ログイン人の気持ちは移ろいゆくものだ。 「俺は一生友莉子さんを大切にします!」 あの日、長井 慎二(ながい しんじ)のこの言葉を信じて篠嵜 友莉子(しのざき ゆりこ)は夢を諦め、仲間と別れてまで手にした結婚生活は10年で幕を下ろす。 それは慎二の幼馴染である流蓮 梓(りゅうれん あずさ)が6年の時を経て戻ってきた頃から徐々に崩れ始め、粉々になった年だった。 「私と離婚をしてください」 友莉子は10年の結婚生活に終止符を打とうとしたが、慎二がなぜか拒絶をする。 それでも言葉を続ける。 「私はもう。あなたを愛していません…離婚をしてください」 友莉子は一度捨てた夢を再び手にするために、10年の全てを捨てた。 夫も我が子もいらないと…。
もっと見る【暗闇の中まばゆい月明かりが差し込む
その光を見るとまるで私が照らされているように錯覚する あなたはどこにいるの あなたは今何をしているの 私のそばにいない あなたはそばにいると約束したのにいない それは私に魅力がないから 私に愛想がつきたから あなたは私ではなくあの子を照らし続けている そして小さな星も私ではなくあの子のそばで楽しそうに踊っている あの子が憎いかと言われる お前はあの子になれないと言われるわかっている わかっている
あなたたちにとって私はもう不要の存在
あなたたちにとって私は透明な存在 だからもう別れましょう 私はもう過去を振り返らないなのになぜあなたは私に嫌な事をするの
もう希望通りに私の大切な人達の前からいなくなるのに まだ私を追いかけてくるこわい こわい こわい
私が粉々になるまできっと追いかけてくる
私が奪ったわけではないのに全て私のせいだと言ってくる 私から奪ったのはあなたなのになぜそこまで私を追いかけてくるのたすけて たすけて たすけて
暗闇の中私は走り続ける
息を切らして終わりが見えない中全力で走り続けるこないで こないで こないで
私はもう疲れた 私はもう疲れた
なんでこんな事になったの 私の大切な時間をずっとあたえ続けてきたのに ずっとあなたたちの事だけを考え優先してきた 私にとって大切な時間 ずっと秘密にしていた時間たすけて たすけて たすけて
私を大切に思ってくれる人なんてこの世にいない
私も私を大切にできない だけど私は叫び続けるずっと叫び続ける
ずっと走り続けた先に光が見えた 冷たい月の光ではなく暖かくてどこか懐かしい光 私はそこに向かって走り出す最後の力を振り絞る
暗闇が終わり暖かく眩しい光の下に出た
太陽の光 そこはかつて私がいた場所 私を大切にしてくれていた場所木々がざわめき私を優しく包む
ずっと待っていたよ ずっとずっと待っていたよ やっと会えた やっと抱きしめられたごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい
ありがとう ありがとう ありがとう私を待っててくれてありがとう
こんな私を待っててくれてありがとう 大好きだった時間 失った時間 今から一緒に取り戻す 私はもうあなたたちから離れないありがとう ありがとう ありがとう
私は過去を捨てる
これからは前を向いて皆と一緒に歩き出すこの先にあなた達はいらない
私は過去と決別するさようなら さようなら さようなら
私の愛しかった人達
私の全てをあたえたあなた達もう私は振り返らない
もうそこは私の帰る場所ではないさようなら ありがとう】
街中から同じ歌が流れてくる。
聞いたことがない人がいないのではないかと思うくらい毎日流れている。 それは世界中の人が待ち望んていた歌姫の帰還。 かつて世界中の人を魅了した『Twinkle Snow』のメジャーデビュー曲。街で先程の歌を友達と感想を言いながら聞いている、女子高生がいた。
「今でも信じられない!8年よ8年!私ずっと待っていたんだから!」 ショートカットの子が、顏を真っ赤にして興奮しながら言った。 「ちょっと馬鹿言わないでよ!あなた当時何歳だったのよ」 彼女の隣でボブヘアーの少女が的確にツッコミを入れる 「それでも!心では8年なの!!!はぁ~~~~~リアルタイムで追いかけたかった~」 「フフ。私の母も好きだったと言っていたけど、ほんとに素敵な曲ね。声も澄んでいて綺麗」 一連の会話を隣で聞いていた、少しおっとりとして明らかにどこぞのお嬢様という子が、腰まで緩くウェーブがかかっている髪を揺らしながらショートカットの子に同意する。 「でしょでしょ!!」 「はいはい。ところで、キラユキファンは大変なんじゃない?」 「そうなの!!ライブチケット争奪戦!!!キラユキはまだファンクラブないし~ヴォーカルのユリ様にはまだ個人のファンクラブないし~一般で頑張るしかないの…」 ショートカットの少女は見るからに落ち込んでいた。 そんな友人の姿を見ていたお嬢様は少し考えて口を開く。 「もしかしたらそのチケット…取れるかもしれませんわ」 「本当に!!!」 「えぇ。お父様が音楽業界で働いているので聞いてみますわ」 「をぉ~~~神様~~~」 ボブヘア―の少女は、やれやれといった風に肩を竦めた。――確かにいい曲だけど…この題材って多分…結婚、不倫、そして離婚した後に再出発って感じがするのよね…
しかもこんなに深く感情を揺さぶられるって事は…余程の感情移入させるのが上手い歌手かこの人の実体験…だったりして…もし実体験なら…恐ろしい…
自身の肩を抱き、身震いした。
そんな時、二人の友人が振り返り早くこっちに来て!と言った。 ボブヘアーの少女はため息を一つつき、二人の元へと駆けていった。そう。彼女の考えは正しい。
この歌はある歌姫が実体験を元に作詞をし、世の中に送り出した。 『Black Moon&Hope』携帯の先から聞こえる雫の嬉しさが混ざった声を聞きながら、二人は友莉子が退院した後に一度会って話をしようと約束した。 そして退院の日、友莉子は準備が整ったあと雫に連絡をしようとした所、病室のドアがノックされた。 友莉子は「どうぞ」と短く応答し、入室を許可した。 ドアが開き、人物を確認すると慎二と後ろには屈強な体つきをしたボディーガードが数名控えていた。「友莉子!退院おめでとう!」慎二は腕を広げて友莉子を強く抱きしめた。 友莉子は何の感情もない目で慎二を見て、一言「ありがとう」とだけ伝える。 しかし心の中では、たったの数週間だというのにこの大袈裟な振る舞いに違和感を覚えた。 そして一人のボディーガードが友莉子の荷物を手にし、部屋の外に持ち出しているのを見つめ、雫に連絡をするのは帰ってからになると悟った。 慎二がここに来たと言う事は、このまま一緒に帰るという事だ。 そして慎二は友莉子の行動をずっと隣で見ている。 万が一、雫との会話を見られてしまったら自分だけではなく雫に迷惑をかけてしまうので、一人になった時にでもしようと考えた。 どうせ梓に呼ばれたら一日帰ってこないだろうから、その時に雫に連絡すればいい。 友莉子がそう考えていたその時、不意に唇に温かく柔らかいのが押し付けられた。 気がつくと友莉子は慎二にキスをされていて、だんだん深くなってくる。 友莉子は抵抗を試みたが、慎二に耳の裏側を優しく撫でられた瞬間、声をあげてしまう。 その隙に慎二が友莉子の口内に遠慮なく侵入してきた。 病室内に二人の荒い息遣いとピチャッ。ピチャッ。っと艶めかしい音が響き渡る。 友莉子は体に力を入れる事が出来ず、慎二にされるがままとなった。 どれだけ唇を重ねていたのか、友莉子は酸欠で何も考えられなくなってしまった。 助けを求めようにもさっきまでそこにいたはずのボディーガード達は誰一人病室内に残ってお
「あなたが泣く事じゃないわ…寧ろ不甲斐ない親でごめんなさい…」友莉子と怜は互いに互いを慰め合い、お互いの心が落ち着いた頃、途中で止めていた話を進めた。「怜…きっと私と慎二は遠くない未来に離婚をするはずよ…いえ…今回は絶対にしてみせる…」「今回は…?」怜は友莉子のこの決意に、現在凛に調べてもらっている件が関わっているかもしれないと考え、思い切って正面から聞いてみる事にした。下手に遠回しに聞いてもはぐらかされてしまう気がしたからだ。「母さん…その…疑問に思っていたのだけど…」「なぁに?」怜は言葉を一度きり、どのように言葉を紡ぐか悩んだ。そしてそんな怜が言葉を発するのを友莉子は優しい眼差しを向けて静かに待った。「母さんは父さんと離婚したかったわけだよね?…なのに何で今まで離婚をしようと思わなかったの?母さんはきっと前から父さんの裏切りに気づいていたよね?」「……」友莉子は怜の質問にどこから答えようか一瞬悩んだ。「そうね…私が知ったのは二年前…あなた達が海外に行ってからすぐ後に、梓さんとその娘の彩葉ちゃんが家にやってきて、暫く泊めて欲しいと慎二に言われたの…だけどその前に…梓さんから慎二との…行為の動画が送られてきてね…最初は衝撃だったし、信じないようにしていた…きっと慎二が好きで私に嫌がらせをしているだけだろうと…でも彩葉ちゃんの顔立ちは…本当に慎二にそっくりだったの…」友莉子は目を閉じながら二年前のあの辛かった時期を思い出す。「だからこっそり調べたら…出生届けの父親の欄に慎二の名前があった&helli
「兄さん…母さんは……」凛が不安を口にしようとした時、今まで黙って聞いていた怜が口を開く。「凛…。まだ確かな情報ではないんだけど、今まで離婚できなかったのには理由があるみたいなんだ…」凛は沈んだ心を少し浮上させた。 友莉子が離婚を考えた事があったのなら、もしかしたら今も離れたがっているのかもしれないからだ。「兄さん!それどういう事?」 「お前も知っていると思うけど、慎二が持っている母さんの為に建てたあの…秋になると金木犀が咲き誇る別荘覚えているか?」 「えぇ…それが何か?」 「あの別荘…よく慎二が俺達に嫉妬して、母さんを独り占めする為に引きこもっていただろ?」凛はその言葉を聞き、昔、自分達が友莉子につきっきりで慎二を近づかせまいと嫌がらせをしていた事を思い出した。 確かに慎二はよく自分達に嫉妬して友莉子を独り占めする為に、秋を待たずしてあの別荘に行き、友莉子を独り占めしていた。 それはあの流蓮梓が帰国した後や翔が生まれた後も度々起きていた事だった。 あの別荘に行ってしまうと友莉子だけではなく、慎二にも連絡がつかなくなる。 本当に二人きりの世界に入ってしまうのだ。 そうなったら最後、慎二が気が済むまで戻ってくるのを待つか、会社に並々ならぬ事が起きて慎二がいないと倒産してしまうとか、そのような事が起きない限りはどうしようもない。 一応慎二の側近だけは連絡が取れるようになっているみたいだが、彼も慎二から給料を貰って生活している身。 ご主人様を裏切るわけにはいかないので、情報を聞き出す事は不可能だった。 怜と凛は別荘の場所は知っている。 だけど慎二が別荘の周りにボディーガード達を何人も配置している為、慎二が許可していない人以外は侵入ができないのだ。 昔一度だけ、どうしても友莉子に会いたかった二人が食材を届けるお手伝いさんの車に身を潜めて侵入した事があるが、慎二に見つかってしまい友莉子に会えずに追
「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!あのド屑男《くずお》!信じられない!!絶対去勢してやる!いやそれだけじゃ生ぬるい。まず半殺しにしてから去勢して、更に生きてるのも辛いと思わせてから海の藻屑にしてやる。絶対許さない」 「まぁ落ち着けって。あとあまり大きな声出すな。そんな汚い言葉、母さんに聞かれたらどうするんだよ」 「兄さん!まさか母さんに聞こえるような所で話しているの!?そんな事してたら兄さんも去勢するわよ。私が踏みつけて再起不能にしてやる」怜は電話越しから聞こえた言葉に背筋が凍った。 こいつはやりかねない…。 なにせ何年も一緒にいた血の繋がった妹なのだから。 だけどいったいいつからこんな言葉を使うようになったんだ… いや。いつからこんなに過激な性格になったのか。 昔は体が弱かった上に人見知りだったから、施設では自分の後ろを常に歩いてついてきたのに…怜は広いリビングのソファに座りながら、携帯電話で妹の凛と話をしていた。 主に今日目の前で起きた事と、自分達が離れていた二年間に何があったのか。 それを報告する為だった。友莉子はあの後、暫く怜の胸に顔を埋めて声を殺しながら泣き続け、ひとしきり泣いた後、疲れたのか眠りに落ちていた。 怜は規則正しい寝息がするのを確認すると、友莉子を抱き上げベッドまで運び寝かしつけ、目元を冷やす為にタオルを用意し固く閉じた瞼の上にそっと置き、タオルがぬるくなると冷たいタオルに替えた。 怜は友莉子の目元の熱が引いた事を確認すると、まだ昼時で部屋に入ってくる光を遮る為に遮光カーテンを閉め、部屋を後にした。今は丁度時計の針が15時を指していた。 怜が友莉子の部屋を出た昼頃には既に家に人の気配がなく、玄関を見ると慎二と翔の靴がなかったのを見て嘲笑した。 自分の妻や母親を置いて、愛人の所へまた行ったのだろう。 まったくどちらが家族なんだか…。 いつ家を出て行ったのかわからないが、少なくても怜がここに座ってから3時間近く帰ってきていない。「ちょっと兄さん!聞いているの!!」怜は考え事をしていて凛の言葉が頭に入ってきてい
誰もいなくなったリビングで、慎二は一人呆然としていた。やがて大きなため息を吐いた後、ゆっくりと立ち上がりキッチンへ水を取りに向かった。コップ一杯の水を飲んだ時、唇の端に痛みが走りふとコップの縁を見ると赤い血がついていた。慎二はコップを洗い、応急処置としてティッシュで血を乱暴に拭き取りゴミ箱に捨てようとして、ふとゴミ箱の中に視線を落とした。ゴミ箱の中には乳白色の大きなビニールの中からうっすらと沢山の食べ物らしき物が入っているのが伺える。その中には苺と生クリームだと認識できる物が入っていた。慎二はゆっくりそのビニールをゴミ箱から出し中身を開けてみると、本来は豪華な食事だったと思われる食材達が形を失い乱雑に入っていた。慎二は眉間を軽く揉んだ。友莉子は用意してなかったのではなく、用意したが自分達が帰ってくる前に全て捨てたんだ。――だが一体何故?昨日は朝から帰らない事を伝えていた。もちろん食事がいらない事も。だが慎二も翔も友莉子が必ず用意してくれていると思っていた。それは友莉子が今まで二人が誕生日当日にいなくても翌日に祝ってくれて、食事やお祝いのケーキも用意してくれていたからだ。だから当然用意されていると思っていた物がなくて翔があんなに怒ったのだ。だけど用意はしていた…だが捨てていた。慎二は一抹の不安を抱えながら食材が入った袋を再びゴミ箱の中へと戻した。*****「いてっ!」怜は友莉子に、先程慎二に殴られた所の処置をしてもらっていたが消毒が思った以上にしみてしまい、思わず悲鳴をあげてしまった。友莉子は一度手を止め、怜が落ち着いた頃に再び切れた口の端を丁寧に消毒しはじめた。あまり痛まないように慎重に処置をしていたが、思った以上に傷が深い。おそらく口内もかなり深く切れているだろう。それほど慎二が怜を強く殴ったという事だ。――養子とはいえ、怜に暴力を振るうなんて許せない!友莉子は既に慎二に失望していたが、今以上に失望するとは思っていなかった
慎二は再び友莉子に視線を戻した。「翔が毎年君の手作りケーキを楽しみにしているのに、なんで作らなかった?」友莉子は慎二を睨みつけるように目線を合わせる。「さっき翔にも言ったけど、翔の誕生日は『昨日』よ。それに…」友莉子は一度言葉を切り、紡ぐ言葉を選んだ。「昨日…たくさんの人に祝ってもらったでしょう?私からの祝福の言葉なんて必要かしら?」友莉子は冷笑を浮かべ皮肉たっぷりに言葉を投げた。 慎二は眉間に深い皺を寄せ、溜め息をついた。「友莉子…何度も説明した通り、翔と彩葉ちゃんは仲が良いんだ。だけど君は…彼女達といると休めないじゃないか…以前たった1か月一緒に暮らしただけで君は倒れてしまった…俺はまた君が倒れるのは耐えられない…だけど翔の気持ちも尊重したいんだ」 「それに誕生日の翌日でも祝うのはいいじゃないか」慎二の言葉は友莉子を気遣っているように聞こえるが、真実を知っている人間からすると攻められているとしか思えない内容だった。 それに以前倒れた時、友莉子から梓達を追い出してくれなんて頼んでいない。 友莉子が倒れた事により、慎二自身が梓達に新しい家を用意して追い出したのだ。 しかし梓は友莉子が慎二に頼んだと思い、ずっと恨んでいる。 そもそも梓からしたら、私は泥棒猫だろう。 幼い頃から結婚すると信じていた幼馴染が、自分の留学中にいつの間にか結婚していて子供まで作っていたのだから。 ただ友莉子からするとそんな事は知らなかった。 そもそも友莉子からアプローチしたわけではない。 慎二が真剣に毎日のように告白してきて根負けしたのだ。 もちろん梓との事を知る前は本当に愛していた。 心は全て慎二に向けていた。 友莉子の時間、夢全てを捨ててまで慎二に尽くしていた。 そう…全ては過去の事。 友莉子は瞠目し、ゆっくりと言葉を紡いだ。「…だから何?私は当日にいない人達にまでご飯を作らないといけないの?…誕生日だからってケーキを作らないといけないの?」 「友莉子…」 「私はあなた達の何?妻?母親?…違うでしょ…一番近いのは都合のいい家政婦かしらね?」 「友莉子!!!」慎二は友莉子の両肩を強く掴み、声を荒げた。「一体何が不満なんだ!?俺達が梓達に会いに行く時、君を仲間外れにしていると思っているのか?以前は君も誘っていたけど断っていたじゃないか
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