Share

これからも二人で

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-09-21 20:04:32

 夕食は、佳苗が宿を決めるきっかけになった料理だった。

「これ見て。写真より豪華じゃない?」

「それが決め手だったんだろ」

「海も決め手だよ」

「二番目くらいか?」

「……同率一位」

 雄吾が笑う。

 料理が運ばれてくるたびに、佳苗は写真を撮った。

「それも母親に見せるのか?」

「これは恵かな。絶対『ずるい』って言うと思う」

「食べる前に冷めるぞ」

「あ、待って。これで最後」

 慌ててスマートフォンを置き、箸を取る。

 結婚してから初めての旅行。

 そう考えると特別な気もするのに、雄吾と話していることは普段とあまり変わらなかった。

 仕事のこと。

 家のこと。

 途中で見つけた変な土産物のこと。

 それが佳苗には心地よかった。

     ◇

 食事を終えて部屋へ戻ると、窓の外は

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   社長夫人

     結婚してからしばらく経っても、佳苗の仕事そのものは何も変わらなかった。 朝は決まった時間に出社し、請求書を確認して、契約書類を整理する。 月末になれば忙しいし、入力を間違えれば普通に注意される。 榊原雄吾と結婚したからといって、仕事が勝手に終わってくれるわけではない。「榊原さん、これ確認お願いします」「はい」 差し出された書類を受け取り、佳苗はパソコンへ向き直った。 結婚に伴って姓が変わったため、最初こそ呼ばれるたびに反応が遅れたが、それにもようやく慣れてきた。「あ、そういえば榊原さん」「はい?」 隣の席の女性が、ふと思い出したように尋ねた。「旦那さんって、会社の社長なんですよね?」「そうですけど」「すごいですよねえ」 結婚した頃にも何度か聞かれた話だ。 佳苗は曖昧に笑って、再び画面へ目を戻そうとした。「じゃあ、別に働かなくてもいいんじゃないですか?」 手が止まった。「……え?」「だって社長夫人でしょう?」 女性に悪意があるようには見えなかった。「私だったら絶対辞めちゃうなあ。毎日働かなくても生活できるなら、仕事なんてしたくないですもん」「私は仕事を続けたいので」「へえ」 そこで会話は終わった。 佳苗も、それ以上気にしなかった。     ◇ けれど、その日の午後。「榊原さん、これお願いしてもいい?」 同じ部署の社員から、書類の束を渡された。「これ、今日中ですか?」「できれば」「分かりました」 受け取って確認すると、単純な入力作業だった。 予定していた仕事の順番を少し変えれば対応できる。 佳苗が作業を始めようとしたところで、少し離れた席から声が聞こえた。「いいなあ、余

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   それぞれの予定

     母との関係が少しずつ落ち着いてきた頃、佳苗の仕事も忙しくなっていた。 月末の処理に加え、新しい社内システムへの移行が重なり、ここ数日は帰宅時間も遅い。「ただいま……」「おかえり。遅かったな」「疲れた」 玄関で靴を脱ぎながら、佳苗は大きく息を吐いた。「ご飯あるぞ」「雄吾が作ったの?」「買った」「ですよね」「何を期待した?」「ちょっとだけ」 リビングへ入ると、テーブルには温めるだけの惣菜とスープが並んでいた。「十分。ありがとう」 佳苗が席につく。「そういえば、来月また研修あるかもしれない」「泊まりか?」「今度は日帰り。ただ土曜日」「行きたいのか?」「うん。新しいシステムの実務研修だから、受けといた方が楽そう」「なら行けばいい」「うん」 以前なら、休日に仕事の予定を入れることへ少し罪悪感があった。 雄吾との時間が減る。 結婚したのだから、休日くらい一緒に過ごした方がいいのではないか。 そんなことを考えていたかもしれない。「雄吾、その日予定ある?」「ある」「あるんだ」「取引先とゴルフ」「じゃあちょうどいいね」「そうだな」 あっさり話が終わる。 佳苗はスープを一口飲んで、ふっと笑った。「何だ?」「いや。夫婦って、もっと何でも一緒にするものだと思ってたなって」「毎週一緒にいるだろ」「そうなんだけど」「別々の予定があったら別々に動けばいい」「うん。今はそう思う」     ◇ 翌日の昼休み。 母からメッセージが届いた。『来月、また美術館へ行くことになったの』

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   帰ってから話すこと

     翌朝。 窓の外には、朝の光を反射した海が広がっていた。「雄吾、起きて。海きれい」「……何時だ」「七時」「早いな」「朝ご飯八時だよ」「なら七時半でいいだろ」 そう言いながらも、雄吾は起き上がった。 佳苗は窓辺から何枚か写真を撮る。 昨日とは違う海。 帰ったら母にも見せようと思った。     ◇ チェックアウトを済ませたあとは、昨日見つけた店へ向かった。「これがお母さん。こっちが恵で……」「美佐子には?」「今選んでる」「会社は?」「それも」「自分たちの分は?」 佳苗の手が止まる。「忘れてた」「人の分ばっかりだな」「じゃあ何か買おう」 二人で店内を見て回り、結局、自宅用には小さな瓶詰めを選んだ。「これなら朝ご飯にも使えるね」「佳苗、朝食べるのか?」「旅行から帰った直後くらいは食べるかもしれない」「期間限定か」「努力目標です」 雄吾が笑った。     ◇ 帰宅した翌日の夜。 佳苗は母へメッセージを送った。『旅行、楽しかったよ。今度写真見せるね』 返事はすぐに来た。『おかえりなさい。よかったわね』『お母さんの美術館は?』『楽しかったわ。思ったより長居しちゃった』『じゃあ、お互い話すこといっぱいあるね』 送ってから、佳苗は少し笑った。 以前は母と会えば、何を聞かれるのだろうと警戒していた。 今度は、自分から話したいことがある。『そうね。今度お茶しましょう』『来週なら土曜の午後空いてるよ』『私も大丈夫』 そこで約束は決まった。     ◇ 土曜日。 以前と同じ駅前のカフェで、佳苗は母と向かい合った。「これ、お土産」「いらないって言ったでしょう?」「私が買いたかったの」「……ありがとう」 母は小さな箱を受け取り、嬉しそうに眺めた。「それでね、部屋からの海がすごかったの」 佳苗はスマートフォンを取り出した。「ほら」「まあ、きれい」「こっちは朝」「全然違うのね」「あとこれが夕食」「すごい量ね」「これ目当てで宿決めたの」「やっぱり佳苗は食べ物なのね」「お母さんまで雄吾と同じこと言う」 二人で笑った。 今度は母が美術館のパンフレットを取り出す。「私はこれを見てきたの」「へえ。きれい」「実物はもっとよかったわよ。それでね――」 話す母の顔を見ながら

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   これからも二人で

     夕食は、佳苗が宿を決めるきっかけになった料理だった。「これ見て。写真より豪華じゃない?」「それが決め手だったんだろ」「海も決め手だよ」「二番目くらいか?」「……同率一位」 雄吾が笑う。 料理が運ばれてくるたびに、佳苗は写真を撮った。「それも母親に見せるのか?」「これは恵かな。絶対『ずるい』って言うと思う」「食べる前に冷めるぞ」「あ、待って。これで最後」 慌ててスマートフォンを置き、箸を取る。 結婚してから初めての旅行。 そう考えると特別な気もするのに、雄吾と話していることは普段とあまり変わらなかった。 仕事のこと。 家のこと。 途中で見つけた変な土産物のこと。 それが佳苗には心地よかった。     ◇ 食事を終えて部屋へ戻ると、窓の外はすっかり暗くなっていた。 昼間とは違い、遠くにいくつもの灯りが浮かんでいる。「きれい」 佳苗は窓際の椅子に座った。 雄吾も向かいに腰を下ろす。「また来たいな」「気に入ったのか?」「うん。でも次は違うところでもいいかも」「どっちだよ」「だって、まだ行ったことないところいっぱいあるし」 佳苗は笑ってから、ふと考えた。「雄吾は、どこか行きたいところないの?」「海外」「急に規模が大きい」「聞いたのは佳苗だろ」「そうだけど」「休み取れるならな」「じゃあ、そのうち行こうよ」「ああ」「そのうちって、いつ?」 以前なら、そこで話を終わらせていたかもしれない。 いつか。 そのうち。 できたら。 けれど今は、それでは少しもったい

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   夫婦で見る海

     旅行当日。 電車を降りると、潮の匂いがした。「海!」 駅前から遠くに見える青い水面に、佳苗は思わず声を上げた。「まだ遠いぞ」「見えたからいいの」 佳苗はスマートフォンを取り出し、さっそく一枚撮る。「それ、駅前の道路が半分入ってるけどいいのか?」「記録だからいいの」「俺の写真には厳しかっただろ」「雄吾は上手に撮るって言ったじゃん」「言ってない」 二人でそんなことを言いながら、宿へ向かった。     ◇ チェックインにはまだ早かったため、荷物だけ預けて海沿いを歩く。 観光客向けの店が並び、干物や菓子の看板が目に入った。「これ、お母さん好きそう」 佳苗が足を止める。「土産はいらないって言われてなかったか?」「言われたけど、買っちゃ駄目とは言われてない」「そういう理屈か」「小さいのならいいでしょう?」 佳苗は焼き菓子を一箱手に取った。 その隣に、別の味が並んでいる。「あ。こっちは恵が好きそう」「結局二つ買うのか」「雄吾のお母様にも買うよ?」「じゃあ三つだな」「会社にもいるかな」「増えてるぞ」 雄吾が呆れたように笑った。 佳苗も笑いながら商品を戻す。「帰る日に買おう。荷物になるし」「それがいい」 海辺まで降りると、風が強かった。「わ、髪すごい!」「写真撮るか?」「今は絶対嫌!」 そう言ったのに、雄吾がスマートフォンを向ける。「ちょっと!」「母親に見せるんだろ?」「こんなの見せないよ!」「自然でいいんじゃないか?」「雄吾も撮るからね」 佳苗はすぐに自分のスマートフォンを構えた。

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   言ってくれれば

     連休が近づいた金曜日。 仕事を終えた佳苗が駅へ向かっていると、母から電話が掛かってきた。「もしもし?」『佳苗、今大丈夫?』「うん。仕事終わったところ」『旅行、来週だったわよね』「そうだよ」『楽しみね』「うん。宿も予約したし、あとは行くだけ」『そう』 母の声は明るかった。『私もね、ちょっと出かけることにしたの』「そうなの?」『昔の友達に連絡してみたら、ちょうど連休の一日が空いてるっていうから、美術館に行くことになったのよ』「いいじゃん」『そのあと食事もするの』「楽しそう」『ええ。久しぶりだから楽しみよ』 佳苗は自然に笑った。「よかったね」『……うん』 少しだけ間が空く。『この前、友達を誘ってみたらって言ってくれたでしょう?』「言ったね」『最初は、今さら連絡するのもどうかと思ったんだけど』「でも誘ってみたんだ」『そう。向こうも久しぶりに会いたかったって』「じゃあ、本当にちょうどよかったね」『ええ』 母はそこで笑った。 佳苗が最近聞いていた、どこか寂しさを含んだものとは違う声だった。     ◇ 帰宅してからその話をすると、雄吾は夕食の支度をしながら頷いた。「よかったな」「うん。なんか、ちょっと安心した」「何が?」「お母さんにも、お母さんの生活があるんだなって」「そりゃあるだろ」「そうなんだけどね」 佳苗は食器を並べながら笑う。「ずっと、私か恵が相手しなきゃいけないみたいになってたから」「それで全部満たそうとしたら、お互いしんどいだろ」「うん」 母が友達と出かけ

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   監視する妹

     ホテルへ入る佳苗と雄吾。 暗い夜道で撮られたはずなのに、驚くほど鮮明だった。「……どうして」 佳苗の指先が震える。 まるで誰かに見張られていたみたいだった。『ねぇお姉ちゃん』『その人、誰?』『もしかして浮気?』 次々届くメッセージ。 佳苗は顔を青ざめさせた。 浮気。 その言葉に胸が痛む。 裏切っていたのは悟たちの方なのに、なぜ自分が責められなければいけないのだろう。「見せろ」 雄吾が静かにスマホを受け取る。 メッセージ画面を見た瞬間、その目が冷えた。「……なるほど」「先輩」「撮られていたな」 低い声。 感情を押し殺したような響き。「どうしよう……」

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   今夜だけでも、俺を頼れ

    「俺は昔から、お前しか欲しくない」 低い声が耳元で響く。 佳苗は息を呑んだ。 車内の空気が熱い。 逃げ場がない。 雄吾の視線は真っ直ぐで、冗談の気配なんて微塵もなかった。「……先輩」 喉が震える。 理解が追いつかない。 昔から? ずっと? そんなはずない。 自分は特別な人間じゃない。 妹みたいに愛嬌があるわけでも、美人なわけでもない。 ただ都合よく利用されるだけの女だった。「信じられないか」 雄吾が静かに言う。 佳苗は答えられなかった。 すると雄吾は小さく息を吐き、身体を離す。「まあいい」「え……」「今すぐ答えを求める気はない」 その言葉に、佳苗は

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   監視されていた女

     もう二度と、お前をあいつらのところへ戻したりしない。 その言葉が、佳苗の胸に重く落ちる。「……どうして」 気づけば口にしていた。 雄吾が視線を向ける。「どうして、そこまでしてくれるんですか」 本当に分からなかった。 大学時代、少し関わりがあっただけ。 卒業後は一度も会っていない。 それなのに、この男は突然現れて、自分を助けると言う。 しかも、まるで最初から全部知っていたみたいに。「昔世話になった」 雄吾は短く答えた。「レポート、覚えてるか」 佳苗は目を瞬く。 大学二年の頃。 雄吾が長期入院していた時期があった。 単位が危ないと聞いて、佳苗は講義ノートをまと

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   逃がすつもりはない

    「やっと捕まえた」 耳元で囁かれた低い声に、佳苗の心臓が大きく跳ねた。 捕まえた。 その言葉は、優しいのにどこか危険だった。「榊原、先輩……?」 佳苗が戸惑う中、雄吾は佳苗の手首を掴んだまま、ゆっくり顔を上げる。 その視線の先には、こちらへ歩いてくる悟がいた。「佳苗!」 苛立った声。 悟は佳苗を見るなり、露骨に顔をしかめた。「何やってんだよ」 だが次の瞬間、雄吾の姿に気づき、動きが止まる。「……誰?」 警戒した声音。 雄吾は答えない。 ただ静かに佳苗の前へ立った。 庇うように。 その背中の広さに、佳苗は息を呑む。「佳苗、こっち来い」 悟が手を伸ばす。 

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status