เข้าสู่ระบบ数日後。
佳苗のもとへ、母親から電話がかかってきた。
『ねえ、佳苗。結婚のことなんだけど』
「うん」
『入籍はいつにするの?』
「まだ決めてないよ。これから二人で話すところ」
『式は?』
「それもまだ」
『そうなの? 雄吾さんの家なら、ちゃんとした式をするんでしょう?』
母親の声には、妙な期待が滲んでいた。
佳苗は少しだけ眉を寄せる。
「分からないよ。私たちの結婚だから、二人で決めるつもり」
『でも、雄吾さんは会社の社長でしょう? 取引先とか呼ばなくていいの?』
「仕事のために結婚するわけじゃないから」
『そういうものなのかしら』
納得していないらしい。
『それより、顔合わせはするでしょう?』
「それはすると思う」
『いつ?』
「だから、まだ決まってないって」
『早めに教えてよ。私だって準備があ
数日後。 佳苗のもとへ、母親から電話がかかってきた。『ねえ、佳苗。結婚のことなんだけど』「うん」『入籍はいつにするの?』「まだ決めてないよ。これから二人で話すところ」『式は?』「それもまだ」『そうなの? 雄吾さんの家なら、ちゃんとした式をするんでしょう?』 母親の声には、妙な期待が滲んでいた。 佳苗は少しだけ眉を寄せる。「分からないよ。私たちの結婚だから、二人で決めるつもり」『でも、雄吾さんは会社の社長でしょう? 取引先とか呼ばなくていいの?』「仕事のために結婚するわけじゃないから」『そういうものなのかしら』 納得していないらしい。『それより、顔合わせはするでしょう?』「それはすると思う」『いつ?』「だから、まだ決まってないって」『早めに教えてよ。私だって準備があるんだから』「準備?」『着ていくものとか。相手は雄吾さんのご両親でしょう? 変な格好じゃ行けないじゃない』 それは確かにそうかもしれない。「決まったら早めに連絡するね」『お願いね』 そこで話が終わるかと思った。 しかし、母親は少し間を置いてから続けた。『それでね、佳苗』「何?」『結婚したら、今のマンションに住み続けるの?』「まだ決めてないよ」『新しい家を買ったりするのかしら』「どうだろう」『雄吾さんなら一戸建てだって買えるでしょう?』「買えるかどうかじゃなくて、必要かどうかで決めるよ」『そうだけど……』 母親はなぜか歯切れが悪い。 佳苗は嫌な予感がした。「お母さん、何が聞きたいの?」『別に。ただ、あなたがこれからどんな生活をするのかなって』
週が明けても、佳苗はまだ左手の指輪に慣れなかった。 パソコンへ文字を入力しているとき。書類を受け取るために手を伸ばしたとき。ふと視界に入るたびに、土曜日のことを思い出してしまう。「朝倉さん、それ」 昼休み、向かいに座った同僚が佳苗の左手を見て目を丸くした。「もしかして婚約指輪?」「あ……はい」「えっ、本当に!? おめでとう!」 声が少し大きくなり、近くにいた同僚まで振り返った。 あっという間に何人かから祝福され、佳苗は照れながら頭を下げる。「ありがとうございます」「いつ結婚するの?」「まだ何も決めてなくて。プロポーズされたばかりなんです」「いいなあ。幸せそう」 そう言われて、佳苗は自然に笑った。「はい」 以前なら、こんなふうに迷わず答えられただろうか。 幸せだと口にすることさえ、誰かに遠慮していたような気がする。 けれど今は。 嬉しいものは、嬉しいと言っていい。 佳苗はもう一度、指輪へ目を落とした。 ◇ その日の午後。 美佐子は絢子と会っていた。 以前から約束していた用事があり、二人で買い物をしたあと、近くのカフェへ入ったのだ。「この前言ってたもの、見つかってよかったわね」「ええ。付き合ってくれてありがとう」「私も楽しかったもの」 絢子はいつも通り笑っている。 雄吾との距離を置くようになってからも、美佐子との付き合いまでなくなったわけではない。 それでいい。 佳苗も、美佐子と絢子が会うこと自体を嫌がってはいない。 分かっているのに、美佐子は今日ずっと落ち着かなかった。「……ねえ、絢子ちゃん」「何?」「ちょっと、話しておきたいことがあるの」 絢子の手が止まった。 美佐子の表情を見ただけで、何かを察したのかもしれない。「雄吾のことなんだけど」「……うん」「佳苗さんに、プロポーズしたの」 一瞬。 本当に一瞬だけ。 絢子の顔から表情が消えた。 だが、すぐに微笑む。「そう」「佳苗さんも受けてくれたって」「……よかったじゃない」「ええ」「雄吾さん、ずっと佳苗さんのこと大切にしてたものね」 穏やかな声だった。 けれど、美佐子には分かった。 カップを持つ絢子の指に、わずかに力が入っている。「絢子ちゃん」「何?」「無理しなくていいのよ」 その言葉を聞いた瞬間、絢子
指輪をはめてもらってからも、佳苗は何度も左手を見てしまった。 歩き始めてからも、陽の光を受けて指輪がきらりと光るたびに目が吸い寄せられる。「そんなに見るものか?」 隣を歩いていた雄吾に言われ、佳苗は慌てて手を下ろした。「だって、まだ慣れないので」「さっきつけたばかりだからな」「そうですけど……」 もう一度、そっと左手を見る。 嬉しい。 ただそれだけなのに、胸の奥がふわふわして落ち着かない。「サイズ、大丈夫か?」「ぴったりです。どうして分かったんですか?」「調べた」「どうやって?」「秘密」「また秘密ですか?」 佳苗が睨むと、雄吾は笑った。「もう必要ないから、そのうち教える」「絶対ですよ?」「ああ」 そんな会話をしながら庭園を歩く。 プロポーズをされたのだから、もっと劇的に何かが変わるのかと思っていた。 けれど、雄吾はいつもの雄吾で、佳苗もいつもの佳苗だった。 ただ、左手にある指輪だけが、確かに二人の関係が一つ先へ進んだことを教えてくれている。 ◇ 帰りの車の中で、佳苗はふと思い出した。「これ、お母様にはいつ伝えます?」「母さん?」「はい。きっと喜んでくださいますよね」「今日帰ってからでいいんじゃないか」「今日?」「早い方がいいだろ。別のところから耳に入るような話でもないし」 その言葉に、佳苗は少しだけ考えた。 以前なら、美佐子が絢子に話すのではないかということまで気になったかもしれない。 けれど今は、それは美佐子と絢子の問題だと思える。「そうですね」「佳苗の母親には?」 今度は佳苗が黙った。「……伝え
雄吾が何かを隠している。 そう気づいてから数日、佳苗は少しだけ落ち着かなかった。 もちろん、悪い意味ではない。 この前の旅行でも、雄吾は「ちゃんと俺から言う」と言っていた。そのうえ銀行へ連れていかれ、結婚後の生活についてまで話したのだから、何を準備しているのかは何となく想像できる。 だからこそ、気になってしまう。「……いつなんだろう」 仕事中、ふとそんなことを考えてしまい、佳苗は慌てて目の前の書類へ意識を戻した。 まさか今日ではないだろう。 週末かもしれない。 それとも、もっと先なのか。 考え始めるときりがなかった。「朝倉さん、どうしたの?」 隣から声を掛けられ、佳苗は顔を上げた。「え?」「さっきから同じところ見てない?」「……すみません」「珍しいね。何かあった?」「いえ、何でもないです」 佳苗は誤魔化すように笑った。 まだ何も決まっていないのに、誰かに話すのは恥ずかしい。 それに、これは雄吾と自分のことだ。 今度こそ、周囲の言葉に急かされるのではなく、二人の間で進めていきたかった。 ◇ 一方、雄吾は昼休みに一本の電話を掛けていた。「榊原です。先日お願いした件ですが」『はい。ご用意できております』「分かりました。今日、仕事のあとに伺います」 短いやり取りを終え、電話を切る。 机の上には、佳苗と話したことを書き留めたメモがあった。 派手なことは苦手。 人前で注目されるのも好きではない。 何かを決めるときには、自分で考える時間が欲しい。 どれも一緒に過ごすうちに分かってきたことだ。 だから、大勢の前で驚かせるようなことをするつもりはなかった。 必要なのは、佳苗が断ろ
週末。 佳苗は雄吾と並んで銀行を訪れていた。 案内された先は、普段利用する窓口とは違う静かな一角だった。受付を済ませ、雄吾が必要な手続きをすると、二人は貸金庫のある場所へ案内される。「何だか緊張します」「何でだ?」「貸金庫なんて初めてなので」「俺も毎週来るような場所じゃない」「それはそうでしょうけど……」 佳苗は手の中の鍵を見た。 先日、雄吾から渡されたものだ。 やがて取り出された箱を前にして、雄吾は中からいくつかの書類を取り出した。佳苗には見慣れないものも多い。「全部、説明する」「はい」「分からなかったら、その場で聞け」「……本当に全部ですか?」「ああ」 雄吾は当然のように答えた。 保有している資産や、会社に関係するもの。そのほかにも、結婚したあとで佳苗の生活に関係する可能性のあることを、一つずつ説明していく。 佳苗は途中から、金額そのものよりも雄吾の態度に驚いていた。 隠さない。 曖昧にもしない。 佳苗には分からないだろうと、勝手に省略することもなかった。「……こんなことまで私が知っていいんですか?」「知っていいから見せてる」「でも、まだ結婚したわけじゃありませんよ?」「だから今見せるんだろ」 佳苗は首を傾げた。「結婚してから、実はこうでしたって言われても困るだろ」「それは……そうですけど」「結婚するかどうか決めるために必要なことなら、結婚する前に知ってないと意味がない」 あまりにも当たり前のように言われて、佳苗は言葉を失った。 以前の結婚では、こんなふうに考えたことさえなかった。 結婚する。 夫婦になる。 だ
雄吾から悟が会社へ来たことを聞いたのは、その日の夜だった。「……三十万円を借りに?」「ああ」「本当に雄吾さんのところまで行ったんですね」 佳苗は呆れたように息を吐いた。 自分に断られ、母親にも取り次いでもらえなくなったから、今度は雄吾へ。そこまでして誰かに助けてもらおうとする悟の考えが、佳苗にはもう理解できなかった。「すみませんでした」「また謝る」「あ……」「藤倉が勝手に来たんだ。佳苗が謝ることじゃない」「そうでした」 佳苗は苦笑する。 分かっているつもりでも、長年の癖はなかなか抜けないらしい。「何を話したんですか?」「金は貸さない。それから、佳苗にもう関わるなって言った」「悟、何て?」「俺にも責任があるらしい」「責任?」 思いがけない言葉に、佳苗は眉を寄せた。「俺が佳苗に近づかなければ、離婚してなかったかもしれないって」「……そんな」「だから言っておいた。離婚したのは佳苗が決めたことだって」 佳苗は黙った。 その通りだった。 雄吾に出会ったからではない。 雄吾に言われたからでもない。 あの結婚生活へ戻りたくないと、自分で決めたのだ。「悟は、そう思ってるんですね」「俺に奪われたと思ってるみたいだな」「……違うのに」「ああ」 佳苗は膝の上で両手を組んだ。「私、悟と結婚していた頃……自分で何かを決めることが、ほとんどなかったんです」 雄吾は黙って聞いている。「夕飯は何にするかとか、そういう小さなことは決めてました。でも、大事なことはいつも悟に合わせてた。嫌だと思っても、夫婦なんだから仕方ない
ホテルへ入る佳苗と雄吾。 暗い夜道で撮られたはずなのに、驚くほど鮮明だった。「……どうして」 佳苗の指先が震える。 まるで誰かに見張られていたみたいだった。『ねぇお姉ちゃん』『その人、誰?』『もしかして浮気?』 次々届くメッセージ。 佳苗は顔を青ざめさせた。 浮気。 その言葉に胸が痛む。 裏切っていたのは悟たちの方なのに、なぜ自分が責められなければいけないのだろう。「見せろ」 雄吾が静かにスマホを受け取る。 メッセージ画面を見た瞬間、その目が冷えた。「……なるほど」「先輩」「撮られていたな」 低い声。 感情を押し殺したような響き。「どうしよう……」
「俺は昔から、お前しか欲しくない」 低い声が耳元で響く。 佳苗は息を呑んだ。 車内の空気が熱い。 逃げ場がない。 雄吾の視線は真っ直ぐで、冗談の気配なんて微塵もなかった。「……先輩」 喉が震える。 理解が追いつかない。 昔から? ずっと? そんなはずない。 自分は特別な人間じゃない。 妹みたいに愛嬌があるわけでも、美人なわけでもない。 ただ都合よく利用されるだけの女だった。「信じられないか」 雄吾が静かに言う。 佳苗は答えられなかった。 すると雄吾は小さく息を吐き、身体を離す。「まあいい」「え……」「今すぐ答えを求める気はない」 その言葉に、佳苗は
もう二度と、お前をあいつらのところへ戻したりしない。 その言葉が、佳苗の胸に重く落ちる。「……どうして」 気づけば口にしていた。 雄吾が視線を向ける。「どうして、そこまでしてくれるんですか」 本当に分からなかった。 大学時代、少し関わりがあっただけ。 卒業後は一度も会っていない。 それなのに、この男は突然現れて、自分を助けると言う。 しかも、まるで最初から全部知っていたみたいに。「昔世話になった」 雄吾は短く答えた。「レポート、覚えてるか」 佳苗は目を瞬く。 大学二年の頃。 雄吾が長期入院していた時期があった。 単位が危ないと聞いて、佳苗は講義ノートをまと
「やっと捕まえた」 耳元で囁かれた低い声に、佳苗の心臓が大きく跳ねた。 捕まえた。 その言葉は、優しいのにどこか危険だった。「榊原、先輩……?」 佳苗が戸惑う中、雄吾は佳苗の手首を掴んだまま、ゆっくり顔を上げる。 その視線の先には、こちらへ歩いてくる悟がいた。「佳苗!」 苛立った声。 悟は佳苗を見るなり、露骨に顔をしかめた。「何やってんだよ」 だが次の瞬間、雄吾の姿に気づき、動きが止まる。「……誰?」 警戒した声音。 雄吾は答えない。 ただ静かに佳苗の前へ立った。 庇うように。 その背中の広さに、佳苗は息を呑む。「佳苗、こっち来い」 悟が手を伸ばす。







