LOGIN仁美は、山口家の令嬢に見捨てられた俺様系社長・宮下直樹をひたすら追い続けていた。 直樹が山口家の令嬢のために豪雨の中で一晩立ち尽くした夜、仁美は彼の傍らで、ただ黙って傘を差し続けた。 直樹はある事で直樹父に鞭で九十九回打たれ、仁美は名医の家の前に一晩中跪き、彼のために薬を求めた。 直樹が骨髄提供で思わぬ入院生活を送ったときも、仁美は三か月間、片時も離れず彼の傍に寄り添った。 山口家の令嬢が海外に出発したその日、ようやく直樹の心は仁美に傾いた。 結婚から三年。二人は京市一の模範夫婦と呼ばれるようになった。 だが結婚記念の日、仁美は直樹のバッグの中に一通の書類を見つけてしまう。それは山口舞が送ってきた訴状だった。 子供っぽく書かれたその訴状の内容は、直樹に空港まで迎えに来させ、そして二人が恋人同士だった頃に彼女が手作りのプレゼントをその場で返してほしいというもの。 仁美は直樹と同じ法律事務所で働き、普段扱う書類はすべて彼女の手を経ていた。 だからこそ、直樹がこの訴状だけを、わざわざ別に取り出していたのを見た瞬間、仁美は理解した。自分たちの愛も、ここで終わりを迎えるのだと。
View More直樹が引きずられていくとき、彼はまるで猛獣のように低く唸りながら、必死に仁美の名を呼び続けた。その声は哀願に満ち、卑屈なほどに掠れている。視線はただ、和也の手を握る仁美に釘付けで、今にも飛びかかって二人を引き裂こうとするかのようだった。かつて自分だけのものだった彼女は、今や他の誰かの隣にいる。心臓が引き裂かれるように痛んだ。呼吸は荒くなり、視界は涙で滲み、祈るように彼女の名を呼ぶ。「仁美......すまない、本当にすまない......」けれども、すでに背を向けた仁美は応える気がなかったのか、それとも補聴器を外していて聞こえなかったのか、二度と振り返ることはなかった。その瞬間、直樹は痛感した。あの日仁美が自分を見つめながら、彼が何の躊躇もなく舞を選んだ時、彼女の心を貫いた痛みがどれほど深いものだったのかを。無様に追い出された彼は、ふとドアから仁美と和也が並んで歩き、駐車場へ向かう姿を見つけた。我を忘れ、彼はそのまま車道へと駆け出した。しかし走ってきた車は急停止できず......ドンッ!轟音とともに彼の身体は宙を舞い、そして地面に叩きつけられた。全身を貫く激痛、内臓がねじれる感覚がする。視界は闇に閉ざされ、最後の力で名を呼ぶ。「仁美......行かないで......」そして、彼は長い夢を見た。夢の中で彼は再びあの日の結婚式に立っていた。純白のウェディングドレスに身を包んだ仁美がゆっくりと自分のもとへ歩み寄ってくる。彼女を見た瞬間、彼の目はたちまち赤く染まり、堪えきれず涙がこぼれ落ちた。「どうして誓う前から泣いているの?」彼女の表情は、先ほどまでの嫌悪を帯びたものではなく、代わりに微笑みながら彼の目尻の涙をそっと拭っていた。彼はその手を強く握りしめ、自分の胸元に押し当てる。「俺は......俺は一生、仁美のそばにいる。だからどうか、離れないでくれ......仁美、愛してる......仁美......」直樹は目が覚めた。頬を伝う涙が枕を濡らしていた。直樹はがばりと身を起こし、その顔は紙のように蒼白だった。ふと横を向いたとき、そこには仁美が静かに座っていて、その瞬間彼の瞳からは涙が溢れ出し、まるでまだ夢の続きを見ているかのように思えた。「仁美はそんなことしないって、俺、わかってたよ
直樹は目を細め、充血した瞳が真紅に染まっていた。「俺は彼女の退職に同意した覚えはない。黙って姿を消すことも許していない。だから彼女は今でも俺のもののはずだ」和也はまるで笑い話でも聞いたかのように、ふっと笑い、ゆっくりと仁美の手を握り、その指に輝く二人のペアリングを見せつけた。「お二人はとっくに離婚していたが?言ったはずだ、仁美はうちの者だと。宮下さん、清水家を敵に回すのは構わないけど、そんな力、あなたにはあるのか?」この指輪の輝きは鋭い刃のように直樹の目を突き刺し、理性という名の糸がぷつりと切れた。彼は歯を食いしばり、胸の奥に渦巻く怒りをどうにか抑え込み、和也の得意げな顔を殴り倒さずに踏みとどまった。深く息を吸い込み、初めてその声に懇願の色が滲む。「仁美、あの時のことはすべて俺が悪かった。舞がしたことはもう知っている。彼女は罰を受けた。だから、一度だけでいい、俺を許してくれないか?償いは必ずする。頼むからこんな方法で俺を罰するな」仁美は冷ややかに一瞥をくれた。その目は見知らぬ人間に向けるようで、そこに感情の欠片すらなかった。「お断りします」その潔い言葉は刃のように鋭く、直樹の心臓に深々と突き立ち、血をかき回す。彼は罵られ、殴られる方がまだよかった。無視される方が、はるかに堪えた。直樹の顔色は瞬く間に蒼白に変わり、瞳に痛切な色が浮かんだ。「仁美は以前そんな人じゃなかった。俺たちは一生一緒にいるって、約束したじゃないか」仁美は小さく笑った。その笑みには侮蔑が混じっている。「あなたは過去に生きているのね」彼女は直樹の驚愕した目を正面から受け止め、その愛しているという眼差しを見て、心底可笑しいと思った。仁美は彼をつぶさに見やった。髪はきっちりと撫でつけられ、背広も靴も新品同様、外見は華やかで威圧感があった。だが、充血した眼と深く刻まれた隈が、この数日まともに眠っていないことを暴き出していた。かつてなら、その姿を見て心を痛めただろう。だが今は、何も感じない。「山口が去ってからも、あなたは彼女に未練を残し、私と結婚したのも罪悪感からだった。長い年月をかけて捧げてきた私の想いがようやく報われたのだと錯覚したけれど......可笑しいと思わないの?あなたたちを成就させてやったというのに、また私に愛してい
仁美は聞き覚えのある姓を耳にした瞬間、全身が一瞬固まった。すぐに視線を伏せ、唇をきゅっと結ぶ。このプロジェクトが和也によって何か月も追いかけられ、会社全体が重視していることを彼女は知っていた。もし自分が口を開けば、和也は迷わず彼女のために断るだろう。だが彼女は、仲間たちの努力が無駄になるのを望まなかった。ましてや、自分と直樹はすでに離婚している。ただ顔を合わせるだけなら大したことではない。彼女は和也を困らせたくなかった。「......私が行くよ」ハンドルを握る和也の手に、力がこもる。瞳が暗く沈んだ。「会いたくないなら僕から断るよ。清水家の規模からすれば、たかが一つのプロジェクトなど、なくても困りはしない。あの男が仁美を傷つけたことを思い出すだけで、僕は......」仁美の瞳が柔らぎ、車が家の前に停まったとき、彼女はそっと彼の頬に口づけた。「この件が終わったら、和也のご両親に会わせてね」和也は一瞬呆然とし、すぐに顔を赤らめ、少年のようにしどろもどろに答える。「......あ、ああ......!」彼の手を引いて家の中へ入ると、猫のモチゴメが駆け出してきて、ぱっと彼女の腕に飛び込み、甘えた声を上げた。「モチゴメと遊んでて。私は夕食を作るから」彼女が台所へ消えると、和也は猫を抱き上げたまま、つい視線をその背中に追い続けてしまう。モチゴメが不満そうに爪を立てるまで、彼は我に返らなかった。仁美が和也のために台所に立つのは数えるほどしかない。和也は彼女が手を切るのではないか、油がはねて火傷するのではないかと心配で普段は決して料理をさせなかった。猫を抱き締め、彼は小さく呟く。「......こんな暮らし、いいよな。まるで夫婦みたいだ」胸の奥に、温かな家の感覚が芽生える。夕食を共にし、映画を一本観終えると、和也は帰路についた。永長家には余分な部屋がなく、彼は仁美の意思を尊重し、二人の初夜は新婚の日にと決めていた。「また明日」玄関先で、和也は名残惜しそうに彼女を抱き締める。仁美は背伸びして、その唇に軽く口づけした。「うん、またね」車が視界から消えるのを見届け、彼女はようやく洗面を済ませて床に就いた。そのとき不意にスマホが鳴る。京市にいる友人からのメッセージだった。また直樹と
直樹は車の中で一夜を明かした。翌朝、目を覚ますと頭は割れるように痛み、スマホを開けば伊藤からの不在着信がずらりと並んでいた。疲れ切った様子で眉間を揉みながら折り返し電話をかけると、掠れた声で問う。「何だ」電話口の伊藤の声は、どこか興奮を帯びていた。「社長、奥さんの消息が入りました!最近、新しく契約を結んだ取引先のリストに、奥さんのお名前がありました。調べてみたところ、入社したのはちょうど家を出ていった数か月前でした」直樹の心臓は一瞬大きく跳ね、スマホを握る手が震えた。「南市の会社か?すぐに契約条件を修正しろ。利益配分は五対五から四対六に。契約書を相手に送り直せ。それと、どんな手を使ってでもいい、一週間後の商談には必ず彼女を出席させろ」細かく指示を飛ばして電話を切ると、頬に温かい雫が落ちてきた。手で触れてみれば、自分がもう涙に濡れていることに気づく。直樹は座席に身を預け、早鐘のように鳴る心臓を押さえた。「仁美、待っていてくれ......」......一方そのころ、南市に降り立った仁美は無事に入社を果たしていた。だが会社に足を踏み入れるや否や、上司がかつての知り合いであることを知る。資料を手に清水和也(しみず かずや)のデスクに立つと、彼がちらちらと視線を送っていることに気づいた。「清水さん、午後の契約書がまだ一枚も処理されていませんよ」仁美は気遣うように声をかけた。和也は書類を置き、わずかに吊り目がちな双眸に複雑な色を宿す。その右目の下にあるぼくろは、彼の気配にさらに気品と冷たさを添えていた。古参の社員がこの姿を見れば、冷や汗をかいただろう。会社中の誰もが知っている。和也が最も嫌うのは、仕事に口を出されることだ。ところが次の瞬間、彼は傷ついたような表情を浮かべ、仁美を腕に引き寄せた。「君がずっとここに立っているから、仕事に集中できない。誘惑されているみたいで......もう二時間も待てない。今すぐ君を家に連れて帰りたいよ」仁美は困ったように眉を寄せ、彼がさらに甘えん坊になったと感じた。「家に帰ったら、和也の好きなブロッコリーと牛肉の炒め物を作ってあげるから、今は離して。誰かに見られたら困るでしょ」和也は彼女を見上げ、隠すことなく愛情を湛えた瞳を向けた。彼は柔らかな髪
reviews