「心は一つ、身体も一つ。――でも、魂は二つ!? 聖女エレナと最強戦士エレン、入れ替わりファンタジー!」 祈るしかできない少女・エレナ。 剣を振るうしかできない戦士・エレン。 ──ひとつの体に、ふたつの魂。 かつて戦場を駆けた戦士は、いま、記憶を失って聖女見習いの少女と共に生きている。 昼は人々を癒す光となり、 夜は悪を討つ刃となる―― 身体を共有するふたりが、 静かに世界を変えていく。 世界を旅する末に待ち構えているものとは…
View More空はすでに日が落ちきり、漆黒の天に淡い月が浮かんでいた。 その月明かりを頼りに、私は屋根の上を駆け抜けていく。 冷たい風が頬を撫で、髪をなびかせる。 その風を切り裂くようにして、私は鋭い眼差しで街の通りを見下ろしていた。 (……グレン、どこへ連れて行かれた?) その時―― (エレン! 後ろ、斜め前方の道……! グレンさんがいる!) エレナの声が脳内に響いた。即座に反応し、視線を向ける。 その先には、担架に乗せられ、衛兵に運ばれていくグレンの姿があった。 (よし……まずは接近だ) 私は気配を殺し、屋根の影へと身を滑り込ませる。 やがて、衛兵たちの会話が風に乗って耳に届いた。 「この男、ラムザス様が『記憶の塔』へ急いで運べとさ」 「何かやらかしたのか?」 「さぁな。だが、相当急いでいるらしいぞ」 (ふん……やはり、こっちの読みが正しかったな) 一瞬の隙を突いて、私は屋根から静かに飛び降りた。 ──シュッ。 影を走るようにして衛兵の背後に回り込み、無言のまま、掌底を二人の首筋へ叩き込む。 反応すら許さず、二人は音もなくその場に崩れ落ちた。 そのまま私は担架へと歩み寄る。 「おい、グレン。起きろ」 しかし――返事はない。 それどころか、かすかな寝息が聞こえてきた。 (……こんな時に、呑気に寝てるとは) 苛立ちを噛み殺しつつ、私は拳を開き、容赦なくグレンの頬を張った。 ──パァンッ! パァンッ!! 「いってぇ!? なんだぁ!?」 寝ぼけ眼を見開いたグレンが、私の姿を認めるなり驚愕の声を上げた。 「エ、エレン!? なんでお前がここにいる!?」 「黙れ。説明は後だ、ついてこい。」 「お、おう……」 (……グレンさん、完全に被害者のはずなんだけど) (今は時間が惜しいからな、仕方のないことだ。) 私はフードを深く被り直し、状況が飲み込めていないグレンを引き連れて、闇の中を再び駆け出した。 *** 移動しながら、私は簡潔に事の経緯を伝える。 「この街には、入った時点で『記憶を盗み見る塔』が存在する。街の中央にそびえるあの塔だ」 「盗み見る……? なんだそりゃ。ふざけてんのか、その塔」 即座に返ってきた反応に、私は少しだけ安堵
「覚悟しろォ! この悪魔め!!」 錯乱したような叫び声と共に、衛兵の一人が怒りに任せて飛びかかってきた。 私はその直線的な突進の力を利用し、最小限の動きで死角へ滑り込む。そして、神経が集中する首の付け根に、的確に手刀を打ち込んだ。 「がっ……!」 喉の奥で声を詰まらせ、男はぐらりと揺れると、糸が切れたように崩れ落ちた。 それを合図に、周囲の衛兵たちが一斉に殺到する。 私は静かに息を吐き、軽やかに後方へ跳躍。彼らの攻撃範囲から離脱し、別の石畳へと着地した。 着地の勢いを殺さず、逆に前進への力に変換する。次々と襲いかかってくる衛兵たち。その重心を崩し、がら空きになった顎へ、体重を乗せた最短距離の掌底を叩き込んでいく。 「ドスッ」「ゴッ!」 人体構造を熟知した的確な一撃が、急所を外しながら確実に意識だけを刈り取っていく。彼らは一人、また一人と地に伏していった。 「おやおや……随分とお強いのですね」 ラムザスは、表情一つ変えずにそう呟く。その目は、私の戦闘データを収集しているのか、あるいは記憶操作された人間の限界を見極めているのか。どちらにせよ、冷徹な観察者のそれだった。 (……こいつ、何を考えている) その瞬間、ラムザスが乾いた音で指を鳴らす。 パチンッ 再び姿を現す衛兵たち。だが、彼らの目はどこか虚ろで、動きも鈍く生気がなかった。 (……なるほど。全員、遠隔で記憶を操作されている操り人形か) 今度の衛兵たちは剣を抜いてきた。殺意を隠す気もない、純粋な攻撃命令。 私は腰の短剣を抜き、迫る剣閃を交差するように受け止める。 金属の悲鳴が響き、火花が散った。 私は力を正面から受けず、流すようにして体勢を崩した相手の顎に、再び掌底を一閃。返す刃で次の一人の剣を受け流し、軸足を的確に払って地面へと転倒させる。 その刹那──三人が同時に襲いかかってきた。 一瞬の思考の内に、最適解を導き出す。 私は短剣を高く空へと放り投げ、正面の衛兵の襟元を掴む。そして、そのまま右手の衛兵へ向けて叩きつけるようにぶつけた。 鈍い衝突音。ぶつかった二人は、前後に密着するようにぐらつく。 私はその結合した胴体の中央、腹部へ、渾身の蹴りを叩き込んだ。 強烈な衝撃を受け、二人は同じ方向に吹き飛び、空中で絡
「こちらが、記憶市場《レム・マルシェ》となります」 ラムザスの言葉に促され見渡した光景に、私は思わず眉をひそめた。 そこに広がっていたのは──ガラスケースにずらりと陳列された、無数の“記憶”だった。 “楽しかった記憶” “恐怖に震えた記憶” “緊張と焦燥に包まれた記憶” まるで生命の輝きを剥奪され、ただの商品として値札をつけられた人生の断片。 美術品か、あるいは高級な嗜好品のように、それらは静かに買い手を待っている。 その光景は、戦場で見る死体の山よりも、冒涜的に映った。 「こちらで、ご希望の記憶を購入することが可能です」 ラムザスが販売員に目配せをすると、慣れた手つきで一つの記憶結晶が取り出され、私の前に差し出される。 「どうぞ。こちらは“家族からの愛情”に包まれた、非常に純度の高い温かな記憶となっております」 「ふむ」 ラムザスは無言でそれを受け取ると、指先に力を込めた。 パリィン……。 乾いた音を立てて、結晶が砕け散る。 「魔人ではなくとも砕けるよう、意図的に強度が調整しています。」 「……ええ、なるほど。これはごく平凡な家庭で、大切に育てられた少女の記憶のようですね。素晴らしい」 まるで昆虫標本でも鑑定するかのように、ラムザスは誰かの人生の痕跡を淡々と分析する。 その表情は、微塵も変わらない。 その記憶を、本人が自ら“売った”のか。 それとも、売らざるを得ない状況に追い込まれたのか。 真実は分からん。 だが、どちらにせよ……腹の底から不快感がこみ上げてくる。 「このように、記憶は《記憶市場》で確かな“価値”として流通しています」 そして── 「次に、あちらをご覧ください」 ラムザスが指さした先には、円形の巨大な建物がそびえ立っていた。 出入りする人々が、興奮気味に言葉を交わしている。 「あの記憶、最高だったな! また観たいぜ!」 「俺もあんな風に戦ってみたいもんだ!」 他人の人生を覗き見た後の、一種の気怠さと高揚感が混じった表情。 彼らは自らの現実から目を逸らすように、借り物の体験に熱狂していた。 「《記憶劇場》──《メモワール座》です。ここでは、選ばれた記憶を繋ぎ合わせ、一つの物語のように映像化して再現します。記憶は今や
「待たせたな」 調理亭を出た私は、店の前のベンチに腰かけていたラムザスに声をかける。 「いえいえ。では……参りましょうか」 立ち上がったラムザスが、私の歩調に合わせて歩き始める。 「ちなみに旅の方、あなたのお名前は?」 「エレンだ」 「エレン……様、ですか。……はて、どこかで聞いたような……」 「そんなことはどうでもいい。この街は“記憶の売買ができる都市”で、間違いないな?」 その言葉を聞いた途端、ラムザスの眼鏡が怪しく光った。 口元には、意味ありげな笑みが浮かんでいる。 「えぇ。ですが……ひとつ、付け加えさせていただきましょう」 「この都市――メモリスは、記憶の売買ができる街であると同時に、 “錬金術”にも深く通じた、大都市なのです」 彼は誇らしげにそう言い放つ。 錬金術。 それは、“何かを代償に、別の何かを生み出す技術”。 対価は物に限らず、時に“己の大切なもの”であることもある。 そして、支払う代償が大きければ大きいほど、 生み出されるものの価値もまた、比例して高くなる……と言われている。 「なるほどな」 (エレン……実際にやるわけじゃないけど…… 錬金術を使って、あなたの“身体”を作る……なんて、できたりしないのかな?) ふと、エレナがそう問いかけてきた。 (……やめておけ) 私は、即座にそう返す。 (何かを“代償”として差し出してまで手に入れるものなんて―― 総じてろくなものじゃない。 それに……私はこのままで、不自由していない) 言葉に迷いはなかった。 それは、自分自身への戒めでもあった。 ──下手な願いを口にすれば、 それを叶えるために、エレナが“何か”を支払ってしまうかもしれないから。 ラムザスが一際大きな塔のようなものを指さす。 「あれは記憶の塔です」 「記憶の塔?」 「はい。この都市――メモリスは、確かに“記憶の売買”が可能な街です。 ですが、もう少し正確に申し上げましょう」 ラムザスはメガネを押し上げ、微笑を浮かべながら続けた。 「街の中心にある“記憶の塔”――あそこでは、街にいるすべての人の記憶を覗くことができます。 そして、その仕組みに“錬金術”が応用されているのです」 「……覗く?」 「はい。そして“抜く”ことも可能です。 塔では、特定の記憶を選び出し、
「なんか……メモリスに着いたばかりなのに、もうくたびれたな……」 ぽつりと、シイナさんが本音を漏らした。 騒動の残響がまだ耳の奥でくすぶっているようで、降り注ぐ陽光がやけに重く感じられる。 「…………はい」 「……ええ、まったくです」 私とシオンさんが、心の底からの同意を込めて静かに頷く。 疲労感と気まずさとツッコミ疲れ。 それらがない交ぜになった感情が、全員の表情にありありと滲み出ていた。 「とりあえず、どうします? ここからは別行動にしますか~?」 ミストさんが、あえて空気を変えるように軽い調子で提案する。 「ああ、それがいいだろうな」 シイナさんがそれに頷いた瞬間── なぜかミストさんは満面の笑みで天にガッツポーズを突き上げた。 「やったーー!! これで心置きなく未知の探求に没頭できる! 研究の時間が来ましたよォォ!!」 ──その直後。 ガシッ! 「えっ」 ミストさんの歓喜の声は、間の抜けた一言に変わった。 無言で差し伸べられたシイナさんの手が、寸分の狂いもなく彼女の首根っこを掴んでいる。 「お前はダメだ、ミスト。俺と同じ“魔法研究所所属”だろう?」 そう言って、にこりと笑うシイナさん。 その笑顔は完璧に整っているのに、瞳の奥は全く笑っていない。 今日ほど、その事実を恐ろしいと感じた日はなかった。 「さぁ、行くぞ。報告書が我々を待っている」 「アァァァァァ~!! 私の!! 知的好奇心と探究の自由がァァァ~~!!!!」 メモリスの美しい石畳に、儚い絶叫が吸い込まれていく。 あっという間に小さくなるミストさんの背中を、私たちはただ見送ることしかできなかった。 (…………) (…………) 隣に立つシオンさんに視線を送ると、彼は何も言わずに静かに頷き返してくれた。 その深い色の瞳の奥に、いつもの“彼”がいるのを感じる。 こうして私たちは、それぞれ別の場所へ向かって歩き出した。 *** 「あっ……」 (どうした、エレナ?) 街の喧騒の中、私は心の中でそっと彼に語りかける。 この美しい街並みも、美味しそうな匂いも、肌を撫でる風も、 彼は今、私というフィルターを通してしか感じられない。 そのことが、急に申し訳なく思え
私たちは、メモリスの門をくぐる前。 門番による入場審査を受けているところだった。 周囲には、他の来訪者たちの姿も多く見える。 その分、警備も厳重で、この街で暮らす人たちは、きっと安心できる日々を送っているのだろうと私は思った。 私たちの前にも、順番待ちをしている人がいた。 その中で、ひときわ声を張り上げていたのは―― 知性が高そうな口調の、眼鏡をかけた中年の男性だった。 「まだなのか!? 早くメモリスに入れてほしいのだが!!」 苛立ちを隠しもせず、門番に詰め寄っている。 「申し訳ございません。ただいま審査の途中でして……」 丁寧に対応する門番だったが、男性はさらに不満げな表情を見せた。 そんな中、門番の一人がこちらへ向かって声をかけてくる。 「お待たせしました。ベルノ王国魔法研究所・シイナ様ご一行、審査が終了いたしました。こちらへどうぞ」 その声を聞いた眼鏡の男性が、目を剥いて怒鳴った。 「まてまてまて!! なぜ私より後に来たそいつらが、私より先に通されるのだ!? 説明しろ!!」 門番は静かに答える。 「申し訳ございません。この方々は、我々にとって“賓客”でして」 「はぁ!? 馬鹿馬鹿しい! 私の時間の方が遥かに貴重だ! 私の研究成果の報告が、あんな若造どもよりも後回しにされるなど、許されるはずがない!!」 怒鳴り散らすその声が、広場に響き渡る。 (……なんか、すごく嫌な感じ) 思わず眉をひそめてしまった私に気づいたのか、ミストさんがいつもの笑顔で言った。 「そういう人の言葉は、聞き流した方がいいですよっ!」 「なんだと!!?」 男性の顔は、さらに赤くなった。 今度は私たちの方へ詰め寄ってくる。 「君たちは知らないだろうが!! 私の研究は、この街の未来に多大な貢献をもたらすんだ!! 一刻を争う重要な案件なのだよ!! それを君たちのような旅人風情のせいで遅らされるなど――許せるか!!」 早口でまくし立てる男性に、ミストさんが静かにため息をついた。 「……はぁ」 そして変わらぬ笑顔のまま、ズバッと言い放つ。 「そんな“時間がどうのこうの”って文句言ってる方が、よっぽど無駄ですよ? そんなことより、研究者として“品性”を備えることをおすすめしますっ!!」 「わ、わ、私に品性がないだと!? き、きさまぁぁ
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