แชร์

……さすがキャプテン

ผู้เขียน: 水守恵蓮
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2026-02-02 09:32:59

お昼過ぎに瞳からLINEをもらい、あの後の大まかなアウトラインは報告した。

でも、散々迷惑をかけてしまったし、ちゃんと謝罪とお礼をしておかなければ……。

『今度、時間合わせて会えないかな』

それには、『OK!』と、指サインのスタンプが返ってきた。

お互いシフト勤務の上、瞳は毎日東京に帰ってくるわけではない。

彼女とは、それから一週間後の八月下旬に、空港の職員食堂で会う約束をした。

公休明け、私は新任運航支援者フォローアップ研修のために、五日間本社勤務で、氷室君……穣と勤務は別々だった。

間に公休を挟んで迎えた、瞳との約束当日。

一週間ぶりにOCOに出勤すると、穣の方が公休で不在だった。

結局、瞳との約束までに、彼と話すことはおろか、顔を見ることもできなかった――。

LINEで伝えた以上のことは、なにも報告できない。

お盆のハイシーズンが過ぎ、私たちの業務もだいぶ落ち着いていた。

でも、世間はまだまだ夏休みで、業界的にはオンシーズン。

お昼のピークを過ぎても、食堂に出入りする職員は多い。

私はミートソーススパゲティをのせたトレーを持って、キョロキョロと辺りを見回しながら、奥まで進み……。

「藍里、こっち!」

大きな柱の影になるテーブルに、CAの制服をビシッとカッコよく着こなした瞳がいた。

座ったまま身を捩って振り返り、手を上げて合図してくれる。

彼女はフライト合間のブレイク中で、三十分だけ時間を取ってくれていた。

「あ」

私はやや急ぎ足で、彼女の方に急いだ。

その向かいの席に、作業服姿の短髪の男性がいるのを見留めて、少し手前で足を止める。

「お疲れ様、八巻さん」

私に向けてくれる、素朴で屈託のない笑顔。

同期の航空整備士、佐伯君。瞳の彼だ。

「えっと……お疲れ様」

私はテーブルの側まで歩いて行って、同じ労いを彼に返した。

佐伯君も昼食休憩のようだけど、食事は終わっているようだ。

彼の前のトレーには、綺麗に空になったプレートがのっている。

「ごめんね。みつるとは、偶然会っちゃって」

瞳が、私に向かって両手を合わせる。

「ううん。ええと……私、今日は遠慮しようか?」

佐伯君は私もよく知る同期だけど、せっかく恋人同士で休憩中なのに、割って入るのは気が引けた。

若干腰を引かせて気遣うと、瞳が「なに言ってんの」と頬を膨らませる。

「変な気遣わなくていいから、座って」

隣の席から荷物を退かし、彼に預けて空けてくれて、私に座るよう促す。

「う、うん……」

それでも彼を気にして、やや恐縮して腰を下ろすと。

「この間、氷室君の連絡先教えてくれたの、充だし」

「え……佐伯君?」

「充、氷室君と大学時代からの付き合いなの。充は航空整備科で、氷室君は航空工学科だけど」

瞳はテーブルに頬杖をついて、彼の方に「ね?」と同意を求めた。

「うん。この間って?」

佐伯君は穣との付き合いには肯定の返事をしたものの、連絡先の件は瞬時に思い出せないようで、きょとんとした顔をする。

「一週間前かな。私、教えてってLINEしたじゃない」

アイスコーヒーの入ったグラスを手に取って答える彼女に、顎を撫でながら記憶を手繰るように目線を上げた。

「ああ……そう言えば。あれ、穣……氷室になんの用だったんだ?」

訝しそうに小首を傾げる彼に、

「藍里が酔い潰れたから、介抱任せようと思って」

瞳はしれっと言って、ストローを咥える。

「ごほっ……」

あまりにもストレートな説明で、私はフォークに巻き取ったスパゲティを口に入れたところで、思わず噎せ返った。

「へ? 八巻さんの介抱?」

佐伯君もポカンと口を開けて、私の方に顔を向けた。

私は、両手で口を覆ってゴホゴホと咳をして、グラスの水を飲んでなんとか落ち着いてから、

「ええと……」

返事に困って、目を彷徨わせた。

「なんかよくわからないけど……。アイツ、そんな呼び出しされて、来たの?」

氷室君は半信半疑といった様子で、私と彼女に交互に視線を向ける。

瞳は『当然』とでも言いたげに、「うん」と大きく頷いた。

「意外。氷室が、八巻さんのために……?」

九割方話が見えていないせいで、佐伯君は呆気に取られているけれど。

「充、そろそろ休憩終わりじゃない? 戻らなくて平気?」

ストローをズズッと鳴らし、グラスを置いた瞳にそう問われ、『あ』と口を丸く開けて、左手首の腕時計に目を落とした。

「ヤバ。じゃ、俺行くわ。八巻さん、また今度」

慌てた様子で立ち上がり、トレーを持ち上げながら、私にそう声をかけてくれる。

「う、うん。ありがとう」

私が小さく手を振ると、にっこり笑って。

「瞳。夜、電話する」

彼女には恋人同士らしい一言を残し、テーブルから離れていった。

「うん。行ってらっしゃ~い」

瞳も笑顔でひらひらと手を振って、彼の作業服の背中を見送っていたけれど。

「……ひーとーみーっ」

私はやや背を屈め、彼女にじっとりとした目を向けた。

「同期なんだし、隠すことない。あれでも充、氷室君とは旧知の間柄だし、事情を知れば味方になってくれるはず」

瞳は堪えた様子もなく、涼しい顔で頬杖をつく。

親しいのは、佐伯君が最初に、『穣』と名前で呼んだことからも察せられた。

「だからって……」

私は頬を膨らませたけれど、すぐに時間を気にして気を取り直した。

「まあ、いいや。とにかく、この間は迷惑かけてごめん。それから、ありがとう」

改まって背筋を伸ばし、隣の彼女にペコッと頭を下げる。

「いえいえ~」

瞳は両方の口角を上げ、CAの教本に出てきそうな、美しい笑顔を作った。

まず、謝罪とお礼という目的を遂げたところで……。

「それで、あの時のことなんだけどっ」

私は周りを気にして、こそっと声を潜める。

「ん?」

「ひっ……氷室君に、なにを言ったの? 『ただただ謎』って、顔しかめてたよ」

「なにって、そのまんま」

瞳は頬杖を解くと、スラリと長い足を組んだ。

「氷室君のせいで、藍里が泣いて酔い潰れたから、男らしく責任取って迎えに来なさいって」

「もーっ……」

悪びれずに答える彼女に、私は額に手を当てて溜め息をついた。

「でもねー。藍里にはどう言ったか知らないけど、本当にすっ飛んで来てくれたのよ、氷室君」

瞳は腕組みをして、なにやらニヤニヤして続ける。

「え?」

「あれは、走ってきたんだろうなー。額に汗滲ませてたから。カウンターに突っ伏してる藍里を見て、血相変えてたよ」

からかうような流し目に、私の胸がドキッと跳ねた。

確かに、一緒にいた立花さんを、ほっぽって来たと言っていたけれど……。

「嘘。氷室君、が……?」

鼓動が速まるのを感じながら、半信半疑で聞き返す。

瞳は、大きく「うん」と頷いて。

「まあ、酔い潰れてるだけだって確認したら、『ぶっ倒れたばかりなのに、なにやってんだ』って、苦虫噛み潰したような顔で、呆れ返ってたけど」

「あ……」

私の胸が、トクンと優しく拍動する。

「ほんのちょっとでも迷惑そうな顔したら、思いっきり詰ってやろうと思ってたのに。結構真摯に『連絡くれてありがとう』って言われて、私も拍子抜けしちゃった」

瞳が目力を緩めて、面白そうに笑い出す。

「ほんとに……? ありがとうなんて、氷室君が」

信じられない思いで、呆然と繰り返す私に、もう一度強く首を縦に振ってくれる。

「藍里のこと颯爽と抱き上げて、『コイツにも礼はさせるから』って。ああいうスマートな行動、イケメンだとさらに様になるよね。うっかり惚れそうになった」

人差し指を唇に当てて、その時のことを思い出すようにうそぶく。

「え? ちょっ、瞳っ」

さらっと聞き流しそうになったけど、聞き捨てならない一言に反応する私に、「冗談よ」と吹き出した。

「私、充一筋だもの」

臆すことなく堂々と胸を張る彼女に、私は一瞬ポカンとして――。

「……ふふっ。そこで惚気ないでよ」

相変わらずの瞳節に、ついついツッコんだ。

瞳は柔らかい笑みを浮かべたまま、テーブルに両腕を置いた。

そこに体重を預け、

「ねえ、藍里」

私を横から覗き込んでくる。

「あの時、藍里の話だけ聞いたら、氷室君はさいてーな男に違いないけど。私には、藍里のこと、わりと真面目に考えてるように見えたわよ?」

真剣な目をして諭すように言われて、私も自然と姿勢を正した。

「立花さんのことも。本気で好きだったから、わけわかんなくて戸惑ってるかもしれないけど、彼自身がその気がないって言うなら大丈夫。信じて、待ってていいと思う」

瞳は私と一緒に、穣が立花さんといるところを見ているから、プライベートなことだけど、アウトラインだけ説明してあった。

そんな彼女に力いっぱい言ってもらえて、背中を押してもらえた気分で勇気づけられる。

とは言え、素直に頷くのも照れ臭くて。

「……って言っても、私、ちゃんと『好き』って言わせてもらえないしな。『聞きたくない』って阻まれちゃったし」

唇を尖らせて、自虐的に呟く。

だけど瞳は意に介した様子もなく、ふんと鼻を鳴らした。

「耳摘まんで、鼓膜破れるくらい怒鳴ってやりなさいよ。嫌でも聞こえるから」

どこまでも強気な彼女に、私は一瞬あ然としたものの――。

「ふふっ。瞳らしい」

それでも、自分は佐伯君に自分から連絡することもできず、理華や水無瀬君に仲介を頼んだと聞いているから、そんなギャップが可愛い。

「感心してないで、藍里もドーンと行きなさいって」

悪戯っぽいウィンクで返され、その言葉を噛みしめてから、

「うん」

私は、大きく頷いた。

「上手くいったら、ダブルデートしようね」

瞳が、私を肘で突つく。

「はは……そんな日が来るといいな」

気が早い彼女に、私は苦笑いで応えた。

八月最終週になって、ようやく穣と同じシフトに戻った。

私の研修や互いの公休の関係で、シフトが分かれていたのは、ほんの十日ほど。

だけど、OCOに異動してから、こんなに長く顔を合わせなかったのは初めてだから、とても久しぶりに感じる。

「久しぶり! また、よろしくお願いします」

遅番勤務開始前、なんだかちょっと緊張して、ドキドキしながら挨拶をした。

「こちらこそ」

穣は挨拶こそ返してくれたものの、それ以上無駄な会話はせず、淡々と業務を始めてしまう。

相変わらずの、涼しい横顔――。

最後に会った時は、あんな激しいキスを何度もして、『今、すごく抱きたい』なんて言ったくせに……。

あれ以来、初めて顔を合わせた彼には、あの時の熱さも激しさも皆無だから、拍子抜けというか、ちょっと悔しい気分に駆られる。

『問題片付いてからにする』と言われたことまで脳裏に蘇ってきて、私は、静かに高鳴る胸に手を当てた。

十日間もあったんだから、立花さんと話をしたはず……だと思う。

でも、顔面神経を無駄にしている乏しい表情からは、なんの変化も窺えない。

今も、頭の中は、立花さんでいっぱいのままなのかな。

隣にいる私のことを、どんな気持ちで見てるんだろう。

時間が経ちすぎて、もうあの熱情も冷めてしまったかな。

――気になる。

聞きたい、知りたい……。インカムを装着する彼の横顔を探って、私はすぐにハッと我に返った。

いけない、いけない。もう仕事は始まってる……!

一度大きく首を振って、彼に会ったことで刺激された煩悩を霧散させた。

気を取り直して、頭を切り替える。

遅番勤務。

早番から引き継いだ便は巡航中。

穣が一からフライトプランを作成する便は、夜十時までびっしり詰まっている。

まず、なにを求められるか。

指示を待つのではなく先回りして、自ら情報収集を進めていると――。

『PAN-PAN PAN-PAN PAN-PAN. Tokyo control, JAK073』 

「えっ?」

穣が、短い声をあげた。

私はキーボードに走らせていた指を止め、彼の方に顔を向ける。

『JAK073, Tokyo control. Go ahead』

彼のデスクから漏れ聞こえてくるのは、常時モニタリングしている、巡航中の機体と管制塔の無線交信だ。

三回繰り返されたPAN-PANコール……遭難信号に当たる『メーデー』を発する一歩手前の、準緊急事態に陥ったことを伝える、航空無線における緊急用語だ。

『メーデー』ほど切迫していないものの、巡航を続けるにあたって、なんらかの障害が発生した際に使用される。

今まさに、空のどこかで緊急事態が起きている。

私は、思わず息をのんだ。

穣の厳しい横顔に見入り、弾かれたように立ち上がる。

彼の背後に回り、モニターを覗き込んだ。

フライトレーダーが展開されている。

管制塔にPAN-PANコールを発信したのは、十分ほど前に離陸した伊丹行きJAK73便。

現在、伊豆半島付近を巡航中。

機長は久遠さんだ。

抑揚の感じられない低い声。

時々走るノイズに邪魔されながらも、私より数秒早く英語によるやり取りを理解した穣の横顔に、確かな緊張が走る。

羽田を離陸して五分ほど後、機体に衝撃があったそうだ。

その影響か、右エンジンが停止したと言う。

『Tokyo control, JAK073, Request emergency landing to Tokyo-Haneda』

久遠さんが羽田空港への緊急着陸を要請するのを聞いて、私の背筋にゾワッと戦慄が走った。

周りのデスクのディスパッチャーたちも、異変に気付いたようだ。

何人かが席から立ち上がり、こちらを注視している。

73便担当の穣は、モニターにサッと視線を走らせた。

『JAK073, Control Roger. Contact Tokyo approach 119.10』

『Roger』

管制塔が要請に応じ、着域管制席の周波数を伝える横で、リーダーの手塚さんが駆け寄ってくる。

「氷室。73便、なにが起きた」

穣は、彼には視線を向けずに、

「管制塔に、PAN-PANコールを発信しました。原因究明要請します」

早口で返答して、インカムのマイクをオンにした。

「グラウンド。こちらOCO」

カンパニーラジオで呼びかけたのは、地上の航空整備士だ。

わずかな間の後。

『OCO、こちらグラウンド。どうぞ』

整備士の応答があった。

「巡航中の73便、離陸五分後に機体衝撃あり、エンジントラブル発生。即刻、原因究明を」

『グラウンド、了解』

交信を終えると、穣がスッと立ち上がった。

傍らの手塚さんに、まっすぐ向き直る。

「右エンジン停止により、羽田に緊急着陸します」

改めて緊急事態を告げる彼に、国内線短距離チームのみんなが、一瞬ざわめいた。

手塚さんはさらに厳しく顔を歪め、大きく頷いて理解を示し……。

「氷室。お前は73便の着陸フォローに専念しろ。他の便は、皆で振り分ける」

「はいっ」

リーダーの号令に、全員が力強く呼応して、慌ただしく業務に戻っていく。

穣も椅子を引いて、ドカッと腰を下ろした。

無言で、眼鏡のブリッジをグッと押さえる。こんな事態、初めてだ――。

私は不安を隠せず、身の置き場を求めて、彼と手塚さんを交互に見遣った。

「八巻さんは、氷室のサポートを頼む」

手塚さんに指示されて、ビクッとして背筋を伸ばす。

どこでなにをしたらいいか、明確にしてもらえただけで、気持ちが軽くなる。

「は、はいっ……」

それでもまだ怯えて返事をする間に、無線が入った。

『OCO。こちらグラウンド』

整備士からだった。

『現在、滑走路の点検中。バードストライクの可能性が高い。前輪機構が損傷している恐れあり』

「前輪が下りない……」

顎を撫でて呟く手塚さんに、私は目を凝らした。

穣は表情を失ったまま整備士に了解を告げ、交信を終えて手塚さんを仰ぎ見る。

「フライトマニュアルに沿って、タッチアンドゴーだな。離陸直後で、燃料に不安はない」

簡潔な意見に頷き、

「すぐ、コックピットに連携します」

言うが早いか、カンパニーラジオでコックピットを呼び出した。

タッチアンドゴー……一度着陸して、すぐに離陸するという飛行方法だ。

後輪が着陸した際の衝撃で、前輪を振り下ろすという狙いがある。

前輪が下りなくなった場合、この方法を何度か繰り返すのがセオリーだ。

穣は久遠機長にエンジントラブルの原因を伝え、了解の返事を待って、マイクをオフにした。

「俺の方からも、管制塔に連絡する。長時間、滑走路を閉鎖しなきゃいけなくなるだろうから」

事態の収束への方向性を確認して、手塚さんは自席に戻っていった。

穣は、コックピットと管制塔の交信を、モニタリングしている。

私は自席に戻ることもできず、彼の後ろに立ち尽くしたまま。

「なにっ……!?」

強張った声に、ビクッと身を竦ませた。

「一発で胴体着陸? なにを考えて……!」

緊迫した声で叫び、再び73便のコックピットに応答を求める。

彼の剣幕に、チームのみんなもざわついた。

「キャプテン、無茶です。フライトマニュアルに従ってください」

いつになく声をあげて交信する穣を見つめて、私はゴクリと唾を飲んだ。

無意識に胸元の服を握りしめた手が真っ白になるほど、力を込める。

『ロードプランを見直せ。シートは満席。搭乗客の中に妊婦が複数名、子供連れの家族も多い。不安定な飛行を続けて、乗客の不安を増長させるわけにはいかない』

「離陸後、十五分です。積んだ燃料を消費できない。最悪、火災炎上の危険があります」

落ち着き払った久遠さんに、穣が声を荒らげる。

『そうだな。だが、左のエンジンだけでは出力が弱い。万が一左もやられたら、73便は真っ逆さまだ』

「ひっ……」

私は思わず声を漏らし、両手で口を覆った。

その間も、久遠さんの冷静な声が、無線越しに届く。

『館山から進入する。太平洋巡航中に、燃料投棄。残りは、東京上空で旋回して消費する。管制も了承済みだ』

席に戻ったみんなが、再び私たちの方に近付いてきた。

やや遠巻きに、彼を見守っている。

『東京OCO。どれだけの時間旋回が必要か、報告を』

「っ……キャプテン!!」

『一度離陸したら、フライトの全権、責任はキャプテンにある。安心しろ、しっかり降りて停めてやる。地上は任せた。万一に備え、消防、救急の手配をよろしく』

彼が腰を浮かせる途中で、コックピットの方から交信を断った。

穣は中途半端な体勢で固まり、

「くそっ、あの石頭……!!」

力いっぱい、デスクに腕を打ちつける。

ダンッというすごい音がして、一瞬OCO内がしんと静まった。

先輩ディスパッチャーたちが、即座に我に返り、

「消防の手配は任せろ」

穣に声をかけて、席に戻っていく。

私は、彼らと穣の背中を交互に見遣って……。

「ひ、氷室君。旋回に必要な時間、私が計算します」

自分を奮い立たせて、デスクに戻った。

小刻みに震える手をキーボードにのせて、73便のフライトプランを確認しながら、社内システムに数値を入力し始める。

穣はインカムを毟るように外して、デスクから電話の受話器を持ち上げていた。

私は作業しながら、視界の端で彼を窺う。

「立花さん!」と呼ぶのを聞いて、一瞬ギクッと身を竦めた。

彼が電話をかけたのは、管制塔だとわかる。

「なんで73便の胴体着陸を許可した? 危険だ。止めてくれ」

どうやら、久遠さんからのリクエストを許可したのは、立花さんのようだ。

私は、彼の蒼白な横顔を気にしながら、なんとか指を走らせる。

電話の向こうの彼女が、彼にどう返答しているかはわからない。

私の目の前のモニターに、燃料を消費するのに必要な旋回時間の計算結果が出た。

それを、彼のパソコンに転送してから、立ち上がる。

穣は返す言葉を失い、絶句している。

そんな彼の傍らに佇み……躊躇ったのは、ほんの一瞬。

思い切って、彼の手から受話器を取り上げた。

「っ」

弾かれたように私を仰ぐ、穣の視線を感じながら――。

「立花さん。運航支援者の八巻です」

ドクドクと騒ぐ心臓の音を気にしないように、必死に冷静を努めて呼びかけた。

ほんのわずかに訝し気な気配が、受話器越しでも伝わってくる。

だけど、それも束の間。

『氷室さんに、伝えてください。管制塔は、JAK73便の機長の要求を全面支持します』

どこまでも事務的だけど、揺るぎない断言に、私はこくりと喉を鳴らした。

穣は、冷静さを取り戻してくれた。

私が燃料投棄分も組み込んで計算した旋回時間を、自分でも見直し、コックピットに伝えてくれた。

その結果を得て、73便は着陸ルートに進入。

現在、最大着陸重量まで機体重量を抑えるために、東京上空を旋回待機中だ。

管制塔から、滑走路への着陸許可が下りるまでは、膠着状態――。

73便以外のフライトを他のディスパッチャーに委ねているから、穣も私もコックピットと管制塔の交信を、息を潜めてモニタリングしている。

時折、彼が現在高度と残燃料を確認するために、73便を呼び出す。

数字を伝え合うだけの淡泊なやり取りを終えて、マイクをオフにした彼に、

「あの……氷室、君」

遠慮がちに、だけど意思を持って声をかけた。

穣はムッと唇を結んで、目線だけ私に返してくる。

「さっき、立花さんに言われたの。氷室君に伝えてって」

彼と目を合わせて、そう切り出す。

彼の表情は、ほとんど変わらない。

ハッと浅い息を吐いて、

「JAK73便の機長の要求を全面支持します……だろ。文句ないよ。従ってるだろ」

シートに大きく背を預け、長い足を組み上げてふん反り返る。

ディスパッチャーの制止を聞かず、胴体着陸を強行する久遠さんにも、それを許可した立花さんにも、ただただ不服なのが、グッと腕組みをする様子からもわかりやすい。

「ううん。それだけじゃなくて」

私がたどたどしく続けると、訝し気に眉尻を上げた。

「『肩の力を抜いて、地上からの操縦を楽しみなさい』……って」

電話越しに、私の鼓膜を直接震わせた、彼女の言葉。

今、自分自身の心にも刻みながら、ゆっくり、噛みしめるようにして告げる。

「……は?」

穣は一拍分の間を置いて、ますます不審そうに眉間の皺を深くした。

「どういうことだろう、って思ってたんだけど」

私は、ぎこちなく微笑んで見せた。

「完璧すぎる氷室君に最適なアドバイスかな、って」

「え?」

「なんだって一人でできちゃう。だから私は、氷室君みたいなディスパッチャーになりたくて、憧れるんだけど」

穣は不快そうに口を噤む。

黙ったままだけど、耳を傾けてくれている。

「久遠さんも言ってた。離陸したら、フライトの全権は機長にある。パイロット、ディスパッチャー、管制官……一番空に精通してるのは、パイロットだもんね」

「なにが言いたい? 八巻さん」

ちょっと苛立ち交じりに、皮肉げに呼ぶ声を挟まれた。

穣の顔が、難しそうに歪む。

「飛行機に関わる全ての人が、安心安全なフライトのために働いてる。だから、一人じゃなくてみんなで分担しよう。空で乗客乗員の命と安全を守るのはパイロット。私たちOCOは、地上から、パイロットを含めた飛行機全体を守る」

彼の眉間の皺が和らがないから、私は眉尻を下げて苦笑した。

「そのためのフライトプランはともかく、操縦の判断は、全面的に機長に委ねる。私たちは地上で、着陸準備を万全にして、待ってよう。……ごめん。上手く伝わらないかな」

「……いや」

穣は唇に手の甲を当て、ボソッと呟いてそっぽを向いた。

「わかる。多分俺、一度言われたことがある」

「え?」

「ディスパッチャーになりたての頃。無我夢中で、周りを見る余裕を失くしてて。あの人から、『周りを信用しないと、せっかく楽しい仕事なのに、楽しめないわよ』って」

鋭い瞳が、ほんの一瞬揺れる。

今もまた、彼の頭の中が立花さんで占められている……。

それをはっきり知らしめられた気分で、私の胸がズキッと痛んだ。

だけど私は、今はその痛みにも真っ向から向き合う。

「素敵なアドバイスだよね」

「え?」

「ディスパッチャーという楽しい仕事を、もっと楽しめるように。この間の、誰のバディになるかって話も……立花さんが言ってくれたから、今の氷室君が在るんでしょう?」

穣が、やや困惑したような瞳を、私に向けた。

正面から目を合わせて、私はちょっぴりはにかんで見せる。

「私は、そんな氷室君のすべてを、ディスパッチャーとして目標にし続ける。もっともっと好きになりたい。憧れって尽きないね。いくらでも限界突破できるくらい」

「っ……」

彼の瞳が、ほんのちょっぴり泳いだ。

「え?」

ややレアな反応にきょとんとして、私は瞬きを返し……。

「あっ! し、仕事だよ? ディスパッチャーって、仕事のこと!!」

『好き』とか『憧れ』とか……穣自身に向けて、熱く語ったようにも聞こえるのを、自覚する。

「……わかってるよ。俺はあんたみたいに、妙な勘違いとかしないから」

穣は、私の古傷を抉る、地味に余計な一言を吐いた。

言うだけ言って、大きな手で顔を隠し、プイと背けてしまう。

「なんか……ごめん」

私は変な汗を額に滲ませ、恐縮しきって肩を縮めた。

穣はそんな私を、横目で窺って……。

「……ふっ」

目を伏せ、小さな吐息を漏らした。

「っ」

この間、最後に会った時にもチラッと見せてくれた、『笑った』といえる表情。

今また、確かに目にして、私の心はガシッと鷲し掴みにされた。

条件反射で胸が弾んだ、その時。

『JAK073,Tokyo tower. Runway C, Cleared to land』

ノイズ交じりの交信が入り、私も穣もハッと身を乗り出した。

到着機との交信を担当するタワーから、滑走路への着陸許可が下りた。

『Reduce minimum approach speed, JAK073』

久遠さんが着陸許可に従って、減速進入をコールする。

いよいよ、着陸する――。

穣と私だけでなく、他のみんなも、OCO内にある大型モニターの前に集まった。

ターミナルや滑走路に設置されたカメラの映像が、大きく映し出される。

羽田で一番長いC滑走路に向けて、一直線に降下するジャンボ機を目視できた。

私は緊張でドクドク跳ねる胸に、固く握った拳を押しつける。

地上に接近しているのに、本当に前輪が下りていない。

後輪しか使えない、胴体着陸……。

怖いのに、一瞬でも目を逸らせない。

瞬きすら堪えて、必死に目を凝らす。

隣に立つ穣も、呼吸まで忘れて、モニターを食い入るように見ている。

「大丈夫だ。機長は久遠さんだからな」

いつの間にか、穣と逆隣りに手塚さんが立っていて、力強い言葉を口にする。

「はい」

私を挟んで、穣が無意識といった様子で返事をした。

近くのデスクから、航空無線の音声が聞こえてきた。

『Minimum』

『Landing』

タワーでは、73便との交信を切らずに、聞いているようだ。

コックピットの久遠さんと副操縦士の、きびきびしたコールアンドレスポンスが聞き拾える。

『200、100……』

機体の高度を告げる、機械音声アナウンスが交じり……。

『50』

次の瞬間、大型モニターの中のジャンボ機が、機首を上げ、後輪を着地させた。

誰もが固唾を飲んで見守る中、まるで滑るように滑走路を走り抜けていく。

前輪を下ろせないため、機体バランスを保つのが精一杯で、減速しきれない。

『オーバーラン』という怖い言葉が脳裏を掠め、私はとっさに首を縮めた。

だけど。

「今だ」

穣が、まるでカンパニーラジオで交信するかのような、鋭い声を挟む。

そして、その声が届いたかと思うほどタイミングぴったりで、ゆっくり機首が下がった。

頭から突っ込むみたいな格好で、機首が滑走路に接触する。

それと同時に、モニターからか無線からか、激しい轟音が響き渡った。

接触した機首部分から、バチバチッと、大きな火花が散る。

白い煙と砂埃が立ち込め、モニター全体が濃い靄で覆われた。

離着陸の様子を見慣れているディスパッチャーたちも、視界不良のモニターに目を凝らして機体を探し……。

「あ……」

滑走路のかなり先端部分で、ジャンボ機は停止していた。

OCO全体が、水を打ったように静まり返る中。

『JAK073, Now, Landing』

何事もなかったかのように、落ち着き払った久遠さんの声が、無線越しに届き――。

手塚さんが、パンパンパンと大きく手を打った。

それに導かれるように、他のみんなも手を叩く。

波紋のように広がる拍手の輪。

もちろん私も、力いっぱい手を叩いた。

「……さすが、キャプテン」

穣は、脱帽、とでも言うような。

だけど、なんとも言えず満足気に口角を上げて、一人、ジッとモニターを見つめていた。

彼のそんな横顔に、私は胸を熱くした。

อ่านหนังสือเล่มนี้ต่อได้ฟรี
สแกนรหัสเพื่อดาวน์โหลดแอป

บทล่าสุด

  • 地上のパイロットは同期の私に塩対応が過ぎる   Cleared for take off

    OCOで初めて過ごした八月は、まるで駆け抜けるように過ぎていった。九月に入り、夏休みも終わって、旅行、航空業界のオンシーズンも一段楽。ピーク時に比べてフライト数も落ち着いて、穣は通常比かなりゆったり……私は相変わらずバタバタと仕事をしている。「八巻さん。小松60便のフライトプラン、フェイストークで受け渡して」「はい」「三十分後、機長とオンラインブリーフィングやるから、準備よろしく」「了解ですっ」気象データを集める間にも、矢継ぎ早に指示が入る。フライト数は減ったのに、私はハイシーズンと変わらない忙しさ……目が回りそうだ。――でも。フライトプランを機長に受け渡すために、社内アプリのフェイストークにフライトプランを移しながら、隣の彼の横顔を窺った。私がこんなにバタバタなのも、それに反して穣がゆったりなのも、私に仕事を任せてくれているからだ。八月最終週の胴体着陸事故前までは、仕事を振ってくれるだけで、『任せてもらえている』という実感には至らなかった。でも今は、左腕くらいには信頼してもらえていると、自負している。彼女だから、じゃない。むしろ穣は意識して、仕事中、努めて事務的に接しようとしている。おかげで、以前以上に塩対応に拍車がかかった……ようにも見えるけれど。私に、異議はない。だって穣は、一歩空港を出るとメガトン級に甘いから。――と言うか、エロい。今はモニターに注がれていて、私を映さない真剣な目も、持て余すようにペンを回す長い指も、燃料重量を自分に刻むみたいに唱える唇も。あと数時間して仕事が終わったら、今夜また私に、あんなこともこんなことも――。「……八巻さん。視線が熱い」「っ」溜め息交じりに言われて、私はハッと我に返った。穣が左手で頬杖をついて、右手の指でペンを回しながら、私を斜めからの角度で見ている。「フライト減って、少しくらい手が空いても、仕事中に妄想する余裕、あんたにはないだろ」「うっ。すみません」私は条件反射で、シャキッと背筋を伸ばした。煩悩を払おうと、両手でパンと頬を打って……。「……なんで、妄想ってバレた……?」思わず首を捻る横で、穣は顔を伏せ、笑いを噛み殺していた。「いや、わかるだろ。そんな食い気味の熱視線。炙られるかと思った」「!」目を細めて揶揄されて、私はカアッと頬を茹らせた。「ご、

  • 地上のパイロットは同期の私に塩対応が過ぎる   何度でも、何度でも

    JAK73便の乗客乗員四百十一名に怪我はなく、全員無事だった。胴体着陸なんて大事故が、目と鼻の先で起きたのに、夏休みシーズンで普段より混雑していた空港ターミナルでも、目立った混乱は見られなかったそうだ。タッチアンドゴーを繰り返さず、一発で着陸を成功させたおかげで、ターミナル内にいた旅客の多くが、そんな事態に陥っていたことに気付かなかったためだ。結果として、久遠さんの判断がすべてにおいて功を奏し、巡航中の機内だけでなく、空港全体の秩序を守った。英雄と崇められてもいい。とは言え、胴体着陸ともなると、航空事故に分類され、重大インシデントに認定される。着陸前から、社内で事故調査委員会が発足していた。明日には、国土交通省による、事故調査チームが調査に入る。それに先立って、社内での聴取が行われることになった。着陸を終えて間もない久遠さんと副操縦士を、社内の調査委員がターミナルで出迎えた。73便の機体整備を担当した航空整備士、胴体着陸を許可した管制官の立花さんとその上司、そして、担当ディスパッチャーの穣と運航支援者の私も招集された。委員も含めて十五人ほどでの聴取は、本社の役員会議室で行われた。私はこの時初めて、ディスパッチャーにも恐れられる、『鬼機長』の久遠さんと対面した。フライトプランの件で、穣と一触即発のやり取りをした記憶も新しい。四本ラインの制服姿が凛々しい、美しい鬼……いや、エリート機長は、ちょっと怖そうだけど、真面目で真摯な印象を受けた。ほんのちょっと……穣に通じるところがある。重苦しい空気の中行われた聴取では、離陸前の機体整備状況に問題はなく、事故の原因も、バードストライクによるエンジントラブルと結論付けられた。その後争点になったのは、穣も反対した、フライトマニュアルに反した一発での胴体着陸という、機長の判断だった。久遠さんは、カンパニーラジオ越しに穣にしたのと同じ説明を繰り返し、立花さんも『久遠機長の操縦技術は確かですから、その判断を信頼し、全面的に支持しました』と答えた。調査委員から意見を問われた穣は、燃料に十分な余裕があったことから、フライトマニュアルに沿って、タッチアンドゴーを試みるのが第一選択だったはず、と答えた。だけど……。「以上が、一ディスパッチャーとしての意見です。私個人的な意見を申し上げますと……今後、自分が

  • 地上のパイロットは同期の私に塩対応が過ぎる   ……さすがキャプテン

    お昼過ぎに瞳からLINEをもらい、あの後の大まかなアウトラインは報告した。でも、散々迷惑をかけてしまったし、ちゃんと謝罪とお礼をしておかなければ……。『今度、時間合わせて会えないかな』それには、『OK!』と、指サインのスタンプが返ってきた。お互いシフト勤務の上、瞳は毎日東京に帰ってくるわけではない。彼女とは、それから一週間後の八月下旬に、空港の職員食堂で会う約束をした。公休明け、私は新任運航支援者フォローアップ研修のために、五日間本社勤務で、氷室君……穣と勤務は別々だった。間に公休を挟んで迎えた、瞳との約束当日。一週間ぶりにOCOに出勤すると、穣の方が公休で不在だった。結局、瞳との約束までに、彼と話すことはおろか、顔を見ることもできなかった――。LINEで伝えた以上のことは、なにも報告できない。お盆のハイシーズンが過ぎ、私たちの業務もだいぶ落ち着いていた。でも、世間はまだまだ夏休みで、業界的にはオンシーズン。お昼のピークを過ぎても、食堂に出入りする職員は多い。私はミートソーススパゲティをのせたトレーを持って、キョロキョロと辺りを見回しながら、奥まで進み……。「藍里、こっち!」大きな柱の影になるテーブルに、CAの制服をビシッとカッコよく着こなした瞳がいた。座ったまま身を捩って振り返り、手を上げて合図してくれる。彼女はフライト合間のブレイク中で、三十分だけ時間を取ってくれていた。「あ」私はやや急ぎ足で、彼女の方に急いだ。その向かいの席に、作業服姿の短髪の男性がいるのを見留めて、少し手前で足を止める。「お疲れ様、八巻さん」私に向けてくれる、素朴で屈託のない笑顔。同期の航空整備士、佐伯君。瞳の彼だ。「えっと……お疲れ様」私はテーブルの側まで歩いて行って、同じ労いを彼に返した。佐伯君も昼食休憩のようだけど、食事は終わっているようだ。彼の前のトレーには、綺麗に空になったプレートがのっている。「ごめんね。充とは、偶然会っちゃって」瞳が、私に向かって両手を合わせる。「ううん。ええと……私、今日は遠慮しようか?」佐伯君は私もよく知る同期だけど、せっかく恋人同士で休憩中なのに、割って入るのは気が引けた。若干腰を引かせて気遣うと、瞳が「なに言ってんの」と頬を膨らませる。「変な気遣わなくていいから、座って」

  • 地上のパイロットは同期の私に塩対応が過ぎる   今、すごく抱きたい

    ――ふわふわする。頭も、身体も。微かな振動を受け、ゆらゆら揺れる。「う、ん……」私は、夢と現の狭間で、呻いた。「……むろ、く」ぼんやりと口にした名前。それが、夢の中だったか、現実で口を突いて出た寝言かも判断できない。自分の身体の感覚も思考も、酷くぼんやりして、曖昧で心許ない。だけど、ただ一つ。胸に当たる硬い感触が、とても温かく心地よかったから、今自分がどんな状況にあったとしても、不安はなかった。「くん、の、バカ……」重い意識の中、なにも恐れることなく、心のままに唇が動く。「意地悪。鬼。冷酷非道。人でなし……」ポッと浮かび上がる罵詈雑言を、意味を考えることもせず、つらつらと口にする。「思わせぶりな、スケコマシ。遊び人。女の敵。……さいてー」最後はむにゃむにゃと言って、口を噤み……。……そんな男でも、私は――。「……好き……」――だから、私も。あの人みたいに、『穣」って呼びた……。……――。「寝言のわりに、随分とこき下ろしてくれるな。今度はどんな夢見てるんだ?」突然、刺々しい低い声に、ふわふわした意識を切り裂かれた。鼻をギュッと摘ままれる感触。――息苦しい。一拍分の間の後、鼻呼吸ができないのを自覚して、「ん、むっ!?」私は、ぷはっと口を開けた。浜辺に打ち上げられた魚みたいに、口をパクパクさせて酸素を取り込む。目蓋の裏が白く明るいのに気付き、バチッと目を開けた。途端に降り注ぐ、黄金色の明かり。私は「うっ」と呻いて、目を眩ませた。何度か瞬きをして明かりに慣れると、真上から降ってくる影にも意識が向いた。うっすら白い膜がかかった視界で、必死に焦点を合わせ――。「……。……氷室、君っ!?」不機嫌そうに眉を寄せる、作り物みたいに整った顔を認識して、私は弾かれたように飛び起きた。途端に襲ってくる頭痛と眩暈に、「う」と額に手を当てる。「やっと気がついたか」溜め息が聞こえる方向に、ぐるんと顔を向けた。氷室君はノーネクタイで、白いシャツの第二ボタンまで開き、シャープな鎖骨ラインをチラチラさせている。眼鏡をかけていなかったから、頬骨あたりの泣き黒子が目に入り、条件反射でドキッとして……。「えっ!? こ、ここここ、ここどこ!?」私は、ひっくり返った声をあげ、忙しなく辺りを見回した。私の部屋ではない。ホテ

  • 地上のパイロットは同期の私に塩対応が過ぎる   よいフライトを

    休憩を終えてデスクに戻ると、午後十時の終業時間までノンストップで仕事だ。このハイシーズンは、とにかくフライト数が多い。午後七時になっても、フライトスケジュールはびっしり。滑走路からは、他社便も含めて、ほぼ分刻みで離陸していく。「八巻さん。午後九時台の関空、伊丹全便、ロードプラン急がせて」カンパニーラジオのインカムを装着した氷室君が、マイクをオフにしながら私に指図した。「すぐ、コントローラーに連絡します」「それから、さっき離陸した広島12便。ランディングで強風の影響受けるかもしれない。気象データ確認して」私が最初の命令を実行しようと、電話の受話器を持ち上げる間にも、間髪入れずに次の指示が入る。「はい。広島、広島……」短縮番号をプッシュして、左の肩と耳で受話器を挟み、右手でマウスを動かす。耳に、『はい、ステーションコントロール部です』と、受話器越しの応答が届いた。「お疲れ様です。運航管理部、八巻です。すみません、午後九時台の広島全便のロードプラン、急いで……」パソコンモニターに展開した、広島の天気図に目を凝らしながら、ほとんど無意識に口を動かすと。「違う。関空、伊丹」隣からビシッと声を挟まれ、マウスを動かす私の手は、条件反射で止まった。「……え?」受話器を右手で支えて、隣のデスクに顔を向ける。「広島は気象データ。ロードプランは大阪」氷室君はこちらをちらりとも見ず、フライトプランを作成しながら、やや棘のこもった声で、一語ずつ区切って繰り返した。私は、言われたことを頭の中で噛み砕いてから、ハッと我に返る。「す、すみませんっ! 急いでほしいのは、九時台の大阪……関空、伊丹便です」冷や汗を掻きながら、電話の向こうのロードコントローラーに訂正した。一年のうちで、一二を争うハイシーズン――。OCOで初めて迎えるお盆シーズンは、目が回るほどの忙しさ……もとい、私は本当に目を回していた。氷室君のフォローで、なんとか無事、関空、伊丹便のロードプランを急かして電話を切ると、半分デスクに突っ伏しながら「ふーっ」と息を吐いた。「氷室君。ロードプラン、あと十分って……」報告しながら、顔だけ彼の方に向ける。だけど、返事はなく。「こちら東京OCO。JAK60便コックピット、応答願います」氷室君は表情一つ変えずに、巡航中のコックピットと交信

  • 地上のパイロットは同期の私に塩対応が過ぎる   こっちこそ、よろしく

    泣いた。辺りを気にすることなく、まるで子供の頃のように、わんわん声をあげて。顔を突っ伏した枕がグショグショになるほど、涙を流して。喉が嗄れて、泣き声も出なくなるほど。涙が枯渇して、全身の水分が失われ、干上がるかと思うほど。思いっきり泣いて、力尽きて泣きやんだ。ゴロンと寝返りを打って、ベッドに仰向けになる。天井を仰ぎ、お腹の底からはーっと息を吐いた。最後の嗚咽の余韻のように、ひくっと喉が鳴る。もう、しゃくり上げる力も残っていなかった。目の上に両腕を翳し、閉じた目蓋に力を込める。「言うな、ってなんなの。真剣なのに、言わせてもくれないなんて、酷い男……」実際に声になっていたか、それともそういう形に唇が動いただけかはわからない。だけど、意識してはっきりと彼を詰れたおかげで、少しだけ気分が晴れる。そうよ。あんな酷い男、仕事以外で尊敬する部分なんて、なに一つない。いくらずっと憧れていたディスパッチャーだからって、一度寝ただけで変な情が湧いて好きになるなんて、いい年してどうかしてた。いや、それだって錯覚だったかも。氷室君と、二度目の夜。あの時の私は、身体は疲れてるのに、頭は冴えて気持ちが高揚していた。心と身体、脳みそがバランスを欠いて、明らかに尋常じゃなかった。私は、彼の意味深な言い回しを、誘われたと勘違いして期待した……なんて方向に、意地悪に誘導されただけだ。いっそ、心を巧妙に操作された、と言い切ってもいい。今日だって、頭の中で脳神経が一本切れたような、興奮状態だった。氷室君は、恋愛に本気になるのは嫌だと言った。私は適当な遊び相手でしかなかっただろうし、『好き』なんて口走らなくてよかった。――止めてもらえて、よかった。「っ……」冷静になって導き出した結論は、絶対正しいと思うのに、彼を詰る私の心は張り裂けそうだった。彼を悪者にして、自分を肯定しようとすればするほど胸が痛み、なんの慰めにもならない。だって今なら、私もよくわかる。私が運航管理部に異動したのは、すでに立花さんが、氷室君に復縁を求めていた頃だろう。自分の都合で氷室君を振っておいて、今もまた、自己中心的に彼を欲しがって。氷室君は、気持ちでは強く突っ撥ねていても、あまりに彼女を理解し難いせいで、思考回路を占領される。そんな自分は、彼女に囚われているかのようで

บทอื่นๆ
สำรวจและอ่านนวนิยายดีๆ ได้ฟรี
เข้าถึงนวนิยายดีๆ จำนวนมากได้ฟรีบนแอป GoodNovel ดาวน์โหลดหนังสือที่คุณชอบและอ่านได้ทุกที่ทุกเวลา
อ่านหนังสือฟรีบนแอป
สแกนรหัสเพื่ออ่านบนแอป
DMCA.com Protection Status