミストさんは結晶体の中からこちらに気づき、ぶんぶんと手を振ってくる。 「うむ。映像も音声もバッチリ鮮明に映っているようだね。 試作品の初稼働としては上々、問題なさそうだ」 所長さんは、自分の発明品に満足したのか、どこか誇らしげに頷いていた。 だがその横で、先程まで威勢の良かったグレンさんが、急に顔面蒼白になって声を震わせた。 「ちょ、ちょ、待て待て待て! これ、魔力量の消費量がえげつねぇぞ!? こんなの使ってたら、あっという間に魔力切れでぶっ倒れるって!」 「だからこそ、並の魔人以上に莫大な魔力量を持つ君が、 この道具の運用者として最も適任だと判断したんだよ、グレン君
エレンが魔法闘技の決勝戦を、その圧倒的な強さを示した直後に辞退したという事実は、 瞬く間に王都中に知れ渡り、大きな衝撃と様々な憶測を呼んだ。 ──なぜだ!? あのエレンが、決勝を前にして戦いを放棄するなんて! ──もっと、あのエレンの戦いが見たかったのに! ──まさか、最強の騎士マゼンダ卿との対決を恐れて、勝ち逃げしたというのか!? そんな心ない声や、純粋な落胆の声が、街のあちこちから、 まるで冷たい風のように私の耳へと吹き付けてくるたびに、 胸の奥がぎゅっと締めつけられるような痛みを覚えた。 だって、本当は違うんだ。 エレンは……誰よりもあの舞台で、強者と剣を交えることを望んでいたはずなのに。 全ては、この私の身体を気遣って、 これ以上の消耗は危険だと判断し、自ら栄光の舞台を降りる決断をした―― ただ、それだけのことなのに。 その真実を、私は誰にも告げることができない。 でも、そんな私にとって、たった一つの救いだったのは。 準決勝でエレンと戦いを繰り広げたシイナさんが、 あの喧騒と憶測が渦巻く闘技場の片隅で、 エレンを非難する一部の声に対し、毅然とした態度でこう言ってくれたことだった。 ほんの少しだけれど、私の心も、その言葉によって確かに救われた気がした。 *** そして、闘技の喧騒も少しずつ日常に溶け込み始めた数日後。 私はいつものように、教会で静かに祈りの時間を過ごしていた。 朝の柔らかな光が、ステンドグラスを通して聖堂内に色とりどりの模様を描き出している。 「エレナ様」 ふいに、背後から穏やかな声がかかり、私は祈りを中断してそっと目を開ける。 声の主は、私と同じ教会のシスターの一人だった。 彼女は少し緊張した面持ちで私を見つめている。 「どうかなさいましたか?」 「先ほど、魔法研究所の方から連絡がありまして…… エレナ様に、至急お越しいただきたいとのことです」 「私に……ですか?」 聖女見習いであるこの私に、あの魔法科学の最高学府である研究所からの、 しかも「至急」の呼び出し……? いったい何事だろう。 「はい。詳細は伺っておりませんが、重要な案件のようです」 「わかりました。すぐに向かいます。お知らせいただき、ありがとうございます」 私は静かに立ち上がり、祭壇に一礼して祈りを終える
「さあ、もっとだ。私に見せてくれ」 私は口の端に獰猛な笑みを浮かべながら、ゆっくりと、しかし確かな足取りで、まだ爆発の余塵が漂うシイナへと歩み寄った。 彼の瞳には、まだ戦意の火が爛々と燃えている。 それでなくては面白くない。 シイナが再び、獣のような雄叫びを上げて勢いよく私に突っ込んでくる。 その動きは先程よりもさらに速く、鋭い。 だが、今の私には、その全ての動きが見えている。 私は静かに剣を中段に構えながら、その刃の角度をコンマミリ単位で精密に調整した。 狙うのは――彼が振りかぶるガントレットを装着した右腕、その剣の中央、やや下。 「フッ!」 タイミングを完璧に合わせ、私は振り下ろされる彼の拳ではなく、 その手首関節付近のガントレットの隙間に、私の剣を滑り込ませるようにぶつける。 金属と金属がぶつかり合う甲高い音ではなく、急所を的確に打った際の、鈍く重い衝撃音。 狙い通り、その右拳は大きく軌道を逸れ、彼の意図しない方向――地面へと叩きつけられる。 ドンッッ!!! 闘技場の床が砕ける轟音が響き渡る。 先程の爆発で既に脆くなっていた床が、シイナの渾身の一撃を受けて完全に崩落した。 土煙と大小の破片が派手に舞い上がり、会場全体が驚きのどよめきに包まれる。 「くっ……! まだまだ、こんなもので終わりませんよ!!」 拳を引き抜いたシイナが、体勢を崩しながらも、なおも闘志を失わず、左の拳による追撃を放ってくる。 その強引な勢いに乗ったまま、私は流れるように剣を振るい、 彼の左拳を紙一重で回避しつつ、再度、その“手首”の同じ箇所を―― 今度は下から切り上げるように狙って打ち据えた。 「ぐっ……!」 的確な打点が再び決まり、シイナの身体が、まるで木の葉のように軽々と宙に舞う。 祝福の鎧がなければ、彼の腕は今の一撃で砕けていただろう。 派手に着地した彼は、即座に体勢を立て直し、三度突進してくる―― だが、その直線的な動きは、もう私には完全に見切っている。 「……その手は、もう私には通じんぞ、シイナ」 私は静かに告げると、右足で強く地面を踏み砕いた。 先ほどシイナ自身が破壊した、砕けた足場の継ぎ目が、 私の踏み込みによってわずかに、しかし確実に隆起し、 闘技場の地形が瞬間的に歪む。 そして―― その隆起した床石の
シイナが私の一撃を、常人離れした体捌きで辛うじて防いでみせた。 その反応速度、危機的状況での冷静な判断力…。 この男、シイナ。 彼は単なる魔法研究所の研究員という仮面の下に、恐るべき戦士の素養を隠し持っている。 「まさか、初手から本気で首を獲りに来るとは……。あなたの戦い方は、本当に予測がつきませんね」 額に滲んだ汗を手の甲で拭いながらも、シイナの瞳からは先ほどまでの驚愕の色が薄れ、 代わりにどこか挑戦的な、それでいてこの状況を楽しんでいるかのような獰猛な光が宿っていた。 焦りの色は見て取れる。 それは、純粋に、力量差に対する焦りだ。 私はその言葉に答えず、ただ静かに、抜き放った剣の冷たい切っ先を揺らぎなく彼に向けた。 「さあ、次の一手はどう出る? 私を驚かせてみろ」 「はは……言ってくれるじゃないですか。ならば遠慮なく、これで行きますよ!」 先ほどまでの構えから一転、 シイナの両の手に瞬時に魔力が奔流のように集中し、金属質の重々しい輝きと共に二振りの細身の剣をその場で練成する。 そして、風を裂く青白い軌跡を描きながら、|一気呵成《いっきかせい》に私へと斬り込んできた。 鉄属性による武器生成、そして流れるような双剣術。見事な練度だ。 ――速い。 そして、一撃一撃は軽いと見せかけて、その実、的確に人体の急所を抉らんと迫る。 だが、その太刀筋は、今の私にとっては手に取るように、いや、その先の先まで手に取るように読める。 ギィンッ! ガンッ! カキィィン!! 小気味良い金属音が連続して闘技場に木霊する。 彼の繰り出す無数の斬撃は、一切の無駄がなく、剃刀のように鋭利だ
渾身の力を込めた私の回し蹴りが、寸分の狂いもなくシオンの顎を捉え、その衝撃で彼の意識を刈り取った。鍛え上げられた彼の身体は、力なく闘技場の硬い床へと崩れ落ちる。──そして、数瞬の静寂の後、どれだけ待っても彼が再び起き上がってくる気配はない。『しょ、勝者ぁぁぁぁ!!!! エレンゥゥゥ!!!! またしても圧勝! 魔法なき剣士、その強さ、底が知れなぁぁい!!!!』実況の絶叫にも似たシャウトが闘技場に木霊したその瞬間、先ほどまでの静寂が嘘であったかのように、会場全体が地鳴りのような割れんばかりの大歓声に包まれた。それはもはや称賛というよりも、畏怖と熱狂が入り混じった、人間離れした者への賛歌のようだった。数秒後、白い制服に身を包んだ治療班らしきスタッフたちが、慌ただしく担架を持って舞台下から駆けつけてくる。「おい、意識確認! 大丈夫か!?」「すぐに動かすぞ! 肩を貸せ!」「ああ、いくぞ、せーのっ!」しかし、屈強そうに見えるスタッフ2人がかりでシオンの身体を運ぼうとしたが、その見た目からは想像もつかない重みに、彼らの顔が明らかに苦悶に歪む。「……お、おもっっ!?!?!? なんだこれ、鉄塊でも抱えてるみたいだぞ!?」「だ、ダメだ、これじゃ運べん! もっと人を呼べ! 一体なんなんだ、この人の異常な重さは……!」……それは、さすがに口に出して言ってやるな、と私は内心で苦笑する。恐らく、彼のあの流麗かつパワフルなトンファー捌きを可能にしていたのは、この異常なまでに高められた筋肉の密度なのだろう。それはもはや、常人のそれとは比べ物にならないレベルに達しているに違いない。私自身、先ほどの攻防で彼の攻撃を柔の構えで受け流したつもりだったが、いまだに手のひらがジンジンと痺れている。あの細身のどこに、あれほどの質量が隠されているというのか。結局、屈強なスタッフがもう一人加わり、三人がかりでようやく担架に乗せられ、完全に白目をむいたシオンが、まるで戦場から運び出される傷病兵のように運ばれていった。その姿に、観客席からは労いの拍手が送られている。私はその光景を静かに見送ると、ただ静かに闘技場の舞台を後にする。(エレン、今日も本当に素敵だったよ! ハラハラしたけど、最後はやっぱり圧巻だったね!)控室へ向かう通路を歩いていると、エレナが心の底から嬉しそうに、そして少し
私は、あの独特の喧騒と期待感が渦巻く円形の舞台に、再びその身を置いていた。今日の対戦相手は――“風薙ぎの傭兵”と異名を取る、風使いのシオン。資料によれば、風の魔法を巧みに用いた“トンファー”術の使い手で、魔法使いでありながら、本人の近接戦闘における肉体の練度も相当に高いらしい。一筋縄ではいかない相手だろう。先のグレンという若き騎士との戦いもそうだったが……この魔法闘技という舞台、存外、私の渇きを癒してくれるのかもしれない。強者との真剣勝負は、いつだって私の心を昂らせる。(エレン、今日も油断しないで、頑張ってね。応援してるから)エレナの、いつもと変わらぬ優しくも真剣な声援が、意識の奥でそっと響く。(おうとも。この私に抜かりはない。君は安心して見ていてくれ)私は短く、しかし絶対的な自信を込めて応じた。『さあさあ、レディースアンドジェントルメーン! 本日もやってまいりました、魔法闘技! 現在、人気・実力ともに最注目の剣士、エレン選手の登場だァァァ! そしてそのエレン選手を迎え撃つは、神出鬼没の風の傭兵、シオン選手の入場だァァ!!』闘技場全体を震わせる実況者の声が、まるで開戦の号砲のように高らかに響き渡る中、闘技場の反対側のゲートから、私の対戦相手が静かに、しかし確かな存在感を放ちながら姿を現した。息を呑むほどの、中性的な美貌。すらりとした長身で、しなやかな肢体。整いすぎた顔立ちは、一見しただけでは男か女か、判別がつかないほどに中性的で、どこか人間離れした、近寄りがたいほどの美しさを湛えている。艶やかな濡羽色の髪は、耳元までの長さに切り揃えられており、その一部が左目を隠すように、ミステリアスに流れている。身に纏うのは、濃紺色の地に銀糸で風の紋様が刺繍されたロングチュニック。それは肩から裾へかけて、まるで風の流れを体現するかのように緩やかで優美なラインを描き、対照的に袖は肩口から大胆に切り落とされたノースリーブ仕様で、鍛えられた白い両腕が惜しげもなく晒されている。その静かな立ち姿は、どこか捉えどころのない風そのもののようで、その深淵は容易には読めない。彼は私の方へゆっくりと歩み寄り、優雅な仕草で一礼すると、鈴を転がすような、性別を感じさせない透き通った声で名乗ってきた。「初めまして、エレン殿。私はシオンと申します。ご覧の通り、風属性の魔法使い…
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