FAZER LOGIN「お久しぶりです。桜さん」龍之介と麗香の結婚式が数日後に迫った日、桜は蔵之介に連れ出され、近所のカフェに出向いた。そこで待っていたのは、いつか支援を申し出てくれた松白屋の専務、斎藤だ。そして……「お久しぶりです。……いつかはごめんなさいね、追い出すような真似をして」斎藤の隣には、真理がいた。あの日の華やかなワンピースとは違い、黒のかっちりとしたスーツ、そして長い髪はきちんとまとめられている。「私の真意は聞いてないと思うから説明させてください。あの日西龍会の屋敷に行ったのは、あなたのことと、正直に言えば百合のこともあったからなんです」4人で座った広々としたテーブルの向こうは全面ガラス張りの窓で、庭に咲く色とりどりの花や緑が風に揺れていた。「桜さんの存在を斎藤さんに聞いて、とっさに、また龍之介は女性を不幸にすると思った。……だってそうでしょ?婚約者がいるのに桜さんを屋敷に呼んで手元に住まわせるなんて……」「はたから見れば、そうかも知れません。でも私は、龍之介さんに助けられたんです。傷つけられるどころか、私のために怪我までして……だから、とても感謝しています」「確かに……あなたをあっさり追い出すのを見て、本当に守りたいと思ってるってわかったわ。だからこそ、支援したいと思います。彼から離れて、1人で生きていく決意をしたあなたを……」頭を下げる桜の横で、蔵之介も頭を下げてくれた。……いつの間にか、兄のような存在になって、そばにいてくれる蔵之介。そんな彼とも、別れは近い。「俺には、たまに酒でも奢らせろよ?」こちらの考えが伝わったかのような申し出に、桜は笑ってうなずく。「はい…!酒じゃなくて、ご飯でお願いします」そこは否定しなくていいだろう。蔵之介さんにも、たくさん助けてもらったのだから。「新しい住まいは、桜さんの希望で更川市に準備しました」そこは室井酒店に近い場所だった。美紀に連絡をして、嬉しい報告を聞いて……そこを希望したのだ。「ありがとうございます。入居費用は……」「それは支援させていただくのでご心配いりません。申請すれば自治体が出してくれるお金もありますから。その辺については引っ越されてからご説明しますね」斎藤に、後は引っ越すだけだと言われ、桜はうなずいた。「あの……ひとつだけ、よろしいでしょうか」桜には決めていたこと
「それなら俺が指名する」「はぁ?なんだよそれ……体験入店で指名とか、できるわけないだろ」「だったら体験入店なんてさせるかよ」キッパリ言って、龍之介は桜を見下ろす。その熱いまなざしに、蔵之介は呆れたような諦めたような表情になり、指先で追い払うような仕草をして見せた。 「体験入店で指名ってあんまり聞かないけど……普通にお金を払ってくれるならいいよ?」「紗奈の部屋」という場所に潜入し、こちらの希望を伝えると、店長はそう言って龍之介に片手を差し出した。2時間コース2万円に1万プラスして、龍之介は店長の胸ぐらをつかんだ。「……ちょっと探してる奴がいるんだわ。モニター見せてくんねぇか」「……え、あんた、」「俺の顔、知らねぇか?」店長は近づいてくる龍之介の顔にほんのり頬を染め「……めっちゃイケメン」と呟いたので、思わず笑ってしまった。「それらしい人はいませんね……」モニターをひとつひとつ確認し、坂上らしき人物を探すも見つからない。「今は風呂場にいるってことも考えられるからな」「風呂場……」そんなに広くなさそうな部屋に、風呂場までついているのかと感心する。龍之介はそんな桜に目を細め、脇で小さくなっていた店長に携帯の画面を見せ、もう一度吊るし上げた。「この男、ここへ来たろ?」「いえ……」「嘘つくと面白くねぇことが起こるぞ?」ギュッと腕をひねり上げ、凄む龍之介を、店長はうっとりした目で見つめ返す。「どんな……面白くないことですかぁ……」そこで突然腕を離し、そばでやり取りを見ていた桜の肩を抱く。「ダメだこの男、生粋のМだ」「М……」確か痛めつけられると喜ぶというタイプの人のことだと察する。そこで、各部屋を探ってみることになった。店長に言わせると、現在塞がっている部屋は5室。「いずれもセーラー服を希望されてます」「……その情報はいらねぇわ」驚いたことに、部屋に鍵はかかっておらず、中に入るのは簡単だった。中にいる人に見つからないように部屋に入っていき、坂上かどうかを確認する。結局、5室に入っていたのは全部別人だとわかった。「あの……少し休まなくて大丈夫ですか?」「あぁ、そうだな。少し休むか」怪我をかばいながら狭い通路を進んでいくのは大変だろう。汗を浮べた龍之介は、勝手に空き部屋を探し、中に入った。「……え、これ、なんで
「桜ちゃん、こっち向いてみ」蔵之介に呼ばれ、歩きながら見上げると、目元にストン……とメガネがかけられた。「これ……」「ダサい黒縁メガネ。桜ちゃんも変装して?」「あ、ありがとうございます」向き直れば、メガネの枠越しに、派手なネオンがきらめく怪しいお店が乱立しているのが見える。 調査するエリアに入ったようだ。蔵之介は手下に二手に分かれるよう指示を出し、桜と歩き始める。するとものの数秒で、艶めいたドレスを着た美女にかこまれてしまった。「蔵さん、こんな所に来るなんて珍しいじゃない……ねぇ、うちで飲んで行ってよ」「琴音ママのところだとぼったくられるだろ。勘弁してよ」頬に伸びてきた細い手を掴み、蔵之介は軽く甲に口づけた。なんだか……見てはいけないものを見てしまった気がして、思わず蔵之介の後ろへ隠れる。それに全然変装の効果がない……ふと辺りに目をやったのは、当然坂上の姿を探したから。でも目に入るのはすべて、色鮮やかでセクシーなドレス姿のお姉さんばかり。きっと、人だかりができる……そっと覗き込んでみれば、蔵之介もまんざらではない様子だし、私も手下の人たちと一緒に行けば良かった。そんなことを思っていると、黒いスーツの一団が、少し先を歩いていくのが見えた。蔵之介や龍之介のような雰囲気をまとい、夜だというのにサングラス。……これはきっと、どこかの組織かもしれない。……そのなかに、強面の男たちに挟まれ、明らかに雰囲気の違う男がいるように見えた。どこに入っていくのかだけ見てみおこう。そのためには蔵之介から離れなければならない。見上げれば、綺麗なお姉さんに囲まれ、蔵之介もまんざらでもない様子。そこで思い切って蔵之介から離れ、男たちが向かう方向へ距離を取りながらついていってみることにした。「紗奈の部屋……?」薄いピンク色の置き型看板の脇に入っていくのを確認し、近づいてみると……スナックでもバーでもなく、それだけしか書いていない。看板の脇に地下へ潜る階段があり、一団もそこに入っていくのが見えた。「……?」とりあえず入った場所だけ押さえたので、蔵之介の所へ戻ろうと踵を返す。すると目の前にスラリとした男性が行く手をふさぐので、驚いてその顔を見上げた。「君、面接の子かな?」「あ、いえ……違います」謎の店のオーナーか店長だろうか。……父親に売られた
「龍之介さん……大丈夫なんですか」松葉杖をついて近づいてくる龍之介に気づいて、桜は慌ててそばに行き肩を貸す。「あ、まぁ…大丈夫だ」近寄って顔を見上げると、厳しく光っていた目が穏やかになるのを感じた。「……何しに来た」「あ……?聞いてねぇのか?人混みは危険だ」「あの……伝えました。今から向かうと」蔵之介の不機嫌な問いかけに、龍之介が不機嫌に答え、和哉が慌ててつけ足すという、不穏な雰囲気。「今日は蔵之介さんが誘ってくれたんです。……龍之介さんが怪我をしたのに不謹慎ですけど、気分転換に動物園と言われて、つい来てしまいました」「龍之介には麗香が付ききりだったろ?……可哀想だと思わないわけ?」私の説明に、蔵之介がボソボソつけ足し、龍之介の視線が下がった。「……だとしても、人混みは危険だろ。映画館を忘れたのか」龍之介の言葉に、桜が賛成した。「そうですね。あの……帰りましょう。カバの楽園はもう見終わったし」「いや、今日は俺1人じゃないから平気だろ。……和哉、車椅子持ってこい」言いつけられて和哉が飛んでいき、用意された車椅子におとなしく龍之介が座った。「……俺、押しますので!」「……おいっ!」和哉の手を払った龍之介の視線が、桜に飛んできた。「はい、私が……押します」両脇を和哉と蔵之介に守られ、園内を回ることになった。初めに目に入ったのは、アフリカ象の檻。「……わぁ、大きいっ、象……象ですよ?龍之介さんッ」「……あぁ、象だな。象……うん、象だ」耳をバタバタさせる姿に、ノシノシと歩く姿にはしゃぐ桜。龍之介が普段見せない優しい目を向ける。「……子供の頃、クラスメイトが家族で動物園に行った話をしてて、すごく羨ましかったんです。私も行ってみたいって思ってました!」象の檻の隣には、シマウマ、そして……「……き、キリンです!キリンが……!」 車椅子を押すのも忘れ、動物の檻に走っていく桜。長い首を見上げる姿は子供のようだ。「……エサ、やってみる?」蔵之介の提案に振り向く桜の目は輝いている。そんな彼女を、龍之介と和哉はうっとりした目で見つめた。その後も、ライオン、トラ、ゴリラの檻の前に貼り付き、熱心にスタッフの説明を聞いた。……気づけば、昼の時間がとうに過ぎている。「桜、お前も何か食べないと、歩けなくなるぞ?」「そうですね、皆さん…
「……やめろっ!」 いやらしく触る手に虫酸が走る…… 力任せに麗香の手を払い、シャワーの栓をひねった。 「……は、恥ずかしいの?ちゃんと、反応しはじめたのに……」 「生理的なもんだ。欲だけで女を抱ける年齢はとっくに過ぎた」 「なによそれ……桜ちゃんじゃないと満足できないっていうの?」 こんな場面で桜の名前を出すのも嫌だった。 「悪いが、俺はお前を抱けない。お前はいつまでも幼なじみで友達って存在だ」 バスタオルで体を拭き、腰に巻いて後ろ向きのまま言う。 「お前は外に恋人でも何でも作れよ。いくらでもいるだろ、お前の気を引きたい男なんて」 ……嗚咽が聞こえたような気がしたが、慰めてやることなど、俺にはできない。 そのまま部屋に入った俺に、麗香はもう声をかけてこなかった。 「……確認してきました。遺体は間違いなく滝川正雄。桜さんの父親に間違いありませんでした」 やがて和哉が帰り、報告に来た。 ……楓卿組と、あの河川敷辺りを管轄する警察には知り合いがいる。和哉はそこと連絡を取って情報を得たようだ。 「わかった。お疲れさん」 「あと、坂上の行方なんですが……」 「あぁ、ついでに探ってくれたのか」 「はい、それによると……桜さんに接触した後の痕跡がまったく消えてしまったようで、もしかしたら海外逃亡の可能性もあるってことでした」 「……海外」 確かにそれも視野に入れるようだとは思っていた。だが、もしまだ日本にいるとしたら…… 「坂上もニュースを観て、河川敷で発見された遺体は、場所からして滝川である可能性を疑うだろうな。……だとしたら、自分も危ないと思うはずだ」 組に連絡もなく海外へ逃げた事がわかったら、それこそ楓卿組や龍城組の怒りを買って、今度は2つの組織から逃げなければならなくなる。 ……そこまでするだろうか。 「和哉」 思いついた可能性に焦る。 立ち上がり、和哉の肩に手をかけながら言った。 「蔵が桜を連れ出したって、どこへ行ったか聞いてるか?」 「はい、一応……移動のたびに連絡が入ってますが」 「……ったく、なんで俺に直接連絡してこねぇんだっ!」 「……え、あの……龍之介さん?」 肩につかまりながらドアに向かう俺に、和哉は心配そうな視線を注ぎ、松葉杖をよこ
「何しやがんだぁ…っっ!」和哉が足元に広がる血に気づき、ナイフを奪って父親に振りかざす。龍之介は組長の胸ぐらをつかみ、そのこめかみに銃口を当てた。「……悪いことは言わねぇ。坂上を出せ」「そ、それは……」さすがにチャカが出てくるとは思わなかったのだろう。組長は途端にブルブルと震え出した。……それもそのはずだ。俺に拳銃を持たせれば躊躇なく撃ち、しかも急所は絶対に外さず、確実に命を取るから。「……少し急所をはずやしてやろうか、その方がずっと苦しむもんなぁ」こめかみの銃口をわざとチラチラ動かしてやれば、男たちも手出しできずに固まった。「……い、今はうちで仕切ってる店を転々としてる。か、帰らない時もあるが、来たらすぐに……すぐに、連絡する」気づけば組長のデスクと足元には、血溜まりが出来ている。龍之介はデスクの血溜まりに自分の手のひらをバンッとついて、組長を見上げた。「……あの男を俺に差し出すだけだ。簡単だよな?」裏切ったらその報復に来るということ。龍之介の血が飛び散って汚れた顔を何度も縦に振り、組長は後ずさった。「仕留めなかったのか」車に乗ってから和哉に尋ねた。「はい。あんな状態じゃ、すぐにその辺に捨てられるでしょう。どのみち命は終わります」震え上がる組長を尻目に、事務所を出ようとして、自分と同じように足を刺された父親が悶え苦しんでいるのを見た。「なるほど、いい判断だな」坂上の行方がわからなかったのが心残りだが……刺された手のひらと太ももをきつく布で巻かれ、龍之介と男たちは屋敷に帰宅した。「……龍之介っ!!」屋敷に入ったとたん、飛び出してきたのは麗香。「怪我……刺されたの?ねぇ、手のひらって……どういう状態?!」「あぁ……たいしたことねぇよ」血に染まった布を見て心配してくれるのはありがたいが……俺の目は先に、桜の姿を探してしまう。「……龍之介さん、おかえりなさいませ」玄関の正面にある大きな階段。その踊り場に現れた桜に、近づこうと歩みを進めようとして……「だめよ龍之介。動いたら、傷に触るわ」妙にキッパリと、怪我をしていない方の腕を引っ張る麗香。「……うるせぇよ」力任せに腕を引く俺に、燃えるような目を向けてきた。こいつは本当に、いつからこんな女になったんだ……「和哉、肩を貸せ」やり取りを階段で見ている桜に、支え







