星は私のために輝かなかった
「慶真、離婚しよう。
財産の分与については、全部この契約書に書いてあるから、目を通して……」
言い終わる前に、御堂慶真(みどうけいま)が小さく舌打ちした。
視線を上げると、綾瀬菫花(あやせすみか)が契約書を差し出していた。
彼は薄く目を開けたが、内容など見ることもなく、無造作にペンを取りサインを走らせた。
「今度から仕事の契約書は、わざわざ持ってこなくていい。書斎の机に置いといて。
静かにしてくれ。まだ電話が残ってる」
そう言って、ペンを元の引き出しに戻すと、うるさそうに眉をしかめながらバルコニーへ向かった。
白川研香(しらかわけんか)の声を、また聞き逃したくなかったのだ。
菫花は、離婚届に乱れた筆跡で書かれた彼の名前を見つめた。
そして、そのまま彼の背中を見送りながら、目尻が少しだけ熱を帯びる。
けれど同時に、滑稽さすら感じていた。
八年も続いた関係の終わりに、慶真はただ、元恋人との通話に夢中で、彼女の声すらまともに耳に入っていなかった。
菫花はスマートフォンを取り上げ、淡々と告げる。
「由井さん、賀川グループの訴訟案件、うちで引き継ぐわ。資料を私のメールに送って。それから先方と契約内容を詰めておいて」
賀川グループとの手続きがすべて完了すれば——
彼女はようやく、本当にこの場所から離れられるのだった。