ANMELDEN高瀬彰人(たかせ あきと)みたいな人と付き合っている私を、誰もが羨ましがる。 けれど、そう言われるたび、胸の奥にかすかな苦さが広がった。 彰人が仕事熱心なのは本当だ。結婚の話をほのめかすたび、忙しいと言って話をそらされた。 「今は忙しいんだ。まずは仕事に集中させてくれ」 人に優しいのも確かだ。帰国した元恋人には、何から何まで世話を焼いている。 「あの頃、俺が大学院に進むために別れたから、未緒は一人で海外へ行った。海外ではずっと苦労してきたんだ。俺が埋め合わせをするべきだろ」 未緒への埋め合わせだと言って、帰国したばかりで住むところもない彼女を、私たちの家に住まわせた。 「未緒には、こっちに頼れる親戚も友達もいない。部屋を探すにも時間がかかるし、うちにはゲストルームがあるんだから、しばらく住ませてやろう」 熱を出して入院していた私は、退院したばかりだった。それでも彰人は、未緒に埋め合わせをしたいからと、彼女の好物の肉じゃがを作らせた。 「未緒が、海外にいる間ずっと肉じゃがが食べたかったって言うんだ。澄乃が作る肉じゃがが一番うまいから、作ってやってくれよ」 未緒への埋め合わせのため、夜が更けても、二人で試合中継を見続けた。 私はベッドに横になったまま、リビングから時折響く二人の笑い声を聞いていた。 もう、耐えられなかった。
Mehr anzeigen会場を出ると、彰人がすぐに追いかけてきて、私を強く抱きしめた。「澄乃、ごめん。俺は勘違いして、わざと澄乃を怒らせるようなことをした」さっき未緒が口にしたことを思い返し、彰人があの夜、私たちの話を聞いていたのだと気づいた。そう考えると、これまで彰人を責めていたことが少し馬鹿らしく思えた。「何をしたの?」ぼそりと尋ねると、彰人は後悔のにじむ声で答えた。「わざとあんパンを捨てて、買っていないと嘘をついた。未緒を助手席に座らせたのも、わざとだ。引っ越しを手伝うと言って澄乃を嫉妬させた。香水の匂いがついていた理由も、わざと説明しなかった。この家の内装を未緒が考えたように思わせたのも……痛っ」彰人の胸を力いっぱい殴った。「彰人、ずいぶんやってくれたね」彰人はしょんぼりと肩を落とした。「悪かった」「じゃあ、今すぐ全部説明して」彰人は、あの夜のことをすべて話した。「信じられないなら、ドライブレコーダーを確認してもいい」「それなら、この家はどういうことなの?」「同じタイプの部屋は、本当に内装も同じなんだ。未緒の部署で費用を調べたいと言われて、図面を見せただけだよ」だから未緒は、この家のことを何もかも知っていた。あまりにも単純な話だった。それなのに私は、一人で勝手に想像を膨らませていた。腹が立ち、もう一度彰人の胸を殴った。「それなら、どうしていつも結婚の話を避けてたの?私たち、もう何年付き合ってると思ってるの。このまま私がおばさんになるまで待たせるつもり?」彰人は私の背中を優しく撫でながら、静かに話し始めた。「俺は、澄乃と一生一緒にいるって決めてた。結婚はただの形だから、いつ籍を入れても同じだと思ってたんだ。それで、仕事が落ち着いてからでいいと考えてた。でも、澄乃がそんなふうに不安になってるとは知らなかった。今回、自分が同じ立場になって、やっとその気持ちが分かった。今までの分を、これから埋め合わせさせてくれないか?」彰人の肩に顔を埋め、小さく「うん」と答えた。「私も悪かった。また前みたいに、言いたいことを全部ため込んでた。もっと早く聞けばよかった」彰人は私の額を軽くはじき、わざと怖い顔をした。「じゃあ罰として、明日、俺とブライダルサロンに行くこと。いいな?」「うん
パシンーー我慢の限界だった。奏太が言い終わる前に、その頬を平手で打ち、彰人を隣へ引き寄せた。「奏太、よくそんなことが言えるね。昔、自分が何をしたか忘れたの?言っておくけど、私が一番後悔してるのは、奏太と付き合ったことだから。本命気取り?笑わせないで」暗く沈んでいた彰人の目に、ぱっと光が戻った。奏太は赤く腫れた頬を押さえ、驚いたように未緒を見た。「澄乃、未緒からもう俺を許してるって聞いたんだ。俺とよりを戻したいけど、今の彼氏と別れられないって。だから俺は……未緒、お前、俺を騙したのか!」未緒は落ち着かない様子で視線を泳がせた。私は振り返り、未緒を力いっぱい平手打ちした。手のひらに鋭い痛みが走り、未緒も体を震わせた。「未緒、私が今まで甘すぎたから、つけ上がって何度も私を傷つけたの?今度こそ、もう許さない」スマホを取り出し、インスタを開いて投稿文を打ち込んだ。【8年前、私が奏太と別れたのは、奏太が未緒と浮気している現場を、この目で見たからです】スマホを未緒に見せつけ、そのまま投稿ボタンを押した。「何してるんだ!」奏太がスマホを奪おうと飛びかかってきたが、彰人が間に入って止めた。奏太は振り返り、未緒の頬を激しく打った。「このクソ女!どうして何度も俺を陥れるんだ!あのときはホテルで俺を誘っておいて、澄乃に見つかった翌日から連絡を絶った。あとで、お前が俺のスマホから澄乃にメッセージを送り、わざとホテルへ呼び出したと知った。今度は俺を騙してここまで呼び出し、また俺の人生をめちゃくちゃにした。俺がそこまで恨まれるようなこと、何かしたかよ!」奏太がさらに未緒を蹴ろうとしたため、私は慌てて彰人の腕をたたき、止めに入ってもらった。すると、未緒が声を張り上げた。「したわよ!全部あんたのせいよ!あんたが澄乃の前に現れなかったら、澄乃が私を遠ざけることもなかった!私たちは子どもの頃からずっと一緒だった。食事も、寝るときも、トイレに行くときさえ一緒だった。澄乃は、私が一番大切だって言ったの!」そこまで言うと、未緒の目から涙がこぼれた。その顔には、危ういほどの執着がにじんでいる。「でも、奏太が現れてから、澄乃はあんたのことばかり考えるようになった。同じ大学へ行こうって約束してたのに、奏太と同じ汐見大学を
未緒のマンションを出たあと、彰人はあてもなく車を走らせた。出会ってから恋人になるまでの思い出が、次々と頭に浮かんだ。初めて出会ったあの日。バスケットコートでは、飛んできたボールから澄乃をかばった。「大丈夫ですか?」顔を上げた澄乃は、笑顔で答えた。「はい、大丈夫です。そちらこそ、手は大丈夫ですか?」静まり返った夜のキャンパスでは、彰人が初めて澄乃の手を握った。自分の鼓動がうるさいほど響くなか、振り向くと、澄乃は耳まで真っ赤になっていた。人であふれる駅では、切符を手にした澄乃が突然、彰人の前に現れた。「東央グループの内定、辞退したの。私も彰人と一緒に浜都へ行く」……最後に浮かんだのは、昨夜の澄乃だった。「彰人は奏太の代わりにすぎない。欲しいなら、持っていけばいい」彰人は路肩に車を止め、ハンドルを何度も殴りつけたが、指の関節から血がにじんでも痛みすら感じなかった。胸の中には、もう何も残っていなかった。やがて、バーに入った。彰人は普段、酒でつらさをごまかす人間を誰よりも軽蔑している。酔いが醒めても、問題は何一つ解決しないからだ。それでも今夜だけは、何も考えられなくなるまで酔いたかった。目を覚ましたとき、昨夜のことをすべて忘れていたかった。覚えてさえいなければ、何も起きなかったことにできる。テーブルには空き瓶が並び、彰人は立っていられないほど酔っていた。「彰人、どうしてここにいるの?帰ろう。私が送ってあげる」未緒のきつい香水の匂いに吐き気がこみ上げ、彰人は差し出された手を強く振り払った。「放っておいてくれ」そのままふらつきながら外へ出ると、街路樹にしがみついて吐いた。胃の中が空になるまで吐き続けると、頭も少しずつ冷えていった。それでも、澄乃から答えを聞きたかった。けれど、澄乃の答えに打ちのめされ、さらに責め立てられるうちに、彰人の心は冷え切っていった。何年も一緒にいたのに、澄乃は彰人がどんな人間か、まるで分かっていなかった。信じてもいなかった。もしかすると、俺たちはもうーー彰人は、それ以上考えたくなかった。翌朝、寝室のドアを開けると、家には誰もいなかった。簡単に化粧を済ませ、泣き腫らした目を隠してコンペ会場へ急いだ。彰人たちはすでに到着しており、未緒も一緒だった。
「一度も愛したことなんてない。付き合ったのも、奏太に似ていたから。これで満足?」彰人の目は赤く血走り、握りしめた拳の関節は白く浮き上がり、食いしばった顎がかすかに震えていた。「澄乃、よくも今まで騙してくれたな。ずいぶんうまく恋人のふりをしてたんだ。そいつの何がそこまで魅力的なのか、俺も会って確かめてみたい。身代わりの俺にまで、あれだけ優しくできるくらいなんだから」彰人はひどく傷ついた顔をしていた。まるで、私が本当に大切だったかのように。心から私を愛していたかのように。私は鼻で笑い、布団をはねのけてベッドを下りた。彰人の腕をつかみ、そのまま彰人の鼻先へ近づけた。「教えて。これ、何の匂い?」彰人はわずかに鼻をひくつかせ、はっとして動きを止めた。「夜中にほかの女の香水の匂いをつけて帰ってきて、何があったのか説明できる?この家の内装も、業者に任せたって言ってたよね。まさか、元カノと一緒に考えたものだったなんて。私と付き合い始めたあとも、元カノと考えた内装をそのまま使うなんて、どんな気持ちだったの?」人差し指を彰人の胸へ突きつけ、声を荒らげた。「私を愛したことがあるのかって聞いたよね。だったら、胸に手を当てて考えてみて。この数年、彰人は一度でも私を大切にしたことがある?結婚しないのは仕事のためなのか、それとも別の理由があるのか、自分が一番分かってるでしょう」彰人の表情から戸惑いが消え、やがて何の感情も読み取れなくなった。最後に浮かべたのは、嘲りとも失望ともつかない笑みだった。「好きに考えればいい。何年も一緒にいたのに、結局、赤の他人よりも分かり合えてなかったんだな」彰人は出ていった。付き合ってから、これほど激しく言い争ったのは初めてで、彰人が私をなだめようとしなかったのも初めてだった。昔の私は、言いたいことを何でも胸にしまい込んでいた。不満があっても口にせず、彰人が気づいてくれるのを待っていた。何度か同じことを繰り返したあと、彰人に言われたことがある。「俺は、ちゃんと話し合わなかったせいで、ちょっとしたすれ違いが別れのきっかけになったカップルを何組も見てきた。澄乃、俺たちはそうなりたくない。嫌なことがあったら、そのまま話してくれ。俺は男だし、こういうことには鈍い。いつも澄乃の気持ちに気づけるわけじゃな