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10.再び、カウンターで

Penulis: 中岡 始
last update Tanggal publikasi: 2026-03-01 15:06:54

宵だまりの暖簾は、夜の湿り気を含んで少し重い。史人はその暖簾をくぐる前に、無意識に肩をすくめた。雨上がりの冷気がまだ服の繊維に残っていて、駅からここまでの短い距離でさえ身体が固まっている。固まっているのは寒さのせいだけではない。今日一日、蛍光灯の白さに削られた神経が、やっと逃げ込める場所を前にして警戒を解けずにいる。

引き戸を引くと、木の軋む音と一緒に、出汁と油の匂いが流れ出てきた。匂いはあたたかい。あたたかい匂いが鼻腔に入った瞬間、史人の胸の奥の硬い板が少しだけずれる。ずれた隙間から息が入る。息が入ると、やっと自分が生きていると分かる。仕事の中での生存ではなく、生活の生存だ。

「お、兄ちゃん」

米谷の声が先に飛んできた。店の奥の方、いつものテーブル席寄りのカウンターで、米谷がハイボールを掲げている。いつものように雑で、いつものように馴れ馴れしい。雑さが今夜はありがたい。雑さが、史人を地獄の外へ引っ張り出すロープになる。

史人は軽く手を上げて返した。

「おつ」

声が思ったより低い。疲労のせいだと思いたい。疲労のせいにするほうが安全だ。安全だが、胸の奥がわずかに熱を持つのを止められない。低い声は、昨夜の自分の声を連れてくる。昨夜の自分の声は、律に触れたときの呼吸の熱を連れてくる。

史人は視線をカウンターへ滑らせた。そこに、いた。

律が、カウンターの中ほどに座っている。コップの水ではなく、今日はハイボールらしいグラスが目の前にあった。氷がゆっくり溶けて、音が丸い。律は常連と何か話していて、口元を軽く上げて笑っている。その笑い方は宵だまりの空気に馴染みすぎていて、昨日が初めてだったことが嘘みたいだ。

嘘みたいに見えるのに、史人の身体は嘘をつかない。引き戸を開けた瞬間から、胸の奥がじわじわと騒いでいる。騒いでいるのを悟られたくなくて、史人は目線を逸らし、わざと串田の方へ向いた。

「串田さん」

串田はいつも通り、短く顔を上げた。顔色を一瞬で読み取る目だ。史人がどれだけ疲れているか、どれだけ息が浅いか、今どれだけ逃げたいか。言葉にしないで全部見抜く。見抜いても、言葉にしない。そこが宵だまりの優しさで、史人の救いだ。

「いつもの?」

串田が言う。

「うん。あと、だし巻き」

史人が言うと、串田の目が一瞬だけ緩んだ。緩みは見間違いかもしれない。けれど史人には、それが合図に見える。今日も生き延びろ、という合図。生き延びるための出汁巻き。

史人が席に近づくと、米谷がわざとらしく身を乗り出してきた。

「兄ちゃん、昨日の続きか」

その言い方が、茶化しの形をした探りだと分かってしまう。分かってしまうから、史人の胃がきゅっと縮んだ。昨夜のことを、ここで言葉にされたくない。言葉にされたら、現実になる。現実になったら、責任が生まれる。責任は負えない。

史人は低い声で返した。

「続きってなんや」

米谷が口角を上げる。

「いやあ、ほら。兄ちゃん、昨日は珍しく早よ帰ったやん」

史人は心の中で舌打ちした。早よ帰った。帰ったという言葉が、家の方へ引っ張られる。家の方へ引っ張られた瞬間、昨夜の玄関の空気が蘇る。鍵の音。白い灯り。石鹸の匂い。律の声。言い訳できる夜の熱。

史人は表情を崩さずに言った。

「眠かっただけ」

米谷が笑った。

「眠かっただけで帰る男が、うちの常連におるんかいな」

史人は眉間に力を入れた。

「うるさい」

うるさいと言えたことが救いだった。冗談で返せる範囲に留めておけば、昨夜の話をしなくて済む。宵だまりの膜の中に隠せる。

串田が史人の前に水を置いた。氷は入っていない。水の透明な匂いが立つ。史人の喉が勝手にそれを欲しがる。水は誤魔化しになる。誤魔化しがあるうちは、壊れない気がする。

「水、先飲んどき」

串田が言う。実務の優しさの言葉だ。史人は頷き、水を一口飲んだ。冷たさが喉を通り、胃に落ちる。落ちた冷たさが胸のざわつきを少しだけ鎮める。鎮めるのに、背後の気配が消えない。

律が、いつの間にか史人の隣の席へ移動していた。移動の音がしなかった。気づいたときには、そこにいる。宵だまりで馴染む男のやり方だ。史人はその馴染み方が少し怖い。馴染まれたら、常連の一部になる。常連の一部になったら、律はここに居場所を作ってしまう。居場所を作ってしまったら、史人は無視できなくなる。

律が軽い調子で言った。

「おつかれ」

史人は水を飲み終えたまま、コップを置いた。置く音が少しだけ大きかった。自分の緊張が音に出た気がして、史人はまた水を飲みたくなる。

「…おつかれ」

史人は短く返した。短く返すと、冷たく聞こえる。冷たさは盾だ。盾が必要だ。盾がないと、視線に溶けてしまう。

律は盾を気にした風もなく、串田に向かって言った。

「俺もだし巻き、追加で」

串田は短く頷き、手を動かし始める。店の空気が料理の方向へ流れる。流れると会話が食べ物の話題に逃げる。逃げ道があるのがありがたい。

米谷がわざと大げさにため息をついた。

「兄ちゃん、今日はマシな顔やん」

史人の眉が動いた。マシな顔。言い方が雑で、だからこそ刺さる。普段どれだけ死んだ顔をしているかを、当たり前のように言われる。事実だから反論できない。反論できないことが悔しい。

史人は言い返した。

「どこが」

米谷は笑いながらグラスを揺らす。

「いや、昨日よりマシやって。今日はちゃんと人間や」

史人は視線を逸らした。人間。人間に戻れる場所だと、史人自身も分かっている。だから来てしまう。だから宵だまりは生存装置だ。けれど今夜は、その生存装置に律がいる。律がいることで、史人の人間は別の方向へ戻りそうで怖い。

串田がぼそっと、いつもの低い声で落とした。

「顔はええのに勿体ない」

史人は一瞬、耳を疑った。串田がこういうことを言うのは珍しい。言うとしても、もっと遠回しだ。米谷の雑な茶化しに引っ張られて、串田の本音がこぼれたのかもしれない。こぼれた本音は、史人の胸の奥の弱いところに触れる。

顔はええ。洗面台の鏡で見た二十七歳の顔が、蛍光灯の白さでさらに疲れて見えた顔が、ここでは少しだけ救われているのかもしれない。宵だまりの暖色は、疲れを丸くする。丸くした中で、骨格の整いだけがふっと浮く。その浮きを、串田に言葉にされた。

史人は反射で否定した。

「ちゃうわ」

否定は速い。速い否定は、認めたくない証拠だ。史人自身、それが分かってしまって余計に腹が立つ。

米谷が笑う。

「ほら、串田さんが言うてるで。兄ちゃん、顔ええのに」

史人は睨んだ。

「うるさい」

その瞬間だった。律の視線が、史人の顔を捉えた。

ただ見る、ではない。宵だまりの賑わいの中で、浮ついた視線ではなく、ちゃんとした視線で見る。視線が肌の上に触れた気がした。触れた瞬間、史人の心拍が上がる。上がった心拍が喉にまで来て、飲み込む唾が増える。増える唾が、また恥ずかしい。

律は小さく言った。

「ほんまやな」

それだけ。褒め言葉としては短すぎる。短すぎるのに、史人の胸の奥の何かが跳ねた。跳ねたものは怒りではない。嬉しさでもないと否定したい。けれど否定できない温度だ。

史人は返せなかった。返せない沈黙が、律の言葉を受け取った形になる。受け取った形になるのが怖くて、史人はわざと米谷の方を見る。

「お前、飲み過ぎやろ」

米谷が肩をすくめた。

「誰がやねん。兄ちゃんが今日マシやから飲めるんや」

意味の分からない理屈で笑いを取る。笑いを取ることで、話題が逸れる。逸れることに救われる。救われるのに、隣にいる律の体温が気になる。体温は触れていないのに、気配だけで熱い。

串田がだし巻きを出した。湯気が立ち、出汁の匂いがふわっと広がる。ふわっと広がる匂いが、史人の胃の奥をゆるめた。口の中が勝手に唾で満ちる。食欲は生存の証拠だ。生存している。生存しているから、今こうして座っている。

史人は箸を取り、一口食べた。甘い出汁の味が舌に広がる。ふわふわの卵がほどけ、塩気が追いかけてくる。味が、仕事の味を洗い流す。洗い流されると、史人の胸の奥が少しだけ空く。空いた場所に、律の気配が入り込むのが怖い。

律もだし巻きを一口食べ、素直に言った。

「やっぱうまい」

史人は頷く。頷くだけなら安全だ。安全なのに、頷きの中に同意が含まれてしまう。同意は、共有になる。共有が増えると、関係が深くなる。

律が続けた。

「今日、梅田おった」

史人は箸を止めそうになった。梅田。今日の職場。蛍光灯。刺さる音。幻振動。そこに律の影が差し込むと、仕事の地獄が別の形で揺れる。揺れるのが嫌だ。

史人はわざと平坦に返した。

「そうなん」

律が笑う。

「興味ない顔」

興味ない顔と言われると、顔が熱くなる。熱くなるのは、興味があるからだ。興味があると認めたくない。認めたくないから、史人はだし巻きをもう一口食べた。食べることで口を塞ぐ。口が塞がれば、言葉が出ない。言葉が出なければ、関係が定義されない。

律は史人の食べ方を見ている気がした。見ているのが怖い。怖いのに、見られていることがどこかで落ち着く。落ち着くのは、仕事での監視とは違うからだ。仕事の監視は評価のための視線。律の視線は、ただの確認の視線。確認されると存在が立つ。存在が立つと、史人は息がしやすい。

串田が砂ずりも出した。香ばしい匂い。塩の匂い。噛むとコリっとした音がして、歯が確かな感触を拾う。感触があると、身体が今ここにあると分かる。今ここにあることが、宵だまりの魔法だ。

米谷が相変わらず絡んでくる。

「律くん、兄ちゃんのどこがええん」

律がすぐに返す。

「どこって言われたら困るやろ」

軽口の応酬。応酬の中に、昨夜の現実が隠れている。隠れているのに、米谷の雑な問いは、そこに触れそうで怖い。

史人は低く言った。

「お前、黙れ」

米谷が笑う。

「ほら、照れてる」

照れていると言われると、照れていないと言い返したくなる。言い返すと言葉が増える。言葉が増えると、関係が説明され始める。説明はしたくない。したくないから、史人は黙った。

黙りの中で、律が小さく言った。

「史人さん、今日ほんまに疲れてるやろ」

その言い方が、仕事の労いではない気がして、史人の胸がきゅっと痛んだ。痛むのに、嫌ではない。嫌ではないのが怖い。

史人は答えの代わりに、水を飲んだ。串田が置いた水は、もう半分も残っていない。飲み干すと、また欲しくなる。水は誤魔化しの道具だ。誤魔化しがあるうちは、言葉にしなくていい。

律は史人の水の減りを見て、笑った。

「水、ほんま好きやな」

史人は目を逸らしながら言った。

「黙れ」

律が笑う。笑いは小さい。小さい笑いは、宵だまりの賑わいの中で二人だけの音になる。二人だけの音が生まれると、史人の喉がまた渇く。渇きは水では埋まらない。

史人は自分のスマホがポケットの中で重く感じるのを意識した。昼間、律から来た短いメッセージ。そっけない返信。仕事中という盾。盾を持ったまま、今こうして同じカウンターに座っている。盾は完全ではない。盾の隙間から、律の気配が入ってくる。

入ってくる気配を追い払うために、史人はだし巻きの残りを口に運んだ。味はやっぱり優しい。優しさの味が、史人の心の硬い部分を溶かす。溶けた部分から、言葉にできない渇きが染み出す。

律がふと、真面目な顔をした。真面目な顔は一瞬だ。宵だまりのコメディの膜の中で、影が薄く差す。史人はその影が怖い。影は、昨夜の熱がただの勢いではないと告げる。

律はすぐに軽口へ戻った。

「明日も社畜?」

史人は短く答えた。

「そうや」

律は肩をすくめる。

「えぐいな」

えぐいという言葉が、仕事の現実をそのまま言い当てていて、史人は笑いそうになった。笑いが出ると、少しだけ人間に戻る。戻ることが怖い。戻ったら、律の言葉が胸に入るからだ。

史人は笑わずに、ただ息を吐いた。吐いた息が、宵だまりの匂いに溶ける。溶けた息の中で、史人は気づく。ここに来た瞬間から、さっきまでの圧迫感が少し薄い。通知音の幻振動が、今は鳴っていない。鳴っていないだけで、胸が楽だ。

楽なのは宵だまりの膜のおかげだ。膜のおかげなのに、その膜をさらに厚くしているのは、隣に律がいることかもしれない。そう思うと、史人の胸がまたざわつく。ざわつきは恐れと高揚が混ざっている。混ざっているから、どちらとも言えない。

米谷がわざとらしく咳払いした。

「ほな、俺は先帰るわ。邪魔したら悪いしな」

邪魔という言葉が、何を指しているのか分からないふりをしたい。分からないふりをしたいのに、分かってしまう。分かってしまうから、史人の耳が熱くなる。

史人は言った。

「勝手に帰れ」

米谷は笑いながら立ち上がり、串田に手を上げた。

「串田さん、兄ちゃんのこと頼むで」

串田は顔も上げずに言った。

「頼まれへん」

頼まれへん、と言いながら、串田の手元は史人の前の水を見ている。必要なら追加を出す、という目だ。言葉にしない実務の優しさ。宵だまりの優しさはいつも、ここで止まる。踏み込まない。踏み込まないから、息ができる。

米谷が出ていくと、店の空気が少しだけ静かになった。静かになったと言っても、他の客の声はある。グラスの音もある。けれど史人の周りの膜が一段落ち着く。落ち着くと、隣の律の存在が濃くなる。

律が史人を見た。さっきの、ちゃんと見る視線とは違う。今度は、少し笑っている視線だ。笑っている視線は、史人の盾を軽く叩く。

律が言った。

「今日も、行っていい?」

言葉は軽い。軽いのに、胸の奥が跳ねた。跳ねた心拍が、仕事の通知音とは違う種類の音で耳を埋める。耳が埋まると、周囲の音が遠くなる。遠くなるのが怖い。怖いのに、遠くなってほしい。遠くなったら、また息ができる気がするからだ。

史人は即答できなかった。即答したら、自分が選ぶことになる。選ぶと責任になる。責任が怖い。怖いのに、断る言葉もすぐには出ない。断ると、この膜が破れる気がする。破れたら、また蛍光灯の白さに戻る。戻ったら、胸が潰れる。

史人は水を一口飲んだ。誤魔化しの一口。誤魔化していることが律にバレている気がして、余計に恥ずかしい。

律はその仕草を見て、くすっと笑った。

「返事、いらん。いつも通りでええ」

いつも通り、という言葉が恐ろしい。昨日が初めてなのに、いつも通りが生まれ始めている。生まれ始めていることを、律が軽口で認めてしまう。認められると、史人の中の否定が揺らぐ。揺らぐと、渇きが少しだけ名前に近づく。

史人は小さく息を吐いた。吐いた息は、宵だまりの匂いに溶ける。溶けた息の中で、史人はやっと思う。何も言わなくていい。宵だまりでは、言葉にしなくていい。言葉にしなくていいなら、逃避は成立する。逃避が成立するなら、今夜も生き延びられる。

史人は律の方を見ないまま、短く言った。

「…もう一杯だけ飲む」

律が笑った。

「それでええ」

それでええ、と言われた瞬間、史人の胸の奥が少しだけ緩んだ。緩んだところに、抑えた高揚がじわりと滲む。高揚は罪悪感を連れてくる。罪悪感は安堵も連れてくる。どれも言葉にできないまま、史人は氷の音を聞き、水の透明な冷たさを喉に落とし、宵だまりの膜の中で呼吸を整えた。

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  • 依存の代償は、恋だった~抱かれて呼吸を取り戻す社畜と、音を失った天才   8.連絡先は約束じゃない

    玄関のドアが閉まったあとも、空気はすぐには戻らなかった。律の石鹸の匂いが、ひとり暮らしの乾いた匂いに薄く混ざり、どこかでまだ湿っている。史人はその湿り気が消えるのを待つように、玄関に立ったまま動けなかった。動いたら、昨夜と今朝が「終わった」ことになってしまう気がした。終わったと認めた瞬間に、罪悪感だけが残りそうで怖い。怖いのに、残るものが罪悪感だけではないことも分かっている。肩口に触れた体温の残像。手首に絡んだ指の感触。水を渡したときの、短い視線。そういう些細なものが、仕事の通知音とは別の種類で史人の神経を刺激している。刺激は痛みにならず、熱に変わる。熱になると、渇きに似

  • 依存の代償は、恋だった~抱かれて呼吸を取り戻す社畜と、音を失った天才   7.27歳の顔

    薄い眠りは、崩れるときの音がない。史人は目を開けた瞬間、自分がどこにいるのかを一拍遅れて思い出した。天井の白さ。カーテンの隙間から差す、夜明け前の青い光。エアコンの送風が止まったあとの静けさ。静けさの中に、もう一つの呼吸が混ざっている。隣で、律が眠っていた。平気な顔で、という言葉がそのまま当てはまる寝顔だった。眉間に力は入っていない。口元も緩みすぎていない。眠りに落ちるときの言葉は短かったのに、眠りそのものは深いらしい。胸がゆっくり上下して、吐く息が規則正しく布団を揺らす。史人は視線を逸らした。寝顔を見続けると、昨夜が現実になってしまう気がした。現実になっ

  • 依存の代償は、恋だった~抱かれて呼吸を取り戻す社畜と、音を失った天才   6.勢いの夜

    ドアが閉まった瞬間、外の夜が薄い膜になって切り離された。玄関の鍵が噛み合う小さな音が、部屋の狭さに反響して、史人の胸の奥まで届く。宵だまりの暖色はもう背中にない。代わりに、天井灯の白さが生活の輪郭をさらけ出している。洗剤の匂いと、乾いた埃の匂い。小さな流し台の金属の冷たさ。脱ぎっぱなしのスリッパ。畳む気力を失ったまま椅子に掛けられたジャケット。ひとり暮らしの匂いは、律に言われた通りだった。狭いのに、妙に広く感じる。広く感じるのは、隠せる場所がないからだ。何もない部屋は、言い訳を置けない。言い訳を置けない場所に、今、律がいる。それだけで史人は落ち着かない。落ち着かないことを

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