チビッコ
篠崎玲奈(しのざき れいな)の辞書に、「手に入らない」という言葉はなかった。
舞台上で雪を降らせるマジシャン、結城悠真(ゆうき ゆうま)に出会うまでは。
街中が噂するほど熱烈にアプローチしても、彼は決まって「俺は君には不釣り合いだ」と突き放した。
情熱さえあれば、いつか彼の冷たい心も溶かせると信じていた。
だが、倉田結衣(くらた ゆい)の登場で状況は一変した。悠真は結衣のために公演をキャンセルし、彼女の両親を呼び寄せるために部屋まで借りた。そして、玲奈を完全に締め出したのだ。
水槽脱出マジックの日。小道具の錠には細工がされていた。火の手が上がった瞬間、彼は炎の中にいる結衣のもとへ駆け出し、一度として振り返ることはなかった。
結衣が海辺の漁船に監禁された時、彼は自らの手で玲奈を差し出し、「彼女と交換だ」と言い放った。
その時、玲奈は悟った。この世には、どれほど渇望しても決して手に入らないものがあるのだと。
3年後。名家である九条家の豪邸で開かれた婚約披露宴。ウェディングドレスに身を包んだ玲奈は、別の男のもとへ歩みを進めていた。
その背後で、悠真は床に崩れ落ち、目を真っ赤にして泣き咽んでいた。
玲奈は一度も振り返らなかった。彼女は彼に春を返し、本来の自分を取り戻したのだ。